「国家緊急権」を憲法上に創設することは立憲主義に反し極めて危険であり 不要であるとする会長声明

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更新日:2016年03月30日

2016年(平成28年)3月30日
第二東京弁護士会 会長 三宅 弘
15(声)第27号

 3・11東日本大震災から5年にあたり、災害対策・テロ対策等を理由として「国家緊急権」を憲法に新設する動きに対し、立憲主義の観点から、その憲法上の創設は極めて危険であり不要であることを明らかにする。

 一般に国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限を言う。自由民主党の憲法改正草案には、98条及び99条において、基本的人権に関する規定は最大限に尊重されなければならないとされるものの、国家緊急事態宣言という名称で国家緊急権の規定が定められている。加えて、報道によれば、同党は、災害対策等を理由として、日本国憲法に「国家緊急権(緊急事態条項)」を新設する憲法改正案の国会発議を行う方針を固め、同党幹部からは「他の憲法改正項目以上に緊急性を要する。」との指摘もなされている。
 しかしながら、国家緊急権は、一時的にせよ行政府への強度の権力集中と憲法上保障された人権の制限を図るものであるから、行政府による濫用の危険性が高く、基本的人権の尊重と権力分立を旨とする立憲主義体制を根底から否定するものであって、そもそも日本国憲法上認めがたい。
 日本国憲法は人権保障を図るために国家権力を制限する立憲主義の理念を基盤としており、国家緊急権の本質が、権力の集中と人権保障の停止にあることに鑑みれば、一時的にせよ近代立憲主義の本質を否定することに他ならない。そのため、日本国憲法は、あえて国家緊急権の規定を設けていないのであり、それは、1946年(昭和21年)7月15日第13回帝国憲法改正案委員会における、金森徳次郎国務大臣答弁などから明らかである。第二次大戦時のナチスの勃興が憲法を停止した授権法により生じたことや、日本における関東大震災時の戒厳令による社会主義者や朝鮮人の惨殺などの、政府の暴走が生じた歴史的事実を踏まえたものである。
 そのため、災害対策については、非常事態への対処の必要性を勘案し、厳重な要件を課したうえで、法律により整備する方法を選択した。すなわち、災害が発生し、国に重大な影響を及ぼすような場合には、内閣総理大臣が緊急事態を布告し(災害対策基本法105条)、生活必需物資等の授受の制限、価格統制、及び債務支払の延期等を決定することができる(同109条)こととなっているほか、必要に応じて地方公共団体に必要な指示をすることもできる(大規模地震対策特別措置法13条1項)。加えて、防衛大臣に対して、自衛隊の部隊等の派遣を要請することができる(自衛隊法13条)など、憲法上の人権保障規定には劣後することは前提としたうえで、私人の権利を一定の範囲で制限する規定も設けられている。その他にも緊急事態に対応するための規定は、立憲主義の下、法律で十分に整備されているのである。
 当会は、阪神淡路大震災時に、いち早く法律相談に弁護士を派遣するなどし、その後も東日本大震災に至るまで各種大規模災害に関する被災者支援活動に取り組んできたが、被災者の救済、支援と被災地の復興に必要なことは、事前の災害への準備とこれに習熟するための適切な訓練である。
 また、東日本大震災において、災害対策本部や原子力災害対策本部が約1年にわたり議事録すら作成していなかったことに象徴されるように、政府の初動対応は極めて不十分であったとの指摘がなされており、既存の法制度に不備があったのではなく、災害への事前対策が不足し、そのために法制度の十分な活用ができなかったことが明らかである。震災時に、政府から支援物資を手配するチームがホームページを活用して広く情報を公表したことが有用であったように、災害対策の要諦は、権利制限ではなく、豊かな情報提供に裏付けられた人々の自発的な活動であったことは記憶に新しい。
 同様の指摘はテロ対策においても同様である。2015年(平成27年)11月13日(現地時間)にパリで生じた同時多発テロからも明らかなとおり、テロに対する備えは常時警察の警備体制の習熟等によるほかない。仮に大規模テロが発生する場合には、厳格な要件の下で警察権に基づく緊急事態の布告(警察法71条)を発して、内閣総理大臣に一時的に警察の統制権限を付与する(同法72条)などの規定があるが、布告後20日以内に国会の承認を要するとされる。憲法上の国家緊急権などを構想するまでもない。特定秘密保護法を廃止もしくは抜本的に見直した上で、限定された特定有害活動情報をも情報公開法・条例及び公文書管理法・条例等によって民主的に統制しつつ警備体制を充実させることこそ必要である。そのような個別具体的な措置を検討することなく、いきなり憲法改正を掲げテロを口実に国家緊急権を求めることは前述のとおり、立憲主義体制を揺るがしかねない危険が極めて高く、許されない。
 上記のとおり、災害対策・テロ対策等をもってしても国家緊急権を憲法上に創設することは、立憲主義に反し極めて危険であり不要である。

「国家緊急権」を憲法上に創設することは立憲主義に反し極めて危険であり 不要であるとする会長声明(PDF)

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