会長声明・意見書

日本学術会議の会員任命拒否に抗議する会長声明

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更新日:2020年10月29日

2020年(令和2年)10月29日
第二東京弁護士会会長 岡田 理樹
20年(声)第7号

 10月1日、菅内閣総理大臣は、日本学術会議(以下「学術会議」という。)の新任会員任命について、学術会議が任期満了者と同数の105名を推薦したにもかかわらず、特段の理由を示すことなく、そのうち6名について任命しなかった。
 学術会議は、戦前に科学者が弾圧されたことへの反省をもとに設立された「わが国の科学者の内外に対する代表機関」(日本学術会議法2条)であり、「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命と」する団体である(同法前文)。学術会議は、内閣総理大臣の「所轄」とはされているものの(同法1条2項)、「独立して」科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること、及び科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させることを職務とするとされている(同法3条)。
 学問研究は、客観的真実を追求するものであり、そのためには既存の理論や所与の社会的実態等に対して批判的・懐疑的な立場からも検討・検証を行うことがその生命であり、真骨頂である。そのような意味で、学問研究には、政治的・経済的・社会的干渉を排除した独立性が強く求められる。同法があえて、学術会議は「独立して」職務を行うと定め、また、内閣総理大臣は管理・監督権があるのではなく「所轄」するとしているのもこの所以である。
 かかる学術会議のあり方に鑑みれば、その会員選出人事についても高度の自律性・独立性が保持されなければならない。そのため、学術会議は、設立当初は、会員選出は全国の科学者による公選制によるものとされており、職務遂行のみならず、会員選出の場面においても、名実ともに政府の関与は認められていなかった。それゆえ、1983年(昭和58年)に、会員の選出方法について、「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し」(同法17条)、会議の「推薦に基づいて」、内閣総理大臣が任命する(同法7条2項)、との方法への法改正が提案された際、学術会議の会員選出人事についての自律性・独立性が侵害されるのではないかと大きな問題となったのである。この点について、政府は、国会において、ここでの推薦は、内閣総理大臣の任命に対して強い拘束力を持つものであり、内閣総理大臣が行うのは形式的な任命であると繰り返し説明した。たとえば、昭和58年改正時第98回国会の参議院文教委員会では、同年5月10日に手塚康夫官房総務審議官が「...私どもは、これは全く形式的任命であると考えておるわけでございます。...そこから二百十名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして...私どもは全くの形式的任命というふうに考えており、...」と回答し、続いて丹羽兵助大臣(総理府総務長官)も、「...この場で責任ある大臣として、長官として、いま事務当局から答えましたように、守らしていただくことをはっきり申し上げておきたいとおもいます。」とかさねて答えている。また、同月12日の同委員会審議でも、同じく手塚康夫官房総務審議官が「...私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。」と述べている。中曽根康弘内閣総理大臣も「...実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と述べている。すなわち、国会審議において、まさに学術会議の会員選出人事の独立性が争点となり、政府は、国権の最高機関である国会、ひいては国民に対し、内閣総理大臣が学術会議の会員の任命を左右することはなく、推薦には強い拘束力があり、政府の行為は形式的行為であるから学問の自由独立は侵害しないと説明し、約束してこの法改正を成立させたのである。しかるに、今般、政府は、行わないとしていた任命拒否をし、さらには、任命制を導入した法改正の時から、学術会議の推薦に内閣総理大臣が従わないことは法文上可能であることが前提であって、解釈変更を行ったものではないと説明した。これは、上記の法改正の審議経過に全く反していることは明らかである。政府は、当時の中曽根首相や政府委員が虚偽の説明をして国会や国民をだましたとでも言うのであろうか。内閣が、このように国会で明確に争点となり、繰り返し説明した解釈を、「総合的・俯瞰的活動を確保する観点」という具体性を欠く説明しかせず恣意的に変えて法適用を行うとすれば、それはもはや内閣による新たな法律の制定に他ならず、国会の地位や権能を形骸化するものであって、三権分立にも悖るものと言うほかはない。今回の任命拒否は、上記法改正の際の説明に従った従来の有権解釈に基づく日本学術会議法に反し違法であると言わざるを得ない。
 さらに、今回任命されなかった候補者の中には、安全保障法制や共謀罪創設などに反対を表明してきた者も含まれており、政府の政策を批判したことを理由に任命を拒否されたのではないかとの懸念が示されている。政府から何らの説明もなされていないので、その真偽は明らかでないが、多くの学者からこのような懸念が示されていること自体が、今般の任命拒否が、まさしく政府に批判的な研究活動に対する萎縮をもたらす効果を有していることの証左ともいえる。かかる事態は、戦前の瀧川事件(学説が自由主義的であることを理由に教授が休職を命じられた事件)、天皇機関説事件(天皇機関説という大日本帝国憲法の解釈が不敬であるとして攻撃された事件)など、自律性、独立性が求められる研究活動に国家権力が介入し弾圧してきた歴史すら想起させるものである。
 学術会議は学術機関そのものではないが、様々な学問研究者が集って相互分野の発展・補完を討議研究し、これを法律・制度等を通じて国民生活に反映させるものであり、学術機関の活動を守り、サポートする機関として学術機関性を有し、学問の自由(憲法23条)を補完し、その精神に則るものである。上述の国会審議の中で、当時の中曽根首相が学問の自由独立に言及していることからもそれは明らかである。学術会議が客観的真理追求の成果に基づき、政府に対して現行制度への疑問や批判的検討を表明し、諮問に応えるに止まらず、政策提言を行うことで、少数者の人権確保や弱者の救済に資する法制度を引き出す一翼を担っていることは、近時の男女共同参画や性暴力への提言などを見ても了解できることである。今回の任命拒否及びこれに関する政府の一連の姿勢は、このような学術会議の自律的な活動を支える会員選出人事の独立性を侵害し、ひいては学問の自由に対する脅威ともいうべきものであって到底容認できない。
 よって、当会は、内閣総理大臣が、学術会議が法に従い推薦した会員候補者の一部について任命拒否したこと、及びそれについて理由を明らかにしないことは日本学術会議法に違反し、学問の自由の精神に反するものとして厳重に抗議するものである。

日本学術会議の会員任命拒否に抗議する会長声明(PDF)

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