意見書

2006/12/07

意見書(法科大学院で刑事クリニックを履修する学生による刑事事件記録の閲覧について)

2006年(平成18年)12月7日
第二東京弁護士会
法科大学院支援委員会
委員長  伊 東  卓

 第二東京弁護士会は、司法制度改革の中心をなす法科大学院教育の一端を担うため、大宮法科大学院大学を教学面で支援している。
 その大宮法科大学院の刑事クリニックの授業に関連して、さいたま地方検察庁検察官が、同刑事クリニック担当の萩原猛教授(埼玉弁護士会所属)に対して、同教授がさいたま地裁において受任するすべての刑事事件につき、検察官が開示する証拠を学生に閲覧させない旨確約しない限り、開示証拠の謄写は認めない、と通告し、同教授は刑事クリニックにおいて開示記録を学生に閲覧させることが出来ない状態にある。大宮法科大学院は、そのような取り扱いを改めるよう、さいたま地方検察庁検事正に対して文書で要請を行った。同様の事態は、刑事クリニックを有する早稲田大学法科大学院でも、東京地方検察庁検察官による同様の取り扱いによって生じているとのことである。
 しかし、このような取り扱いは、法科大学院刑事クリニックの授業を大きく阻害するものであり、法科大学院を設置した趣旨に反し、ひいては法科大学院教育を危うくするものである。
 当委員会としては、法務・検察当局を含め、法曹養成に責任を持つ関係各機関において、以下に述べるように、法科大学院学生が刑事記録に触れることが出来るよう、早急に検討および協議を開始することが必要であると考える。

1 法科大学院設立の趣旨とくに刑事クリニック設置の趣旨に反する。
 法科大学院は、新しい法曹養成制度の中核と位置づけられ、「体系的な理論を基調として実務との架橋を強く意識した教育」を行い、「実務教育の導入部分」をも実施することとなった(司法改革審議会意見書)。そして、実務基礎科目として、弁護士監督指導の下で生の事件を含む具体的事例に即して法的検討や解決策を学ぶクリニック及びエクスターンシップが行われている。このようないわゆる臨床法学教育は、米国のみならず、今日では広くヨーロッパ、アジア諸国でも実施されるに至っている。
そもそも、専門職の養成においては、資格取得前の者が、資格取得後の実務を資格者の指導監督の下で経験する過程を必ず経るものである。
 その意味で、法科大学院教育と司法修習とは、緊密な連絡のもとで一体のものとして運用されなければならないものであり(「法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律」によれば、両者は「有機的連携」の下に運用されるものとされている)、しかも、司法修習が1年間に短縮されたことから、従来の司法修習の機能の一部は、法科大学院が大幅に担わなければならないことは明らかである。したがって、従来の司法修習で行われる実務教育、とりわけ臨床法学教育は、司法修習と連携をとりつつ、法科大学院においてこそ、充実したものが用意されなければならない。
 大宮法科大学院の刑事クリニックでは、担当教員が受任した刑事事件につき、担当教員の指導の下、被疑者・被告人との面談や一般接見に同席するほか、事実や法令・判例の調査を行い、弁護方針を立て、証人尋問等の準備を行い、弁論要旨など各種書面作成を行っている。
 クリニックにおける法曹養成は、担当教員が行う事件準備に学生が関与し、そこでの事件処理の一端を可能な限り自ら直接経験することを通して、法曹としての思考方法、分析方法を身につけ、それにより法曹としての理論と実務の基礎を習得するものである。
 このように、クリニックは、「実務教育の導入部分」として、担当教員の指導の下、生の事件に触れて事案の処理に当たるものであり、この点にまさにクリニックにおける法曹養成の核心がある。大宮法科大学院刑事クリニックでは、すでに大きな成果を挙げている。
 今回の検察官の措置は、学生に対して開示証拠を閲覧させることを一律にすべて禁止する趣旨で、開示証拠の謄写を認めないというものであるが、それは、学生には生の事件には一切触れさせない、ということを意味する。しかし、これでは、法科大学院が期待される法曹養成の任務を果たすことは、到底不可能である。

2 刑事クリニックの学生に開示記録を閲覧させることには問題がない。
 大宮法科大学院において、刑事クリニックを履修することが出来る学生は、2年次の課程を終了した者、すなわち法律基礎科目の履修を終え、専門職責任の単位を取得したうえ、刑事訴訟法、刑事訴訟実務の単位を取得した者の中から選考される。しかも、厳格な秘密保持義務を定めた契約を大学との間で締結している。つまり彼らは、基礎的法律知識を習得し、法曹倫理を体系的に学び、厳しい守秘義務を負う者であり、かつ、現実の具体的事件に接して指導を受けることがふさわしいと判断された者である。その意味で、問題は、法科大学院学生一般に対する開示記録の閲覧ではなく、上述のような刑事クリニック履修学生に対して開示記録を閲覧させることの可否なのである。
 刑事クリニック担当教員は、被疑者・被告人や関係者のプライバシー等につき、個別的に格段の注意を払って学生に記録を検討させている。わけても、記録は厳格に管理され、閲覧は刑事クリニック内でのみ許される。コピーを持ち出すことは一切禁止されている。
 これまで刑事クリニック学生に記録を閲覧させたことによって何らかの問題を生じたことはなく、また、これからも生ずる可能性は極めて少ないと言ってよい。

3 目的外使用問題
 刑事訴訟法281条の4は、検察官の開示証拠の複製等を審理準備の目的以外で人に交付等することを禁じている。この規定が新設されたことで、今回の問題が生じた。
法務・検察が今般の取扱いの根拠に掲げる論文は、この規定に「教育目的」が記載されていないことを理由に、法科大学院学生に対する記録閲覧が同条の定める目的外使用にあたる、と主張しているが、あまりにも形式的な解釈である。
 この解釈によれば、司法修習生が開示記録に触れるのも、目的外使用になってしまうが、同論文は、この点について、司法修習生と比較し、司法修習生が記録の閲覧等実際の事件に広く触れることができるのは、司法試験に合格し修習を終了すれば法曹になることの出来る地位にあるからだとするようである。しかし、上記のように、法曹養成制度は法科大学院を中核として、司法修習と緊密な連絡のもとで、一体のものとして運用されていかなければならないこととなった以上、司法試験の前後を峻別して、臨床教育は事実上司法修習においてのみ行い得るとするような解釈が許されないことは、もはや明らかである。
 司法修習生が開示記録を閲覧できるのは、刑訴法281条の4の目的外使用ではあるが類型的に違法性がないものと解釈するのであれば、刑事クリニックの履修学生を別異に解釈することはできないはずである。
 ちなみに、刑事クリニックでは、前述したように、担当教員が自ら弁護人として受任した刑事事件について、その指導の下、学生が面談や一般接見に同席し、事実や法令等の調査・弁護方針の検討・証人尋問等の準備・各種書面作成などを行っているが、この場合における弁護活動の主体は担当教員である弁護士自身であり、学生は、その指導の下にあって当該弁護人の弁護活動を前提として関与しているのであるから、学生は、弁護人の公判準備の補助者とみることも可能であり、そのように解する限り、そもそも目的外使用の問題は生じないと解する余地もある。

4 結語
 我々法曹は、新たな法曹養成制度を更に充実発展させて行く義務を負っている。
 法科大学院において刑事クリニックを履修する学生に対して、どのような開示証拠をどのように閲覧させるかは、それにより相応しい教育効果を挙げることができるか、関係者の名誉やプライバシーはどのようにして守れるか、という観点から検討されなければならないのは確かである。しかし、刑事クリニックを履修する学生が開示証拠の閲覧をすべて禁じられるという事態は、一刻も早く改められなければならない。
当委員会としては、大宮法科大学院大学刑事クリニックにおける法曹養成が、司法改革の本旨に基づき正しく発展して行くよう、法務・検察に対して善処を求めるとともに、関係各機関において、この問題に関して早急に検討および協議を開始すべきであると考える次第である。

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