裁判所速記官養成等に関する意見書

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更新日:2015年09月30日

最高裁判所
長官 寺田 逸郎 様

第二東京弁護士会
会長  三宅 弘

第1 意見の趣旨

1 裁判所速記官の養成を再開するべきである。

2 特に裁判員裁判事件においては、証人等尋問及び被告人質問について、裁判所速記官による速記録を作成するべきである。

第2 意見の理由

1 公正な裁判を実現するための裁判所速記官による速記の必要性
 民事訴訟及び刑事訴訟のいずれにおいても、公正な裁判を実現するためには、証人、鑑定人、通訳人及び翻訳人(以下「証人等」という。)の尋問並びに被告人質問(以下「証人尋問等」という。)について、正確な調書が作成されることが必要不可欠である。不正確な調書からは、裁判所(証人尋問等が実施された審級の裁判所のみならず上訴審裁判所も含む。)が証人等や被告人の供述を正確に把握することができず、それによって誤った裁判がなされる虞があるからである。
 現在、調書の作成にあたっては録音データの反訳を民間業者に委託する方法が一般的である。しかし、正確な調書を作成するためには、以下に述べる理由から、録音反訳の方法よりも裁判所速記官に速記録を作成させる方法によるべきである。

① すなわち、証人尋問等においては、発言者の発声が不明瞭であったり、声が小さかったり、複数人の発言が重なってしまったりする場合がある。そのような場合に、後から録音データを聞いても正確な反訳が困難であることがあり得る。これに対して、裁判所速記官が証人尋問等に立ち会っていれば、不明瞭な発言等があった時点で直ちに裁判長に告げて対処を求めることができるから、記録が困難な発言がそのまま放置される虞がない。

② また、裁判所から反訳を受託する民間業者は法律用語の専門家ではないから、発言の趣旨を正しく理解することができず、不正確な反訳をしてしまう虞がある。これに対して、裁判所速記官は法律用語に通じた専門家であるから、発言の趣旨を正しく理解して正確な速記録を作成することが期待できる。録音反訳の方法による場合にも後に裁判官等が内容を確認しているであろうが、不正確な記載が含まれる反訳書を数週間後に裁判官等が確認するよりも、当初から法律用語に通じた裁判所速記官が速記録を作成する方が、誤りが生じる可能性が低いことは明らかである。

2 迅速な裁判を実現するためにも裁判所速記官によって速記がなされる必要性
 さらに、迅速な裁判を実現するためにも裁判所速記官によって速記録が作成されるべきである。
 すなわち、録音反訳の方法によって調書を作成するためには、証人尋問等が終了してから数週間を要するのが通常である。そのため、後述する裁判員裁判事件を除いて、証人尋問等が終了してから最終準備書面の提出や論告及び最終弁論までの間に1か月以上の期間が空けられるのが一般的であり、裁判の迅速性を阻害する要因となっている。刑事訴訟法281条の6第1項は、審理に2日以上を要する事件について「できる限り、連日開廷し、継続して審理を行わなければならない」と定めているが、現実には裁判員裁判事件以外で連日開廷が行われる事例は皆無である。その一因も、証人尋問等の調書の作成に長期間を要する点にあると考えられる。
 これに対して、裁判所速記官は速記録を直ちに作成することが可能であり、必要に応じて実施当日のうちに速記録の初稿を仕上げることもできるから、録音反訳の方法に比べて格段に迅速に訴訟手続を進めることが可能である。

3 裁判員裁判事件で特に裁判所速記官によって速記録が作成される必要性
 裁判員裁判事件では、録音反訳の完成を待って審理や評議を行うような進行は不可能であるから、裁判所速記官に速やかに速記録を作成させる必要性が特に高い。
 なお、現在、裁判員裁判事件においては、調書の作成とは別途、いわゆる音声認識システムによって、証人尋問等の音声及び映像と文字データを記録する運用が行われている。しかし、音声認識システムによる文字データの正確性は極めて低く、公判や評議の合間に相応の時間にわたって音声を聞き直したり映像を見直したりする時間的余裕もないのが通常であるため、裁判官及び裁判員が、証人等や被告人の供述を評議で参照するためには、主に自らの手控えによる他ないのが実情である。
 その結果、評議において、参照される供述の正確性に疑義があるだけでなく、手控えに記載されなかった供述は参照されないという弊害が生じうる。すなわち、証人尋問等の手控えの作成は、その訓練を受けていない裁判員にとって困難であることはもちろん、裁判官であっても、証人尋問等のすべての内容を記載することは不可能であり、証人尋問等を聞きながら、自らが理解したところを記載することになる。しかし、証人尋問等が行われているその時点で、リアルタイムで個々の発問と回答の趣旨を理解していなければ、実際は重要な供述であっても、手控えに記載できないまま通り過ぎることになってしまう(特に、敵性証人に対する反対尋問の場合、その効果が損なわれないよう、尋問の目的は予め明らかにしないのが通常であるため、裁判員は尋問の目的を理解できずに手控えをとれない場合が多いと考えられる。)。その結果、評議において、重要な供述が手控えに記載されなかったために参照されなくなってしまい、いわば無かったもののように扱われてしまう可能性があるのである。それでは、一部の証拠を見ずに判断をしているに等しく、公判中心主義、直接主義の本来の目的である、審理の正確性、真実解明の目的に反する。
 この弊害を回避するためには、評議において証人尋問等の結果を迅速かつ正確に参照できるようにする必要があるが、それは現行の音声認識システムによっては著しく困難である一方、裁判所速記官による速記があれば、より迅速かつ正確に、証人尋問等の結果を参照することが可能となるのである。

4 結語
 以上のとおり、公正で迅速な裁判を実現するためには裁判所速記官によって速記録が作成される必要があるから、裁判所速記官の養成を直ちに再開すべきである。そして、裁判員裁判事件では特に速記録が作成される必要性が高いから、養成された裁判所速記官には裁判員裁判事件を優先的に担当させる運用がなされるべきである。

裁判所速記官養成等に関する意見書(PDF)
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