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スペシャル対談 三菱商事株式会社法務部長 野島嘉之氏 ×笠井直人会長

野島 嘉之 笠井 直人

1、二人の出会い~アメリカ短期留学~

編集部

お二人が出会ったきっかけを教えてください。

笠 井

1991年の6月から7月にかけてアメリカのテキサス大学ダラス校のキャンパス内で、6週間にわたって開催されたサマープログラムにお互い参加したというのが出会いでした。

編集部

どういうプログラムでしたか?

笠 井

アカデミー・オブ・アメリカン・アンド・インターナショナル・ローというタイトルの、アメリカの色々な分野の法律を主にアメリカのロースクールの教授が講義をするというプログラムでした。受講生は世界各地から集まってきたローヤーで、ほとんどが弁護士や裁判官、アメリカ人は1人もいないというものでした。

野 島

ロースクールへ行く前のサマースクールという位置づけのプログラムですね。契約法や憲法、会社法、独禁法、知財法、PL法、税法、交渉術、商事仲裁などを一通り広く浅く教えてくれる、6週間のイントロダクションコースみたいなものです。

編集部

ずいぶん若い頃に参加されたのですね。

笠 井

弁護士2年目のときです。当時勤めていた事務所で、2年目に海外の研修に参加できるという制度がありました。

野 島

三菱商事に入社して4年目でした。基本はOJTで仕事を覚えるのですが、当時は4年目くらいにこうした研修がありました。海外ロースクール留学制度が充実してきたので今は派遣していませんが。

編集部

講義は英語ですよね。

笠 井

そうです。事務所から事前に英語を勉強しておきなさいと言われ、付け焼き刃で日本で英会話学校などに通ってから挑戦したのですが、ほとんど歯が立ちませんでしたね。ただ、もの凄く楽しかったです。受講生もみんな英語が母国語ではない人たちばかりでしたので、お互い一所懸命になってコミュニケーションをとっていました。

編集部

日本人は多かったのですか?

笠 井

全体で95人のうち、日本人が8名でうち弁護士が3名でした。あとは野島さんのように商社から来ている人が多かったですね。日本人以外は、イタリア、ドイツなどの先進国だけでなく、ネパール、フィリピン、チリ、ナイジェリアなど、本当に色々な国の人がいました。

編集部

朝から夕方までだいたいどのようにして1日を過ごすのですか?

笠 井

受講生はみんな同じホテルに泊まっていて、そこからバスで教室に通っていました。夏のテキサスですから、外は凄く暑くて、日中は40度近くになっていました。

野 島

授業は、午前2コマ、午後2コマ、合計で4コマくらいを毎日受けていました。

笠 井

午前と午後で2つの科目が1週間単位で代わっていきました。夕方割りと早めに上がって、日も長いからその後みんなでダウンタウンへ飲みに行ったりしました。

野 島

テニスをやったり、ジムへ行ったりもしましたね(笑)。映画や野球、ロデオを見に行ったこともありました。

笠 井

それだけでなく、週末はお互い誘いあって、アメリカ国内の色々な所へ旅行に行きました。アラモ砦があるサンアントニオ、オクラホマ、サンタフェなど。独立記念日にはニューオーリンズに行きました。

編集部

それで6週間を終えられて、野島さんはその後再度留学されていますね。

野 島

留学は1993年からです。1993年の7月から、ニューヨーク大学ロースクールのLL.M.に行きました。

笠 井

弁護士資格も取ったのですよね。

野 島

1994年にニューヨークの法曹資格を取りました。LL.M.は1年間なので、2年目の初めの半年は米国三菱商事のニューヨークオフィスで研修し、残りの半年はワシントンD.C.のアーノルド&ポーターという事務所でフォーリンアソシエイトとして研修して、合計2年の研修で帰ってきました。

編集部

野島さんは英語をどこで勉強されたのですか?

野 島

私は大学卒業旅行で初めて海外に行ったという口です。三菱商事に入社してから、いきなり、ほとんど毎日仕事で英語を使うことになりました。OJTで慣れていったというのが正直なところです。

編集部

入社当初からペラペラではなかったのですね。

野 島

基本はOJTと自己努力です。当時ラジオ講座を聴いたり、教材を購入して勉強しました。最初は国際電話を取るのも嫌でしたね。

編集部

笠井会長は、アメリカでの研修をどう生かしましたか?

笠 井

やはり英語ができると世界が広がるなと本当に痛感しました。そこで、帰国後しっかり英語を勉強すればよかったのですがねぇ...。今では、すっかりドメスティックローヤーです。ただ、アメリカの弁護士や裁判制度の一端を見たり、世界各国のローヤーとつきあったことで、視野がものすごく広がりました。

編集部

その頃のお仲間とは、今でも交流はあるのですか?

野 島

日本からの参加者の間で、1年間に1 回くらいですが、今でも交流があります。

笠 井

27年前からの古い付き合いになりましたね。その中には、阿達雅志さんという、当時住友商事から参加されていて、今、参議院議員になっている方もいます。阿達さんには、独禁法の改正の関係で、最近日弁連が大変お世話になっています。

2、職業選択

編集部

なぜ三菱商事に入られたのですか?

野 島

私が小学生の頃に石油ショックがあって、それがきっかけで資源関係に関心を寄せるようになりました。当時の通産省や商社に大変興味があり、最終的に三菱商事に決めました。

編集部

最初は研修を経て営業をやってから法務に配属されたのですか?

野 島

いいえ、最初から法務でした。ですから正直驚きました。私は商社でエネルギー案件をやりたかったので、面接試験でも、「サウジアラビアで石油を掘ります。」と言ったくらいでした。ただ先入観はなかったので、法務というのは何をやるところなのかなという感じで仕事を始めました。

編集部

ずっと法務畑ですか?

野 島

大半がそうですね。1995年の夏に留学を終え東京法務部に戻った後、今度は1997 年の年末から2002年の初めまで、米国三菱商事ニューヨークに駐在員として勤務しました。アメリカでも法務でしたが、ここで米国法の知識はやはり相当要求されたので、研修の成果がよりダイレクトに生かせたのではないかと思います。
その後、帰国し、チームリーダーという管理職になりました。2010年まで法務におりましたが、2010年から2012年まで、総務部に異動になりました。総務部で株主総会や取締役会、いわゆる最近でいうコーポレートガバナンスをやっていました。
2013年から全く毛色が違う、当時は環境・CSR推進部という部署の部長になり、今でいうサステナビリティー、気候変動や、サプライチェーン上のヒューマンライツ、児童労働問題やNGO、NPOリレーションなどを担当しました。
また、東日本大震災の復興支援もそこで担当していまして、頻繁に東北に行っていました。三菱商事復興支援財団という財団を作り、そこから被災された企業に投融資を行って復興をお手伝いするといった業務でした。環境・CSR推進部には2013年から2015年までおりまして、2016年から法務部に部長として戻ってきました。

編集部

環境・CSR推進部はそれまでいた部とは少し違った仕事のようですけれども。

野 島

広い意味でのリスクマネジメントという点では法務に通ずるところもあります。例えば海外で何か事業を立ち上げるときに、いろいろなリスクが生じます。法的にリスクが遮断できたとしても、社会的責任を問われることもある。企業の経営判断としてどこまで踏み込めばいいのかというところでは大変参考になりました。

編集部

会長が法曹を志した動機はなんですか? 6月号でもお聞きしていますので、簡単にお願いします。

笠 井

僕は高校1年くらいまでは建築家になりたいと思って、理系クラスにいたんです。ところが、デッサンができない。絶望的にできなくて、文転しました。父が弁護士だったこともあり、文系であれば弁護士になろうと思い、大学に入る頃にはもう弁護士になろうと思っていました。

編集部

詳しくは、NIBEN Frontierのバックナンバーの6月号をお読みください(笑)。

留学時代の二人

留学時代の二人

3、企業法務という仕事

編集部

入社された30年くらい前の話ですが、今の法務部とだいぶ違うのではないですか?

野 島

だいぶ違いますね。法務部になったのが、私が入社する1年前で、それまでは総務部法務室でした。人数も20人から30人くらいしかいませんでした。

編集部

現在は何人ですか?

野 島

法務部としては、海外オフィスに10 名強、子会社などへの社外に出向しているのが20名弱、研修生が6名を合わせて約90名弱が法務部採用の人員です。ほかに場所、拠点、現地法人で雇用している現地スタッフが海外に30名強、嘱託が10名弱なので、グローバルで130人くらいいます。

笠 井

ここ数年の日本の企業内弁護士数のランキングで、三菱商事はずっと上位3位以内に入っていますよね。

野 島

私が入社したときは規模が小さかったですし、商社ですから、割りと売ったり買ったりのトレーディング業務が多くて、法務部が見ることを求められる契約も売買契約や代理店契約の英文版のディストリビューター、エージェント契約、あるいは合弁契約、あるいはローン契約などが中心でした。

編集部

現在の法務部の主な取扱い業務について教えてください。

野 島

弊社では現在営業グループが7つあるので、それに個別対応した法務のチーム構成になっています。
発電事業やプラント輸出などを行う地球環境・インフラ事業、金融や不動産を扱う新産業金融事業、LNGや原油を扱うエネルギー事業。ほかに、石炭権益を有する金属、自動車などの機械、化学品、食料・食品などの生活産業の計7チームです。
昔はトレーディングが中心でしたが、最近は主に事業投資にシフトしてきていまして、それぞれのグループで子会社、関連会社合計連結ベースで1,400くらいあります。

編集部

会社の数がですか?

野 島

そうです。

笠 井

1,400もあったら凄いね。ガバナンスも大変でしょうね。

野 島

今は、収益の大宗が関係会社を通じてあげられているので、トレーディングで稼ぐ割合というのは、今ではかなり少なくなっています。私が入社したときから業態、事業内容はずいぶん変わってきています。
例えば、金属グループの石炭事業では、豪州で資源メジャーと一緒に原料炭を掘り、それを新日鐵住金などの鉄鋼メーカーに原料として販売しています。天然ガスでも、商流の上流に権益を持って、そこからガスを産出して、それを電力会社に供給したりという形です。このようなモノの売り買いを越えた仕組みが、資源エネルギー関係の事業の利益の大きなポーションを占めています。
非資源の生活産業だと、ローソンなどはうちの子会社ですし、ケンタッキーフライドチキンも関連会社です。こういう分野でも、上流から、例えば、米国やブラジルの方から原料を押さえ、それを日本に持ってきて、鳥やブタなどのえさにして、鳥、ブタを育てて加工して下流である小売りに卸していくという一連のバリューチェーンを構築し、色々なところから収益を上げられるようにしていますので、そういう収益が大きな割合を占めるようになってきています。
法務部の見る内容も、先ほど申し上げた本当にシンプルな売買契約等々といったことから、金融やM&A的な内容が増えてきています。あとはコンプライアンスなどの仕事が増えてきているということがあります。

笠 井

ダラスで、住友商事にいた阿達さんなどは、「商社は冬の時代だ。」と言っていましたね。ちょうどバブルが崩壊した直後でした。ところが、商社は当時から大きく業態を変えて、三菱商事などは、昨年度は史上最高益、連結純利益が5,600億円に上ったということですよね。どういう考えで業態を変えてきたのでしょう。一言で言うのは難しいと思いますが。

笠井 直人

野 島

単に売って買って中継ぎしている、要は貿易取引の代行業務みたいなことでは収益は先が見えているので、だったらプロフィットプールを押さえにいくしかないという発想です。天然ガスにしても液化する設備を持っていただけだったのですが、そうするとやはり川中なので、よりプロフィットプールが大きい権益、ガス田の権益を押さえにいくというように、どんどん上流に行きます。
そのため、そこで会社を買収したり、権益を買収したり、それを経営するということで、単なるトレーディングから事業経営にビジネスモデルがシフトチェンジしてきています。
例えば、消費財についても、単に売り買いするだけではなくて、バリューチェーンを押さえ、メーカーに出資してそれを経営して企業価値を上げて収益を上げていこうというモデルに変わってきています。

笠 井

それに伴って法務の役割も大きくなっていったのではないですか?

野 島

そうですね。いわゆる取引法務でも、私が入社した頃は営業部隊が法務部に相談しますが、別に社内規則で来なければいけないと決めているわけではないので、来たり来なかったりでした。
しかし、90年代後半くらいからは、各営業グループで意思決定をする会議体に、必ず法務のメンバーが入るようになりました。事前に相談しておかないと、経営会議の席上で、こんなのだめですよと言われたら恥をかいてしまいます。会社全体の経営会議にも法 務部長が必ず出席することになってきて、今では、重要な内容であればあるほど事前に法務部に相談に来るというようないいサイクルができ上がって、しっかり相談を受けるような体制になってきました。

編集部

法務部と営業で、意見が対立したりすることもありますか?

野 島

ぶつかることはありますね。やはりやりたいことがそれぞれあるし、言うべきことがあると、そこでぶつかることはあります。ただ、フォー・ザ・カンパニーでぶつかっているので、それはたいていの場合は落ち着くところに落ち着く。やるべきことはやればいいし、やるべきではないことはやらない。克服すべきことがあれば、代替案を出して、これがだめでも、ではこういう風にやりましょうという話で決着が付くことがほとんどの場合ですね。
プロジェクト自体が契約の固まりみたいなケースも多くあります。例えば、発電プロジェクトなどは、まず土地取得をして、そこに発電所を建てて、原料を手当てして電力を売る。一つ一つが契約の固まりなので、営業部隊と法務部隊は本当に最初の頃から一緒になってタームシートの作成、仕様条件を決定し、相手方との契約交渉まで仕事をし、相対立するというよりは、お互いに知恵を出し合って、どういうプロジェクトを作り上げていきましょうかという共同作業の場面の方が圧倒的に多いです。

編集部

国をまたがるお仕事ということで、商慣習も法律も全く異なる国とも多数取引がありますよね。そういう場合、法令遵守できているか、リスクがないか、どのように考えていくのでしょうか?

野 島

私たちが余り知らない国の法律は、やはり現地の弁護士さんに聞かないといけないので、それは必要に応じて起用し、必要なことを聞きます。ただ、その弁護士さんとのやりとりは法務部員がやることを原則にしています。もちろん100%そうではなく、営業の方が直接インプットした方がいいときもありますが、必ずコミュニケーションの中には法務部員が入っていて、きちんとモニターしています。

笠 井

そういう形で法務部がコミットするというのは、我々にとっても重要なことなんです。小さい会社だと、営業の人が直接相談に来るけれども、どこがポイントかというのも分からず、自分の会社の都合の悪いことはなかなか言ってくれなかったりします。それは人の性でもあるけれども、都合の悪いことを後に相手方からはじめて知らされたりすると、対応が後手に回ることになります。法務部が関与していれば、そういうことも防げるというのは重要なことでしょうね。

野 島

そうです。今申し上げた、法務部員がいる本店や現地法人などでは徹底できますが、子会社、関連会社では、必ずしも法務の経験のない方が対応せざるを得ないケースもあります。

笠 井

見切れないでしょうね。

野 島

そんなこともあり、子会社への出向者も最近増やし、2年前は7名くらいだったのですが、最近は20名くらいまで増やしています。比較的大きい子会社で、法務ニーズがあるようなところに部長クラスとして派遣するような人事を強化しています。それ以外のところは、顧問弁護士事務所とのネットワークを強化して対応しようとしています。

編集部

連結で20兆円の売上げを全て契約で賄っているわけですよね。法務部にこれだけの人数がいたとしても...。

野 島

いかに効率性を上げるかということだと思っています。

編集部

そうすると人の採用というか、それは常に考えておられるのでしょうか?

野 島

そうですね。毎年2名から4名くらい新人を配属してもらっているので、彼らを鍛えて一人前にする。でも、一人前になるまでに7 ~ 8年から10年くらいはかかりますね。

4、顧問弁護士について

編集部

企業内弁護士がこれだけ多数おられて、野島さん自身もニューヨークの法曹資格をお持ちになっていて、それでいても顧問弁護士の先生は何人もいらっしゃいますよね。
どのような場合に顧問の先生に相談をすることになるのでしょうか?

野 島

やはり訴訟、紛争関係のときは必ず先生方にお願いします。会社法関係、刑事関係、労働関係と、分野ごとに顧問の先生を決めています。あるいは、顧問の先生だけではなくて、得意分野を持っていらっしゃる先生方に、例えば金商法はこの人に聞いてみよう、独禁法はこの人に聞いてみようなど、その分野ごとに意見を伺うことも非常に多くあります。

編集部

弁護士の起用はどうやって決まるのでしょうか?

野島 嘉之

野 島

弁護士の先生方を前にして言うのもなんですが、昔私が入った頃は、会社が弁護士を起用するのも、例えば営業部長の大学の同級生を、「俺、いい先生を知っているから意見書を取ってきたぞ。」と言って進めてしまうということがありました。ただ、それだと場合によってはバイアスがかかったり、本来先生にインプットすべき内容を話さないで、説明したいことだけ説明して意見を取ったりする弊害が出てきました。
そこで、原則として、弁護士を起用するときには法務部が起用するということに社内の規則を変えました。したがって、私たちが過去の起用実績や得意分野に応じて、ではこの件はどなたにお願いしようかということを意思決定するという仕組みに変えていって今に至ります。

笠 井

外部の弁護士に期待することは何ですか?

野 島

我々法務部は、企業内でいわゆるホームドクターみたいなファンクションだと思っています。日常起こるような病気やケガは僕らが対処しますが、例えば心臓の手術が必要だとか、ホームドクターの範囲を超える場合は、外のエキスパートの助けを借りないといけないのと同じことだと思います。外部の弁護士さんは、専門分野をしっかりやっていらっしゃると思いますが、常に最新の判例も踏まえた最新の動向もフォローしていただいて、専門家としてのアドバイスをいただくことを期待します。
あとは、クライアントの意向に流され過ぎないことも大事だと思います。あとで私たちが見ると、なぜこのような意見書になっているのだと思うこともあります。それはこのように書いてくれと言われたから書いたのですと。

笠 井

「結論はどっちなの?」と聞いてから意見書を書くようなことですね。

野 島

クライアントの意向に従わないと難しい場面があるのかもしれないですけれども、それは経営判断を誤ってしまうことになります。例えば日常的に我々が必ずしも接点を持たない子会社、関連会社の顧問弁護士の方々とは定期的に面談して状況を把握するようにしています。我々も企業集団としての内部統制に責任を負っていますので。

5、企業内弁護士について

編集部

現在社内の弁護士は23名おられますが、弁護士を採用し始めたのはいつからでしょうか?

野 島

2000年前後だと思います。司法研修所から直接入ってきた方が第1号です。

編集部

求人はずっと続けられていますか?

野 島

そうですね。ロースクールを出て入ってくる人もいますし、弁護士事務所から転職してくる人もいます。

笠 井

僕が一番興味があるのは、とりわけ商社というのは人が最も重要な資産であると言っていますが、どういう方法で人を採用しているのかということです。
商社は弁護士に限らず色々な人を採用するに当たっても、やはり卓越した方法があるのではないかなと思いますが。

野 島

法務部の一般社員に関しては、実は、会社全体で普通に採用しているプロセスにのせているので、三菱商事として採用した人の中から法務部に回してもらいます。幸いにして、三菱商事自体の採用競争力が比較的高いので、いい人が採れていると。自分たちで言うのも少し変ですけれども。

笠 井

人気企業ランキングで常に上位にいる会社ですから、人が殺到するでしょうけれども、その中からどうやってセレクションしているのでしょうか?

野 島

やはり、しっかり自分の考え方を持っていて、それを自分の言葉でしっかり表現できることは大事です。経歴ももちろん見ますし、どういうことをやってきた人なのかということを何人もの人間で面接、確認して採用するというプロセスです。

編集部

新卒の修習生についてお聞きしますが、修習生のエントリーシートを見ていると、新卒の学部生と比べて内容が乏しいような気もするのですが...。

野 島

最終的に採用した人は、しっかりしていると思って採用していますが、正直申し上げて、ロースクール生を採用し始めたとき、修習生からは、「御社の仕事はどういう仕事ですか?」とか、「どういう仕事ができますか?」という感じで聞いてくる人が大半でした。熱心に企業研究をしてくる学部生の採用面接に慣れている面接官からの評判は散々でした。
ただ、そういうことを説明会のときに注意したりして、だんだん皆さん準備をしてくるようにはなっています。

笠 井

中途採用も結構ありますか?

野 島

毎年1人、2人くらい、事務所からの転職者や、企業に勤めている転職者などですね。

笠 井

中途採用の場合は、それまで弁護士としてどういうキャリアを積んできたかというのは見ますよね。

野 島

見ます。「なぜこのタイミングで転職するのですか?」など聞きます。

編集部

社内弁護士の求人も常時されていますか?

野 島

そうですね。中途採用の場合にはヘッドハンター経由も多いと思います。また、会社として中途採用を行うタイミングが7月~9月くらいにあり、その時期には会社のホームページに「キャリア採用のお知らせ」というのが出ており、それで応募してくる方もいます。

編集部

今度は会長にお聞きします。企業内弁護士に関しては、弁護士の職域拡大ということで弁護士会も取り組んでいますが、どのようなものでしょうか?

笠 井

法の支配を社会の隅々まで及ぼすというのが司法改革の大きなテーマの一つだったのですが、日本の経済は企業が支えているわけで、企業にも法の支配を及ぼしていかなくてはいけない。そういった意味では企業内弁護士が果たしている役割は凄く大きいものがあると思います。昔からの典型的な弁護士というのは、企業のアドバイザーとしての役割だけだったのですが、組織内にいるということで問題をいち早く的確に見いだすこともできるだろうし、必要に応じた解決策を提供できる。更には組織の意思決定そのものに関与することができるので、アドバイザーという形とは違った役割を果たしていけるのではないかと思っています。
特に当弁護士会の場合は、去年の6月時点での日本組織内弁護士協会(JILA)のデータを見ると、単位会別の企業内弁護士比率は9.4%で、全国 1位です。それだけ多くの企業内弁護士を会員の中に抱えているということで、そういった意味では企業内弁護士の在り方についても先進的な単位会でなくてはいけないと思っています。

編集部

もうずいぶん前の話ですが、割りと企業内弁護士に批判的な意見も弁護士会にありましたよね。

野 島

ありましたね。

笠 井

以前は、企業内弁護士が果たすことが期待できる役割を十分評価していなかった人が多かったのではないかと思います。企業からもこれだけニーズがあるということですから、その考え方は変えていかなくてはいけないだろうと思います。
法曹人口が激増し、修習生の就職難が深刻であった時代、日弁連や当弁護士会はどういう姿勢でいたか。就職対策や職域拡大ということで企業に対し、弁護士は即戦力ですぐ役に立つから採ってくださいとアピールし、修習生に対しても、企業というフィールドがあるからみんなどんどん行きなさいと言って、半ば押し込むようなことだけをしていました。しかし、これだけ企業内弁護士が増え、その活躍が期待されるようになった今、僕は、たとえ企業に雇用されていたとしても、弁護士としてのバッジを付けている以上は、プロフェッショナルとしての知見を生かし、ある程度企業からも独立した立場でものが言えるようなポジションになっていてほしいと思いますし、それが最終的には企業のためにもなるのではないかと思っています。
弁護士会というのは弁護士自治を支えるというのが大きな役割の一つですが、そういう企業内弁護士の人たちの意見も反映させて会務運営していかないと自治というのは堅持できないと思います。特に当弁護士会は企業内弁護士の比率が高いのですからね。

野島さんと笠井さん

留学時代の笠井会長

留学時代の笠井会長

編集部

社内弁護士の弁護士会活動はどうされていますか?

野 島

余りそこを深掘りして聞いたことはないですけれども、ときどき「こういう活動をしてもいいですか。」、「ああ、いいよ。」という会話はありますね。例えば、「分科会のメンバーに今度要請されているので...。」「ああ、そう。」みたいなこともあります。

笠 井

当弁護士会では、登録1年目の弁護士に刑事の国選事件を1件やりなさいという義務を課しています。ところが、企業内弁護士の中には、一生刑事事件にはかかわらないから義務を課すのはやめてくれとか、会社内では守秘義務を果たせるのかという問題があるという意見もあります。どうですか?。

野 島

部下から問合せを受けたことがないので、正直言って余り考えたことがなかったのですが...。ただ企業にいても、コンプライアンス問題でホワイトカラークライムみたいなものはあり得るので、そういうときに刑事手続については当然理解をしておかないと対応できないですし。そういう実務の感覚を持っているということは有用なことだと思います。

笠 井

せっかく司法試験のために刑事法を勉強し、研修所で刑裁、検察、刑弁の研修を受けているのですから、その直後に刑事弁護の実戦を積むべきで、このタイミングで刑事弁護を経験しておかないと、一生刑事弁護ができなくなってしまいかねません。犯罪絡みの相談においては、裁判になったらどういうことになるのか、検察官はどういうことを考えているのか、裁判官はどういうことを考えて、弁護士はどう考えて、どう行動していかなくてはいけないのか。それを学べるというのはもの凄く貴重な機会ではないかなと思います。それに刑事弁護というのは、弁護士魂というのを培うためには絶好の事件だと思うのですが。ただ企業によっては余り理解がないのが残念です。

6、企業法務が求める人材とは

編集部

三菱商事で企業内弁護士に求めるものは何でしょうか?

野 島

弁護士であるかどうかを問わず、法務部員として求めるものというのは共通です。いくつかありますが、決して受け身にならず、ファクトが何かということをしっかり聞き出し、把握することが出発点です。ファクトがはっきりしていないことには、相談にしても訴訟にしても始まらない。単に営業部隊からの説明を真に受けるのではなくて、きちんと自分で深掘りして、書類にしてもメールにしても何にしても自分で現物を確認して、自分の頭で分析して考えること。そして、人の意見に流されないでしっかり物事を考え、経営に対して意見を言う。この心構えをしっかり持てというのは、弁護士であろうとなかろうと法務部員に対しては共通するところです。

笠 井

素晴らしい。そのままうちの若手に聞かせたい(笑)。こういう人に企業内弁護士として三菱商事に来てほしいというのはありますか?

野 島

そうですね。企業内、特に会社の中ですとコミュニケーション能力が大変大事です。分析力なり意見書を書く能力が大変優れていらっしゃっても、事実をうまく聞き出すことや、あるいはそれを伝えることを苦手にしていらっしゃるような方だと、ずっと会社の中でやっていくときにご苦労されてしまうかもしれないです。

編集部

企業内弁護士は、普通の弁護士と比べてこんなことがいいですよというところはありますか?

野 島

私は外で働いたことがないので余り無責任なことは言えないですが、案件の最初から最後まで自分で見ることができます。

笠 井

確かに、顧問先から相談があったあの案件はどうなっただろうなと思うことが結構あります。聞くと、「ああ、もうとっくに終わっています。」ということもありますね。

野 島

外部の弁護士だと、言った意見がきちんと反映されているのか、勘案されているのかというところが、もしかしたらお見えにならないかもしれないですけれども、我々は自分の出した意見を通すことができるし、それが通らなかったらしっかりそれを経営に意見して、通すべきものは通すように、終わりまでしっかり見ることができるので、そこは大変面白いです。
また、先ほど申し上げたように営業と一緒になって世界のあちこちに行くことができるので、それも大変いい経験ができると思います。私の初出張はモスクワだったのですが、それ以来相当数の国に出張に行って交渉するなど、いい経験、面白い経験をたくさんできました。

編集部

ちなみに何か国くらい行かれましたか?

野 島

国数にすると20や30、そんなものかもしれないです。

笠 井

仕事でそれだけ行くとは凄いですね。

野 島

プロジェクトがあると、毎月のように行ったりしますよ。

編集部

あと基本的には終身雇用ですよね。やはり定年まで働かれる方が多いですか?

野 島

そうですね。法務部員の場合には一昔前は、50代くらいでほかの会社に転職していくケースもありました。ただ、先ほど申し上げたように三菱商事グループの中での子会社における法務ニーズが高まってきているので、昔だったら転職していったような人も、三菱商事グループの中の子会社での法務業務に従事するパターンも増えていくかもしれません。

笠 井

アメリカだとゼネラルカウンセルと言って、法務のプロみたいな仕事をしている人々がいて、そういう人たちはどんどん会社を渡り歩いていたりするそうですよね。

野 島

新聞報道などで見ると、日本でもゼネラルカウンセルとして外国人を起用するような例も出始めていますね。日本企業も法務機能を強化する必要性を感じていると思います。

笠 井

そうですね。これからの課題ですね。

7、最後に

編集部

最後に、法曹資格を持った若手の人にメッセージをお願いします。

野 島

企業内にも活躍できるフィールドが十分にあって、先ほど申し上げたように最初から最後まで自分でハンドルできるという面白さもありますし、現場に近いという面白さもあります。社内にいようが社外にいようがそれぞれ活躍できるフィールドはあると思うので、いろいろな可能性を試しながらご自身の活躍できるフィールドを探していただいて、企業内で活躍したいと思われる方はどんどん企業にチャレンジしていただくようなことが進んでいけば、より日本の法曹界全体が活性化するのではないかという気がします。

笠 井

野島さんがおっしゃったように、企業内弁護士のフィールドはかなり広がってきたと思います。他方で企業からの要求事項、要求水準も高くなってきています。そうした中で、既に企業内弁護士になっている、あるいはこれから企業内弁護士になろうとしている若い弁護士の方々にお願いしたいのは、常にどうしたら企業内で法の支配を及ぼすことができるのかを、プロフェッショナルとしての見地からも考えるようにして欲しいということです。弁護士会としても、そのためにどの様な協力ができるのかを考え、企業内弁護士をバックアップしていくべきであると思っています。

編集部

ありがとうございました。

野島さんと笠井さん