コラム

故人の預貯金

 故人が遺言を残さないまま死亡した場合、または、遺言があっても預貯金を誰が相続するかを明確に指定していなかった場合に、故人の預貯金を相続人が引き出すことができるかという問題があります。問題になる代表的な場面は、「故人の入院費用の支払いやお葬式を出さなければならないけれども、まとまったお金が手元にない。故人の預貯金からおろせないか?」「固定資産税を払わなければならないが、故人の預貯金から払えるか?」「今まで故人の財産から必要な生活費をいつも受け取っていた。遺産分割協議がまとまるまで故人の預貯金をあてにできるのか?」といった場面です。

 昨年12月、この問題について重要な判例の変更がありました。従来は「故人の預貯金は、故人の死亡と同時に各相続人の相続分に応じて相続人に分割帰属する」と判示されていましたが、昨年末の判例は従来の考え方を改めて「故人の預貯金は、故人の死亡と同時に各相続分に分割帰属されない」と判示したのです。このような判例変更を行った理由として、相続財産が幅広く存在していた方が遺産分割をより公平に行うことができることなどが挙げられています。

 さて、ここで冒頭に例示した場面に戻ります。従来は各相続人からの法定相続分の範囲での預貯金の引き出し要求に応じていた金融機関は、この判例変更によって、原則的に各相続人からの引き出し要求に応じる必要がないということになったのです。なぜなら、仮に引き出し要求に応じたあと、相続人間で引き出しについてトラブルが生じた場合、金融機関は二重払いのリスクを負うことになるからです。

 もっとも、このような不都合は我々一般市民にとって重大な事態でありますので、金融機関もある程度柔軟に引き出し要望に対応をしていくものと考えられます。しかし、個別の事情によっては、例えば葬儀費用が多額である場合や、生活費を受け取っていた相続人が故人の配偶者ではない場合など、相続人に納得していない人がいることもありうるケースの場合は、金融機関が引き出しに応じないことも十分にあり得ます。

 この問題の根本的な解決については新たな法律の制定が待たれるところですが、金融機関との交渉に苦慮する場合は、ぜひ、弁護士にご相談ください。