会長声明・意見書

原子力損害賠償の実現のために取り組みを求める声明

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更新日:2019年03月11日

2019年(平成31年)3月11日
第二東京弁護士会 会長 笠井 直人
18(声)第16号

1 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一原子力発電所による被害である大規模災害、すなわち、東日本大震災が発災して丸8年が経過した。復興は少しずつではあるが進みつつあるものの、元の生活に戻ることのできない被災者・被害者は多く、早期に復興を実現しなければならない。しかし、時の経過によって東日本大震災による被災者・被災地の苦悩についての関心が薄れつつあるように思われる。私たちは、震災はいつ、どこで起きてもおかしくないことを自覚して、東日本大震災の教訓を活かすこと、同時に、被災者・被災地の苦悩に関心を持ち続けて被災者・被災地に対する支援を継続しその復興にあたらなければならない。

2 ところで、福島第一原子力発電所の事故により被害を受けた人々に対する損害賠償について二つの問題が発生している。一つは、東京電力ホールディングス株式会社(以下、「東京電力」という。)に対する原子力損害の賠償請求について円滑、迅速、かつ公正に紛争を解決することを目的として設置された原子力損害賠償紛争解決センター(以下、「センター」という。)において、東京電力が地域住民の集団申立事件において仲介委員の提示した和解案の受諾を拒否することが顕著になっており、次々と和解仲介手続が打ち切りになる事態が生じていることである。センターは2011年9月1日から損害を被った人々からの和解仲介申立てを受け付け、2018年12月末日時点において18,779件の和解が成立しており、原発事故被害者の救済に大きく寄与してきた。しかし、東京電力は、集団申立事件において原子力損害賠償紛争審査会(以下、「紛争審査会」という。)が策定した中間指針(以下、「中間指針」という。)の定める一般的基準を上回る賠償額を内容とする和解案であるからとの理由で受諾を拒否している。
 中間指針では、そもそも「賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示したものであるから、中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められることがあり得る。」とし、また「中間指針に明記されない個別の損害が賠償されないということのないよう留意されることが必要である。東京電力株式会社に対しては、中間指針で明記された損害についてはもちろん、明記されなかった原子力損害も含め、多数の被害者への賠償が可能となるような体制を早急に整えた上で、迅速、公平かつ適正な賠償を行うことを期待する。」としている。しかし、中間指針の定める一般的基準を上回る賠償額を内容とするセンターの和解案の受諾を東京電力が拒絶することが相次いでいる。
 すなわち、東京電力は、経営再建策をまとめた事業計画において政府から賠償原資の供給を受けるとともにセンターの和解案尊重義務を負うにとどまり、それが(片面的)受諾義務ではないため、かかる東京電力による拒絶が生じているものである。東京電力が和解案の受諾を拒否して和解仲介手続が打ち切られることは制度の不備に起因したものである。
 そこで、紛争審査会は、中間指針にこれまで4度の追補を行っているが、被害の実態を見据えるとともに、いわゆる「福島原発避難者集団訴訟」の裁判所の判決(前橋地判平29・3・17判時2339号3頁、千葉地判平29・9・22裁判所ウエブサイト、福島地判平29・10・10判時2356号3頁、東京地判平30・2・7TKCローライブラリー、京都地判平30・3・15判時2375・2376号14頁、東京地判平30・3・16判例集未登載など)がいずれも金額は不十分であるものの認めているように、避難生活による精神的損害に対する賠償額の増額など賠償基準の見直しを行って、被害者に寄り添った賠償の実現を図るべきである。
 また、センターは、東京電力が和解案を受諾しないときであっても、引き続き東京電力に対し、今以上に粘り強く和解案の受諾をはたらきかけるよう努められたい。

3 もう一つの問題は、時効再延長の要否についての調査の必要が生じていることである。原子力損害賠償については「東日本大震災における原子力発電所の事故により生じた原子力損害に係る早期かつ確実な賠償を実現するための措置及び当該原子力損害に係る賠償請求権の消滅時効等の特例に関する法律」(以下、「原賠時効特例法」という。)が、第185回国会において成立し、2013年12月11日に公布・施行されている。
 この原賠時効特例法は、その成立当時、本件原発事故により損害を被った者は、なお不自由な避難生活を余儀なくされ、被った損害の額の算定の基礎となる証拠の収集に支障を来している者が多く存在したこと、性質及び程度の異なる原子力損害が同時に生じその賠償の請求に時間を要すること等により、原子力損害に係る賠償請求権の行使に困難を伴う場合があることに鑑み、原子力損害に係る賠償請求権の消滅時効等の特例を定めたものである(同法1条)。本件原発事故による原子力損害賠償の請求権に関し、民法724条の規定の適用については、同条前段中「三年間」とあるのは「十年間」と、同条後段中「不法行為の時」とあるのは「損害が生じた時」とされ、時効期間の延長がなされている(同法3条)。
 この時効延長措置によっても、本件原発事故直後に発生した損害の賠償請求権については2021年3月以降、時効期間を徒過することになる。
 しかし、センターの公表した「原子力損害賠償紛争解決センター活動状況報告書~平成29年における状況について~(概況報告と総括)」によれば、「平成29年に申し立てられた案件をみても、初回申立ての件数は829件であり、その中には、本件事故直後に発生した損害の賠償請求がされたものも認められる」とのことである。このことからすれば、現在においても、何らかの事情によって原子力損害に係る賠償請求権の行使に困難があり、本件原発事故直後に発生した損害の賠償請求権を行使できていない原発事故被害者が相当数存在する可能性がある。特に、いわゆる住居確保損害については東京電力が賠償を行うことを表明した時期が2014年4月であり、帰還を選択するか、移住を選択するかなど人生の大きな決断を伴うことなどから考慮に時間が必要となる性質のものであり、賠償に関する相談の席でも賠償請求のための手続が遅れている被害者がいることが確認できる。また、上記のとおり賠償を行うことを表明した時期が遅かったことから、当該損害賠償の消滅時効の起算点については被害者にとって極めて不明瞭なものとなっている。さらに、高齢者が原発事故による避難によって適切な医療、介護を受けることができなかったため亡くなるに至ったという、いわゆる避難関連死については東京電力に対する賠償請求権行使の可否の判断が容易ではないため、賠償請求権の行使に困難が生じている可能性がある。
 それゆえに、消滅時効終期の再延長の要否について判断するために、国に対し、原発事故による損害を受けた被害者の賠償請求権行使の実態について調査することを求めるものである。

2019(平成31)年3月11日
関東弁護士会連合会理事長  三 宅   弘
東 京 弁護士会会長    安 井 規 雄
第一東京弁護士会会長    若 林 茂 雄
第二東京弁護士会会長    笠 井 直 人

原子力損害賠償の実現のために取り組みを求める声明(PDF)

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