会長声明・意見書

令和7年8月豪雨災害により被災した市民に対して生活再建のために充分な期間にわたって応急仮設住宅を供与することを求める会長声明

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更新日:2025年10月17日

2025年(令和7年)10月16日
第二東京弁護士会 会長 福 島 正 義
25(声)第10号

第1 声明の趣旨

1 熊本県及び熊本市は、令和7年8月6日からの低気圧と前線による大雨に伴う災害(以下「令和7年8月豪雨災害」という。)により被災した市民のうち被災前の住家が借家又は公営住宅(以下併せて「借家等」という。)であった者に対する賃貸型応急住宅の供与期間の上限について、これを被災前の住家が持家であった者のそれよりも短く設定する取扱いを速やかに是正するべきである。

2 熊本県及び熊本市は、応急仮設住宅の供与を必要とする市民に対し、それぞれが抱える事情の下で恒久的に居住する住宅を望ましい地域と立地において確保するために必要となる期間を踏まえ、それを充分に満たす期間にわたって応急仮設住宅を供与するべきである。

3 国は、熊本県、熊本市及び令和7年8月豪雨災害の被災自治体に対し、上記1及び2の公的支援策を時機に後れることなく適切に実施するよう的確な助言及び指導を行うべきである。

第2 声明の理由

1 令和7年8月豪雨災害に係る賃貸型応急住宅の供与期間に関する取扱い及びその根拠

(1) 熊本県及び熊本市の取扱い

 熊本県及び熊本市は、被災した市民に対して災害救助法に基づく賃貸型応急住宅を供与しているが、その供与期間(入居者が居住できる期間)の上限について、入居者の被災前の住家が持家であったか借家等であったかによってこれを区別する取扱いを採用している。具体的には、被災前の住家が持家であった者については入居の日から2年以内とする一方、借家等であった者については、熊本県は入居の日から1年以内、熊本市は入居の日から6か月以内へと短縮している(ただし、いずれも例外的に最長2年以内の範囲で供与期間を延長することができることとしている。)。

(2) 応急仮設住宅の供与期間に関する法令の定め等

 応急仮設住宅の供与期間については、災害救助法はこれを何ら定めておらず、国が、「災害救助事務取扱要領」において、まず建設型応急住宅について、建築基準法に基づく応急仮設建築物の存続期間(同法第85条3項及び4項)との整合を踏まえて供与期間の上限を原則2年としているにとどまる。一方、賃貸型応急住宅については、建築基準法上の問題は当然生じないが、建設型応急住宅との均衡を図るという理由のみにより、「災害救助事務取扱要領」において供与期間の上限が原則2年とされているにすぎない状況である。
 その上で、国が、本年になって「災害救助事務取扱要領」を改訂し、「被災自治体の判断により、被災前の住家が『借家』や『公営住宅』である被災者に対する応急仮設住宅の供与期間について、被災前の住家が『持家』である被災者のそれより短く設定することも可能である。ただし、その場合には、当該供与期間内に代替となる新たな借家を探すことが困難であるなどの場合には、被災自治体の判断により、供与期間を最長2年まで延長できることとする必要がある。」との記載を追加したという経緯がある。

2 令和7年8月豪雨災害により被災した市民に対しても生活再建のために充分な期間にわたって応急仮設住宅が供与されなければならないこと

(1) 被災した市民の生活の再建とその支援の意義

 被災した市民は、それぞれが抱える事情のもとで、恒久的に居住する住宅を望ましい地域と立地において確保すること(住まいの再建)を始め、自立して生活することのできる環境の再建に取り組んでいくことになるが、それは一人一人が個人としての尊厳を保ちながら自らの判断と決定により人権を回復していくものでなければならない。したがって、被災市民を支援することの本質は、一人一人の事情や意思決定を尊重しながら生活再建すなわち人権回復のプロセスを支援することにあり、あらゆる支援策はこれにかなうものである必要がある。
 災害対策基本法も、「被災者の年齢、性別、障害の有無その他の被災者の事情を踏まえ、その時期に応じて適切に被災者を援護すること」を基本理念に掲げている(同法第2条の2第5号)。

(2) 被災市民の生活再建における応急仮設住宅の意義及び供与期間の在り方

 応急仮設住宅は、災害のために住家が毀損されて安定した居住環境を失った市民のうち、当面の間居住する住宅(以下「仮の住まい」という。)を自ら確保することが容易でない者に対し、その者が持家や借家等の恒久的な住宅を確保するまでの間、居住の安定を図ることができるようにすることを目的として行政が供与するものである。
 いうまでもなく、応急仮設住宅への入居を必要とする市民は、住家だけに被害を受けたものではない。生活の全般に対して様々な被害を受け、また、精神的なダメージも負っている。
 そのような市民が仮の住まいを確保し、さらには恒久的な住宅を確保しながら自立した生活を再建していく過程においては、年齢、性別、障害の有無、世帯構成その他世帯に関する事情、経済状況、通勤・通学・通院や地域コミュニティに関わる被災前の生活圏に関する事情、地域の住宅事情、地域の復興計画の策定状況及びその内容など、多種多様な要素が不可避的に関わる。被災前の住家が持家であったか借家等であったかという事情はその一つにすぎない。
 被災した市民は、上記の多種多様な要素を踏まえて、またこれに制約され、左右されながら、必ずしも将来の見通しが立つとは限らない状況において、生活の再建に取り組むことを余儀なくされるのであるから、再建に要する期間もおのずから一人一人異なる。その中でも、住家の毀損により安定して居住することのできる環境を失った市民が恒久的な住宅の確保を含む生活再建に取り組むことの困難さはとりわけ深刻を極める。それゆえ、応急仮設住宅の供与は、被災した市民が安定した居住環境において生活再建すなわち人権の回復に取り組むことを可能にするという重要な意義を担うものであって、各種の公的な生活再建(人権回復)支援策の中核に位置づけられるものである。
 したがって、応急仮設住宅は、これを必要とする市民がそれぞれの抱える事情の下で恒久的に居住する住宅(又は、少なくとも安定した居住環境において生活再建に取り組むことのできる仮の住まい)を望ましい地域と立地において自ら確保するために必要となる期間を踏まえ、それを充分に満たす期間にわたって供与されなければならないものである。

(3) 応急仮設住宅の供与期間の上限を被災前の住家が借家等であったことのみを理由に短縮することは基本的人権を侵害するおそれがあるものであること

ア 熊本県及び熊本市は、賃貸型応急住宅の供与期間の上限について、被災前の住家が持家であったか借家等であったかという事情のみによってこれを区別し、被災前の住家が借家等であった者に対する供与期間の上限を「災害救助事務取扱要領」記載の2年から短縮する取扱いを採用している。
 しかし、被災前に借家等に居住していた者の中には、例えば戸建ての借家に長期間居住してきた高齢夫婦世帯もあれば、集合住宅の一室を賃借し始めたばかりの若年の単身者もあることが想定されるのであって、被災前に借家等に居住していた者が抱える事情は実に多様で個別性の高いものである。つまり、恒久的な住宅の確保はおろか、仮の住まいの確保についてさえ、その難易度や必要なコストの高低は、被災前の住家が持家であったか借家等であったかのみによって定まるような単純なものではない。したがって、被災した市民一人一人が生活再建に要する期間は様々であることを度外視し、被災前の住家が借家等であったという点のみをもって、賃貸型応急住宅の供与期間の上限を一律に短縮するという区別的な取扱いは、合理的な根拠を欠く。
 上記のとおり、応急仮設住宅の供与は、被災した市民が安定した居住環境において生活の再建に取り組むことを可能にするという重要な意義を担うものである。そうすると、熊本県及び熊本市の上記取扱いは、生活再建という人権回復のプロセスにとって重要な公的支援策に関して合理的な根拠なく区別的な取扱いをするものであるから、被災者支援の本質に反し、法の下の平等(憲法第14条)及び法による救助の原則としての「平等の原則」に違反するケースを惹起させ得る懸念がある。

イ 熊本県及び熊本市の上記運用は、本年の改訂により「災害救助事務取扱要領」に追加された上記1(2)の記載を踏まえたものと考えられる。同記載そのものも被災者支援の本質に反するものであるが、同記載を前提にするとしても、同記載は、被災前の住家が借家等である者について賃貸型応急住宅の供与期間の上限を2年より短く設定することを必須とするものではなく、また、同要領は、救助の程度、方法及び期間に関する事項に関して「硬直的な運用に陥らないように留意すること」を強調している。
 しかし、熊本県は、原則2年とされる賃貸型応急住宅の供与期間の上限(退居期限)を、被災前の住家が借家等であったというだけで一律に入居の日から1年とし、熊本市に至っては一律にこれを6か月として、いずれも供与期間の上限を極端に短く設定している。この上限設定は、災害のために安定した居住環境を突然失い、ようやく応急仮設住宅に入居することができた者に対し、入居するや否や遅くとも1年後又は6か月後には次の仮の住まい又は恒久的な住宅を確保して退居しなければならないというデッドラインを突きつけるものである。このような状況に置かれた被災市民は、安定した居住環境において生活再建に取り組むことはおろか、居住の安定すらほとんど得ることができないうちに、退居に向けた準備を始めなければならないこととなる。
 もっとも、熊本県及び熊本市は、入居の日から1年後又は6か月後の退居期限に近接した時期においてもなお転居先の確保が困難である場合には、例外的に当該入居者への供与期間を延長することができることとしている。しかし、例外的かつ結果的に延長されるのでは、被災した市民にとっては、入居の日から1年後又は6か月後が退居期限であることを前提に各種の対応を強いられることに変わりはなく、安定した居住環境において生活再建に取り組むことはやはり困難である。
 したがって、賃貸型応急住宅の供与期間の上限(退居期限)を入居の日から1年又は6か月と設定することは、ごく短期間のうちに転居先を確保することの現実的な困難さ及びそれに伴う心理的な圧迫もあいまって、入居者が個人としての尊厳を保ちながら自らの判断と決定により人権を回復していくプロセスを著しく妨げるものというべきである。

ウ 以上のとおり、被災前の住家が借家等であった市民に対し、そのことのみを理由として賃貸型応急住宅の供与期間の上限を一律に短縮するという取扱いは、それ自体が法の下の平等(憲法第1414条)に違反するケースを生じさせ得る上、供与期間の上限を入居の日から1年又は6か月と極端に短く設定することは、被災した一人一人の市民の個人の尊厳及び人権回復のプロセスにおける自己決定権(憲法第113条)をないがしろにし、また、被災した市民の居住移転の自由(憲法第22条第1項)を制約するおそれを有するものである。
 したがって、熊本県及び熊本市は、被災前の住家が借家等であった者に対する賃貸型応急住宅の供与期間の上限を被災前の住家が持家であった者のそれよりも短く設定する取扱いを速やかに是正し、応急仮設住宅の供与を必要とする市民に対し、それぞれが抱える事情の下で恒久的に居住する住宅を望ましい地域と立地において確保するために必要となる期間を踏まえ、それを充分に満たす期間にわたって応急仮設住宅を供与するべきである。

3 結語

 応急仮設住宅は、これを必要とする市民がそれぞれの抱える事情の下で恒久的に居住する住宅(又は安定した居住環境において生活再建に取り組むことのできる仮の住まい)を望ましい地域と立地において自ら確保するために必要となる期間を踏まえ、それを充分に満たす期間にわたって供与されなければならないものである。
 国は、現在の実務において、その供与期間の上限を原則2年とする準則を置いているが、そもそもこの2年という一応の設定は、上記1(2)のとおり、生活再建(人権回復)支援策としての応急仮設住宅の上記の目的及び意義から導かれたものではない。それにもかかわらず、近時、石川県が令和6年能登半島地震のために応急仮設住宅に入居することが必要となった市民のうち被災前の住家が借家等であった者に対する応急仮設住宅の供与期間の上限を2年から更に1年へと短縮する取扱いを採用し、これは後に被災前の住家が持家であった者と同じ2年へと改められたものの、その後、国が「災害救助事務取扱要領」に石川県が採用したような供与期間短縮の取扱いを許容する記載を追加し、その上で今般、熊本県及び熊本市が上記のとおり供与期間短縮の取扱いを採用したという事態が生じている。
 当会は、以上の経緯に照らし、今般の国の対応並びに熊本県及び熊本市の取扱いを看過することによって、将来起こり得る災害時においても再び応急仮設住宅の目的及び意義を損なうような供与期間に関する取扱いが繰り返される可能性を残すことを強く危惧することから、今般、熊本県及び熊本市に対し、声明の趣旨1及び同2の公的支援策を時機に後れることなく適切に実施することを求めるとともに、国に対し、声明の趣旨3のとおり熊本県、熊本市及び令和7年8月豪雨災害の被災自治体に対して的確な助言及び指導を行うことを求めるものである。

令和7年8月豪雨災害により被災した市民に対して生活再建のために充分な期間にわたって応急仮設住宅を供与することを求める会長声明(PDF)