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類型別:委員長経験者に聞く!なかなか聞けない業務妨害を受けないための事件処理の手法(前編)

阿部 克臣 (62期)●Katsuomi Abe
当会会員
弁護士業務妨害対策委員会 委員長


石田 英治 (48期)●Eiji Ishida
当会会員
民事暴力介入対策委員会 元委員長、
弁護士業務妨害対策委員会 元委員長

第1部 弁護士業務妨害対策の基礎

講演者:阿部 克臣

1 弁護士業務妨害対策の基礎知識

1 弁護士業務妨害の現状

(1)弁護士業務妨害とは
まず、弁護士業務妨害の現状からお話をします。そもそも弁護士業務妨害とは、何ぞやという方も、特に新人の方にはいらっしゃるかもしれませんので、簡単に言うと、「弁護士に対する攻撃」のことです。我々弁護士というのは人のトラブルを扱う仕事です。人の恨みも買いやすく、攻撃対象にもなりやすいので、相手方や第三者、時には依頼者や元依頼者などからも攻撃を受ける場合があります。弁護士の職務に対する妨害であるばかりか、弁護士の背後にある基本的な人権の擁護、社会正義の実現という、弁護士の使命に対する挑戦、攻撃です。
この弁護士業務妨害は、予防方法を知っていれば、ある程度は避けることができますが、業務の性質上、どうしても不可避な部分があります。この弁護士業務妨害にどう対処して付き合っていくかということが、業務を行う上で重要になってきます。

(2)過去の重大事件
残念ながら近年も弁護士の命が奪われるような重大事件が発生しています。令和元年4月に日弁連の弁護士業務妨害対策委員会が発行した「弁護士業務妨害対策ニュース」の1面が「平成の重大事件を振り返る」というものでしたが、例えば坂本弁護士一家殺害事件など世間を騒がせた大きな事件が10件並んでおります。若い方はあまりご存じないかもしれませんが、平成22年には横浜で1人、60期の弁護士が、そして秋田でも1人、35期の弁護士が殺害されるという重大な事件が発生しています。
それと、近年特に問題になっているのが、インターネットによる業務妨害です。特定の弁護士を不特定多数がネット上で誹謗中傷するというような、かなり重大な被害が生じています。それ以外の事件としては、弁護士が3億円を恐喝された大阪3億円事件とか、光市の母子殺害事件というのがありましたけれども、その弁護団への多数の懲戒請求など、かなり深刻な事件も、この30年ぐらいの間で発生しています。

2 弁護士業務妨害の類型

(1)刑事弁護型
具体的な被害の典型例としては、国選弁護、当番弁護で担当した被疑者、または被告人から妨害を受けるという事例が非常に多いです。多数の手紙が送り付けられてくる、事務所に接見希望の電話が多数かかってくる、あとは出所したら会いに行くというような脅しまがいの手紙が来るなどです。
また、毎年必ずあるのが、新規登録弁護士の当番、国選の義務研修でトラブルに巻き込まれて、被疑者、被告人からクレームを受けているという相談です。

(2)離婚事件・DV夫型
次に多いのが離婚事件、DV夫型です。DV夫から受ける攻撃というのは、特に深刻な被害が生じることが多い類型で、前述の平成22年に弁護士が2名殺害された事件は、いずれも離婚事件絡みで、夫側から殺害されたというケースになります。

(3)懲戒請求型
それと近年は、懲戒請求による弁護士に対する攻撃というのが非常に増え、問題になっています。

(4)インターネット誹謗中傷型
あとはインターネットで弁護士を誹謗中傷する、インターネット誹謗中傷型が、平成23年ぐらいから増え、対処がなかなか難しいところがあります。このインターネットでの業務妨害については、日弁連の弁護士業務妨害対策委員会でも、その対処方法をずっと研究しており、昨年、「インターネットにおける弁護士業務妨害対策の現状と対策」というマニュアルを作成し、会員サイトからダウンロード可能です。内容については、インターネット専門の弁護士の先生方、複数名からもご意見をいただいて、最新の議論を入れたものになっています。書式や公刊物に載っていないような裁判例も添付資料として付いていますので、かなり役に立つのではないかなと思います。

(5)なりすまし型
また、なりすまし型というのも、近年非常に多くなっています。なりすまし型は、弁護士になりすまして、一般市民に金銭を請求したりするものです。特に最近多いのが、ショートメールを使ったものや、ハガキを用いたものです。実際に使われたハガキを見ましたが、「民事訴訟最終通告書」と書いてありまして、お金を払わなければ裁判を起こすというようなものでした。このハガキを多数の一般市民に送り付けるわけですが、その際に名前を騙られた弁護士のところには、問い合わせの電話がいっぱいかかってくるということになります。

3 近年の弁護士業務妨害の特徴

近年の業務妨害の特徴としては、まず件数自体が非常に増加しています。私はこの委員会でもう10年ぐらいやっていますが、毎年、前年度より多いというような状況です。 次に妨害態様が多様化、陰湿化しています。昔は非常に単純な妨害類型で、例えば名誉毀損でもビラを配ったり、事務所に押し掛けてきたり、暴力を振るったり、分かりやすい妨害だったわけです。でも今はネット上の書き込みや「Twitter」でのなりすましなど、非常に陰湿化、巧妙化しています。
また、近年特に感じるのが若手会員の被害が多いということです。当委員会に過去4年間に寄せられた支援要請の件数を見ますと、合計34件のうち、82%が60期代で、3%が70期代なので、60期代以降で85%ということになります。
その中で過去1年ぐらいの妨害類型を見ると、刑事弁護型と、DV夫型、あとは懲戒請求型が非常に多く半分以上を占めています。

2 弁護士業務妨害対策委員会の活動

当委員会の支援の流れとしては、まず妨害を受けた会員から支援要請を受けまして、その後、当委員会の委員が2名ないし3名で面談をします。面談をして、当委員会で支援の必要性があると判断した事案については、二弁の会長名で支援決定が出されます。
支援決定が出たら具体的な支援活動に当たります。支援活動の内容はもちろん事件によりますが、その弁護士の代理人として妨害者に対して内容証明郵便を送ったり、警察署に同行して協力を求めたり、刑事告訴・告発をしたり、妨害者と面談や電話で対応したり、期日への付き添いをしてボディーガード役のようなことをするときもあります。他にも民事保全、民事訴訟などの法的手続きも考えられます。
支援要請をする場合は、二弁会員サイトにある「弁護士業務妨害相談シート」をダウンロードの上、記入後にファクスしてもらうという形になっています。ファクス受領後、当委員会で担当の委員を決めて、まずお電話を差し上げるという流れになっています。
当委員会の活動としては、まず活動の性質上、警察の協力を求めることが非常に多いです。そのため、東京三会の弁護士業務妨害対策委員会で、警察との意見交換会を毎年行っているほか、表敬訪問をしたりして、警察との情報交換、協力関係の構築に努めています。
また、インターネットによる弁護士業務妨害や、対処が難しい類型につきましては、東京三会でプロジェクトチームを作って対処に当たっています。具体的には、平成28年に「インターネット弁護士業務妨害対策プロジェクトチーム」というのを作り、そこで対処方法を検討したり、研修を行ったり、具体的な妨害を受けた会員の支援に当たったりという活動をしています。
さらに、防犯グッズの調査や研究なども行っているほか、会員への告知ということで、「業務妨害相談のご案内」を2カ月に1回、「Niben通信」に掲載したり、半年に1回ぐらい別刷りのカラーチラシを全会員に配布したりして、積極的に広報活動を行っています。
何か業務妨害に遭った、遭いそうだということがあれば、まずは遠慮なく当委員会にご相談いただければと思います。

第2部 類型別: 業務妨害を受けないための事件処理

1 民暴・クレーマー事件における業務妨害の予防と対策

講演者:石田 英治

1 妨害を完全に予防する方法はない

民暴・クレーマー事件に関しては、業務妨害を完全に予防する方法はありません。多くの業務妨害事件では、妨害者はもともと業務妨害を目的達成のための手段として考えていることから、弁護士の側に何の落ち度がなくても妨害を受けることがあります。そのため、そのような事件を受ける場合には、妨害を受ける可能性があることを十分に想定した上で、いかにその可能性を低くするか、いかに妨害を最小限に食い止め、被害の拡大を防ぐかという視点で考えることになります。

2 相手方について

リスクを判断するためには敵を知ることが有益です。しかし、民暴・クレーマー事件では、あまり神経質になる必要はないように思います。妨害者の類型は、暴力団、半グレ、社会運動標ぼうゴロ等様々で、それぞれに特徴がありますが、民暴・クレーマー事件に関していえば、彼らの基本的な思考パターンや行動原理はほぼ同じです。業務妨害への基本的な対策に大きな違いはありません。暴力団が相手だと不安に思うかもしれませんが、普通の民事事件への介入であれば、弁護士に危害を加えることは考えられず、むしろ素人のクレーマーの方が厄介なこともあります。もちろん暴力団相手でリスクの高い事件というものもありますが、それは妨害者の属性というよりは、事件の特性によるものです。この点については後述します。

3 妨害者の行動原理とリスクの見極め

彼らの思考の基本は次の3点です。①欲しいものは金(経済的利益)。②楽して金(経済的利益)を稼ぎたい。③リスクは負いたくない。これらの点から妨害のリスクを判断することができます。彼らにとって業務妨害というのはビジネスであり、この3点を天秤にかけて費用対効果を計算します。天秤に乗せる一方の要素としては経済的利益の額と、それが得られる可能性です。対して、もう一方の要素としてはコストとリスクがあります。楽して稼ぎたいという点がコストに反映されるわけです。妨害行為は彼らにとってコストとリスクであり、それを上回る利益を得られる期待があれば実行するわけです。
例えば数十万円のために弁護士に危害を加えることは通常考えられません。ヤミ金がその典型です。彼らは執拗に電話で攻撃をしてきますが、その程度に留まり、事務所には来ません。事務所に来ても弁護士が金を払う可能性は皆無なので、コストに見合わないことになります。また、自分が何者であるか特定されれば検挙のリスクも生じます。長々と妨害の電話が続くことはありますが、最後は時間が解決します。時間というのはコストです。彼らから見てコストが膨らめば、妨害行為を続ける意味がなくなります。
逆にコストとリスクをかけるに値する危険な事件というものもあり、金額の大きい事件がその典型です。リスクの高い事件については後述します。

4 基本方針

(1)毅然とした対応
彼らが考えているのは楽して金(経済的利益)を稼ぎたいということで、それが妨害の動機になります。従って、その動機を潰して断念させることが最も重要な目標になります。そのために重要なのは、「毅然とした対応」です。
彼らは弁護士の表情や態度を読み取って、この弁護士から金を取れるのかを見定めています。もし安易に妥協すれば、この弁護士だったらもっと取れるかもしれないと思われ、更なる妨害の動機付けにもなってしまいます。従って、このまま妨害を続けても目的は達成できないと諦めさせることがポイントです。そうすればその時点で妨害は止まります。
毅然とした対応というと、迫力を示すようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、その必要はありません。淡々とした対応でも、絶対に金は払わないという強固な意志さえ伝わればいいのです。
また、弁護士の性格上、口論で負けたくないという思いが強いと思いますが、余計な口論に応じる必要もありません。彼らも理屈に合わないことをやっているのは最初から分かっています。自分の非を認めることはありえませんから、理屈で勝負して勝とうなんて思う必要はありません。最後は、「見解の相違ですね」「これ以上話してもしようがないですね」ということで話を平行線のまま終わらせて構いません。一番重要なのはとにかく毅然とした対応であり、「ああ、この弁護士からは金は取れないな」と思わせて諦めさせる姿勢です。

(2)警察への相談
彼らは検挙されることが一番のリスクと考えています。口では「警察なんて怖くねえよ」と言いますが、内心びくびくしています。そのため、警察に検挙されるリスクがあるということを、相手方に知らせることが有効な場合があります。「警察に相談しているよ」と言うだけでも、効果が望めるので、客観的には警察が立件することを期待できない案件でも、あえて依頼者に所轄署に相談に行かせることもします。仮に、その結果、実際に警察が動かなくても、相談したという事実自体が重要になります。妨害者に内容証明郵便を出す際に、警察に相談しているということを一言書ければ、それにより彼らに現実的なリスクを思い知らせて牽制することができます。
また、事前に相談をしておくことにより、万一のときに警察が速やかに動いてくれるという期待も当然あります。リスクが高ければ保護対象にもしてくれます。

(3)裁判所の活用
裁判所を活用するというのも比較的よくある方法の1つです。彼らは理不尽なことを言って攻撃してきますが、裁判所の土俵に上げてしまえば、脅しなどは通用せず、理屈の勝負になりますので、我々の得意な場所で戦うことができることになります。また、執拗に繰り返し攻めてくるようなときでも、「もう仮処分を申し立てましたので、今後は裁判所で話しましょう」と言えば、その後は一切、彼らと面倒なやりとりする必要がなくなります。よい意味で逃げる口実にもなるわけです。
長々と交渉を続けるくらいであれば、さっさと法的手続をとった方が適切な場合というのは多くあります。

5 具体的な要領

(1)複数受任
民暴事件等で弁護士が危害を加えられる可能性がある場合の対策として、一番効果的なのは複数受任ではないかと思います。弁護士が1人で対応する場合、妨害者は、この弁護士さえいなければ目的を達成できると思うから危害を加えるわけです。ところが弁護士が複数いると、1人だけ攻撃しても必ずしも目的が達成できるわけではありません。複数受任によりリスクを分散させることができるだけでなく、「全員を攻撃することは不可能だ」と妨害者に思わせ、妨害の動機そのものをなくすことができるので、リスクの総量そのものを減らすことができるわけです。
これまで残念なことに重大な危害を加えられた先生方が多くいらっしゃいましたが、私が知る限り、1人で対応していたケースが多かったと思います。その点、民暴委員会では3人で共同受任することを原則としています。
不当要求者に対して複数で対応するというのは、弁護士に限らず、企業や行政でも行っています。これは「組織的対応」という言い方をしますが、担当者一人任せにしないというのは、不当要求対策の鉄則です。
弁護士の場合、複数受任だと着手金や報酬を分けなければならないというデメリットがあり、私自身も躊躇しないわけではありませんが、実際に危害が加えられた事例があることを重く考え、何を優先すべきなのかを考えた方がよいと思います。

(2)面談場所
面談場所に関しては、できればパブリックスペースで、こちらに不利な場所は避けるべきです。例えばホテルのロビーだとかそういうところがいいです。衆人環視の中で人を刺すとは考えにくいですから、密室に比べればはるかに安全ということになります。弁護士会の会議室を使うのも有効だと思います。人相、風体がいかにもという人に事務所に入られ、それをクライアントに見られると、事務所の経営上困るということもあると思います。

(3)相手及び要求の確認
法的手続をとる場合、①相手の特定、②要求内容の確認、③妨害行為の証拠化が重要であることはいうまでもありません。証拠化に関しては録音が有効です。私はICレコーダーを堂々と前に置いて「録音させてもらいますね」と明言するようにしています。これまで拒否されたことはありません。嫌だと言われたら「じゃあ、面談はお断りします。今後は文書でやり取りをしましょう」と言うこともできます。録音は相手に対する牽制にもなります。ヤミ金などから電話で攻撃を受けると、「録音してるよ」と言うと、静かになったりします。

(4) 見下さない、侮蔑しない、軽率な発言をしない
民暴・クレーマーの妨害者は直情的な傾向の人たちが多いので、見下されたと思わせないということは重要です。経済的利益の獲得だけでなく、報復の目的が加わってしまうと厄介です。妨害の動機付けとしてはそちらの方が強いことが多く、メンツが潰されたといって妨害の度合いが強まったり、余計に長引いたりします。
また、言葉尻をとらえて攻撃をすることも彼らの常套手段です。本質的な話ではなくても、攻撃材料になればよいわけです。人権擁護を標榜する組織を相手にする場合、特に軽率な発言は要注意です。彼らの理屈では、差別者のレッテルを貼りさえすれば攻撃を正当化することもできます。理屈で考えれば向こうが間違っていたとしても、1対1の交渉では判断してくれる第三者がいないので、大変苦労します。かつて私もある団体を反社呼ばわりする少々軽率な発言をしてしまい、懲戒請求をされた苦い経験があります。

(5)個人情報
個人情報の管理にも気を付けた方がよいと思います。特に自宅住所は知られないように日頃から注意すべきです。自宅を狙われたケースとして、平成22年に秋田の津谷先生が殺害された事件や、奥様が殺害された岡村先生の事件、坂本先生のオウム事件もあります。 かつて携帯電話の番号が分かれば、自宅を調べられると豪語していた者がいました。手懐けている携帯電話ショップの店員に、店の端末で調べさせるという単純な手口でしたが。最近ではインターネットのSNSの情報にも注意した方がよいかもしれません。仮に危害を加えられなかったとしても、自宅住所を知っていると告げられるだけで不安が増大し、業務に影響する恐れがあります。

(6)予兆に注意
私が日弁連の弁護士業務妨害対策委員会にいたときは予兆に注意することを重視していました。妨害者とやりとりをしていると、局面が変わった、潮目が変わったと思うときがあります。それをしっかり見極め、警戒度を高めることができれば重大な妨害の予防に繋がります。例えば、相手が急に事務所の周りを徘徊しだした、脅し文句の質が変わった、妨害行為がエスカレートした等です。過去の妨害事件を振り返ると、予兆となる出来事があり、その時点でそれまでとは別の対策を講じておけばよかったのではないかと、分析できることが多くあります。後から振り返ればという話ではありますが、実はそれくらいしか反省すべき点がない事件も多く、後悔しないためにも、そういう状況をしっかり見極めていただくと効果的な対策に繋がるように思います。

(7)事務所の執務スペースの分離と常時施錠
都内の事務所では、会議室と執務スペースとを分け、執務スペースを常時施錠するところが多くなってきたと思います。突然、妨害者が事務所に来て危害を加えるというリスクはゼロではありません。実際そのような不幸な事件が何件も起きており、神奈川の事務所で殺害されてしまった先生もいます。それを回避するには常時施錠が有効です。東京三会の業務妨害対策委員の間では、事務所の常時施錠は必須の対策であると考えています。
監視カメラもあった方がいいと思います。証拠という意味もありますが、牽制の意味も大いにあります。常時施錠され、監視カメラがあるような事務所であれば、そもそも乗り込んでやろうというふうには思わないでしょうから、防犯強化になると思います。

(8)防犯グッズ
防犯関係の専門家によれば、お勧めは催涙スプレーだそうです。何年か前、業務妨害対策委員会の研修で実演をしてもらいましたが、催涙ガスを5メートル程飛ばせるので、妨害者との間である程度の距離が保て接近戦をしなくていいというのがポイントです。また、かなりの刺激臭らしく、15分くらい相手が七転八倒するほどの非常に強い効果があるようです。
これに対して、スタンガンは接近戦でしか使えず、一発でうまく仕留められずに失敗すると相手に奪われる可能性もあるので、お勧めできないとのことでした。
催涙スプレーは小さくて持ちやすく、携行しやすいというのも利点です。私自身もかつて危険を感じた相手がいて、ポケットに忍ばせていたときが1回だけありますが、実際に使わなくても、安心できるという感じはしました。
なお、さすまたについては、実際にはあまり役に立たないことが多いようです。1人では効果がなく、2人、あるいは3人でやらないと意味がないようです。

(9)退路の確保
事務所内で、万一の場合の退路を確保しておくことも重要です。面談時には、相手がもしかしたら攻撃してくるかもしれないということを想定すべきときもあります。神奈川で亡くなられた先生も結局、事務所内で追い詰められて逃げ場がない状況で刺されてしまいました。できれば玄関とは別に、非常階段を使って逃げられるような建物の方がいいと思います。
部屋で面談をしている際に座る位置も重要で、自分がドアに近い方に座るというのは鉄則です。ドアを閉められて制圧されたら、逃げられません。

6 司法・警察の利用

執拗な架電、訪問、街宣活動については、仮処分で止めることが可能です。民暴・クレーマーの事件では珍しくありません。私も過去に何件もやっていますが、最後にはそれで止まることがほとんどだと思います。
仮処分が使えない妨害の場合には警察に相談することになりますが、業務妨害対策委員会ではその際の支援もしています。窓口は警視庁の本庁の組織犯罪対策第3課で、暴力団や反社でなくても対応してくれます。数年前に日弁連の弁護士業務妨害対策委員会が警察庁にお願いをして、各都道府県警に通達を出してもらい、そのような扱いになりました。ネットの誹謗中傷のような事件でも、まずは本庁の組対に相談に行って、そこから適切な部署を紹介してもらうことになっています。妨害を受けている先生が1人で警察に相談に行っても相手にしてくれないのでは、など不安な場合は遠慮なく弁護士業務妨害対策委員会に支援を求めていただきたいと思います。

7 危険な事件(生命身体の危険)

弁護士への業務妨害事件で生命身体に危険が及ぶことは滅多にないと思いますが、危険な事件というのも実際にはあります。抽象的にいえば、コストやリスクを度外視しても妨害者にメリットがある事件ということになります。
その典型が金額の大きな事件です。例えば、巨額の不動産絡みの事件などはリスクが高くなる場合があります。弁護士ではなく司法書士の資格を有する不動産関係の方でしたが、新宿の反社絡みといわれていた、権利関係の錯綜したビルの管理をしていた方が殺害された事件がありました。
また、坂本先生がオウム真理教に殺害された事件のような組織の存亡にかかわる事件も危険です。民暴では組事務所の明け渡しが該当します。窮鼠は猫を咬むというように、特殊なケースでは彼らはリスクを度外視でやってくることがあります。

8 危険な事件(依頼者による業務妨害)

重大な被害に遭う類型の1つとして、攻撃的な依頼者から不当要求を受けるケースがあります。特に業務ミスがあった場合が危険です。
ミスに付け込まれて、無理な要求も拒否できずに言いなりになってしまうのです。反社・クレーマーには毅然とした対応が肝要であると述べましたが、相手が依頼者であったり、自分にミスがあったりすると毅然とした対応はとりにくくなり、要求を拒否できなくなってしまうのです。特に相手が反社とかクレーマーだと、彼らは人の心理を操ったりするのに長けていますから、危険が大きいといえます。
数年前に大阪の弁護士が元依頼者から3億円を脅し取られた事件がありました。最初は少額の要求だったのですが、それに応じたことに妨害者が味を占めて、何度も不当な要求を繰り返し、最終的に総額3億円を取られました。もちろん自分の資産だけでそんなにあったわけではなく、依頼者の預かり金等を着服して支払いに充てていたようです。また、東京の弁護士で、クレーマーのような人の事件をやって無理難題を吹っ掛けられ、できないと言うと責められ、仕方なく応じていた結果、心の病気にかかってしまい、弁護士を辞めた方がいました。まだ若い方で、気の毒でした。

9 困ったら相談

何で弁護士なのに不当要求に屈したりするんだろうと思うかもしれませんが、弁護士でも、自分が当事者化してしまうと冷静な判断ができないことが多くあります。弁護士が適切に紛争を解決できるのは、紛争解決の基準である法律を知っているということのほかに、よい意味で、関わっている事件が他人事であるからです。他人事なら冷静な判断、客観的な判断ができる。ところが自分が当事者になると途端に冷静さを失います。自分の保身とか、恥をかきたくないとか、ミスを表沙汰にしたくないとか、いろいろなよくない考えが働き、先のことよりも、何とかしてその場を逃れることを優先してしまうのです。後で振り返れば、全く抜本的な解決になっておらず、むしろ事態を悪化させる原因になってしまうにもかかわらずです。
自分がそういうトラブルの当事者になってしまった場合、恥ずかしいという気持ちはあると思いますが、第三者に相談をするのが一番です。前述の3億円を脅し取られた弁護士も、それが自分のことではなく別の弁護士からの相談であれば、自分がしたこととは違う対応をアドバイスしたはずです。

10 委員会の支援

弁護士業務妨害対策委員会では会員弁護士の相談に応じています。事件として受任して被害弁護士の代理人にもなります。前述のとおり、1人で抱え込むと妨害を受けるリスクが高いだけでなく、判断を誤ることや危険なことも多いので、遠慮なく相談してほしいと思います。