会長声明・意見書

刑事訴訟法における「再審」に関する規定に関し、証拠開示及び検察官による不服申立ての禁止に係る規定を新設する法改正を求める決議

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更新日:2023年06月01日

2023年(令和5年)5月31日
第二東京弁護士会

第1 決議の趣旨

当会は、国に対し、現在の再審手続きの実情及び刑事訴訟法上の再審に関する規定の問題点を踏まえ、

(1) 再審請求手続における証拠開示、及び、

(2) 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

に係る規定を新設する法改正を速やかに行うよう求める。

第2 決議の理由

1 はじめに

(1) 刑事裁判において無罪となるべき者に有罪判決を下し、刑を科す冤罪は、絶対にあってはならない国家による重大な人権侵害である。しかし、刑事裁判が人間により行われるものである以上、いかに刑事手続きを改善しても不可避なことである。
このため、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)には再審に関する規定(以下「再審法」という。)が置かれ、再審で無罪となった場合に補償の請求も認められている(刑事補償法)。

(2) 再審法は、刑訴法における通常審の規定と同様に重要であるが、第435条から第453条のわずか19か条しかない。
再審請求の審理に係る規定は「事実の取調べ」を受命裁判官又は受託裁判官によって行うことができるとするものしかなく、審理が裁判所の広範な裁量に委ねられているため、裁判所によって審理の進め方が異なる「再審格差」が生じている。
また、再審法は、1922年(大正11年)改正の刑事訴訟法の規定を、不利益再審を廃止した点1を除きほぼそのまま引き継いでおり、被疑者・被告人に当事者としての主体的な地位を認めてその人権を保障しようという当事者主義的な手続きの構造に変化している現行の刑訴法の諸規定と整合せず、諸外国における再審制度の見直し等も反映できていない。

(3) このため、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は60年前から再審法の速やかな改正を求める取組を開始し、学者や再審事件を担当する弁護士も現行の再審法の不備を指摘し声をあげ続けているものの、再審法の改正に向けた立法の動きはないに等しい。
法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会における意見(「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」2。以下「特別部会意見」という。)において「再審請求審における証拠開示」が「今後の課題」として採り上げられたが、その後の検討は進んでいない3
この結果、現行の刑訴法になってから75年も経つのに、有罪確定判決を争うために再審を請求する側は、無用かつ著しい手間と時間の負担を強いられ続けている。最終的に再審無罪という結論が出ればそれで良いのではない。再審無罪を獲得するのに気が遠くなるような年月を要し、その間、刑務所暮らしをさせ、人生を台無しにすることはあってはならない。

(4) 当会は、日弁連とともに再審法改正に向けた活動を行い、個別事件に係る会長声明4において再審法の改正の必要性を訴えてきた。
再審法の不備による再審手続きの長期化の中で請求人の高齢化が進む今、当会は、本決議により、国に対して改めて再審法の改正を速やかに行うことを強く求めるとともに、当会としてもその実現に向けてさらに全力で取り組む決意を宣言する。

2 再審請求手続における証拠開示を認める規定の新設

(1) 再審法について改正すべき対象は様々考えられる5が、本決議においては、当会が速やかに改正する必要性が特に高いと考える二つの項目を採り上げる。
その一つは、再審請求手続における証拠開示を認める規定の新設である。
現状、再審法に証拠開示の規定がないことから、裁判所の訴訟指揮権によって証拠開示が行われているが、裁判所の広範な裁量が認められているため、裁判所の積極的な訴訟指揮により多くの重要な証拠が開示された事件もあれば、訴訟指揮に消極的なために証拠開示が進まない事件もあるという、いわゆる「再審格差」が生じている。
例えば、布川事件における第2次再審請求審では多数の未提出証拠が開示され、再審開始決定に繋がったが、第1次再審請求審で証拠開示が適切に行われていれば、その再審請求審において再審開始決定がされ、もっと早く再審無罪との判断を得ることができたはずである。
どこの裁判所においても同様の基準によって証拠開示が認められるべきであるから、再審請求手続における証拠開示の規定を新設する法改正を速やかに行うべきである。

(2) しかしながら、現在、証拠開示の法制化に向けた議論は、前記のとおり進んでいない。
前記の特別部会意見を受けて成立した2016年改正刑訴法の施行3年後見直しを行うために、2022年(令和4年)に改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会が法務省に設置されたが、同協議会においても、委員から早期の検討を求める意見が出たものの容れられず、いつ検討されるかも不明である6
このような法改正に向けた議論すら進めようとしない現状は、到底看過できるものではない。

(3) なお、当事者主義がとられている通常審との審理構造が異なることを理由に証拠開示の導入に否定的な見解もあるが、証拠開示規定の要否や内容が、当事者主義、職権主義といった考え方から一律に決まるものではないことは、2004年(平成16年)の刑訴法改正における通常審における証拠開示規定の導入の際も前提とされていた。再審請求手続きにおいて別異に考える必要はない。
また、証拠開示一般に問題点として挙げられるプライバシー等の問題は、証拠リストや開示の基準・手続を整備することで回避可能であり、再審請求手続における証拠開示規定を整備することを妨げる理由とはならない。
以上の点を含めて直ちに議論を行うべきである。改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会では、検討すべき課題が多く、再審請求審における証拠開示について検討する時間がないということであれば、同協議会とは別に議論を進めれば良く、同協議会における議論を待つ理由は見当たらない。

(4) よって、当会は、国に対し、再審手続における証拠開示に関する議論を直ちに開始し、それに関する規定を新設することを強く求める。

3 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する規定の新設

(1) 当会が速やかに法改正する必要性が特に高いと考えるもう一つの項目は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することである。
刑訴法第450条は再審開始決定に対する即時抗告を、同法第433条は特別抗告を、検察官が行うことを明確には否定していない。かつては検察官による即時抗告が棄却されると再審開始決定が確定することが多かったが、近時は検察官が特別抗告までするケースが増えている。
この結果、ただでさえ再審請求審の審理期間が長いのに、再審開始決定が出ても不服申立てによって再審請求に係る審理が長引き、冤罪被害が長期化するという弊害が数多く指摘されている。
しかしながら、検察官による不服申立てを禁止する法改正に向けた議論は、証拠開示以上に進んでいない。

(2) 刑事裁判において検察官に上訴や抗告といった不服申立てを認めること一般についても議論はあるところであるが、少なくとも、再審請求審は、再審の審理を始めるか否かを判断するだけの手続きであって、無罪か否かといった実体判断を行う手続きではない。検察官がなお有罪を主張するというのであれば、再審公判で主張、立証すれば良いのである。
そもそも、現行の再審法においても、再審制度は憲法第39条(二重処罰の禁止)に基づき冤罪被害者を救済することのみを目的とするものとなっている。そして、職権主義がとられている現行の再審請求審においては、検察官は、当事者ではなく、公益の代表者として関与するに過ぎない以上、通常審のように不服申立てを認めるべき理由はない。
仮に再審開始決定が不適法である場合(刑訴法第446条参照)に不服申立てを認める余地があるとしても、再審開始決定の根拠となった事実認定についてまで検察官に不服申立てを認めるのは、公益の代表者としての地位を逸脱している。

(3)  以上のとおり、検察官に再審開始決定に対する不服申立てを認めることは現行の再審制度を前提としても不当である上、再審請求審が事実上の決着の場となるという、再審請求審と再審公判という二段階手続を設けた趣旨を無視した運用がされ、再審請求審の審理が長期化している現状を踏まえるならば、検察官が再審開始決定に対する不服申立て(少なくとも事実誤認を理由とする不服申立て)をすることを明文で禁止することが必要である。

4 冤罪被害者を早期に救済できるようにするため、速やかな法改正を求める

以上から、当会は、国に対し、冤罪被害の実態を直視しその被害を早期に救済できるようにするため、再審手続における証拠開示規定、検察官の再審開始決定に対する不服申立てを禁止する規定を新設することを内容とする法改正を速やかに行うよう求める。

  1. 憲法第39条に二重処罰の禁止が定められたことによる。
  2. 2014年(平成26年)9月18日開催の法制審議会第173回会議で報告され原案どおり採択された。https://www.moj.go.jp/content/001127393.pdf
  3. 「部会において,現時点で制度化を進めることに一定の異論が示され,具体的な検討までは行われていないため,今後制度を構築するとすれば,制度の基本となる部分を含めて更なる検討が必要と考えられる」とされている(法制審議会第173回会議 議事録10頁。https://www.moj.go.jp/content/001128030.pdf)。
  4. 直近のものとして、2023年3月13日付け「「袴田事件」第2次再審請求差戻後即時抗告審決定に関する会長声明
  5. 例えば、日弁連の2023年(令和5年)2月17日付け「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書
  6. 第1回議事録(PDF17頁)「平成28年の刑事訴訟法の改正で導入された9項目について、これを一体のものとして、それぞれ順番に運用状況を把握し、その上で、第2段階として、制度運用上の課題を整理するために協議いただき、その後で、附則第9条第3項の再審請求審における証拠の開示についても協議いただく」とする考えが承認されたが、マスコミ出身の委員は、「国民の関心が非常に高いと思っております。当事者の方が高齢化していることもありますし、検討のスピードアップと併せて、最後にちょっとやりましたという形ではなくて、9項目について一巡目の協議が終わった後、二巡目に入る前に入れていただいて、このテーマについてもきちんと二回議論するということはできないのかなと思います」と指摘していた。

刑事訴訟法における「再審」に関する規定に関し、
証拠開示及び検察官による不服申立ての禁止に係る規定を新設する法改正を求める決議の件
(PDF)

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