「袴田事件」第2次再審請求即時抗告審決定に対する会長声明

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更新日:2018年06月21日

2018年(平成30年)6月21日
第二東京弁護士会会長 笠井 直人
18(声)第5号

 東京高等裁判所第8刑事部(大島隆明裁判長)は、本年6月11日、いわゆる袴田事件第2次再審請求事件(請求人袴田ひで子、有罪の判決を受けた者袴田巖)につき、検察官の即時抗告を認め、静岡地方裁判所の再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却すると決定した(以下「本決定」という。)。
 本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、袴田巖氏(以下「袴田氏」という。)が、当時の勤務先である味噌製造販売会社の専務宅に侵入し、一家4名を殺害し金員を強取した後、放火したとされた事件である。袴田氏は、厳しい取調べを受け続けた結果、パジャマを着用して本件犯行を行ったと自白させられたものの、第1回公判期日で否認した後、一貫して無罪を主張した。ところが、事件発生から1年2か月後に味噌醸造タンクの中から発見されたという5点の衣類が、袴田氏の犯行着衣とされて、1968年(昭和43年)9月、静岡地方裁判所により死刑判決が下され、1980年(昭和55年)11月、最高裁判所が上告を棄却し確定した。
第1次再審請求においては、裁判所は再審請求を認めなかったが、2014年(平成26年)3月27日、第2次再審請求審の静岡地方裁判所は、5点の衣類に関する本田克也・筑波大学教授のDNA型鑑定(以下「本田鑑定」という。)及び血痕の付着した衣類を味噌漬けにする再現実験の報告書等を新規明白な証拠として認め、しかも、5点の衣類について警察によるねつ造証拠の可能性を認めて、本件について再審開始を決定し、死刑の執行停止をするとともに、これ以上拘置を続けることは耐え難いほど正義に反するとして、拘置の執行停止も認めたことで、袴田氏は47年7か月ぶりに釈放された。
 検察官の申立による即時抗告審では、原審で高く評価された本田鑑定の鑑定手法に対し、検察側の請求により鈴木廣一・大阪医科大学教授による検証実験が行われるなど、4年半もの歳月が費やされた。
その結果、本決定は、本田鑑定について、一般的に確立したものではなく研究途上の手法であるとか、5点の衣類が汚染された可能性があるなどとして、原決定は同鑑定の評価を誤った違法があるなどとし、また、1年以上味噌タンク内に漬かっていたにしては衣類の色が薄くて不自然であると指摘する味噌漬け再現実験報告書についても、当時の写真も劣化などの問題があり、色を正確に比べる資料にならないとか、同報告書はタンク内の味噌の色を正確に再現していないなどとして、各証拠価値をいずれも全面的に否定した。
 また、5点の衣類のうちズボンの色をあらわすBをB体サイズの意味であると認定した確定判決の誤りを認めながらも、誤差も含めれば、袴田さんが当時このズボンをはけたと認められるなどとして、確定判決に合理的な疑いが生じるとはいえないとした。
 一方で、本決定は、東京高等裁判所で新たに開示された録音テープにより、取調べが深夜まで連続して続き、心理的に追い込み疲れさせていく手法が使われたことや、取調室に便器を持ち込ませて排尿させたことがうかがわれ、犯行時の自白の任意性・信用性に疑問があることを認めたが、確定判決は、警察官調書や検察官調書を実質的には犯人性を推認する証拠にしていないとの理由で、犯人性の認定に合理的な疑いを生じさせる証拠にならないとした。
そして、違法な取り調べにより捜査機関が「犯行時の着衣はパジャマ」という自白を得て公判活動の立証の柱にしていたことを逆手にとり、これと矛盾する衣類をわざわざ捜査機関がねつ造する動機も見いだしがたいなどとして、ねつ造の可能性を否定する理由とした。
 結局、本決定は、原決定において明白性を認める高度の証拠価値があるとした本田鑑定及び味噌漬け再現実験報告書の証拠価値をいずれも全面的に否定し、その他の新証拠についても明白性を否定した上で、捜査機関が5点の衣類をねつ造した合理的な疑いは生じないなどとして、原決定を取り消した。
 しかし、本田鑑定が、一般的に確立した科学的手法によるものでないという理由は、直ちに証拠価値を否定する理由にはならない。本決定は、その他の点についても、確定判決の認定の誤りや、捜査過程において、違法な取り調べにより自白が強要された事実を過小評価し、全体として、総合評価の名の下に、あたかも、請求人側が捜査機関のねつ造を立証できなければ再審開始が認められないかのように結論づけたものである。
以上のような本決定の認定及び判断は、再審の判断に当たっても「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用されるとした白鳥決定や、再審開始のためには、新旧証拠を総合的に評価し、確定判決の事実認定と証拠構造に合理的疑いを生ぜしめれば足りるとした財田川決定の趣旨を没却するものといわざるを得ない。
 袴田氏は、逮捕から48年、死刑判決確定から34年を経てようやく再審を開始し刑の執行を停止する原決定を得て、身体拘束から解放された。本決定は、刑の執行停止は取り消さなかったものの、同決定が確定すれば執行停止は当然失効し、袴田氏は再び拘置されることになる。袴田氏は、最初の死刑判決から50年になろうとする今、再び、死刑囚としての身柄拘束の恐怖にさらされている。82歳という年齢の同氏を、これほど長期にわたって不安定な立場におくのでは、再審制度がえん罪救済の機能を果たしているとは到底いいがたい。
 当会としては、特別抗告審において、無罪推定原則に基づく公正な判断がなされ、袴田氏の再審開始及び無罪が早期に実現することをあらためて強く願うと共に、ドイツなどと同様に再審開始決定に対する検察官抗告を許さないとすること、取調べ全課程の可視化、証拠の全面的開示など、えん罪防止のための刑事司法制度改革の実現を目指して、引き続き全力を尽くす決意である。

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