出版物・パンフレット等

少年とともに ~ 学校交渉に関するDVD『ひとりじゃないよ』制作秘話~

学校交渉に関するDVD『ひとりじゃないよ』制作秘話

1. はじめに

子どもの権利に関する委員会の学校問題チームでは、この度、難産の末、学校交渉のノウハウの研修を目的としたDVD『ひとりじゃないよ』を制作した。本稿は、その血のにじむような努力の日々の、渾身のルポルタージュである。
いきなり嘘を書いてしまった。そこまでの努力はしていない。ただ、結構大変だったことは間違いない。大変だったので、皆さんに知っていただきたいという気持ちで、筆を執った。できればビールの「いっぱい」でもおごっていただければ、この上ない幸福である。

2. なぜ作ったか

実は、今回のDVDは2作目である。10年以上前に、学校問題チームで制作したものがあるのだが、その後、いじめを取り巻く環境も変わり、特に2013年にいじめ防止対策推進法が施行されたことから、これを踏まえた改訂版制作の必要性はしばらく前から認識されていた。ただ、実際に脚本を作り、配役を決め、監督をしてくださる方や子役を探し、台詞を覚え、演じ、みんなが集まって撮影に臨むというのは、想像以上に大変な作業で、なかなか動き出すまでが大変であった。動き出してからの方がもっと大変だったが、その当時は、知る由もない。人間、先のことは分からないものだ。

3. まずは脚本を書く

飲み会がある度に、脚本をどうするか、熱い議論が交わされた。何のことはない、酒の肴に脚本談義をしていただけの話である。飲み会の出席率が一番高かった私に、脚本を書く役割が回ってきてしまった。酒席であまりはしゃぐとこういうことになるので気をつけなければならない。
脚本を書くにあたり、こだわったのは、冒頭とラストのシーンである。冒頭は、いじめっ子達が学校の大事な備品をもてあそんでいるところに、後にいじめられることになる主人公が通りかかり、うっかり備品を壊してしまうというものに決めた。備品は、美術で使う上半身の石膏像が良いように思えた。遠く茨城まで出かけて、ホームセンターに6万8千円で売っているのを見つけ、早速チームの皆にメールした。しかし、全予算で60万円くらいしかないのに、その1割以上を石膏像のためだけに、しかもなぜ石膏像なのかあまり説得力もないままに使うことはできないという、夢のない理由で没になってしまった。茨城まで出かけた私の苦労には誰も触れてくれなかった。
ラストシーンは、主人公とヒロインが手を取り合って歩いて行くというものが良いと思った。どこの町を歩くことにしようかと考えたとき、地元の錦糸町のネオン街が頭にすぐ浮かんだ。前夜に錦糸町を飲み歩いた記憶が残っていたせいかもしれない。若い二人が手を取り合って錦糸町のネオン街に消えていくシーンは、瞬く間に没になった。脚本家はつらい。

4. こだわり

このままだと誰もDVDを観てくれないのではないかと思うので、少しだけまじめなことも書かなければならない。脚本の中で描かれたのは、子どもの話を聞かずに動き回る母親、いじめではないと安易に決めつける学校、理念ばかり述べて具体策のない校長など、自分達が学校交渉をやってきて出会った、ちょっと困った大人達である。いじめの描写は、子役の皆さんの迫力ある演技で、かなりリアルなものに仕上がった。そのなかで弁護士がどう立ち回るべきか、条文にも触れながら、分かりやすく描いている。教材用DVDというところを離れて、鑑賞用としてご覧いただいても視聴に耐えうるものではないかと自負している。ぜひ、一度ご覧いただければと思う次第である。

5. 書き直し

脚本が一通りできあがって、チームの皆で読み合わせをしたところ、いろいろと問題が見つかった。自分で書いといて何だが、一番意見を言ったのは実は私である。話し合い、中でも私自身がつけた「いちゃもん」のせいで、脚本を大幅に書き直す必要性が生じてしまった。ここで自分の首を絞めるほど私はお人好しではない。誰が書き直しを担当するかを決めるとき、私は「じゃんけん」を提案した。これなら公平だし、10人くらいはその場にいたから、自分にあたる確率は1割くらいだろう。我ながらずるいことを考えたと思ったが、負けたのは私だった。神様はよく見ていらっしゃる。やはり、この作品と心中するしかないのかと悟った瞬間だった。

6. 監督

今回、監督をお願いしたのは、『もがれた翼』の脚本などを手がける石井花梨さんにご紹介いただいた、甲斐博和さんという本物の映画監督である。機材やスタッフも監督自ら そろえてくださった。むろん、演技指導も本物である。素人の集まりである私達をよくぞ辛抱強く御指導くださった。若くて、みずみずしい感性をお持ちで、笑顔も爽やかな監督さんであったので、のびのびと演技の練習ができた。まるで、学生時代のサークルのような楽しさであった。しかし、本番が近づいたある日、監督さんが「いつもは結構厳しく言うんですよ」とおっしゃるので、聞かなきゃいいのに、つい、「どんな感じでやってるんですか?」と聞いてしまった。それで実演してもらった「いつもの演技指導」が、私にとってはめちゃめちゃ怖いもので、以来、監督の前では萎縮して、借りてきたネコのようになってしまった。私は案外、恐がりなのである。

7. 撮影

撮影をするには台詞を覚えなければいけない。台詞の多い役の人はさぞかし大変だったことと思う。こういうのは、個人差があるもので、簡単に覚えられる人も中にはいた。一方、私は校長先生としてちょい役で出演したのであるが、台詞を噛んでしまうのがどうしても直らず、実に大変であった。監督の瞳の奥底に、結構熱めの怒りの炎を見たのは私くらいではなかろうか。前日のリハーサルでNGを連発した私は、その晩憂さ晴らしに飲みに出かけてしまった。翌日の本番は顔がパンパンにむくんでしまい、この顔があと何年も映像に残ることになってしまった。報いとは恐ろしい。

8. 終わりに

DVD撮影は、本当に大変だったが、その分楽しかった。青春をもう一度味わえた。撮影場所を提供してくださった皆様、監督をはじめとした撮影スタッフ、子役の皆さんに対しては、本当に感謝している。こんな風にしてなんとかでき上がったDVD、ぜひ一度ご覧いただければ幸甚であります。

乳児院見学報告

1. 当該乳児院の概要

(1)乳幼児の受入人数について

当該乳児院は、東京都杉並区所在の約70年の歴史のあるキリスト教の精神を持つ乳児院である。乳幼児の受入上限は43名で、1部屋で10 ~ 12名が生活していた。一方、新生児の受入上限は3名で、幼児とは別の部屋で生活していた。新生児は、感染症対策や夜間授乳の対応が困難であるため、やむを得ず受入れを断る場合も多いそうだ。なお、予期せぬ妊娠等により出生前に入所の打診がされることもあるが、新生児の受入可能人数の関係から出生前の受入承諾は難しいとのことであった。都内には10箇所の乳児院があるが、一度受入れを断っても他の9箇所が受け入れできず、一巡して再度打診され緊急で受け入れることもあるとのことで、それだけ乳児院の数が不足していること、保護すべき乳幼児の数が多いということを感じた。

(2)職員について

乳児院は、夜間対応が必要であるため、保育士・看護師の成り手が少ないことが悩みだそうだ。また、心理療法が必要な子ども達が一定数いるため、臨床心理士の需要も高いそうだ。そのほか、里親支援専門相談員や家庭支援専門相談員などを配置し、児童相談所と調整しながら里親委託や家庭復帰を進めているそうだ。施設に対して攻撃的な態度をとるなど関わりの難しい親もいるが、心理士などが関与することで落ち着く場合もあるとのことで、子ども達や家族と関わるにあたり、多方面の専門職との連携が必須であると感じた。

2. 入所の経緯

保護者が子ども家庭支援センターや児童相談所に相談することで入所に至る場合が半数以上を占める。乳児院への委託について親権者の同意がある場合には、入所時に、面会の段取りや予防接種、体調不良時の通院等にかかる親権者の同意を得ることができるため、スムーズに入所の手続ができる。一方、一時保護委託など家族以外が通報して入所する場合や、虐待・育児放棄などが原因で入所する場合には、子どもの情報が全くなくて困ったり、子どもの家庭復帰を求めて家族が直接乳児院に来てしまうことがあるそうだ。夜間に警察官が直接乳幼児を連れて乳児院を訪れたことが昨年は9件ほどあったそうだ。その他、育児疲れ、親族の介護、第2子の出産等の理由で短期間預かりを行うこともあるそうだ。育児疲れがある場合でも、ショートステイの受入れによって入所に至らずに家庭で養育していくことができるという話が印象的であった。

3. 子どもや保護者に対するケアの内容

入所中は、雨の日の散歩、担当職員と少人数の子どもでの外出、夕方の外遊びやクッキングの体験など、子どもの興味に合わせて行事の開催等を行うよう取り組んでいるとのことであった。当該乳児院は、家庭に近い環境をという視点を大切にしているが、多数の児童を預かるため、ある程度の時間割を作らざるを得ず、この点は家庭のような柔軟性を保つことは難しいとのことだった。
心理的虐待や保護者の精神疾患が原因で入所した場合でも、保護者の対応を見て面会をコーディネートしており、また若年で子育て経験のない親には育児指導を行っているとのことで、子どもの家庭復帰のために保護者と関わることも乳児院の重要な役割であるようだった。

4. 退所後について

(1)家庭復帰について

当該乳児院としては、家庭復帰を目標としている。乳児院内での面会及び育児指導、職員同伴での散歩、単独外出、外泊と、細かくステップを踏み、問題がなければ家庭復帰となる。家庭復帰の可否については、保育園入所の有無や地域のサポートが期待できるかなど、幼児らについて誰かが目を配れる環境があるかについても判断要素としている。家庭復帰後1 ~ 2年は施設の職員から家族に電話をかけたり家庭訪問を行うなどし、子ども達の様子を特に気にかけているそうだ。なお、母親に精神疾患がある場合には、家庭復帰後再度入所する場合も多いとのことだった。

(2)里親委託について

家庭復帰を目指す一方で、面会が遠のく保護者には面会を促し、それでも難しい場合は、家庭的養育を受けられるように里親委託や特別養子縁組を検討することもあるそうだ。しかし、里親委託や特別養子縁組について、保護者の同意を得ることは容易ではなく、難しい問題であると感じた。

(3)措置変更について

「子どものライフストーリーを大切にする」という姿勢の下、措置変更先の児童養護施設に当該乳児院での写真を見せたりして、乳児院での生活を伝えるようにしている。また、子どもの好きなものを含む情報の引継ぎを行い、子どもを児童養護施設に訪問させたり写真を見せたりして慣れさせるようにしている。

当該乳児院としては、継続支援ができるよう、措置変更の際にはなるべく併設児童養護施設への移動となるよう児童相談所と話をしているが、実際には受入人数等の事情から、遠方の施設に措置変更がなされることもある。施設の受入人数の制限は、入所児童の安全や職員の健康状態への配慮からやむを得ないものであるが、措置変更の際の対象児童の生活環境維持の観点からは障壁となっていることを感じた。
以前は、入所後1か月は児童への面会を控えるよう児童養護施設から要請されたこともあったが、近年、児童養護施設としても、乳児院の職員の面会を積極的に受け入れるようになっているそうだ。中には児童養護施設職員と一緒に年に一回挨拶に来てくれる子どももいるそうだ。

(4)まとめ

どの退所理由であっても、職員らは、退所後もどのように過ごしているかを気にかけている様子であった。一緒に生活する子ども達も、退所する子どもがいることに気付くこともあるそうで、気持ちのつながった生活ができる環境は大切であると感じた。

5. おわりに

今回訪問した乳児院は、子ども達とその保護者を支え、家庭的な環境で育てていこうという愛情にあふれた乳児院であった。もっとも、乳児院数の不足や職員数の不足など改善されるべき制度的な問題もあると感じた。

子どもの権利に関する委員会
学校問題チーム所属