会長声明・意見書

法律事務所への捜索等についての損害賠償請求事件判決に関する会長声明

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更新日:2022年08月08日

 東京地方裁判所は、2022年(令和4年)7月29日、東京地方検察庁の検察官らが被疑者A及び被疑者Bらに係る被疑事件*1の捜査として、被疑者Aに係る関連事件の元弁護人らの法律事務所に対して行った捜索等について、元弁護人らが国家賠償を求めた事件の判決において、元弁護人らが刑事訴訟法(以下「刑訴法」といいます。)第222条第1項、同法第105条に基づき押収拒絶権*2を行使し、立入りを拒んだにもかかわらず、検察官らが裏口から法律事務所に立ち入り、捜索し、法律事務所から退去しなかったこと(以下「本件捜索等」といいます。)が押収拒絶権の趣旨に違反することを認める旨、判断しました(請求自体は後述のとおり棄却)。

 本判決の判断は、本件捜索等が押収拒絶権の趣旨に反するものであることを認めた正当なものであり、高く評価します。

(1)

 本件訴訟において国が「押収拒絶権を行使できない」と主張したのは、①被疑者Aと面会した者の氏名が記載された面会記録、②法律事務所が被疑者Aに貸与したパーソナルコンピュータの使用履歴を示すインターネットのログ記録、③法律事務所への来所者を管理するために作成され、保管されている来所者名簿、来所者の名刺・身分証明書の写し等、④被疑者Bらの被疑事件関係者が残置した物、の4つでした。

(2)

 本判決は、次のとおり、これらを捜索・差押えするために本件捜索等を行ったことは押収拒絶権の趣旨に違反したものと認定しました。
 なお、押収拒絶権の行使が適法になされた場合には、その対象となった捜索差押許可状記載の「差し押さえるべき物」の捜索も許されなくなり、捜索すべき場所に立ち入ることも許されなくなる、という関係にあり、本判決もこれを前提としています。

 ①の面会記録及び②のログの記録については、元弁護人らによって面会やログ記録の原本又は写しが裁判所に提出されており、検察官においても閲覧・謄写が可能な状態にあったもので、押収拒絶権が保護する秘密保持の利益は失われていたが、そもそも、これらを差し押さえるために捜索を実施することが必要であったとはいえず、当該捜索は刑訴法第218条1項に違反して許されない。
 また、仮にそれ以外の記録があったとしても、押収拒絶権を行使できる「秘密」とは、その性質上客観的に秘密であるものに限られず、委託者と弁護士との間の委託の趣旨において秘密とされたものも含まれ、それにあたるかどうかの判断は、第一次的には委託者から委託を受けた弁護士に委ねられるものであって、弁護士が秘密に関するものであるとして押収拒絶権を行使したときは、それが上記の意味における秘密にあたらないことが外形上明白な場合でなければ捜査機関においてもその秘密性を否定することはできないと解されるところ、それらの記録がそのような場合にあたるとはいえず、その存在を理由として本件捜索等を正当化することはできない。

 ③の来所者名簿等について、被疑者Aとの面談のために来所した者以外の来所者名簿等はそもそも捜索差押許可状の許可の対象となっておらず、被疑者Aとの面会記録は前記①の面会記録に他ならず、前述のとおり捜索の必要がないか、押収拒絶権の行使により捜索が許されなくなっており、本件捜索等を正当化することはできない。

 ④の残置物について、押収拒絶権を行使することができる客体は、刑事事件の被疑者ないし被告人とその弁護人である弁護士との委託関係に基づいて保管又は所持する物に限られず、法律事務所の来訪者の残置物についても、法律事務所の所属弁護士が来訪者との間の委託関係に類似した関係に基づき保管し、所持する物といえ、押収拒絶権の保障が及ぶと解されるところ、被疑者Bらの被疑事件関係者の残置物は、これらの委託者と元弁護人らの委託の趣旨において秘密とされたものでないことが外形上明白であるとはいえず、この捜索・差押を理由として本件捜索等を正当化することはできない。

(3)

 当会は、本件捜索等について、2020年(令和2年)2月6日付け会長声明において、弁護士に押収拒絶権を認めた法の趣旨に反し違法というほかなく、押収拒絶権が保障された弁護士業務に対する信頼を失わせるものであり、被疑者・被告人の憲法上の弁護人依頼権の実質的な保障という観点からも、我が国の刑事司法の公正を著しく害するものと言わざるを得ない、と指摘しています。
 本判決のうち①、②に係る判断は、実務家及び学者の間で通説となっていたものの、裁判例がなかった中で、押収拒絶権の趣旨に従い判断したもので高く評価します。
 また、④の点は、押収拒絶権の趣旨に従った当然の結論とはいえ、必ずしも意識的に議論されていなかった点について、押収拒絶権の保障が及ぶことを認めた点を高く評価します。

 本判決は、以上のとおり高く評価できるものでありますが、最終的に、国家賠償法第1条第1項の「違法」性を否定しました。
 その理由として、④の残置物に係る押収拒絶権に関し、押収拒絶権の保障が及ぶものと解することが刑訴法第105条の「文理上明白であるとまではいうことができない」こと、この解釈が相当であることを明確に指摘した文献や裁判例が存したと認めることもできないことから、検察官らにおいて押収拒絶権の対象とならないと解釈したことが「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということができず」、本件捜索等が法令に違反するとは認められないことを挙げています。
 しかし、上記のように文献や裁判例のない論点であったとしても、検察官らにおいて十分な法令調査をした上での解釈であったのかどうかが問われるべきであり、本判決がその検討もせずに検察官の注意義務違反を否定したことは疑問であると言わざるをえません。
 なお、本判決が確定して裁判例となった場合には、今後、検察官が本件と同様の解釈に基づいて捜索を行ったときには、明らかに「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったもの」といえると考えられます。

 当会は、改めて、本件捜索等が我が国の刑事司法の公正さを著しく害するものであることを指摘するとともに、捜査機関に対し、同様の行為を二度と繰り返すことのないよう求めます。

*1 被疑者Aに対する出入国管理及び難民認定法違反被疑事件、被疑者Bらに対する犯人隠避教唆・出入国管理及び難民認定法違反(不法出国幇助)被疑事件

*2 押収拒絶権とは、刑訴法第222条第1項において準用する同法第105条に規定されるもので、「弁護士(外国法事務弁護士を含む。)」等の職に在る者又は職に在った者について、「業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについて」押収を拒むことができる権利をいいます。
本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人(被疑者)のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人(被疑者)が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでないとされています。

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