出版物・パンフレット等

この一冊 Vol.141 『チープ・シック―お金をかけないでシックに着こなす法』


カテリーヌ・ミリネア 著
キャロル・トロイ 著 片岡義男 翻訳
草思社 2,200円(税別)

「おしゃれになるには、今季 どんなアイテムを買うべき?」ファッションエディター・スタイリストという職業柄、まわりの先生方からこうしたご質問をいただくことが多い。 あくまで個人的意見である が、おしゃれになりたいことと、トレンドを追いかけることは相反するように思う。流行を追えば追うほど、おしゃれからは遠ざかっているのだ。ファッションは生き方その もの。無限の選択肢から何をチョイスするか?色やサイズは?着心地は?これらの選択の過程で、着る人の生い立ちや人生観があらわになっていく。この選択にこだわりを持ち、自分の生き方に基づく物差しを持ち込める人こそが、本当におしゃれな人なのだと思う。これに対し、自分の中に確かな物差しがなければ、選択の際、外的事象であるトレンドに頼らざるを得ないだろう。逆に言えば、物差しがあれば、流行りに左右されず、しかもおしゃれに見えるということ。この物差しを提供してくれる恰好のバイブルが本書である。タイトルの「チープ・シック」とは、お金をかけずにセンス良くおしゃれを楽しむこと。ファッション用語としてすっかり定着しているこの言葉は、本書が語源だとも言われているようだ。

初版が発行されたのは1975 年(日本版は1977年)。70年代といえば、平和を求める機運の高まりとともに、ファッションも大きな変革期を迎えた時代。階級や文化の境界を越えた自由で多様なスタイルが次々に生み出され、例えば労働者階級の作業着だったジーンズが市民権を得たり、民族服が日常着に取り入れられたりしたのもこの頃だ。このような流れを受け、誰かが作り出した流行を追うことに疑問を持ち、自分自身のスタイルを見つめ直したのが本書と言えよう。私がこの本と出会ったのは、官僚を辞め、ファッション業界に足を踏み入れたばかりの頃だ。自分の着こなしに自信がなく、何となく流行を眺めていた身にとって、本書は衝撃的だった。

「あなたの服装は、あなたが自分でえらびとっている自分自身の生き方にぴったりそったものであるべきなのです。」この冒頭の言葉からも明らかなとおり、本書が指南するのは、服や着こなしだけではない。自分の生き方を反映した現代的でシックなスタイルに何より大切なのは「自分の体」であると明言する。もちろん、具体的なコーデ ィネイトの提案も秀逸。どの章も素晴らしいが、「ベーシックという、とても大事なもの」と題する章は必読だ。

大量生産で商品があふれ、環境への負荷が深刻化する一方、インターネットやSNSの発達でマス化、ボーダーレス化している現代。この状況を打破するには、本書が提案するように、自分に合ったものを長く着続けることが一つの解決策となり得よう。本書は45 年の時を経て、現代にこそ重要な示唆を与えてくれる。

当弁護士会会員 海老澤 美幸(69期) ●Miyuki Ebisawa