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英文契約・米国法実務入門(続編) 英文契約の実務~NDAなどのサンプルを用いて~

中編 全3回

サンデス 赤羽根 神庭

4. 秘密保持契約書の検討(はじめに)

赤羽根

まず①契約当事者が誰かということを確かめましょう。それから、②秘密保持契約の場合は、自分が秘密情報を開示する側なのか、受領する側なのかを確認してください。自分自身が開示側・受領側、どちらなのか、あるいは両方になるのか、両方の場合はいずれが多くなりそうか、を確認する必要があります。
そして、秘密保持契約書で特定の当事者名ではなく、"Receiving Party"(受領当事者)、 "Disclosing Party"(開示当事者)と規定されている場合には、当事者であるX、Yいずれか 一方のみの義務ではなく、どちらであっても秘密情報を受領した方が義務を負う形ですの で、基本的には双方を拘束すると見ていいと 思います。
しかし、双方を拘束する規定に形式上なっていても、以下の2点について更に注意が必要です。
まず、どちらかが一方的に情報を出して、どちらかが情報を受け取ることが多い場合です。この場合、特に、自分が一方的に受け取るだけという場合、実質的には自分だけが拘束されているという内容になってしまいます。

ただこれはもう、取引の図式として受領する側になるわけですから、契約書の文言で対処できる問題ではないのかなと思います。しかし、各義務が重くなり過ぎない方向でチェックをするということは必要です。
もう1つは、これはもう少し初歩的な話ですが、"Receiving Party"、"Disclosing Party"と 定義しているにもかかわらず、各条項を見ると、XやYと特定の当事者名が出てくる場合があります。例えば、例外規定で一方の当事者のみについての義務内容を記載する場合です。したがって、たとえ"Receiving Party"、 "Disclosing Party"という形で書かれていても、各条項の中身を注意深く読まないと、実は一方のみ拘束する条項が入っていることもあるので、これは要注意です。自分だけが義務を負うような条項になっていたら、必ず相互を拘束する形で記載するよう交渉した方がいいです。

5. 守秘義務条項について

A The Receiving Party shall maintain Confidential Information ... in confidence....
(秘密保持義務)
B and shall not disclose the same to any third party
(第三者への開示禁止)
C The Receiving Party and its Representatives shall use the Confidential Information exclusively for the Purpose.
(目的外使用の禁止)

赤羽根

秘密保持契約の核となる条項です。分かりやすく抜粋をしたものですが、実際の契約書は結構長い文言の場合があるので、上記のように3つに区切った方が分かりやすいと思います。
秘密保持契約の場合、通常のひな形であれば、必ずこの3つが書かれているはずです。内容としては、まず、秘密を保持すべき義務というのがAですね。それから秘密情報を第三者に開示してはいけないというBがあります。

それから秘密情報を自分が利用する、受領当事者自身が利用するにしても、それを目的外で使用してはいけませんというCがあります。Aにある"maintain in confidence"というの が、秘密保持義務の条項でよく使われる表現 ですね。"maintain"とか、あるいは"keep in confidence"という表現もよく使われていますので、これは塊で覚えてしまうといいのかな と思います。また"Confidential Information" の"C"と"I"が大文字になっていますね。これは定義語ということです。定義語ということは"Confidential Information"、つまり、秘密情報の意味が具体的には何なのかという ところが別の条項で定義されています。何が秘密情報に当たるのかによって、受領当事者としては、義務の軽重が変わってくるので、"Confidential Information"の定義は必ずチェックしなければいけません。
次にBですね。受け取った情報を第三者に開示してはいけないということです。"shall not disclose the same to any third party" とありますが、第三者は誰なのかというのが問題です。ここをしっかりチェックしなければならないということです。
それからC、秘密情報の目的外使用の禁止です。これは、この開示された目的以外には使ってはいけないことを意味していますが、"Purpose"の最初の文字の"P"が大文字になっています。これも定義語です。"Purpose" の定義は、この契約の場合、前文に入っています。
このように、前文の中に定義語が入っていることもあるので、そういう場合には、しっかりチェックをしないといけません。

6. 秘密情報の対象・例外について

a Confidential Information means any information
b disclosed by the Disclosing Party and received or obtained by the Receiving Party before, on or after the date hereof,
c including without limitation ...
(情報の種類の例示)
d whether or not marked or designated as "Confidential""Proprietary"or like so,

赤羽根

秘密情報には具体的に何が含まれるのか、定義を見ていきます。まずa"Confidential Information means any information"とあります。ここには内容が出てきませんが、具体的には何かというと、b"disclosed by the Disclosing Party and received or obtained by the Receiving Party before, on or after the date hereof,"ということで、まず誰が誰に開示し、受領される情報 なのか分かります。開示当事者により開示され、受 領当事者により受領される情報ということです。気を付けなければならないのは、"before, on or after the date hereof"と書いてあるところです。"date hereof"というのは、この契約の締結日を指しています。つまり、契約締結日付より前に、受領当事者が開示当事者から受け取った情報についても含まれているということです。これは前編で、神庭先生から契約書の期間に注意すべきだという話がありました。期間を確認して、その期間以前の情報であれば問題ないと考えてしまうと、こういう部分に罠がひそんでいることがあります。もし受領当事者としてこのまま契約を締結する場合には問題があると思ったら、この"before"を削除した方がいいかもしれません。時間軸として秘密情報がかなり広い範囲を含み得る規定になっているということですね。
それからc"including without limitation" は、情報の種類の例示があったとしても、その例示された情報に限定するわけではないことを意味しています。よく使う言葉ですね。これ以外でも、同じ意味だと、例えば"including, but not limited to"などの表現もよく使います。
d"whether or not marked or designated as"Confidential""Proprietary"or like so"とあります。秘密である旨の明示があろうがなかろうが、秘密情報に該当することを意味しています。逆に、秘密であると明示しているものしか秘密情報には当たらないという定義の仕方もあります。ですから受領当事者としては、秘密と明示していないものまで秘密情報に当たるとされる危険性があり、その判断が難しいなと思った場合には、秘密であると明示された情報に限定する文言に変える修正をした方がよいと思います。
具体的には、"which is clearly identified in writing as being confidential"と修正することが考えられます。
情報の種類の例示については"in any form, including"(電子情報)となっています。これは情報の形態として電子情報も含めた広い範囲となります。ほかには、"regardless of whether any such information is protected by applicable trade secret or similar laws"、これは、営業秘密に関する法律その他それに類似する法律で保護されているものかどうかにかかわらず秘密情報に含まれているという内容になります。ここも、非常に広い定義の例になっています。
今、紹介した条項について、少し変えた方がいい部分があるか、サンデス教授にコメントをいただきます。

サンデス教授

契約条項を作成するに当たって、情報を開示する側としては、クライアントの利益を保護するためにも、使用する文言に注意すべきです。例えば、適用法に関する契約の文言が"regardless of whether any such information is protected by applicable trade secret or similar laws,"と記載されている場合には"、trade secret"という適用法についての特定がされたこ とにより、秘密情報の範囲及び違反の場合の当事者の権利を限定する効果を有する可能性があります。こういう事態を防ぐために、"regardless of whether any such information is protected by any applicable laws,"と書くことにより、適用法を広くしておくことがより良い実務といえます。情報を開示する側としては、特定の法律に限らず、秘密保持の対象がより広がることになります。

7. 口頭で開示した情報も 守秘義務の対象になるか

Any information transmitted orally that is to be considered Confidential Information shall be reduced to writing as being confidential or proprietary information of the Disclosing Party and transmitted to the Receiving Party within 30 days after such oral disclosure.

赤羽根

守秘義務の対象として、例えば、左上に「㊙」と記載された書面はその対象となることが容易に想像できると思います。しかし、口頭で秘密情報が交換されるということも十分に考えられます。その場合、よく使われるのが、上記の例です。
口頭で伝えた情報が秘密であることを、口頭で開示をしてから30日以内に書面で伝えることにより、口頭で伝えた情報についても守秘義務の対象にすることができます。このサンプルでいうと"shall be reduced to writing" という部分、つまり、秘密情報であるということを書面に落とし込むということですね。開示から30日以内に秘密情報であることを示す必要があり、示さない場合は、秘密情報に該当しないということです。
ですから、この条項が入っている場合には、開示する側は、守秘義務の対象となるべき情報を相手方に口頭で伝えてしまった場合には、後追いで、必ず秘密情報に当たるので開示しないようにということを相手方の当事者に書面で示すことが必要です。

8. 秘密情報の例外

Provided, however, that the Confidential Information shall not include any information that :
1 was ... or thereafter enters into the public domain
(公知の情報)
2 was already known to the Disclosing Party at the time of disclosure or becomes available to the Receiving Party on a non - confidential basis from a source other than the Disclosing Party
(既知又は第三者から取得した情報)
3 the Receiving Party can demonstrate that it is developed by the Receiving Party independently of and without reliance on the Confidential Information received hereunder.
(自ら開発した情報)

赤羽根

これは日本の秘密保持契約書を見慣れている方であればなじみ深いのかもしれませんが、秘密情報の例外を示すところですね。1は公知の情報ですね。2は既知、つまり、受領当事者がもともと知っていた情報、または第三者から取得した情報ですね。3は自ら開発した情報です。
それぞれの例外の意味するところは日本語の秘密保持契約書をご覧になったことがあればお分かりになるかと思います。では以下の条項は秘密情報の例外規定といえるのでしょうか。
In the event that the Receiving Party is required to disclose Confidential Information complying with any applicable law, regulation, government order ..., the Receiving Party shall make best efforts to promptly provide the Disclosing Party with written notice of such requirement to cooperate with the Disclosing Party to appropriately protect against or limit the scope of such disclosure.
法令等で情報開示を要求される場合は秘密情報の例外に当たらないのでしょうか。
まず、このサンプルでは、秘密情報から除外されるという形では規定していません。受領当事者が、法令等に従って、秘密情報を開示する必要が生じた場合には、開示当事者に法令等によって開示を必要な情報であることを通知する努力義務を課されると規定される一方、明示的に守秘義務の対象から除外されていないのです。
さらに、受領当事者は開示当事者と協力して、情報を開示しない方向の手段を取るか、あるいは開示はやむなしとなった場合でも、範囲がなるべく狭まるように協力をしなければならない、という努力義務を課されています。

確かに、このような条項が存在するということは、法令で開示が要求される場合は、開示してもいいとの黙示の合意を前提とするとの解釈ができるのかもしれません。しかし、明確に秘密情報の除外規定になっていないというのは、受領当事者としては、どのように扱ってよいのか不安だと思います。ですから、こういう規定にとどまらず、法令等による開示についても、秘密情報ないし守秘義務の除外事由としても規定してもらうように、受領当事者が交渉をすべきです。
先ほどの法令等によって開示が必要な情報についての条文に"shall make best efforts"という例が出てきました。これは努力義務の表現です。この契約書では"best efforts"という表現を使っています。皆さんが、英文契約書を見ると、"make commercially reasonable efforts"という表現もよく見掛けると思います。この両者の表現はどうニュアンスが異なるのかというところを、サンデス教授に聞いてみたいと思います。

サンデス教授

"best efforts"及び"commercially reasonable efforts"のいずれの契約文言も入れる必要はありません。なぜなら、一般的にこれらの用語は非常に曖昧な表現であり、裁判所においては、当事者がその文字通り受け取る意味とは異なった解釈がされる可能性があるからです。もしこの解釈が裁判所にて争われた場合、コモン・ローの判例法にもとづき、当事者として合理的に要求される基準により取るべき行動をとったかという観点により判断されることになります。"commercially reasonable efforts"は "best efforts"という表現以上に不適切なものです。
あるシンプルな例で考えてみましょう。法律上、漁師は天候を確かめるため、船に無線を備えておかなければならないと仮定します。しかし、実際の商慣習上、無線を置いている漁師はいなかったとします。そこで、我々は、実際の商慣習では無線を船に置いている漁師はいないので、"commercially reasonable efforts"を満たしていると主張したとします。しかし、裁判所は、その業界における商慣習又は慣習に着目すべきではなく、法律上合理的に要求された基準である、無線を船に置く義務を満たしているかどうかに着目すべきだと判断することになるでしょう。
したがって、このような曖昧な文言は使わない方がよいです。もしそれでも使う必要があるのであれば、契約書上に"best efforts" 又は"commercially reasonable efforts"の定義を明確に定めるべきです。

9. 秘密情報の 開示可能範囲

The Receiving Party shall not disclose Confidential Information to any third party other than to its relevant executives, directors, employees, officers, representatives, consultants, advisors, parent entities, subsidiaries or affiliates(hereinafter called "Representatives")who need to know the same for the Purpose.
第三者に対して秘密情報を開示してはならないという条項ですが、第三者とは具体的に誰なのかということです。これは秘密保持契約書の場合、ちょっと誤解を招きやすいところだと思いますが、"any third party"といったときに、結構広く含まれる前提で書かれています。例えば、受領当事者をY社としましょう。Y社が情報を受け取ったときに、Y社は当事者であって、第三者ではないから、Y社の内部の人間、役員や従業員、Y社内の人だったら誰にでも開示していいのかというと、原則はそうではありません。この規定ぶりを見てもらうと分かります。"to any third party other than"ということで、第三者には開示してはいけないが、"other than to"以下の人に対しては開示してもいいですという意味になります。つまり、この"other than to"がなかったら、"third party"の定義はかなり広くなります。なぜかというと、この"other than to"の後に続くものを見ていただくと、"those of its relevant executives, directors, employees, officers, representatives ..."とあって、その受領当事者自身の役員や従業員も含まれています。すなわち、開示していい人を"other than to"以下で明確に書かないと、この人たちも第三者になってしまうという前提で、組み立てられています。よって、開示していい人が誰なのかということは、受領当事者側としては契約書上入念に確認して、もしドラフトに入っていなかったら、それが含まれるように変えなければならないということですね。特によく問題になるのは、関連会社がある場 合です。Y社として、ある取引のために秘密情報を受け取る必要があるが、実際、Y社だけでそのビジネスが完結するわけではなく、ビジネスを行うために、関連会社、例えば子会社や親会社や兄弟会社にも開示しなければならない場合というのが想定されます。こういう場合には、もう秘密保持契約の交渉の段階で例外として、そうした関連会社が入るように修正してくれということを求める必要があります。
もっとも、関連会社といってもどこまでが関連会社に当たるかは議論になりうるので、もう少し明確性を持たせたいという場合には、 関連会社の定義例を置くということも考えられます。よくある定義例を挙げてみます。Affiliate means any entity that directly or indirectly :
a controls,
b is controlled by, or
c is under common control with the Receiving Party
aの"controls"というのは、"any entity" が受領当事者を支配している会社ということですから、具体的には受領当事者の親会社ですね。b"is controlled by"というのは、これは逆ですね。受領当事者によってコントロールされる会社を指すので、受領当事者の子会社や孫会社などになります。cの"is under common control with"というのは、受領当事者と同じ親会社の支配下にある会社ということを想定しているので、兄弟会社ということになります。もちろん、"directly or indirectly" なので、兄弟といっても同じレベルではないこともありますが、こういう規定が用いられることもあります。(次号へつづく)