会長声明・意見書

緊急事態における国会議員の任期延長その他の緊急事態条項の創設に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書

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更新日:2023年07月13日

2023年(令和5年)7月11日
第二東京弁護士会
会 長 小 川 恵 司

第1 意見の趣旨

 当会は、第211回国会の衆参両院の憲法審査会(以下「審査会」と略します。)において議論された、緊急事態における国会議員の任期延長その他の緊急事態条項の創設に反対し、大規模災害に備えるために、速やかに公職選挙法の改正を行うことを求めます。

第2 意見の理由

1 「要延長事態」における「現条項案」の内容

 審査会では、武力攻撃、内乱・テロ、自然災害、感染症のまん延その他これらに匹敵する事態(以下「要延長事態」といいます。)において、国会の機能を維持するために、内閣の発議を受けて、各議員の出席議員の3分の2以上の多数の議決により、衆議院議員又は参議院議員の任期を最大6か月や1年などの期間延長でき、再延長も可能とし、既に解散又は任期満了により終了している任期を復活させて任期を延長できるとする緊急事態条項を設けることなどが議論されました(以下、これらを骨子とする案を「現条項案」といいます。)。

2 国会議員の任期延長は国民主権原理を後退させるものであって安易にとるべきでなく、国会機能の維持は参議院の緊急集会によるべきこと

 現条項案を必要とする立法事実として、東日本大震災のときに統一地方選を延期する立法措置を行ったこと、衆議院の解散時や衆参両議員の任期満了時に大規模災害が発生した場合に備える必要があり、国会議員の任期は憲法第45条及び第46条で明記されているから、憲法を改正する必要があると主張されています。
 しかしながら、まずもって銘記すべきは、国会議員の任期延長という手法は、どうしても国民主権の原理を後退させてしまうという点です。現行憲法が、大日本帝国憲法(明治憲法)と異なり、衆議院議員の任期を4年と明文で限定したことの意味を軽視すべきではありません。
 地方議会と異なり、国会は二院制であり、参議院は3年毎に半数改選とされていることから(憲法第46条)、衆議院の解散時や衆参両議院の任期満了時においても、国会議員が全員不在となることはありません。そして、憲法第54条第2項は、衆議院が解散されたときで、緊急の必要があるときは、内閣が、参議院の緊急集会を求めることができるとして、緊急時の対応を定めています。この緊急集会は、衆議院解散のときに限らず、衆議院議員の任期満了のときにも類推適用できるとする考え方が憲法学者の間でも多数であるとされています。したがって、緊急事態においては、まず参議院の緊急集会によって対応することが、憲法の予定しているところであるといえます。
 審査会では、「選挙の一体性」が害されるほどの広範な地域で選挙の実施が困難な場合に任期延長の必要があるといった議論もなされましたが、「一体性」の概念は、現行公職選挙法において、選挙の一部無効や繰延投票制度があることから分かるように、本来存在しない概念であり、また、後述のとおり、公職選挙法の改正により、郵便投票を含めて避難先で投票できる制度を活用して速やかに選挙を実施し、又は選挙を延期する制度を設けて対応すれば足りると考えられます。

3 「要延長事態」であるかどうかについて内閣による恣意的判断が可能となること

 「現条項案」では、「要延長事態」については、「その他これらに匹敵する事態」であるかどうかも含め、内閣が判断して発議し、各議院の3分の2以上の多数決により延長又は復活が可能になるとされています。
 しかし、国会における多数派が内閣を組織する議院内閣制のもとで、内閣にとって都合の良い会派構成か否かによって、要延長事態かどうか認定することが可能となります。しかも「現条項案」では、任期延長の上限を6か月などとして、再延長も可能としていることから、自然災害、感染症のまん延その他これらに匹敵する事態が継続しているという理由で、延長を繰り返すことも可能となっています。
 これでは、現在において、国会による行政監視機能が十分に果たされていない状況の中、さらに、選挙によって国民の意思を反映させ、これを是正する手段を長期にわたり奪うことになりかねません。このような懸念は、現に憲法53条後段に基づき、総議員の4分の1以上の臨時国会召集要求があったにもかかわらず、数か月間にわたり国会が召集されないという事態が、ここ数年でも多数回発生していることからも、十分根拠のあるものです。

4 選挙権行使を制限するのではなく災害時にも行使可能にするべきであること

 そもそも日本国憲法前文及び第1条は、主権が国民に存することを宣言し、同第15条第1項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」とし、同第43条は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と定めています。国民主権のもとで、国会議員を選挙により選定する権利は、最大限保障される必要があります。
 他に手段があるにもかかわらず、国会議員の任期を延長したり、身分を復活させたりする憲法改正は、選挙権を制限し、民主的正当性を損なうものであり、到底許されません。
 この点では、日本弁護士連合会が、2017年(平成29年)12月22日に発表した「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」で提言した、①平時において、選挙人名簿のバックアップを取ることを法的に義務付けること、②避難者が避難先の市町村の選挙管理委員会に出向いて投票を行うことができる制度を創設すること、③大規模災害時の被災者も郵便投票制度を利用できるよう要件を緩和すること、④現行の繰延投票制度(公職選挙法第57条)にとどまらず、一定の要件下で選挙自体を延期する制度を新たに設けることなどが早急に実現されるべきです。
 特に大規模災害時などにおいては、4年前や6年前に選出された議員ではなく、新たに選出された議員により、必要な立法措置や予算措置を講じていくことができるよう、災害に強い公職選挙法に改正することが急務です。

5 緊急政令や緊急財政処分に関する規定は認められないこと

 以上のほか、審査会においては、国会機能が維持できない場合に備えた緊急政令及び緊急財政処分に関する規定についても検討すべきであるとの議論がなされました。
 大日本帝国憲法(明治憲法)第8条では、「天皇は公共の安全を保持し又はその災厄を避くるため緊急の必要により帝国議会閉会の場合において法律に代わる勅令を発する。」とし、同第70条では、「公共の安全を保持するため緊急の需用ある場合において内外の情勢により政府は帝国議会を招集すること能わざるときは勅令により財政上必要の処分をなすことを得」るとしていました。緊急政令や緊急財政処分は、明治憲法下における天皇の緊急勅令や緊急財政勅令に相応するものです。
 当会は、2016年(平成28年)3月30日、「「国家緊急権」を憲法上に創設することは立憲主義に反し極めて危険であり不要であるとする会長声明」において、災害対策・テロ対策等を理由として、「国家緊急権」(緊急事態条項)を憲法に新設する動きは、立憲主義の観点から極めて危険でありかつ不要であることを指摘しました。
 1946年(昭和21年)7月15日の帝国議会衆議院憲法改正委員会において、当時の金森徳次郎国務大臣は、民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するためには、政府一存において行う処置は、極力これを防止しなければならないこと、・・・・この憲法は非常なる特例をもって、いわば行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするように考えたものであり、特殊の必要があるときは、臨時議会を召集してこれに応ずる処置をする、又衆議院が解散後であって処置のできない時は、參議院の緊急集会を促して暫定の処置をする・・・・ことが適当であろうと思う、と答弁しています。
 緊急政令や緊急財政処分などの緊急事態条項は、一時的にせよ行政府への強度の権力集中と憲法上保障された人権の制限を図るものであり、行政府による濫用の危険性が高く、基本的人権の尊重と権力分立を旨とする立憲主義体制を根底から否定するものであって、そもそも日本国憲法上認められないと言わざるを得ません。緊急事態においては、参議院の緊急集会を軸として対応することで必要かつ十分であるといえます。

6 まとめ

 以上のとおり、大規模災害を含めた緊急事態における国会機能の維持は、参議院の緊急集会によるべきこと、延長を要するかどうかについて内閣の認定に委ねることは恣意的な判断を可能にすること、災害時にも選挙権行使を可能とする公職選挙法改正こそが急務であること、緊急政令や緊急財政処分は日本国憲法上認められないことから、当会は、緊急事態における国会議員の任期延長その他の緊急事態条項の創設には反対であり、むしろ、大規模災害に備えるために、速やかに公職選挙法の改正を行うことを求めます。

緊急事態における国会議員の任期延長その他の緊急事態条項の創設に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書(PDF)

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