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スポーツ仲裁の現状と展望(前編)

高松 政裕  杉山 翔一

本講演の意義について

【高松】本日は、冒頭、私から本講演の意義について説明します。
私は2014年度に公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)の理解増進事業専門員を務めていました。杉山先生はJSAAの内部で組織運営や制度作りに携わっていますので、杉山先生からはスポーツ仲裁の制度について説明していただきます。私からは選手の代理人としてのスポーツ仲裁や調停申立て、また仲裁人としての活動を通じて、代理人としてどういうことに注意しなければならないかという視点でお話しできればと思っております。
まずは、2018年の上半期に世間の注目を集めた事件ということで、2018年1月9日の朝日新聞に「ライバルの飲物に禁止薬物。カヌー日本代表候補が混入」という記事が出て、テレビや新聞を騒がせました。
また、2018年2月には、レスリングの伊調馨選手に対するパワハラの件で、関係者が告発状を出したというケースがあります。それから、日大アメフト部の悪質タックル問題もありました。2018年の上半期は世間の注目を集めた事件が特に多かったという印象です。その背景には、東京オリンピック・パラリンピックや、2019年に開催が予定されているラグビーワールドカップ2019日本大会など、2019 年、2020年に世界中が注目するイベントを日本で行うということがあります。マスコミがそこに目を向ければ、当然国民の関心も高まるのではないかと思います。
こうした状況下で、ライバルの飲物に禁止薬物を入れるという事件がありました。禁止薬物というのはドーピングの問題なのですが、ここで言いたいのは、ライバルの飲物に禁止薬物を入れるということは、我々スポーツ界に携わる弁護士も含め、そんな事件が起きるなんて考えもしないことなのです。世界的に見ても、余り例を見ないと思います。
私どもが日々スポーツに関する相談などを受けていて感じるのは、特に東京オリンピック・パラリンピックに出場したいという選手が多く、選手だけではなく、それを取り巻く保護者やスポンサー、協賛企業、実業団の選手であれば所属企業など、多くの関係者が強く望んでいるということです。
東京オリンピック・パラリンピックに出ない とクビになってしまう、自分の居場所がなくなるという焦りもあり、このようなケースは本当にまれだとは思いますが、代表選考を争うケースがどんどん増えている印象があります。したがって、今後、更に代表選考を巡る争いやガバナンスに関する問題等が増えていくという背景があることは間違いありません。
また、本講演の意義として特に強調したいこ とは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのときには、CASアドホック仲裁というも のがあるということです。CASはスポーツ仲裁 裁判所で、スイスのローザンヌにあります。そのアドホック仲裁、つまり臨時仲裁が2020年に 日本で行われます。選手が日本でスポーツ紛争 に巻き込まれたときに、CASに申立ててくれという相談が来る可能性もあるわけです。
それからもう1つ、東京オリンピック・パラリンピックでのプロボノ弁護士制度の可能性ということで、皆さんにお伝えします。スポーツレゾリューションというイギリスのロンドンにあるスポーツ仲裁機関が、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックのときに実施したプロボノ弁護士制度で、これを2020年の段階ではJSAAが事務局となって制度づくりをしようという話が進んでいます。したがって、特にこの2年間で弁護士がスポーツに関する紛争に携わる可能性はかなり高まっており、本講演の意義はそこにあるのではないかというのが我々の認識です。この後は杉山先生にバトンタッチして、JSAAについてお話しいただきたいと思います。

JSAAについて

【杉山】 私は2013年に弁護士登録をして、現在、Field-R法律事務所に所属しています。
もう1つ、私の中心的な活動として、2014年からJSAAの仲裁調停専門員として仲裁手続の事務管理を行っています。海外ではこうした役割のことをケースカウンセルやケースマネジャーという言葉で呼ぶそうです。
2003年に設立され、今年16年目を迎えたJSAAでは、これまでに52件の仲裁判断が出ています。私は二十数件、4割は実際に事件としてかかわっています。残りの事案も確認しています。
実は、私は大学院卒業後、2年間、JSAAでアルバイトをしておりまして、JSAAにいる期間の方が弁護士経験よりも長いです。本日は、私がJSAAで仲裁調停専門員をしているという観点から、なるべく具体的な数字を挙げて、現状をご紹介していきたいと思います。

1 スポーツ紛争とは?

(1)スポーツ紛争の典型例

最初に、スポーツ紛争の典型例をいくつか見ていきたいと思います。

①代表選手選考に関する紛争
まず、代表選手選考に関する紛争です。これは、JSAAで扱う紛争の中でも最も数が多いものの1つです。競技者はオリンピック大会に出たいと思って活動しているわけですが、選考権限を有している競技団体が特定の選手を選ばないことがあります。自分が選ばれないことに対してそれが不当ではないかと争いになるのが、代表選手選考紛争です。

②規則の違反者に対する不利益処分に関する紛争
2番目として、規則の違反者に対する不利益処分に関する紛争があります。
現在、FIFAワールドカップの開催中ですが、スイスの競技者がセルビアとの試合で双頭のワシのようなサインをしたことが問題になり、本日(2018年6月26日)付で国際サッカー連盟(FIFA)から罰金処分が下りました。これはFIFAの定める内部規則に違反した者に対する処分です。処分が重すぎないか、そもそも処分される事由がないのではないかなどが問題になるのが規則の違反者に対する不利益処分に関する紛争です。

③競技中の審判の判定に関する紛争
3番目、競技中の審判の判定に関する紛争です。日本では、WJBL(バスケットボール女子日本リーグ)のシャンソンVマジックというチームが、数年前に静岡地裁に判定を巡って、審判 に対して損害賠償を求めた事案がありました。

④競技者等の競技団体への登録の許否に関する紛争
4番目、競技者等の競技団体への登録の許否に関する紛争です。2016年のリオデジャネイロオリンピックの際、韓国の水泳競技者が韓国のオリンピックチームに入れるかどうかが問題になったことがありました。

⑤傘下の競技団体に対する処分に関する紛争
5番目として、傘下の競技団体に対する処分に関する紛争です。イメージしやすいのは、2014年に国際バスケットボール連盟が日本バスケットボール協会に対して国際試合の資格停止処分を課したことがありました。スポーツ界ではIFと言われる国際競技連盟の下に各国の競技団体が連なっているという構造があります。こうした傘下の競技団体に対する処分が問題になることがあります。

⑥アンチ・ドーピング規則に基づく制裁に関する紛争
続いて6番目、アンチ・ドーピング規則に基づく制裁に関する紛争です。現在、国際的にも日本はとても注目されています。今まで日本はとてもクリーンな国だと言われていたにもかかわらず、最近、違反件数が多いからです。
例えば直近の平昌オリンピックのときにも、スピードスケートの競技者のアンチ・ドーピング規則違反が問題になりました。最近でも水泳でオリンピックに出場するようなハイレベルの選手の違反が問題になっています。また、大学生競技者のアンチ・ドーピング規則違反がこの1年非常に多くなっています。

⑦競技団体の理事等の任命・解任等に関する紛争
7番目、競技団体の理事等の任命・解任等に関する紛争です。ある競技連盟の評議員会において、評議員が役員の改選案を提案して、それが通り、役員に選任されたということがありました。この評議員会の決議に対して、別の評議員が決議の無効を求めたことがありました。

⑧スポーツ事故に関する紛争
8番目、スポーツ事故に関する紛争です。これは皆さんが通常かかわっている不法行為訴訟として典型的なものだと思います。

(2)スポーツ紛争の解決手段

さて、こうしたスポーツ紛争があった場合、皆さんはスポーツ紛争の解決手段としてどういったものを思い浮かべるでしょうか。

①公的な紛争解決手段
定型的にはもちろん裁判所で解決するということもあると思います。
警察や検察というものが紛争解決の役に立ったこともあります。最近の日大アメフト部の問題でも、告訴が1つの紛争解決に使われていました。
また、本日、日本ボクシング連盟の規定に関して、公正取引委員会が規定の改正を検討するよう求めたというニュースが流れておりました。日本レスリング協会の事案では、内閣府公益認定等委員会に申告や告発があったということでした。
私も過去にこうした機関に相談に行ったことがあります。

②私的な紛争解決手段
公的な紛争解決手段のほかにも、私的な紛争解決手段がたくさんあります。今、各競技団体、特に日本の競技を統括している団体の中には、相談窓口、通報窓口を置いている例もあります。指導者からパワハラを受けて困っているなどということは、この通報相談窓口で相談に乗ってもらえます。
ただ、競技者の中には、自分がお世話になっている競技団体に相談した場合、その後自分が不利益を被るのではないかと不安に思われている方もいます。
そうした方のために、例えば日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ振興センター(JSC)、日本スポーツ協会、日本障がい者スポーツ協会が、相談窓口を設けております。現状、日本では、例えばJOCの窓口の利用 者がトップアスリートに限られていたり、JSC の相談利用者がトップアスリートに限られていたりと、十分ではない面もあるのですが、こうした制度が徐々に出来上がってきています。ほかにも今日の本題であるJSAAやCASなどが紛争解決手段の1つとして挙げられます。

(3)スポーツ紛争の3つの特徴

では、こうした紛争解決手段を選ぶ上で、スポーツ紛争の特性をどのように理解していけばよいのでしょうか。ここでは3つの特徴を挙げます。
1つ目は、非常に迅速な解決が求められることです。なぜなら、選手生命は非常に短いからです。
紛争解決に1年、2年とかかってしまい、その間競技活動ができないとすれば、紛争解決後も競技を続けられなくなってしまうことがあります。また、スポーツでは必ず競技大会の日程が決まっていますので、資格を回復してもらえないと、競技に出られないことになります。そこで、競技大会の日程に合わせて紛争を解決する必要があるのです。
2つ目は、高度な専門性が必要になる場合が あるということです。例えば、サッカーの世界では、タイやマレーシアなどでクラブが選手にお金を払ってくれないというケースがあります。
では、FIFAの仲裁機関「紛争解決室」に申立てをしようとする場合、選手の次の契約が決まる前に申し立ててしまうと、「あいつは契約したクラブを訴えてくるやつだ」という評判が広まってしまうのです。そのため、選手の次の契約が決まるまでは、紛争を申し立てるのを待つことがあります。こうした業界の慣習や背景についての知識をきちんと持っていないと、手続選択を誤ってしまう可能性があります。
ほかにも、例えば、FIFAの手続を使うときには、FIFAが定めている紛争解決室の手続規則、実体法部分はFIFAが定めている「選手の地位と移籍に関する規則」やFIFA紛争解決室の判断例も見ていく必要があります。
3つ目として、廉価な紛争解決手段が必要だということです。スポーツ選手と聞いて、皆さんは裕福な人を思い浮かべることが多いと思います。ただ、私の実感としては、そうした人は一部だけで、オリンピックに出場するような選手であっても自分の競技活動や生活を支えるのに苦労している方がいらっしゃいます。そのような方にとっては、廉価な紛争解決手段が絶対に必要です。

2 JSAAの設立・概要

こうした紛争解決手段の概要とスポーツ紛争の性質をご理解いただいたところで、JSAAについて簡単にご紹介したいと思います。英語名が「The Japan Sports Arbitration Agency」、頭文字を取ってJSAA。設立は2003年です。今の事務所所在地は、外苑前にある秩父宮ラグビー場内です。
JOC、日本スポーツ協会、日本障がい者スポーツ協会と、日本のスポーツを統括している3団体が設立母体になり、資金を拠出して運営しています。
私のような仲裁調停専門員と呼ばれる弁護士と常勤の委託員とで相談窓口を持っています。営業時間が平日の10時から17時まで、相談はメール(info@jsaa.jp)でも、電話(03- 6863-4462)でも結構です。申立書の書式の入手方法や書き方など、手続的な内容に関しては、ご連絡いただければ全てご説明します。

3 JSAAの紛争解決手続の種類

(1)JSAAの手続類型と典型的な紛争

JSAAの紛争解決手段は、大別して、スポーツ仲裁手続、ドーピング仲裁手続、特定仲裁手続、加盟団体仲裁手続、スポーツ調停手続の5つです。それぞれの手続類型における典型的な紛争は【図表1】記載のとおりです。あくまでも典型的な紛争なので、工夫をすれば記載された以外の紛争で使うことも可能だと思います。

図1

図2 仲裁判断に基づく紛争の分類件数は、【図表2】記載のとおりです。
(2017年度事業報告参照)

(2)JSAAの紛争解決手続の特徴

①迅速かつ柔軟な手続進行
通常の仲裁の場合、だいたい3カ月から6カ月で処理できています。ただし、これはあくまで平均です。もし、1カ月後に大会があるので手続を急ぎたいが、3人の仲裁人で慎重に判断をしてほしいとのご相談があった場合、そうした期限を仲裁人が考慮に入れた上で、きちんと相応した期限に間に合うように設定してくれることもあると思います。
ほかにも緊急仲裁の申立てというものがあり、事案の性質にかんがみて、極めて迅速に紛争を解決処理する必要がある場合は緊急仲裁の申立てに付すことができます。ちょうど先週の金曜日に1件、緊急仲裁の判断が出ました。それは6月8日に申立てがあり、6月20日に審問期日をして、6月22日に仲裁判断を出しています。したがって、申立てから仲裁判断までちょうど2週間です。これはスポーツ紛争の特性として、短い選手生命や競技大会の日程が差し迫っていることなどがあるためだと思います。

②専門的な仲裁人・調停人による解決
JSAAでは、スポーツ法に造詣の深い弁護士や大学教授の判断を仰げます。業界の慣習や競技者の特性などを理解し、かつ、法律の専門家として法律をきちんと適用して判断できる方に入っていただいています。

③解決にかかるコストの低廉性
スポーツの仲裁に特徴的なこととして、申立料金5万4,000円(スポーツ仲裁規則14条5項、料金規程)以外に、商事仲裁のように仲裁人のフィーを払ってくださいということはありません。調停の場合であれば、申立人、被申立人、 双方各2万5,714円ずつということになります。また、基本的に期日は1回で、それまで主張書面を何度か往復するという形で行うので、早期解決によって弁護士費用を削減できることも十分にあり得るかと思います。

4 スポーツ仲裁の手続の概観

5つの手続のうちスポーツ仲裁の手続について説明します。
大きな流れとしては仲裁申立てです。受理されるために仲裁合意が必要で、受理された場合、仲裁人の選定プロセスに入ります。
その後、主張・立証や審問期日を設けた上で、最終的に仲裁判断が出されます。

(1)仲裁申立て

①申立要件の確認
私が事務局業務を行っていて一番苦心しているのが、入り口の申立ての問題です。スポーツ仲裁規則では、申立ての要件が決まっています。したがって、ここを間違えてしまうと、どんなに申立人の方が気の毒な状況に置かれていても、JSAAはそれを受理することができません。弁護士が相談を受けるとすれば、やはりこの申立要件は最も外してはいけない部分だと思います。

ア 不服申立ての対象(同2条1項)
まず、不服申立ての対象は、競技団体が行った「決定に対する不服」に限定されています。したがって、通常のスポーツ仲裁手続で、スポーツ中のけがについて損害賠償請求を行うというのはなかなかできないということになります。

イ 申立人適格(同3条2項)
また、申立人の適格も決まっています。スポーツ仲裁の申立人となる「競技者等」とは、「選手、監督、コーチ、チームドクター、トレーナー、その他競技者支援要員及びこれにより構成されるチームをいう」と書かれています。
同項にはスポーツをする上で欠かせない主体であるはずの審判員が明記されていません。審判員の方が、自分の資格が問題になったときにここで言う「競技者支援要員」に該当するかという解釈が問題になることもあります。実際に、審判員の方が「競技者支援要員」と認められた例があります。

ウ 被申立人適格(同3条1項)
ある団体にこんなことをされたというご相談が多いです。しかし、スポーツ仲裁手続が扱える決定は、同3条1項の定める「競技団体」に限られており、これにはJOC(1号)、日本スポ ーツ協会(2号)、日本障がい者スポーツ協会(4号)、各都道府県体育協会(4号)、前4号に定める団体の加盟若しくは準加盟又は傘下の団体(5号)が該当します。つまりこれらの団体が行った決定にしか使えないということです。
私の出身地は神奈川県の伊勢原市なのですが、伊勢原市野球協会という団体があり、その決定に不服があるという場合、例えば、JOCの傘下に全日本軟式野球連盟が入っていないかなどとチェックしていただくと、一応は傘下の団体と言えそうです。その場合、「競技団体」に含まれるということになります。

エ 不服申立期限(同13条1項)
申立ての期限は、「決定を知った日から6カ月以内」であり(同13条1項の1)、かつ、決定が公表された日から1年を経過したときには申し立てることができないと定められています(同項の2)。

②申立書の書式/方法
同14条1項には、仲裁申立ての必要的記載事項について定められています。この必要的記載事項に関しては、もちろん皆さんが普段活用されている訴状のひな型や準備書面のひな型で書いていただいても構いませんが、JSAAのサイトwww.jsaa.jpから仲裁申立書のPDF版とWord版の書式をダウンロードすることができます。基本的にこちらの書式に項目が書いてあるので、項目を埋めていけば、必要的記載事項が網羅できるはずです。
なお、JSAAの仲裁は郵送又はメールで申立て可能です。

③緊急仲裁の申立て(同50条)
先ほどご紹介した緊急仲裁について見ていきます。東京オリンピック・パラリンピックは2020年開催ですが、オリンピック前に必ずあるのが代表選手選考です。例えば、代表が決まるのが、2週間後だという場合や、代表を決めるための選考大会が1カ月後にあって、そこまでに自分の資格が回復されないとオリンピックに出ることができなくなってしまうという場合などが当てはまります。これらの場合に、通常仲裁で申し立てるという選択もあると思うのですが、事態の緊急性又は事案の性質にかんがみ、極めて迅速に紛争を解決する必要があるとJSAAが判断したときには、緊急仲裁手続によるという規定があります。皆さんの方で緊急性の疎明をしていただければ、JSAAでこれを判断します。緊急仲裁では、原則、仲裁人を1名として、なるべく早く手続を進めるようにしています。

(2)仲裁合意

次に、スポーツ仲裁手続はあくまでも私的な紛争解決手続ですので、利用のためには仲裁合意が必要(同14条2項)です。一般の契約書の中にも、あらかじめこの仲裁合意を書面で定めておくことがありますが、スポーツ選手と競技団体との間に仲裁合意が定められていない場合もあります。
そうした場合には、仲裁合意を個別に取り付けないと、そもそも仲裁の利用ができないということになります。これまで仲裁申立てがなされたうちの約2割の事案で、不応諾により手続終了となっています。
申立てをした全ての方が仲裁人の判断を受けられていないというのは、私としてはとても残念なことだと思っております。
申立てをしても必ずしも受けてもらえるとは限らないとなると、申立てをためらい、萎縮してしまうということが起きてしまいます。したがって、JSAAとしては、少なくとも各中央競技団体に対しては、あらかじめ競技者から申立てがあればJSAAで受けることを合意してくださいとお願いしています。この合意を通称自動応諾条項といいます。
現在、JOCの加盟団体のうちおよそ87%の団体で自動応諾条項を入れていただいています。ただ、残念ながら、日本障がい者スポーツ協会の参加団体は、まだ2 ~ 3割にとどまっており、少しばらけた状態にあります。
特定の団体に自動応諾条項があるかどうかについては、JSAAのサイトの「仲裁条項採択状況」というところに掲載されています。
ただ、注意していただきたいのは、これはあくまでもJSAAが採択したという通知を受けた競技団体のリストなので、もし、その後競技団体が自動応諾条項を撤回していた場合、JSAA はそのことを把握できません。ですから、最終的に合意があるかどうかについては当事者本人の責任で確認をしていただくことになります。

(3)仲裁人選定

続いて、無事仲裁合意があれば受理され、仲裁人の選定に進みます。
通常仲裁の場合、仲裁人の人数は原則3名です。JSAAでは、現在170名を超える仲裁人候補者リストがあり、その中から申立人側が1名指名(同22条2項)し、被申立人側も1名指名し、両方から指名されたこの仲裁人が第三仲裁人を選ぶという構造になっています。
選定に当たり、仲裁人候補者が過去にかかわった仲裁事案が公開されていますので、チェックすることができます。また、仲裁人候補者が今までどんな仕事をしてきたのか、どんな団体の顧問をしているのかなど、仲裁人候補者のバックグラウンドを調べることもできます。
緊急仲裁の場 合、仲裁人は原則1名で、JSAAが選定(同50条3項)します。したがって、通常仲裁を選んで仲裁人の1人を自分で指名するか、JSAAに任せてもいいから緊急仲裁を選ぶのか、代理人の選択に任されるところかと思います。

(4)審理手続

スポーツ仲裁手続では、仲裁パネルの「パネル決定」を利用した争点整理を行っています。毎回仲裁人が作った決定を事務局が当事者にお送りします。「期日までにこの点に反論してください」、「この点に関する書証があればいつまでに提出してください」、「○月△日に審問期日を開催します」、「その審問期日の終結をもって審理終結となりますので、主張立証される場合はその日までにお願いします」などという形で、争点整理が行われています。
審問期日は、実務上は原則1回で行っています。最近では、パネルが認めれば電話会議やビデオ会議による期日出頭も行っています。特にスポーツの場合、1週間後は大会だからもう自分は海外に行っていますとか、競技会の会場に行っていますという場合があります。仲裁人がそこまで出張することもあるのですが、仲裁人にもやはり予定があります。どうしても本人が話をしたいということであれば、電話会議やビデオ会議を活用しています。

(5)仲裁判断

非常に重要な点として、過去の判断例から積み上げられてきた競技団体の決定の取消基準というものがあります。
JSAAとしては、団体運営の責任を負っているのはあくまで競技団体であるとのスタンスなので、基本的には競技団体の決定を尊重します。ただし、①その決定自体が当該団体のつくった規則に違反している場合、②違反はしていないが著しく合理性を欠く場合、③ 内容に関しては問題ないものの決定に至る手続に瑕疵がある場合、又は④規則自体が法秩序に違反、若しくは著しく合理性を欠く場合、これらの場合には競技団体の決定が取り消されるということになっています。
基本的には競技団体の裁量を尊重しながら、例外的な場合に取消しをするということです。なお、仲裁判断は全てウェブに公開していますので、代理人、仲裁人、事案内容、全て分かるようになっています。

5 その他

(1)ドーピング仲裁手続

JSAAの手続について、スポーツ仲裁の話を中心にご説明しました。ほかに中心的なものとして、ドーピング仲裁手続があります。これは、法律家としてのコモンセンスがある人ほど間違えることがあるという注意点があります。なぜかというと、ドーピングのルールの実体法であるアンチ・ドーピング規則には、既存の法令を参照して解釈してはいけないと書いてあるからです。
私たちはいつも既存の法令を解釈しているわけですが、その感覚で解釈してしまうと適用を間違えることがあります。例えば、ドーピング違反は、本人に意図や過誤や過失があるかどうかにかかわらず違反が成立します。それは、私たちが日常扱う刑法の責任主義と180度違いますので、注意が必要です。
それから、ドーピング仲裁手続の不服申立期限は21日以内となっており、スポーツ仲裁の6カ月とは異なりますので、その点だけ強調しておきます。

(2)スポーツ調停手続

もう1つ、スポーツ調停の手続があります。これはADR法に基づく裁判外紛争解決手続であり、法務省「かいけつサポート」の第1号です。したがって、この法律にあるようにいろいろ なマニュアルを掲示しなければいけない、公開しなければいけないというルールに基づいて、JSAAのホームページにもマニュアルを掲載しています。詳細等を御覧になりたい方はホームページを見ていただければと思います。

(3)手続費用(弁護士費用)の支援制度

最後です。皆さんも資力のない相談者から相談を受けるときに、法テラスの法律扶助を使うことがあると思いますが、ADRの手続はその対象外です。そこで、資力のない人が救われないことになっては困るということでできたのが、手続費用の支援制度です。
この制度は、最大で30万円(消費税別)を当事者に給付するという制度です。したがって、法律扶助のような償還は必要ありません。ただし、必ずしも満額が認められるわけでありません。この制度は、仲裁又は調停の申立てを行った日からその手続終了後1週間を経過する日まで利用可能です。
事案の難易度や資力に従って判断するので、必ずしも給付が認められるわけではありませんが、ぜひ活用していただきたい制度だと思っています。

(次号へつづく)