会長声明・意見書

岡口基一裁判官罷免訴追に関して、慎重な審理を求める意見書

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更新日:2022年03月09日

2022年(令和4年)3月8日
第二東京弁護士会
会長 神田 安積

第1 意見の趣旨

 2021(令和3)年6月16日、岡口基一仙台高等裁判所判事が、裁判官訴追委員会により裁判官弾劾裁判所に罷免訴追されたことにつき、①裁判官弾劾法が司法の独立の観点から罷免とする場合につき厳格な要件を課していること、②本件が裁判官の表現の自由にかかわること、③過去の弾劾裁判の事例との均衡に十分配慮すべきであること、④訴追事由の一部に罷免事由発生時より3年経過した訴追事由が含まれていることを考慮し、慎重な審理をすることを求める。

第2 意見の理由

1 岡口裁判官訴追内容の概要

 2021(令和3)年6月16日、国会の裁判官訴追委員会は、岡口基一仙台高等裁判所判事(以下「岡口裁判官」という。)を、裁判官弾劾裁判所に罷免訴追した(以下「本件訴追」という。)。
 罷免訴追の理由は、岡口裁判官が、自己が裁判官であることが他者から認識できる状態で行った、職務に関係のないSNS等への投稿や発言などの私的な表現行為等が、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」(裁判官弾劾法第2条2号)に該当する、というものである。

(1)本件訴追の対象行為
本件訴追の対象行為は、別紙「訴追状」(略)記載のとおりであり、大きく分けて2つの罷免事由に関するものであり、また合計10の事実に関するものである。その概要は、以下のとおりである。

ア 裁判所ウェブサイトに掲載された自己の職務とは関係のない刑事事件(強盗殺人・強盗強姦未遂事件)の判決についての私的な表現行為
① 2017(平成29)年12月13日、ツイッターで強盗殺人・強盗強姦未遂事件の概要を紹介する文章とともに、刑事事件の控訴審判決のアドレスと紹介文を投稿した。
② 2017(平成30)年12月30日頃、ツイッターで①の投稿と同内容のフェイスブックへの投稿について「削除要請がなかったので、そのままになっています」という文章を掲載した。
③ 2018(平成30)年3月29日、ツイッターで①の投稿について「『内規に反して判決文を掲載』したのは、俺ではなく、東京高裁(^-^)」という文章を掲載した。
④ 2018(平成30)年9月11日、司法記者クラブの会見で、「あの方(注:被害者遺族)の場合はダイレクトでツイッターで削除してくださいっていう話があったのでその場で削除いたしました」と発言した。
⑤ 2018(平成30)年10月5日、ブログに「遺族には申し訳ないが、これでは単に因縁つけているだけですよ」との見出しを付けた文章を掲載した。
⑥ 2018(平成30)年10月17日、「週刊現代」のインタビューに答えて、「被害者の女性の遺族は、もともと判決文を裁判所が公開したことに抗議していた」としつつ、遺族が「4回も『傷ついた理由』を変えているんです。これって、どういうことなのでしょうか。」などと発言した。
⑦ 2019(平成31)年3月21日ころ、ブログ「分限裁判の記録 岡口基一」(以下「同ブログ」という。)に訴追委員会の経過についての文章を投稿し、「審理のために、平穏であるべき遺族自身を担ぎ出したという経緯になっている」などと記載した文章を掲載し、同年11月12日ころ、フェイスブックに「遺族の方々は、東京高裁を非難するのではなく、そのアップのリンクを貼った俺を非難するようにと、東京高裁事務局及び毎日新聞に洗脳されてしまい」などとする文章を投稿し、同年同月15日、フェイスブックに「洗脳」という表現を使ったことを反省・謝罪して削除する旨の文章を投稿し、同年同月18日、同ブログに「『洗脳発言』報道について」との見出しの下に、一連の経過を説明する文章を掲載した。

 以上の各行為により刑事事件の被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱した。

イ 自己の職務とは関係のない民事訴訟(犬の返還請求訴訟)に関する私的な表現行為
⑧ 2018(平成30)年5月17日、ツイッターに、民事訴訟に関する報道記事のリンクとともに「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、三か月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返してください』え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?三か月も放置しておきながら・・。裁判の結果は・・」という文章を投稿し掲載した。
⑨ 2018(平成30)年7月29日、同ブログに「東京高裁『うちの白ブリーフ裁判官が犬を捨てた飼い主を冷やかすようなツイートをして飼い主を傷つけたので最高裁に処分してもらいます』」との見出しを付けて、同裁判官に対して申し立てられた分限裁判申立てに関する文章と民事訴訟原告に対するインターネット上の掲示板へのリンクを貼り付けた
⑩ 2018(平成30)年10月17日、フェイスブックに残っていた⑧の文章を「本件ツイートが、まだ残っていました」「フェイスブック上にはまだ残っていたものです」と記載した文章を投稿して掲載した。
以上の各行為により、裁判を受ける権利を保障された私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに、当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめた。

(2)東京高裁長官による厳重注意処分及び最高裁判所による戒告処分
 上記①~⑩の各行為のうち、東京高等裁判所長官は、2018(平成30)年3月15日、①及び②について、下級裁判所事務処理規則第21条に基づく文書による厳重注意をした。
 また、最高裁判所は、2018(平成30)年10月17日に⑧について、2020年(令和2)年8月26日に⑦について、いずれも分限裁判において戒告処分をした。

2 本件訴追の憲法上の問題点

(1)三権分立と裁判官の弾劾(憲法第78条)についての立法時の考え方
 裁判官の弾劾は、裁判官の身分を奪う処分であり、日本国憲法は、裁判官の身分保障を通じて司法権の独立を図るため、「公の弾劾によらなければ、裁判官は心身の故障で執務できない場合を除き、罷免されない」としている(憲法第78条)。
 また、憲法第64条第1項は、「国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。」と定めて、国会の弾劾裁判所に弾劾の判断権限を与え、同第2項は、「法律で弾劾に関する事項を定める。」とした。
 そして、国会法第126条は、「裁判官の罷免の訴追は、各議院においてその議員の中から選挙された同数の訴追委員で組織する訴追委員会がこれを行う。」と定めるとともに、弾劾に関する事項を定めた裁判官弾劾法第2条は、弾劾事由として、
1 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。
2 その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき
 と規定する。
 憲法第78条及び同64条の要請を満たすために、罷免の事由については、裁判官弾劾法制定時の衆議院本会議において、「裁判官として職務上適格でない場合及び司法権の尊嚴を毀損するような行為に限定し、たれから見ても彈劾するのが適当と思われる事由を第2條のごとく規定するのが妥当であるとの結論に達しました。」と報告され、第2条の「著しく」または「甚だしく」の範囲も「かなり狭い」と説明されている。
 参議院本会議でも、「軽々に彈劾裁判所の問題にいたしまして、裁判官の職務の自由、公正、独立というものに多少たりとも影響を及ぼしてはならんという考えから出て來るのでございまして、その程度に至らぬものは、これは先般議決いたしました裁判官の分限に関する法律によつて懲戒の理由として採り上げられることと相成るのであります。」と報告された(以上につき、裁判官弾劾法(昭和22年法律第127号)制定時の国会会議録)。
 以上のとおり、三権分立を統治の基本とする憲法の構造上、第2条の罷免事由の解釈は、厳格であることが求められている。

(2)裁判官弾劾法における刑事訴訟法の準用と厳格な手続の要請
 同様の理由から、弾劾裁判においては厳格な手続的要請が求められる。
 具体的には、裁判官弾劾法では、審理を公開法廷で行うとされ、同法第30条により、裁判員の忌避や法廷における審理、調書の作成など、適正手続が定められた刑事訴訟法が準用されている。また、裁判官弾劾裁判所規則においても、第104条で人定質問、訴追状朗読後に、権利告知(規則第105条)を行い、訴追委員会により罷免の事由の証明がないときは不罷免(規則第123条)となる。もとより、罷免の訴追の手続きがその規定に違反したため無効であるときは、訴追棄却とされる。このように、弾劾裁判は刑事手続と同様の構造で裁判が行われることとされており、しかも一審制であり、再審査がないことも踏まえれば、より厳格かつ慎重な審理が求められる構造になっている。

(3)裁判官の表現の自由との関係
 本件訴追事由は、裁判官の私的な表現行為を対象とするものである。憲法21条1項の表現の自由は基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として表現の自由を有する。確かに、裁判官の表現行為については、一般国民とは異なる一定の職務上の制約を免れないとする最高裁判所の判断が存在するが(裁判官分限の決定に対する即時抗告事件・平成10年(分ク)1号民集第52巻9号1761頁)、これは政治活動の自由との関係で論じたものであり、少なくともSNS上での私的な表現行為を訴追事由とし、弾劾による罷免という結果に至れば、もともと市民社会において自由な発言を控えがちな日本の裁判官がさらに委縮してしまうおそれがある。
 また、自らの市民的自由や権利を過度に縛られた裁判官が市民の自由や権利を守ることができるのかという疑問も生じうるところである。

(4)「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」の解釈
 上述したとおり、憲法第78条が裁判官の身分保障を定めながら、裁判官弾劾裁判制度で司法への民主的コントロールを認めた趣旨は、司法の自律・独立に委ねていては司法の独善・暴走を生じ、司法への国民の信頼を損ねる事態を阻止するためである。そのため、罷免の効果は、裁判官としての免職に止まらず、法曹資格を失い、検察官・弁護士にもなれないという訴追された者の人生に重大な不利益を与えるものとなっている。
 そして、裁判所法49条に定める懲戒の要件は、単に「職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったとき」とされているのに対して、裁判官弾劾法第2条における弾劾罷免の要件は、「① 職務上の義務に『著しく』違反し、または職務を『甚だしく』怠ったとき、② その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を『著しく』失うべき非行があったとき」と、明らかに厳格に限定されていることも解釈にあたって重要である。
 法は、裁判官の弾劾罷免を国会に委ねると同時に、裁判官の独立と身分が不当に侵されることのないよう、細心の注意を払っているというべきである。このように、弾劾裁判制度は司法への民主的コントロールとしては究極の手段であり、立法権による過度な司法への介入を許すことは国民の人権保障の観点から慎重であるべきである。
 以上の視点を踏まえれば、訴追事由は、裁判官としての地位を剥奪することが正当化されるほどの重大性がある明白な非違行為である場合に限定されると解すべきである。

3 訴追された事例との均衡

 過去に訴追され罷免された事案は合計9件あるところ、そのうち罷免に至ったものは以下の7件である。
① 昭和31年4月6日 帯広簡易裁判所判事
事件記録の不整頓等を放置し、395件の略式命令請求事件を失効させ、そのうちの約3分の2について検察官に再起訴を断念させた。
あらかじめ署名押印した白紙令状用紙を職員に交付したため、職員が白紙令状用紙に所要事項を記入して令状を作成交付した。
廷吏に調停事件を取り扱わせた。

② 昭和32年9月30日 厚木簡易裁判所判事
現地調停の帰路、申立人所有のオート三輪車に便乗して旅館に戻り、申立人から酒食の饗応を受け、その後、相手方の親戚である調停委員に清酒1升を持参して善処を依頼した。

③ 昭和52年3月23日 京都地方裁判所判事補兼京都簡易裁判所判事
検事総長の名をかたり現職内閣総理大臣に電話をかけ、前内閣総理大臣の関係する汚職事件に関して虚偽の捜査情報を報告した上、前内閣総理大臣らの起訴並びに逮捕の取り扱いについて直接の裁判を仰ぎたいと告げ、裁断の言質を引き出そうと種々の問答を行い、これを録音したものがあったところ、その録音テープが謀略による偽電話の内容であること、電話の内容が新聞で報道されれば政治的に大きな影響を与えることを認識しながら、録音テープを新聞記者に聞かせた。

④ 昭和56年11月6日 東京地方裁判所判事補兼東京簡易裁判所判事
担当する破産事件の破産管財人からゴルフクラブ2本、ゴルフ道具1セット、キャディバック1個と背広2着の供与を受けた。

⑤ 平成13年11月28日 東京地方裁判所判事兼東京簡易裁判所判事・東京高等裁判所判事職務代行
現金の供与を約束して、ホテルなどで3人の少女に児童買春をした。

⑥ 平成20年12月24日 宇都宮地方裁判所判事兼宇都宮簡易裁判所判事
裁判所職員の女性に対し、その行為を監視していると思わせたり、名誉や制的羞恥心を害したりするような内容のメールを繰り返し送信し、ストーカー行為をした。

⑦ 平成25年4月10日 大阪地方裁判所判事補
走行中の電車内において、乗客の女性に対し、携帯電話機を用いて、そのスカート内の下着を動画撮影する方法により盗撮した。

 以上のとおり、過去に訴追され罷免された事案は、収賄、職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等、いずれも「裁判官としての地位を剥奪することが正当化されるほどの重大性がある明白な非違行為」に該当するものである。しかるに、本件訴追対象行為は、上記の前例に照らせば、直ちにその該当性が認められるものではないことは明らかであり、最高裁判所が罷免を求めていないこともその証左といえる。

4 罷免事由発生時より3年経過した訴追事由について

 裁判官弾劾法12条は「罷免の訴追は、弾劾による罷免の事由があった後三年を経過したときは、これをすることができない」と除斥期間を定めている。
 本件訴追事由のうち、①~③及び⑧の4つの事実は、罷免の事由があった後3年が経過している。この点に関し、①~⑦、⑧~⑩について、それぞれ一連の一体性のある行為であると評価することができれば、罷免の事由が終了したのは⑦又は⑩の行為を起点することになるので問題ないことになる。しかし、それぞれの各行為は、表現行為の対象、方法、相手も内容も動機も様々である上、数年間にもわたって行われており、一連の一体性や時間的接着性が認められるとは言いがたい。仮に、このような「一連の行為」の評価が訴追事由として許されるのであれば、裁判官の地位を不安定にしないために訴追事由を3年以内に限定している法の趣旨を没却しかねない。

5 まとめ

 岡口裁判官の訴追対象行為は、確かにその表現行為の一部に被害者遺族等関係者への配慮を欠く内容が含まれていることは否定できないとしても、以上のとおり検討した点を踏まえ、弾劾裁判所においては慎重な審理をするよう求めるものである。

岡口基一裁判官罷免訴追に関して、慎重な審理を求める意見書(PDF)

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