佐賀県警察で発覚した科学捜査研究所職員によるDNA型鑑定の不正行為に対して強く非難するとともに、不正行為を防止する体制構築等を求める会長声明
2025年(令和7年)9月16日
第二東京弁護士会 会長 福 島 正 義
25(声)第9号
佐賀県警察は、2025年(令和7年)9月8日の記者会見において、佐賀県警察本部科学捜査研究所の技術職員が7年間以上にもわたり、実際には実施していないDNA型鑑定を実施したものとして報告する行為を含めた不正行為を繰り返していたこと(以下「本件不正行為」という。)を公表した。本件につき、当会は、かかる事態を極めて重大な事件として、強く非難する。
DNA型鑑定は、近年の刑事司法において、被疑者の特定や犯人との同一性を証明する上で大きな影響力を持つ科学的証拠である。その鑑定が正確に実施されることは、無実の者を誤って処罰しないことだけではなく、真犯人の発見や事件の早期解決にとっても重要であり、国民の刑事司法制度に対する信頼を保持することの要である。
にもかかわらず、報道によれば、今回、確認されただけでも本件不正行為は虚偽の鑑定書類作成を含めて130件に上り、そのうち、実際は鑑定していないのに鑑定したことを装った証拠捏造というべき事例が9件、鑑定試料の余りを鑑定後に紛失して別の物を鑑定試料と偽って警察署に返すなどした事案が4件であった。上記130件のうち再鑑定を行った124件の中で当初の鑑定と異なる結果になったものが8件、また、鑑定結果が証拠として検察庁に送付されたものが16件あったとのことである。長年にわたって刑事司法に対する重大な背信行為が多数繰り返され、かつ、見過ごされてきたことについては、刑事司法の一翼を担う弁護士会として看過しがたい。虚偽証拠による裁判はそれ自体が再審事由となるものであり(刑事訴訟法第435条第1号)、極めて重大な事態である。
佐賀県警察の公表では、本件不正行為が認められた鑑定の再鑑定を実施するとともに、佐賀地方検察庁や佐賀地方裁判所の協力を得て調査を行った結果、全ての不正行為について捜査や刑事公判への影響はなかったと説明している。しかしながら、報道によれば、2024年(令和6年)10月に問題が発覚したにもかかわらず、2025年(令和7年)9月に至るまで1年近く公表されなかったことは極めて問題である。また、佐賀県弁護士会の2025年(令和7年)9月9日付会長声明によれば、佐賀県警察は、佐賀県弁護士会や各事案の弁護人に何の連絡もしないまま問題がないと公表したとのことであり、刑事司法を担う弁護士会をはじめとする他機関からの問題指摘を避けることを意図していたとのそしりを免れ得ない。
佐賀県警察が行なったとする調査は、あくまで捜査機関が自ら実施したものに過ぎず、今回の不正行為がなされた原因の究明、捜査や刑事公判への影響がなかったとの説明の真偽、他に類似事案があったか否かの確認、不正行為が繰り返されて発覚まで7年以上かかった経緯の解明、DNA型鑑定を含めて科学的捜査に従事する公務員の業務量及び定員規模の点検、再鑑定の実施方法や鑑定試料の保存状態が適切であったかの検証など、数多くの課題が残ったままであり、到底十分とはいえない。
民間企業であれば不祥事が発生した場合、独立の第三者機関を設置して検証を行うとともに、役員の辞任や損害賠償責任の追及、市民からの厳しい批判を受けて厳格な対応をとり、社会からの信頼を回復する措置をとるのが通常であるが、今回は現時点でそのような対応は一切なされていない。
佐賀県警察から連絡を受けた佐賀地方検察庁及び佐賀地方裁判所としても、警察の内部捜査に対して協力するのみで、第三者機関を含む独立性を有する調査委員会を設置し、不正の実態、原因、関与の範囲等を徹底的に調査するよう求めることなどを一切表明しておらず、刑事司法を担う同じ法曹の立場として極めて遺憾である。
佐賀県警察本部長は、冒頭の記者会見と同日の2025年(令和7年)9月8日に「科学捜査研究所における鑑定実施等要領の制定について(通達)」及び「科学捜査研究所におけるDNA型鑑定の実施における留意事項について(通達)」を発出したが、当該通達には本件不正行為について何ら言及しておらず、7年以上も自浄作用を発揮できなかった捜査機関が、政令である警察法施行令を根拠とする国のDNA型記録取扱規則を基礎とする行政の内部通達を発出しただけでは、根本的な問題解決とはいえない。
本件は、佐賀県警察のみの問題ではない。全国の都道府県警察においても、同様の不正行為が生じうる状況にあるのか、緊急の確認を行う必要がある。2024年(令和6年)9月26日に再審無罪判決が出された静岡4人強盗殺人・放火事件(いわゆる「袴田事件」)でも指摘されたような証拠捏造行為が現在も容易に行われ、それが長期間にわたり発覚せず、証拠として送付されたことは、えん罪防止の観点から、極めて憂慮すべき事実と言わざるを得ない。
国民の刑事司法制度に対する信頼を保持するためには、各都道府県警察の内部通達のみでは足りず、国会によって捜査の適法性を担保する観点から、犯罪捜査の記録の管理及び保管を義務付けることや全面的証拠開示制度の法制化を含めて、国会で審議がなされるべきである。
そこで、当会は、衆議院、参議院、国家公安委員会、警察庁及び佐賀県警察に対し、次の事項を求める。
- 佐賀県警察は、本件不正行為が捜査・身体拘束・起訴・公判に与えた影響の有無、影響の程度、再鑑定又は再評価を含む調査結果を全て公表すること。
- 国家公安委員会及び警察庁は、本件不正行為について、専門的かつ独立した第三者による調査委員会を設置し、事実関係や不正の原因究明を調査し、佐賀県警察のみならず、日本全国の科学捜査研究所等の鑑定機関における同様の不正行為の有無の調査、不正行為を防止するための制度設計、監査体制の整備を速やかに行うこと。調査委員会の構成員としては、弁護士会の推薦を受けた弁護士や刑事訴訟法及び鑑定実務に詳しい学識経験者を加えた専門的かつ独立した第三者とすること。
- 衆議院及び参議院は、国民の刑事司法制度に対する信頼を保持し、捜査機関における科学鑑定の信頼を担保するために、警察法、警察法施行令に基づくDNA型記録取扱規則に規定されたDNA型鑑定を含む科学鑑定について、その規定の在り方を検証するとともに、科学鑑定を犯罪捜査に用いる場合の公務員等に対する取扱い手順、記録の作成、鑑定試料の将来にわたる保管に関する内容を含む犯罪捜査の記録の管理及び保管を義務付ける規定や全面的証拠開示制度を法制化することについて充分な審議を行うこと。
これらの対策が十分になされない限り、DNA型鑑定等の科学鑑定への信頼は回復できない。当会は、将来の刑事司法の適正化を実現するために、上記の各提案を行うものである。
当会は、基本的人権を擁護する立場から、刑事司法手続の正義が確実に維持されることを希求して、本件不正行為への対応を含め、捜査機関に対して厳正に監視を続け、引き続き必要な提言を行う所存である。
佐賀県警察で発覚した科学捜査研究所職員によるDNA型鑑定の不正行為に対して強く非難するとともに、不正行為を防止する体制構築等を求める会長声明(PDF)

