出版物・パンフレット等

相続法改正の概要

総論

1. はじめに

2018年7月6日、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号) 及び法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成30年法律第73号)が成立し、同月13日に公布されました。相続法分野においては、昭和55年に配偶者の相続分の引き上げと寄与分制度が新設されましたが、それ以降、実質的に大きな見直しはされていませんでした。今回の改正は、新たに、配偶者居住権や特別寄与料という制度を創設するとともに、既存の遺言・遺留分制度や相続の効力等に関する規定に大幅な修正を加えるなど、多岐にわたった大改正であり、相続実務への影響は極めて大きいと言えます。本稿では、相続法改正にまつわる課題として、本改正の経緯及び主な改正点並びに実務上の注意点について触れています。

2. 改正の経緯

(1)社会経済情勢の変化

社会の少子高齢化の進展に伴い、相続の場面においても、相続時の配偶者の年齢が相対的に高くなり、生活の保護を図る必要性が高くなる一方、少子化により相続における子供の数は減り、一人当たりの相続分が増える傾向にあります。このような状況に鑑みると、より配偶者を保護すべき必要性が高まっており、社会経済情勢の変化に伴い、相続法制を見直すべきであるという声が高まっておりました。

(2)非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1 とする規定の違憲判決

最判平成25年9月4日決定は、非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1としていた当時の民法規定が憲法14条1項(法の下の平等)に違反するとの判断を下しました(民集67巻6号1320 頁)。政府は、同決定を受けて早期に違憲状態を解消するため、同規定を削除する法律案を臨時国会(第185回国会)に提出しましたが、その際、民法改正が及ぼす社会的影響への懸念から、相続法制の見直しの必要性等について問題提起がされました。

(3)改正に向けた動き

上記の動きを受け、平成26年1月以降、法務省内で相続法制検討ワーキングチームによる検討がなされ、平成27年2月には法務大臣による諮問、同年4月には民法(相続関係)部会における調査審議が開始されるなどし、その後、平成30年1月16日に部会における要綱案が決定、同年2月16日には法制審議会(総会)において、「民法(相続関係)等の改正に関する要綱」が決定し、法務大臣への答申がなされました。本改正案はいずれも上記要綱に基づいて立案され、同年7月6日の衆議院本会議にて可決成立し、同月13日に公布されました。なお、本改正案の提出理由は、「高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続が開始した場合における配偶者の居住の権利及び遺産分割前における預貯金債権の行使に関する規定の新設、自筆証書遺言の方式の緩和、遺留分の減殺請求権の金銭債権化等を行う必要がある。」とされております。

3. 改正法の概要

改正法において、新たに創設ないし改正された点は、主に以下のとおりです。

①配偶者の居住権を保護するための方策の創設
②遺産分割等に関する見直し
③遺言制度に関する見直し
④遺留分制度に関する見直し
⑤相続の効力等に関する見直し
⑥相続人以外の者の貢献を考慮するための方策の創設

(1)①配偶者の居住権を保護するための方策の創設

ア:配偶者居住権(民法1028条~ 1036条)(なお、条文は、特に断りのない限り、改正後の条文を指します。)
配偶者の居住建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者にその使用を認める法定の権利を創設し、遺産分割等における選択肢の一つとして配偶者に配偶者居住権(賃借権類似の法定債権)を取得させることができるようにしました。

イ:配偶者短期居住権(1037条~ 1041条)
配偶者が相続開始時に遺産に属する建物に居住していた場合は、遺産分割が終了するまでの間、配偶者短期居住権(使用借権類似の法定債権)を付与し、無償でその居住建物に住み続けることができることとしました。また、居住建物が第三者に遺贈された場合や、配偶者が相続放棄して共有持分を有しない場合には、居住建物の所有者による消滅請求を受けてから6か月間は無償で住み続けることもできます。

(2)②遺産分割等に関する見直し

ア:配偶者保護のため、婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産の遺贈又は贈与がされた場合、持戻し免除の意思表示があったものと推定することとしました(903条4項)。

イ:相続された預貯金債権について、当面の生活費や葬儀費用の支払い、相続債務の返済などの資金需要に対応できるよう、遺産分割前に一部払い戻し(相続開始時の債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額。ただし、上限あり)ができる制度を創設しました(909条の2)。

ウ:相続開始後に共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合に、計算上生ずる不公平を是正する方策を設けました(906条の2)。

エ:これまで一部分割が可能か、明文化されていなかったところ、本改正では、「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」旨明記し、一部分割も可能である旨明らかにしました(907条2項)。

(3)③遺言制度に関する見直し

ア:自筆でない財産目録を添付して自筆証書遺言を作成できるようにするなど自筆証 書遺言の方式を緩和しました(968条2項)。

イ:遺言執行者の権限を明確化しました(1007条、1012条~ 1016条)。

ウ:法務局における自筆証書遺言の保管制度を創設しました(法務局における遺言書の保管等に関する法律)。

(4)④遺留分制度に関する見直し

遺留分減殺請求権の行使により、当然に物権的効力が生ずるとされている現行法を見直し、遺留分侵害額請求権の行使により遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずるものとしました。他方、受遺者等の請求により、金銭債務の支払いについて裁判所が期限を許与できるようにしました(1042条~ 1049条)。

(5)⑤相続の効力等に関する見直し

相続させる旨の遺言により承継された財産について、登記等の対抗要件なく第三者に対抗できるとされていた現行法を見直し、法定相続分を超える権利の承継については対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとしました(899条の2)。

(6)⑥相続人以外の者の貢献を考慮するための方策の創設
相続人以外の被相続人の親族が、被相続人の療養看護等を行い、被相続人の財産の維持・増加について特別の寄与をした場合に、特別寄与料として、相続人に対して金銭請求ができることとなりました(1050条)。

4. 施行期日

施行期日は原則として2019年7月1日です。ただし、以下の3つは異なる施行期日となっています。すなわち、遺言制度に関する見直しのうち、①自筆証書遺言の方式緩和については2019年1月13日から、②配偶者居住権・配偶者短期居住権の新設等については2020年4月1 日から、③法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設については2020年7月10日からの施行となります。

各論

1. 配偶者の居住権を保護するための方策

(1)配偶者居住権

第1028条 被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
2 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。
3 第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

ア:意義
配偶者居住権は、被相続人の配偶者が、終身又は一定期間、無償で居住建物に継続して住み続けられる権利です。これまで、配偶者の死亡により残された他方配偶者が従前の住居に居住するためには、遺産分割により建物の所有権を取得するか、所有者から賃借権の設定を受けることが主流でした。しかし、前者では、共同相続の場合に、建物を取得するかわりに他の遺産(主として預貯金)を取得できず、建物維持や生活に支障が出るという不都合がありました。また、後者の場合には、長期間にわたって賃料の支払をしなければならないという問題がありました。このように、残された配偶者の生活への配慮の観点から、配偶者の居住建物における居住権の保護を図るために、これらの規定が新設されました。

イ:要件
①配偶者が、相続開始時に被相続人の所有建物に居住していたこと
②遺産分割(遺贈、死因贈与含む)によって配偶者に配偶者居住権を取得するものとされたこと
なお、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合には本条の適用はありません。

ウ:効果
①建物全部についての無償での使用収益権なお、その存続期間については、遺産分割
協議、遺贈又は遺産分割審判において特段の期間の定めをした場合にはその期間、そうでなければ配偶者の終身の間とされています
(1030条)。
②所有者に対する配偶者居住権の登記請求権(1031条1項)
③配偶者居住権を有する配偶者には、従前の用法を遵守する義務及び善管注意義務(1032条1項)、配偶者居住権の譲渡禁止(同条2項)、無断の増改築・第三者の使用収益の禁止(同条3項。所有者の承諾を得て第三者に使用収益させることは可能(1036条)。)などの義務があります。
なお、配偶者居住権は、遺産に属する財産と同様の扱いとなるため、取得した配偶者の具体的相続分からは控除されることになります(ただし、903条4項の準用がされる余地があります。)。

エ:配偶者居住権の消滅
配偶者居住権は、期間の満了、配偶者の死亡(1036条、597条1項及び3項)、用法遵守義務・善管注意義務違反、無断増改築・無断転貸を理由とする所有者からの消滅請求(1032 条4項)、居住建物の全部滅失(1036条、616条の2)等により消滅します。

(2)配偶者短期居住権

ア:意義
配偶者短期居住権は、配偶者居住権の帰すうが決まるまでの応急の権利として、被相続人の配偶者が、一定期間、無償で居住建物を使用することができる権利です。

イ:要件
①配偶者が、被相続人の所有建物に相続開始の時に無償で居住していたこと
なお、配偶者が、相続開始の時において配偶者居住権を取得したとき、又は欠格事由に該当し若しくは排除により相続権を失ったときは、本条は適用されません。

ウ:効果
①建物全部についての無償での使用権(収益権限はありません)
存続期間については、
ⅰ 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合には、遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日
ⅱ ⅰ以外の場合には、1037条3項の申入れ
(配偶者短期居住権消滅の申入れ)の日から6か月を経過する日 とされています。
②配偶者短期居住権を有する配偶者の義務としては、配偶者居住権と同様に、用法遵守義務・善管注意義務(1038条1項)、譲渡禁止(同条2項)、無断での第三者使用収益の禁止(同条3項)などがあります。そのほか、配偶者居住権と異なり、対抗要件の制度はありません。

エ:配偶者短期居住権の消滅
配偶者短期居住権は、期間の満了、配偶者の死亡(1041条、597条3項)、配偶者居住権の取得(1039条)、用法遵守義務・善管注意義務違反、無断転貸を理由とする取得者からの請求(1038条3項)、居住建物の全部滅失(1041 条、616条の2)により消滅します。

(3)実務への影響

改正により新設された制度は、配偶者の保護にとって非常に有益であり、今後広く活用されることが予想されるため、実務に与える影響は非常に大きいといえます。遺産分割にあたって配偶者から相談を受けたときには、必ず触れる必要のある制度であると思われます。今後、配偶者居住権・配偶者短期居住権を巡ってはいろいろな問題が発生すると思われますが、一点、現時点で考えられる問題としては、配偶者居住権の価値評価をどのようにするのかという問題があります(配偶者の具体的相続分から控除されるため)。配偶者居住権については、配偶者にとって居住建物の所有権を取得する場合よりも低廉な価格で居住権を確保できるというメリットがありますが、その価値評価を巡って、配偶者とその他の相続人との間で争いになる可能性があり、これをどのように考えるか、今後の議論が注目されます。

2. 遺産分割等に関する見直し

(1)持戻し免除の意思表示の推定

ア:意義
改正法では、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、他の一方に対し、その居住用建物等を贈与あるいは遺贈したときは、持戻し免除の意思表示をしたものと推定することとしました。これは、婚姻期間が長期にわたる場合、夫婦の一方が他方に対して居住用不動産を贈与あるいは遺贈する場合には、通常は、それまでの貢献に報いるとともに老後の生活保障を厚くする趣旨で行われ、遺産分割における配偶者の相続分を算定するに当たり、その価額を控除してこれを減少させる意図は有していない場合が多いと考えられることによります。そこで、改正法では、一定の要件の下、持戻し免除の意思表示の推定規定を設け、もって配偶者の生活保障を図ることとしました。なお、本規定は、推定規定ですので、被相続人が持戻し免除の意思表示をしていないことをほかの相続人が立証すれば、推定が覆ることになります。また、当該規定は、配偶者居住権が遺贈された場合にも準用されています(1028条3項)。

イ:要件
①夫婦の婚姻期間が20年以上であること
②居住用建物又は土地を贈与あるいは遺贈したこと

ウ:効果
持戻し免除の意思表示の推定の効果が生じます。すなわち、遺産分割に際して、他方配偶者への居住用建物又は土地の贈与あるいは遺贈について、特別受益として扱わずに計算をすることになります。

(2)遺産分割前の払戻し制度

ア:意義
近似の判例(最判平成28年12月19日決定) により、預貯金債権も遺産分割の対象となるとされたため、各共同相続人は、単独で自己の持分について、金融機関に対して権利行使することはできなくなりました。しかしながら、これでは、葬儀費用や相続債務の返済など速やかな支払いが必要なものについて、迅速な対応ができなくなり、実際上の不便が生じます。そこで、改正法では、一定の要件の下、各共同相続人が単独で預貯金債権を行使することを認めました。

イ:要件
相続開始時の預貯金債権の3分の1に当該共

同相続人の相続分を乗じた金額であること ここでの預貯金債権の割合及び額については、個々の預貯金債権ごとに判断されることになります。具体的には、X銀行の普通預金に600万円、定期預金に300万円あったという場合、相続人が2名で相続分がそれぞれ2分の1ずつと仮定すると、各共同相続人は、普通預金について100万円、定期預金について50万円の範囲で払戻しを受けることができます(普通預金から150万円の払戻しを受けることはできません)。
なお、909条の2では、一つの金融機関に対し、権利行使できる額について、「法務省令で定める額」を限度とすると規定しているところ、現在、「法務省令で定める額」は、150万円とされております(平成30年法務省令第29号)。

ウ:効果
共同相続人が権利行使をした預貯金債権については、遺産の一部分割により取得したものとして、のちの遺産分割で精算することとされています。

エ:改正家事事件手続法200条3項
改正家事事件手続法200条3項は、家庭裁判所は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁等のため遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができる旨を定め、預貯金債権について同条2項の仮分割の仮処分の要件を緩和しています。ただし、ほかの共同相続人の利益を害するときは、この限りでありません(同条3項但書き)。
もともと、同条2項の仮分割の仮処分を用いれば、最判平成28年12月19日決定後の旧法下においても、共同相続人の同意なく預貯金を払い戻すことは可能でしたが、同項には「急迫の危険」という厳格な要件が設けられており、実際に利用することは容易ではありませんでした。そこで今般の改正により、要件が緩和されました。これにより、各共同相続人が金融機関から預貯金の払戻しを受けるには、民法909条の2による払戻しか、改正家事事件手続法200条3項の仮処分による払戻しのいずれかを選択することができるようになりました。

(3)遺産分割前に財産が処分された場合の措置

ア:意義
現行法上、相続発生後、遺産分割時までに遺産が費消された場合の扱いについては、特段明文上の規定はない一方、相続実務においては、遺産分割時に存在する遺産を分割するという考え方が一般的でした。そのため、共同相続人のうち一人又は数人が遺産を費消したとしても、その点を考慮せずに遺産分割することになり不公平であるという批判がありました。また、改正法では、各共同相続人に対して預貯金の払戻しを認める制度を設けているところ、同制度に基づく適法な払戻しであれば、その後の遺産分割において調整が図られるのに対して、違法な払戻しであればその後の遺産分割において調整が図られないという問題もありました。そこで、この点を考慮すべく、本規定を設けることとしました。

イ:改正法について
判例( 最判昭和54年2月22日裁判集民126号129頁)によれば、共同相続人の全員が遺産分割時に存在しない財産について、遺産分割の対象に含める旨合意した場合には、遺産分割の対象となるとされていたところ、本改正では、係る判例を明文化することにしました。また、906条の2第2項では、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分した場合には、当該共同相続人の同意は不要としており、これにより、現行法より遺産分割の調整が容易になりました。

(4)一部分割

ア:意義
これまで一部分割が可能かどうか明文化されていませんでしたが、改正法では、「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」とし、一部分割も可能である旨明らかにしました。これにより、争いのない遺産について、ほかの遺産と切り離して一部分割もできることになり、紛争の早期解決に資することが期待されています。

3. 遺言制度に関する見直し

(1)自筆証書遺言の方式緩和

第968条
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

ア:意義
従前は、自筆証書遺言につき、日付や氏名のほか、全文を自書することが求められていましたが、自筆証書遺言の利用を促進すべく、改正法では、自筆証書に添付する財産目録に限り、自書を要しないこととなりました。
この自筆要件の緩和により、ワープロ等で財産目録を作成することができるようになったのみならず、不動産登記事項証明書、預貯金通帳の写し等を遺言に添付し、これを目録とすることもできるようになりました。ただし、自書によらない目録については、変造等を防止するため、各ページに遺言者の自署及び押印が必要とされています(自書によらない記載が両面にある場合には両面に必要)。
なお、自書によらない財産目録を加除・訂正する場合には、現行法と同様に、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に押印する必要があります(968条3項)。

(2)遺言執行者の権限等

ア:遺言執行者の通知義務
(ア) 意義
現行法においては、遺言執行者には、遺言執行者に選任されたことや遺言の内容などを通知する義務は規定されていません。しかしながら、相続人は、遺言執行者の存否や遺言の内容について、重大な利害関係を有しているため、相続人の手続保障の観点からは、これらの事実を知らせることが望ましいと言えます。そこで、改正法では、遺言執行者が選任された場合には、速やかに遺言の内容を相続人に知らせることとしました。

イ:遺言執行者の地位
(ア) 意義
現行法では、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有している旨定められている一方、別の規定では、遺言執行者は相続人の代理人とする旨も定められています。係る現行法については、例えば遺留分が主張されるなど遺言者と相続人の利害が対立するような場合、遺言執行者は誰のために権限を行使するべきなのかはっきりしないなど、問題点が指摘されていました。
そこで改正法では、遺言執行者は相続人の代理人とする規定を削除し、遺言執行者が遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接その効力を生じるとするとともに、遺言執行者は遺言の内容を実現するために相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を有することとしました。また、1012条2項については、判例上、特定遺贈において、遺言執行者がいる場合には、遺言執行者のみが遺贈義務者となるとされていたもの(最判昭和43年5月31日 民集22巻5号1137頁)を明文化したものです。

ウ:特定財産承継遺言がされた場合
(ア) 意義
特定の相続人に不動産を相続させる旨の遺言がなされた場合、現在の相続実務では、不動産が被相続人名義である限り、遺言執行者の職務は顕在化せず、遺言執行者には登記手続をすべき権限はないとされています(最判平成11年12月16日民集53巻9号1989頁)。
しかしながら、相続人がいつまでも相続登記をしない場合や相続人と連絡が取れない場合には相続登記がなされない状態が長期にわたり続くことになり望ましくないこと、899条の2では、特定財産承継遺言の場合にも対抗要件主義を導入したことにより、遺言執行者において速やかに対抗要件の具備をさせる必要が高まったことなどから、今回の改正では、特定財産承継遺言がなされた場合、遺言執行者は、受益相続人のために対抗要件を具備する権限を有するものとされました(1014条2項)。
また、特定の相続人に預貯金債権を相続させる旨の遺言がされた場合においても、遺言執行者には、預貯金の払戻し等の権限があることを明文で定めました(1014条3項。ただし、解約の申入れについては、預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の対象となっている場合に限る。)。これは、従前は、特定の相続人に預貯金債権を相続させる旨の遺言がされた場合に、遺言執行者に預貯金の払戻し等の権限があるかどうかの明文がなく、個々の解釈に委ねられていたところ、金融機関によって対応が異なりトラブルが生じる恐れもあり、改正法において明文化することとしたものです。

(3)自筆証書遺言の保管制度の新設

ア:意義
今回の改正に伴い、新たに、法務局における遺言書の保管等に関する法律が制定され、自筆証書遺言を法務局にて保管する制度が新設されました。これにより、遺言者が亡くなっても遺言書が発見されないままになったりすることを防いだり、遺言書の隠匿や変造を防止したりすることができ、遺言者の最終意思の実現や相続手続の円滑化が期待されます。本法律案の提出理由については、「高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続をめぐる紛争を防止するため、法務局において自筆証書遺言に係る遺言書の保管及び情報の管理を行う制度を創設するとともに、当該遺言書については、家庭裁判所の検認を要しないこととする等の措置を講ずる必要がある。」と述べられています。

イ:概要
この保管制度を利用するためには、遺言者自ら法務局に出頭し、無封の状態で保管申請をする必要があります(同法4条2項及び6項)。申請を受けた遺言書保管官は、出頭した申請者の本人確認をするとともに(同法5条)、遺言が所定の方式を満たすか等の形式的な審査を行います。この審査により、遺言書が方式を順守していることと、申請時における遺言書の現状が確認されるため、家庭裁判所による検認は不要となりますが、この審査は当該遺言の有効性を確定させるものではありません。遺言書保管官は、遺言書をデータ化して画像情報等を遺言書保管ファイルに記録することにより管理し(同法7条)、災害等による滅失に備えます。申請した遺言者は、いつでも遺言書の閲覧や返還請求をすることができます(同法6条2項、8条4項)。遺言者が死亡した後は、何人も、遺言書保管官に対し、遺言書保管所に自己が関係相続人等(相続人、受遺者や遺言執行者など(同法9条1項))に該当する遺言書の保管の有無を確認することができ、この関係遺言書がある場合には、遺言書の作成年月日、遺言書保管所の名称や保管番号が記載された遺言書保管事実証明書の交付を求めることができます(同法10条1項)。 また、関係相続人等は、遺言書保管ファイルに保管されている事項を証明する遺言書情報証明書の交付や遺言書の閲覧を請求することができます(同法9条1項、3項)。交付又は閲覧をさせた遺言書保管官は、当該遺言書を保管している旨を速やかに相続人等に通知することとされております(同条5項)。

4. 遺留分制度に関する見直し

(1)遺留分減殺請求権の効力等の見直し

(遺留分侵害額の請求)
第1046条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第2 項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第3項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

ア:意義
現行法では、遺留分減殺請求権の行使により、物権的に目的物が遺留分権利者に帰属し、遺留分権利者と受遺者・受贈者(以下、「受遺者等」という)との共有関係が生じます。そのため、例えば、事業用資産までも事業の後継者と非後継者との共有となる等、円滑な事業承継の妨げとなるといった弊害もありました。また、遺留分減殺請求権の行使によって生じる共有割合は、目的財産の評価額等を基準に決まるため、分母・分子とも極めて大きな数字となることが多く、持分権の処分に支

障が出るという問題もありました。そこで、改正法は、遺留分の行使により、遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生するものとしました。なお、改正法の審理過程で、受遺者等の保護のため、受遺者等が金銭債務の負担を望まない場合には、現物返還を選択できるという案も検討されました。もっとも、これを認めると、遺留分権利者が不要な財産を押し付けられることにもなり兼ねず、結局、現物返還という選択肢はなくなりました。受遺者等が金銭の支払請求に応じることができない場合には、その請求により金銭債務の全部又は一部の支払いにつき裁判所が期限を許与できることとされ(1047条5項)、この限度で受遺者等の保護が図られています。

(2)遺留分の算定方法の見直し

ア:意義
現行法では、単に「相続開始の1年前にしたものに限り」価額に算入するとしていたものを、相続人以外の者に対する贈与と相続人に対する贈与とで分け、前者は、相続開始前の1 年間になされたものに限り、後者は、相続開始前の10年間になされたものに限り、遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入することとしました。ただし、現行法の1030条後段の規律は維持されますので、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した時には、この限りではありません。また、負担付贈与がされた場合、遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入するのは、その目的

の価額から負担の価額を控除した額とされることが明文化されました(1045条1項)。併せて、不相当な対価による有償行為がされた場合、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなされることになりました(1045条2項)。遺産分割の対象財産がある場合(既に遺産分割が終了している場合も含む。)には、遺留分侵害額の算定をするに当たり、法定相続分ではなく、具体的相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額を控除することが明文化されました(1046条2項)。ただし、寄与分は家庭裁判所による審判事項であり、民事訴訟において、寄与分による修正を加えた最終的な相続分を判定することはできないことから、遺留分侵害額の算定に際し、寄与分による修正は考慮されません。

(3)遺留分侵害額の算定における債務の取扱い

遺留分侵害額請求を受けた受遺者等が、遺 留分権利者が承継する相続債務を弁済等により消滅させた場合、遺留分権利者に対し求償権を有することとなります。もっとも、求償権の行使によるのはう遠ですので、改正法では、債務を消滅させた限度において、遺留分権利者に対する意思表示により、遺留分侵害額請求による金銭債務を消滅させることができるようにし、簡易な処理を可能としました
(1047条3項)。

5. 相続の効力等に関する見直し

(1)共同相続における権利の承継の対抗要件

ア:意義
判例は、相続による法定相続分に応じた持分の取得については、対抗要件は不要であるとしつつ( 最判昭和38年2月22日判決民集17 巻1号235頁)、遺贈や遺産分割による法定相続分を超える部分の取得については、対抗要件の具備なくして第三者に対抗できないとしています(最判昭和39年3月6日判決民集18巻3号437頁、最判昭和46年1月26日判決民集25巻1号90頁)。他方、遺言により相続分の指定がなされた場合の不動産の権利取得については、登記なくしてその権利取得を対抗できるとし( 最判平成5年7月19日判決家月46巻5号23頁)、また、「相続させる」旨の遺言がなされた場合、これを遺産分割方法の指定にあたるとした上で、当該遺言による不動産の権利取得については、登記なくして第三者に対抗できるとしています(最判平成14年6月10日判決家月55巻1号77頁)。
このため、相続分の指定や遺産分割方法の指定がなされた場合に遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を害するおそれがあること、ひいては登記制度に対する信頼が害されることなどが指摘されていました。そこで、上記問題点に対する方策として、遺言(相続分又は遺産分割方法の指定)によって権利を取得した場合であっても、法定相続分を超える部分については、対抗要件がなければ第三者に対抗できないとの規律がなされました。これにより、これまでの判例は、立法により変更されたことになります。 なお、相続放棄については、放棄により遡及的に相続人でなかったことになるため、もとから相続により権利を取得することはなく対抗問題は生じないため、これまでどおり対抗要件は不要です(最判昭和42年1月20日判決民集21巻1号16頁)。
また、899条の2第2項に関して、債権については、本来であれば対抗要件具備のためには非承継相続人からの通知が必要となるところ、自らの意思で債権譲渡をした譲渡人とは異なり、非承継相続人からの通知は一般的に期待できないことから、承継相続人からの通知をもって対抗要件具備を認めることとされました。

(2)相続分の指定がある場合の債権者の権利行使

ア:意義
相続財産についての相続分の指定は、相続債務の債権者の関与なくしてされたものであることから、相続分の指定がされた場合でも、相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときにはそれに応じなければなりませんが、相続債権者のほうから相続分の指定の効力を承認して指定相続分に応じた相続債務の履行を請求した場合には、法定相続分に基づく履行の請求はできないこととしました。
これは、相続分の指定は相続債権者に対してはその効力は及ばないとする判例(最判平成21年3月24日判決民集63巻3号427頁)の考え方を明文化し、さらに、相続債権者がひとたび指定相続分を承認したときには、法定相続分に基づく履行の請求はできなくなることを明記したものです。

6. 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

第1050条 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第891 条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。
2 前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは、この限りでない。
3 前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める。
4 特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
5 相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第900条から第902条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。

(1)意義

現行法では、寄与分は、相続人にのみ認められています(904条の2)。そのため、例えば相続人の配偶者が無償で被相続人の療養看護に努めたような場合であっても、寄与分制度の評価対象とはならず、相続人に対して何らかの請求をすることは難しい状況にありました(相続人の配偶者による寄与を相続人自身の寄与とみなして相続人が遺産分割手続の中で寄与分請求をするというやり方はありますが)。そこで、改正法では、相続人以外の者の貢献を考慮するための方策が規定されました。