会長声明・意見書

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に反対する意見書

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更新日:2020年11月16日

2020年(令和2年)11月16日
第二東京弁護士会
会長 岡田 理樹

1、はじめに

 法務大臣の私的懇談会である「第7次出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「本専門部会」という。)は、2020年6月19日、「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則」の導入等を内容とする「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を発表した。
 本意見書は、本提言が入管収容施設での長期収容問題に対して送還の強化を企図したものであり、被収容者に対する重大な人権侵害を生じさせるものであることから、反対の立場で意見を表明するものである。

2、長期収容問題の制度的原因

(1)はじめに

 そもそも本専門部会は、2019年6月に大村入国管理センターで起きた長期被収容者の餓死事件と、被収容者の長期収容に対する大規模な抗議活動(ハンスト)を契機として、長期収容問題の解決のため設置されたものである。
 しかし、何よりも長期収容問題は、①司法審査なき無期限収容、②全件収容主義、③在留特別許可制度の厳格に過ぎる運用、④難民審査制度の不備、などの入管・難民制度の不備に起因するところが大きい。

(2)司法審査なき無期限収容

 現行の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)に規定された退去強制令書発付処分に基づく収容には期間の上限が定められていない。そして、収容は身体の自由という基本的人権の重大な制約を伴うものであるにもかかわらず、刑事事件における勾留手続のような独立した司法審査手続もなく、行政機関の判断のみで行われている。
 この点について、2007年8月、国連の拷問禁止委員会は、日本政府からの報告に対する「総括所見」において、「締約国は、退去強制を待つまでの収容期間の長さに期限を設けるべきであり、特に脆弱な立場の人々についてはそうすべきである。」と勧告している。また、2014年8月、自由権規約委員会は、日本政府からの報告に対する「総括所見」において、「十分な理由を示すことなく、また収容決定に係る独立した審査もない中での長期にわたる行政収容があることを懸念する」と述べたうえで、「収容が、最短の適切な期間であり、・・・また移住者が収容の合法性を決定し得る裁判所に訴訟手続をとれるよう確保するための措置をとること」を勧告している。そして、つい最近では、2020年9月、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会は、難民認定申請中の外国人2人が精神疾患などを訴えたにもかかわらず、入管当局が入管施設に長期間にわたり繰り返し収容してきた事案に対し、その「見解」の中で、日本の入管収容は司法審査による救済が定められていない点で、自由権規約第9条第4項(自由を奪われた者が裁判所で救済を受ける権利)に違反し、また、無期限の入管収容は、自由権規約第9条(恣意的な拘禁の禁止)に違反する、と述べている。
 このように、司法審査なき無期限収容が、国際法上違法であり、重大な人権侵害であることは明らかである。しかるに、入管当局は入管法の規定を根拠に司法審査なき無期限収容を長きにわたっておこなってきた。長期収容問題の解決のためには何よりも入管収容期間に上限を設けるとともに、司法により収容の必要性が個別的に審査されることが不可欠である。

(3)全件収容主義

 現行の入管法では、退去強制手続の対象者はすべて収容する建前となっている(全件収容主義)。そして、例外的に、入管法や入管内部の規則である仮放免取扱要領で定められた条件を満たす場合に限り、仮放免制度により身柄を解放されることになっている。このため、退去強制手続の対象者は原則として、司法審査を経ることなく入国者収容所等に収容されることになる。そして、退去強制令書が発付された場合には、無期限の収容を受けることになる。しかし、収容による身体拘束は重大な人権の制約であるから、収容を要する場合であっても、仮放免といった収容に代替できる措置があればまずそれにより、収容するのは最後の手段に限られるべきである。例えば、先述の2014年8月の自由権規約委員会の総括所見では、「収容が、最短の適切な機関であり、行政収用の既存の代替手段が十分に検討された場合にのみ行われることを確保するための措置をとること」と勧告されており、2020年9月の国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会による見解では、「収容は、収容の必要性を個別に評価した上での例外的な最終手段でなければならない」とされている。長期収容問題の解決を真に望むのであれば、まずは全件収容主義を撤廃し、収容をあくまで例外的な措置としなければならない。

(4)在留特別許可制度の厳格に過ぎる運用

 非正規滞在者のうち、日本人の配偶者・実子ら/正規滞在外国人の配偶者・実子らと家族生活を営んでいる者、日本で生まれ育ったため国籍国への「帰国」が困難な者、数十年にわたり日本で生活してきたため国籍国との紐帯が完全に失われており国籍国での再定住が現実的でない者など、日本から出国できない深刻な事情がある者に対しても在留特別許可がなされていない例が少なくない。

(5)難民認定制度の不備

 日本は難民の地位に関する条約・議定書に加入していながら、2019年段階でも難民認定率は0.5%を切っており、他の難民条約締約国に比べて圧倒的に少ない難民しか保護しておらず、本来認定されるべき難民が適切に難民認定されていない状況にある。
 その原因としては、入管実務において、難民に求められる「迫害のおそれ」の定義の解釈があまりに狭きに失する、難民に求められる立証の程度が高すぎる、といった点などが挙げられる。そのため、多くの難民認定申請者が初回の申請手続で難民と認定されることはなく、入管当局に対し複数回にわたり難民認定申請を繰り返すことや行政訴訟を提起することで、ようやく難民と認定されているのが実情である。そして、初回の難民認定申請手続で難民と認定されない場合には、多くの場合退去強制の対象者として、入管法に基づき、無期限収容されてしまうことになるのである。
 本提言の中でも述べられているように、令和元年12月末時点での送還忌避被収容者の約60%が難民認定申請手続中の者であり、日本の厳しすぎる難民認定制度が長期収容問題の一因であることは明らかなのである。
 このような日本の難民認定制度の不備は国際的にも厳しく批判されており、たとえば、2018年8月には、人種差別撤廃条約に基づき設立された人種差別撤廃委員会が、その「総括所見」において、日本の難民認定率が非常に低いこと、さらには、難民認定申請者に対する期間を定めない収容や、難民認定申請者が通常は就労することも社会保障を受けることもできず、過密状態の政府施設への依存又は虐待及び労働搾取のおそれにさらされていることに対する懸念を表明している。そして、同委員会は、日本に対し、全ての難民認定申請者が適正な配慮を受けるよう確保すること、収容所の収容期間の上限を導入すること、難民認定申請者の収容が最後の手段としてのみ、かつ可能な限り最短の期間で用いられるべきであり、収容以外の代替措置を優先するよう努力すべきと勧告しているのである。

3、本提言に対する評価

(1)はじめに

 本提言には、退去強制令書発付に際しての本人への事情聴取等に係る手続の充実・改善、在留特別許可基準の明確化及び公表、新たな収容代替措置の検討といった、一定の評価をすべき点も見られる。
 しかしながら、上記のような入管・難民制度の不備が、退去強制令書を発付されても日本から出国できない深刻な事情を持った人々を生み、その結果長期収容が発生していることを直視していない。
 結局本提言は、上記のような収容期間への上限設定、入管収容についての司法審査の導入、全件収容主義の撤廃、難民認定制度の改善といった長期収容問題解決に不可欠な制度改正は行わず、被収容者等が帰国できない理由とその原因についての的確な分析を行うことなく送還の強化を企図したものと言わざるをえないものである。
 その結果本提言は、被収容者に対する不当な権利侵害を生じさせ、難民条約などの国際人権法にも違反するものとなっている。特に本提言中、①退去強制拒否罪の創設、②一定の難民認定申請者から「送還停止効」を外す措置の導入、③仮放免者逃亡罪の創設については、断じて容認できない。
 以下、詳述する。

(2)退去強制拒否罪について

 退去強制令書の発付後も日本から退去しない者に対する罰則の創設は、母国が深刻な内戦状態である、日本人配偶者や養育すべき未成年の子がいる者など、日本から出国できない深刻な事情があるため在留特別許可を求める者や、適正な審査が行われないため難民に該当するにもかかわらず難民認定がされず、やむを得ず複数回の難民申請をする者等、正当な権利行使を行おうとする者が処罰対象となる可能性があり、到底容認できない。
 出入国在留管理関係訴訟で国の敗訴が確定した判決が、平成28年以降の3年間でも合計26件と少なからず存在する事実(本専門部会第3回会合資料5)は、本来は日本への在留が認められるべき者に対して退去強制令書が発付されている事案が少なくないことを物語るものである。
 そもそも長期収容されても日本に在留し続けることを選択せざるを得ない被収容者に対して、罰則の効果があるのかすら疑わしい。
 さらに、退去強制拒否罪については、退去強制令書の発付を受けた者やその家族(以下「退去強制令書の発付を受けた者等」という。)に無料・低額診療を提供する医師・看護師、退去強制令書の発付を受けた者等から相談・依頼を受ける行政書士・弁護士等の専門家、NPO及び個人の支援者等が共犯として処罰される可能性も否定できない。このように退去強制拒否罪は、退去強制令書の発付を受けた者等に対する人道支援や権利擁護活動を処罰しうるもので、外国人への支援活動に対する強度の萎縮効果を生じさせることは明らかである。

(3)「送還停止効の例外」について

 難民条約は、難民を、迫害を受けるおそれのある地域に送還してはならないという「ノン・ルフールマンの原則」を定める(同条約33条1項)。しかし、日本においては、難民条約の締約国であるにもかかわらず難民認定率は諸外国に比べて著しく低く、2019年の難民認定率は0.5%にも満たない。そのため、先述のとおり、多くの難民認定申請者は再度の難民認定申請を行わざるを得ないのが実情である。かかる現状で、難民申請手続中の送還を可能にする「送還停止効の例外」を導入することは、「ノン・ルフールマンの原則」に反する結果を招来する危険性が高い。それは、母国での迫害から命がけで逃れてきた難民を、生命・身体に対する危険の真っ只中に送り返すことを意味するのである。したがって、複数回申請者を難民制度の誤用・濫用者と決めつけるべきではない。むしろ、異常に低い難民認定率を改善し、難民が間違いなく難民として認定されるようにする制度設計こそが、求められる解決策である。母国で迫害を受けたとして難民認定申請をしている者を、再度の申請や司法手続により難民と認定される可能性があるにもかかわらず、行政のみの判断で制度の誤用・濫用者と決めつけ、母国に送還することは、当該難民認定申請者の生命・身体を危険に晒すものであり、国際法にも反するものとして決して容認できない。

(4)仮放免者逃亡罪について

 現行入管法のもとで無期限収容が行われているという実態がある以上、仮放免された者が逃亡した場合の「逃亡等の行為に対する罰則」を創設したとしても、無期限収容という重大な人権侵害を避けるための逃亡を抑止する効果は期待できない。
 また、仮放免者逃亡罪の創設が、仮放免を受けた者に対する人道支援・医療提供・権利擁護活動をも委縮させる効果があることは、「本邦から退去しない行為に対する罰則」と同様である。

4、結語

 長期収容問題の解決にあたっては、何よりも被収容者の人権や人間としての尊厳を守ろうとする意識の欠落が、収容施設内で繰り返し生じる被収容者の死亡事件、餓死事件につながったことを想起すべきである。
 刑事罰や送還停止効の例外を導入したとしても、長期収容問題を解決することはできない。罰則等による威嚇ではなく、収容期間の上限の設置や、収容に対する司法審査の導入等、被収容者の人権、人としての尊厳を守ることを最優先に、長期収容問題解決のための制度設計を行うべきである。

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に反対する意見書

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