会長声明・意見書

検察官の勤務延長及び定年延長の特例措置を定めた検察庁法の一部改正案並びに検事長の勤務延長に関する国家公務員法の解釈変更の閣議決定に関する意見書

LINEで送る
更新日:2020年09月16日

第二東京弁護士会
会長 岡田 理樹

第1 意見の趣旨

1 政府が、第201回通常国会に提出した検察庁法の一部改正案のうち、内閣又は法務大臣の裁量による検察官の勤務延長及び定年の特例措置を認める部分は、検察官の権限行使に内閣等の恣意的な介入を可能にするものであり、刑事司法の運用を根底からゆがめるものであって到底認められず、これと同趣旨の内容を含む法案は再び提出されるべきではない。

2 政府が、2020年(令和2年)1月31日の閣議決定において示した、検事長その他の検察官の勤務延長に関する検察庁法及び国家公務員法の解釈変更は、検察庁法の関連規定に反する恣意的なものであり、法解釈変更の限度を大きく逸脱したものであって、直ちに撤回されるべきである。

第2 意見の理由

1 第201回通常国会における検察庁法一部改正案の問題点

 政府は、第201回通常国会において、検察庁法の一部改正案(以下「検察庁法一部改正案」という。)を含む国家公務員法等の一部改正案を提出した。
 同改正案では、全ての検察官の定年を現行の63歳から65歳に引き上げ、63歳に達した次長検事及び検事長にはいわゆる役職定年制を適用するものとしつつ、内閣が、職務の遂行上の特別の事情を勘案し、公務の運営に著しい支障が生ずると認めるときは、その後も当該官職で勤務させることができるものとし、検事総長、次長検事及び検事長が65歳の定年に達した場合にも、同様の事由により当該職務に従事させるため引き続き勤務させることができるものとし、これらの更新も可能としていた。そして、検事正及び上席検察官の勤務延長並びに検事及び副検事の定年延長についても、法務大臣において同様の措置をとることができるものとしていた。

2 当会の本年5月15日付け会長声明の要旨

 これに対し当会は、検察官を含む国家公務員の定年を延長すること自体に反対するものではないものの、上記改正案が、内閣又は法務大臣の裁量により、検事総長、次長検事及び検事長又は検事正及び上席検察官について、勤務延長や定年の延長を通じて、検察人事に介入することを可能とするものであり、検察官の独立性及び公平・中立性を損ない、検察組織全体に対する国民の信頼を大きく揺るがすことになりかねないこと、検察官の権限行使に恣意的な介入を許すときには、刑事司法の運用は根底からゆがめられることになりかねないことから、検察庁法の一部改正案のうち、検察官の勤務延長及び定年の特例措置に関する部分に反対すること、併せて、政府が、同法案を、国家公務員法等の一部改正案との一括法案とした上で、衆議院内閣委員会に付託し、法務委員会との連合審査ともすることなく、性急に審議を進めようとしており、緊急事態宣言の基本的対処方針において、外出、移動や密集の自粛などが掲げられ、集会、デモ行進など、直接民主主義的な表現の自由が事実上大きく制約されている状況下において、審議・採決を強行しようとする政府の姿勢は、国民の批判や抗議の声に耳を傾けず、民主主義をないがしろにするものであって、到底許されるものではないことを指摘し、拙速な法案審議に強く抗議する会長声明を発出した。

3 検察庁法一部改正案の廃案

 検察庁法一部改正案に対しては、日弁連及び当会も含む全国52の全ての単位会で反対の意見が表明された。また、周知のとおり、SNS上において、著名人・検察官OBを含む多数の国民から、批判や抗議の声が類例をみないほど広がった。
 国民各層から、同法案に対する強い批判や抗議の声が巻き起こった中で、第201回通常国会は本年6月17日をもって閉会し、検察庁法一部改正案については継続審議の手続がとられず廃案となった。

4 検察官の定年に関する解釈変更の閣議決定の問題が残されていること

 上記廃案の結果、現在残されているのは、国家公務員法及び検察庁法の解釈を変更したとして、検事長の勤務延長を認めた本年1月31日の閣議決定の問題である。
 同閣議決定は、直接的には、東京高等検察庁検事長の人事案件についてのものであるが、同検事長を「管内で遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査・公判に引き続き対応させるため、国家公務員法の規定に基づき、6か月勤務延長するもの」としており、国家公務員法及び検察庁法における検察官の定年に関する従来の解釈を変更したものであることを前提としている。
 以下に述べるとおり、誤った法解釈の変更とこれを前提とした上記閣議決定が撤回されず残されたままでは、検察庁法に勤務延長や定年の特例措置を定めなくとも、国家公務員法に基づく勤務延長や定年の特例措置をとることが可能となってしまうものであり、看過できない。

5 検察庁法の定年規定が国家公務員法の特別法として定められている趣旨

(1)国家公務員法第81条の3第1項は、任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、定年に達した職員の「職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」には、一年を超えない範囲内で勤務を延長することができるとしている。
 この規定の「前条」である同法第81条の2第1項は、国家公務員の定年について、「法律に別段の定めのある場合を除き」としつつ、定年達令日以降の最初の3月31日に退職するという制度を定めている。同法附則第13条も、一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基づいて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律をもって規定することができるとしている。

(2)一方、検察官の定年について定める検察庁法第22条は、「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。」とし、国家公務員法の特別法として、国家公務員法第81条の2とは大きく異なる、定年達令即日退官という裁判官の定年(裁判所法50条)に類似した特例制度を定めている。また、検察庁法32条の2は、上記同法第22条の定年制の規定について、検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、国家公務員法附則第13条の規定により、同法の特例を定めたものとしている。

(3)この検察官の「職務と責任の特殊性」とは、次のような趣旨である。
 そもそも検察官は、検察庁法第4条が定めるとおり、公益の代表者として、刑事事件について公訴の提起を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、裁判の執行を監督するなどの権限を有している。全ての犯罪につき、原則として検察官が公訴を提起し(起訴独占主義)、起訴・不起訴についての裁量権を有しており(起訴便宜主義)、公訴権を行使する前提として、強大な捜査権限が認められている。そして検察官は、心身の故障その他の事由がある場合に、検察官適格審査会の議決を経るなどの手続を経ない限りは罷免されない(検察庁法23条)。
 検察官にこのような身分保障が認められているのは、準司法官として、政治的な事件を含め、公正中立な立場で捜査権及び公訴権を行使することを可能にするためであり、憲法の基本原理である三権分立の原則に基づくものである。検察官の権限行使に恣意的な介入を許すときには、刑事司法の運用は根底からゆがめられることになりかねない。

6 検察官の勤務延長を国家公務員法に基づいて行うことは関係規定の構造上も明らかに無理であること

(1)国家公務員法第81条の3による勤務延長は、60歳スタートで最長でも3年間が限度であるが、検察官は検事総長を除き最初から63歳定年なのであるから、無条件に同条の適用があるとするのはそもそも無理がある。

(2)また、検事総長だけ定年が65歳とされているのは、最高検の長として、全検察官を指揮監督し、刑罰法令の解釈運用の統一と安定とを図る職責を有する検事総長のみに特別に長い定年を与えたものと解されるが、もし一般の検事に上記第81条の3が適用され、誰でも検事総長を越える66歳まで勤務できる可能性があるのだとすれば、上記検察官定年の二段構えの制度趣旨は全く没却されてしまう。

(3)さらに付言すると、国家公務員法上の上記の勤務延長は、最初の1年を超えて再延長しようとするときは、必ず人事院の承認を要するとし、任命権者の恣意をチェックする仕組みとなっている。しかし、次長検事以上の高級検察官の任命権者は内閣であるから、検察官にも国家公務員法第81条の3に適用があるのだとすれば、これらの高級検察官の再勤務延長をしようとするときは、行政の最高決定機関である内閣が自己の判断について下級の機関である人事院の承認を求めなければならないという背理を招来する。

(4)以上のように、検察官は国家公務員法第81条の2の規定によって退職するのではなく、したがって、「前条」の適用があることを前提とする同法第81条の3の適用の余地もないことは、関係規定の構造上も明らかである。

(5)上述したところは、1981年に国家公務員に定年制が導入される際(国家公務員法第81条の3の規定もこのときに導入されたものである)、同年4月28日の衆議院内閣委員会において、検察官については今回の法案は適用されないとの政府答弁があり、またその前年10月に作成された総理府人事局「国家公務員法の一部を改正する法律案(定年制度)想定問答集」には、検察庁法による国家公務員法の適用除外は、定年のみならず勤務の延長に及ぶ旨明確な記載があること等によっても裏付けられている。さらに付け加えれば、法務省当局は、2019年10月ないし11月の時点において、国家公務員法の改正に合わせた検察庁法の改正案を作成したが、その中にも勤務延長を認める規定は全く含まれていなかったことが国会審議の過程で明らかになっている(2020年3月9日参議院予算委員会審議)。
 このように、戦後70年間、検察官については定年延長というものが許されてこなかったし、かつそのことについて法務省当局自身なんら不都合を感じていなかったのである。

(6)しかも政府は、本年1月31日黒川検事長の定年後勤務延長を閣議決定した際、当初はこれは解釈変更ではなく、検察庁法による国家公務員法の適用除外はもともと勤務延長規定には及ばないと強弁しようとしていた(本年2月10日衆議院予算委員会法務大臣答弁等)。ところが、同日の衆議院予算委員会で上記1981年当時の政府国会答弁の存在を指摘されるや、にわかに、同月13日衆議院本会議において、「検察官について昭和56年当時、国家公務員法の定年制は検察庁法により適用除外されていると理解していた」、しかし、「今般、検察官の勤務延長については、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」(安倍内閣総理大臣答弁)と表明し、従来の政府の解釈を変更して、黒川検事長の定年後勤務延長を閣議決定したものと説明するに至ったのであった。

(7)このように、本件「解釈変更」は、余りにも唐突・恣意的であり、関係法条の文理にも、その文理に則った従来の政府の法解釈にも反し、かつ検察庁法制定後70年余にわたる法律の運用にも反するものであって、かかる変更後の法解釈が誤りであることは明らかである。

7 まとめ

 以上のとおり、閣議決定により、検察官について、国家公務員法第81条の3第1項の適用による勤務の延長が許されるとする解釈変更は、検察庁法22条及び32条の2に反する恣意的なものといわざるを得ず、法解釈変更の限度を大きく逸脱している。立法府による法律改正によらなければできないことを「解釈変更」の名のもとに内閣が行おうとする違法な越権行為であり、三権分立・法治主義の原理にも反するものである。
 既に先の声明で述べたとおり、検察庁法が、検察官の定年について、国家公務員法の特例を定めているのは、公益の代表者である検察官に、起訴を独占させ、起訴・不起訴についての裁量権と強大な捜査権限を認め、準司法官としてその身分を保障することで、政治的な事件を含めて、独立かつ公正中立な立場で、捜査権及び公訴権を行使することを可能にするためであり、憲法の基本原理である三権分立の理念に基づくものである。内閣や法務大臣などの任命権者も、捜査・訴追の対象となりうる者であり、検察官の権限行使に内閣等の恣意的な介入を許すときには、刑事司法の運用は根底からゆがめられることになりかねず、到底認められない。
 よって、政府は、内閣又は法務大臣の裁量による検察官の勤務延長及び定年の特例措置を認める内容の法案を今後も提出するべきではない。
 また、政府が、本年1月31日の閣議決定において示した、検事長その他の検察官の勤務延長に関する検察庁法及び国家公務員法の解釈変更は、直ちに撤回されるべきである。

検察官の勤務延長及び定年延長の特例措置を定めた検察庁法の一部改正案並びに検事長の勤務延長に関する国家公務員法の解釈変更の閣議決定に関する意見書(PDF)

もどる