Yamatsubaki 山椿
●伊達 俊二(36期)Shunji Date 私はかつて地方で起きた強姦、強姦致死等被告事件の控訴審の国選弁護人として選任された。
被告人は、強姦致死事件のみ否認し、他の強姦既遂事件等は争わなかった。一審の裁判員裁判では全てについて有罪認定され、無期懲役刑が言い渡された。
私は、強姦致死事件のみは、他の者の犯行である可能性があると判断した。
被害者は、11月に行方不明となったが、翌年の5月、笹が茂る原野で白骨死体となって発見された。有罪認定の一番の根拠は、被害者の下着に付着した精液由来の物質のDNA型の一致であった。
第一審の弁護人らは、DNA鑑定結果を徹底的に争い、裁判員裁判は異例の40日間という長期のものとなった。裁判員はDNA鑑定結果が証明されれば被告人は有罪であると考えた。
私は「あなたは強姦致死を否認しているのに、捜査段階でなぜ黙秘したのか。」と被告人に問いかけた。被告人は「弁護人から他は認めてもこの事件だけは黙秘するよう助言されました。」と説明した。
裁判員は致死事件のみを黙秘する被告人を見て逆に有罪の心証を得たと思われた。
私は、DNA鑑定結果を争うのは無理と判断した。しかし、記録を見る限り、そもそもその下着が被害女性のものであったとの証拠も無かった。下着は、普段一般女性が穿くような下着ではなかった。死亡後誰かに穿かされた可能性もあった。被害女性の両胸の第4肋骨には、左右均等に、鋭利な刃物様の物で刺された跡が1箇所ずつ残っており、どちらの骨の刺創痕にも血液反応はなかった。つまり、被害女性は、死後相当な時間が経過した後、何者かによって両胸を刃物様の物で刺されたことは明らかであった。
しかし、被告人は、被害女性が行方不明となった日の翌日の朝から勤務先の仕事現場で働いていた。
第一審判決は、被害者は被告人の運転していた車両で連れ去られ、車内で強姦され、一旦解放された後、遺棄された原野で再び強姦行為を受け、その際の暴行が原因で死亡したと認定した。
私は、そもそも暗闇の中で、1メートル以上の笹藪の中で強姦を行い、左右均等に胸を刺せるのか疑問に思い、事務所の高橋和弘弁護士と馬目順子弁護士を連れて、現場で二度実験してみた。地元のマスコミもやって来た。誰もが、犯行は不可能と判断した。人里離れた現場には、全く灯りが無く、数十センチメートル先も見えなかった。
馬目弁護士には事件当日の被害者の服装と同じ格好をしてもらい、遺棄現場に逃げてもらった。高橋弁護士には、刃物で馬目弁護士の両胸を刺す動作をするよう指示した。真っ暗闇の中では不可能であった。控訴審では、被害者の第4肋骨の刺創痕は被告人以外の者によると認定された。にも拘わらず、控訴審は第一審の判断を維持した。上告審も同じであった。
なぜこのような結果となったのか。裁判員裁判が始まり、第一審の判断が重視され、上訴審でその判断を覆すことは相当困難となった。公判前整理手続を経ているため新しく証拠も提出できない。
被告人は嘆いた。「弁護人が違うと、弁護手法が全く異なる。私たちは弁護人を選べないのですね。」

