出版物・パンフレット等

あなたも留学を 考えてみませんか?〜これを読めば、新しい留学の形が見えてくる!〜

留学は何のために?〜語学、外国法、それとも友人作り?〜

結城

はじめに

「留学」。多くの読者の先生方、特に若手会員の皆さんの中には、海外ロースクールへの留学や、海外法律事務所での実務経験に関心がある方が多いのではないかと思います。その一方で、留学は大手や外資系事務所の話で、自分とは縁がないとか、自分には無理だと思ってはいないでしょうか?

私自身、弁護士登録後約10年間はほぼ国内案件を扱っていましたが、その後米国ロースクール留学と韓国・米国法律事務所への出向で合計約6年を過ごし、現在は、業務の約半分は海外関連の案件となっています。そんな私が感じるのは、「渉外・外資系事務所所属でない若手弁護士こそ、留学で大きく飛躍できる!」ということです。

本特集では、留学・海外実務経験の意義について、国際委員会の留学経験者によるアンケート結果を紹介しながら、最近留学や海外実務を経験した国際委員会メンバーに、それぞれの経験やメッセージを語ってもらいます。皆さんにはぜひ、これからの留学のかたちをそれぞれの視点で見つけていただければと思います。

留学・海外実務経験の意義

留学・海外実務経験の意義として多くの方が意識されるのは、①外国語の習得、②外国法・実務の知識習得、③海外の弁護士資格取得、の3点ではないかと思います。そこで、これらに関連して私が留学前に感じていた疑問や不安と、現時点での考えをお話しします。


1 語学習得

1年留学したくらいで、急に英語が堪能になるはずがないのでは?
堪能になるには特別な努力が必要だが、1 〜 2年の経験でも、一定レベルの英語力まで引き上げることは十分可能。

5年近く米国にいた筆者自身、ネイティブレベルはおろか未だに映画のセリフもよく聞き取れないわけですが、留学と実務経験を通じ、下手な英語でも恐れずに喋っていると、自分自身や自身の関心分野については十分会話できるようになってきます。同年代のクラスメートとの会話や、研修先事務所での実際のメールやレターの表現などからも、生きた法律英語の表現を学び取ることができます。


2 外国法・実務の知識習得

1年の留学では基礎しか学べないし、事務所研修でも実務を少しかじる程度では、実際の仕事で使えないのでは?
日本とは法概念も訴訟実務も異なる海外の基礎的知識や短期間の実務経験は、大いに参考になる。

例えば私の学んだ米国ロースクール(約1年のLL.M.)であれば、米国法やコモン・ローの基礎的概念を学ぶことができます。米国の法体系や裁判実務は日本とは大きく異なるため (例:ディスカバリという強烈な証拠開示制度)、日本の実務を考える上でも参考になります。クライアントの日本企業・個人に、基礎的な説明をする機会は意外にあるものです。


3 海外の弁護士資格

自分は大手・渉外事務所所属ではないので、ニューヨーク州弁護士資格を取っても、余り意味がないのでは?
資格取得のための勉強自体が重要。また、「ニューヨーク州弁護士」と名乗ることで国際案件を扱っていることをわかりやすくアピールできる。

まず、ニューヨーク州弁護士など、資格取得のための勉強自体が、英語や外国法の基礎知識習得の観点で大きな意味があることは多くの人が指摘しています。また、名刺やウェブサイトで、「ニューヨーク州弁護士」と名乗れることは、国内クライアントや中小企業、あるいは所属事務所内外の弁護士(同期等も含め)に、海外案件を依頼できると知ってもらえる、わかりやすい方法になっていると感じます。

留学・海外実務経験の意義

国際委員会には多くの留学経験者が所属しており、今回、国際委員会のメンバーを中心に留学の意義についてアンケートを行いましたので、その結果をご紹介します(回答:27名)。

図表1 図表2

特に、<人脈>と<生活( 家族、趣味、休息)>について、以下のようなコメントがありましたので、是非参考にしてください(具体的なコメントや集計結果は、国際委員会の資料となっていますので、当弁護士会の担当事務局ないし国際委員会メンバーにお問合せください)。


<人脈>

  • 世界各国の優れた法律家と友人になれる。
  • 海外の法制度等について気軽に相談できる友人を持つことができる。
  • 海外の友人のみならず、留学仲間や海外で活躍している日本人との縁ができるということも意外と大きな利点と感じます。

<生活(家族、趣味、休息)>

  • 職業上のメリットを超えて、豊かな人生のための経験としての意義がある。
  • 日本での常識が海外ではときに非常識ととられることを体験することにより、視野が広がる。
  • 一度も海外で暮らしたことが無かったので、色々な意味で、かけがえのない経験ができた。
  • 家族と過ごす時間が圧倒的に増え、一緒に海外で生活して現地での困難を乗り越えることで、更に互いを理解し、協力しあうことができた。

なお、多くの方が、留学のデメリットとして、コストがかかること(13/27)、日本での実務・法改正やクライアントから離れること(12/27)を挙げていますが、その一方で、デメリットを指摘しながら、留学に関心を持つ若手・後輩へのメッセージとして、留学を強く勧める声を寄せています(16/27)。


<若手・後輩へのアドバイス>

  • 状況が許すならば、是非留学することをお勧めする。
  • 自分が積極的に取り組めば可能性は無限に広がるので挑戦するべき。
  • 機会があれば是非行ったほうがよいと思う。視野が広がり、グローバルなリーガルマーケットに身を置くという実感がわいてくると思う。
  • ・人口減に伴い日本の市場が収縮し、中小企業でもますます海外展開を考えるようになっているご時世において、海外関連の業務にも対応できることは弁護士の社会的使命であると思う。留学はそのために極めて重要であり、将来を見据えて、1 〜 2年程度を留学に充てることは非常に合理的な判断だと思う。

おわりに

いかがでしょうか。ここまで読んでいただいただけでも、大手渉外・外資系事務所所属ではない若手会員にとっても、留学によって得られるものについて、様々なヒントが含まれていたのではないかと思います。実際私も、米国ロースクールや米国・韓国で沢山の一生の友人ができ、世界が広がりました(世界各国の弁護士たちはもちろん、日本からの留学同期や同窓という関係も数多く生まれます)。所属事務所や扱う業務の関係でこのような機会が多くない国内事務所や中堅・小規模事務所の若手の皆さんにこそ、是非現実的に考えてみてほしいキャリアプランだと思います。費用面が心配であれば、日弁連や当弁護士会の留学制度などの活用も一手です。

次稿以降、比較的最近留学した経験者の生の声から、皆さんそれぞれの留学のヒントを是非つかんでください!

2 留学準備からNY Barまで

藤井

1 はじめに

私は、2017年5月にアメリカのロースクール (University of North Carolina at Chapel hill school of law、以下「UNC」)を卒業後、ニューヨーク州司法試験(以下「NY Bar」)に合格し、現在は日本に帰国、弁護士として活動しています。「留学」と聞くともともと語学ができる人の話だとか、自分には縁のない話だと考える人も多いのではないでしょうか。

しかしながら、私は、帰国子女でも最初から留学を予定していたわけでもありません。そんな私でも留学することができ、そして行ってよかった!と思っていますので、「留学」をもっと身近に感じてもらえるように、留学準備とNY Barについてお話ししたいと思います

2 留学の準備

1 ロースクールへの入学申込み

一般的には、アメリカのロースクールの入学申込みは、①経歴書("レジュメ(resume)")、 ②エッセイ(自己PR文)、③推薦文(職場の上司及び大学の教授の推薦文)、④英語の能力を証明する資料(TOEFL等の試験の点数) を、LSAC(Law School Admission Council) というアメリカを中心としたロースクールで構成される団体を通じて志望するロースクールに提出します。

具体的には、LSACのウェブサイト(https://www.lsac.org/) でアカウントを開設し、①から④までのデータをアップロードして、志望校に提出します。日本における大学(あるいは大学院)の成績及び司法研修所の成績もLSAC経由で提出することになります。

入学申込みの期限は、大学ごとに異なりますので、志望する大学のウェブサイトで申込み期限を確認し、それまでに準備を整える必要があります。有名大学の締切りは、留学する前年の12月から翌年3月頃までの間に設定されているようで、また、ランキングの高い大学ほど締切りが早いという傾向があるようです。日本の大学入試のような筆記試験はなく、申込みが完了すると後は結果待ちとなりますが、場合によっては、大学側から面接(Interview)したいと連絡が来ることもあります。ちなみに私はUNCのInterviewをSkype で受けました。


2 留学までの準備

私の場合は、留学することを決めたのが2015年3月で、志望校の締切りが、早い大学で 2016年3月初旬、遅い大学は4月下旬でしたので、準備期間は約1年でした。

準備の中で一番大変だったのは英語、すなわちTOEFLのスコアを上げるということでした。TOEFLに関しては専門学校に通い、いくつかコースを受講しました。

大学によるとは思いますが、入学申込みの締切り後に追加で提出したTOEFLのスコアも判断材料としてもらえるようですので、締切りまでに基準点(大学のウェブサイトに基準点が示されていることがあります。) に達しない場合でも、とりあえずその時点における最高点を提出し、スコアが更新されたら追加で提出するという方法もあります。

私の場合は2016年3月にUNCに申込みをした後、4月にInterviewを受け、その際に次のTOEFLも受けるように言われてしまい、5月にも受験する羽目になりました。なお、日本からの留学生のTOEFLのスコアに関しては、私の聞いた限り90点台の方が多かったように思います。

他方で、①経歴書(レジュメ)と②エッセイ(自己PR文)は留学経験のある友人の経歴書やエッセイを参考に、2015年11月頃から作成を開始し、何人かの人に見てもらい、その人たちの意見も参考にしながら1ヶ月ほどで作成を終えました。

日本語の履歴書や自己PR 文を作成するのとは全く異なりますので経験 者の話や意見を聞くことはとても有益でした。国際委員会には留学経験のある先生方がたくさんおられますので、そちらで話を聞いてみるというのも良いと思います。また、③推薦文についても事務所の所長と大学のゼミの教授に御協力いただいてスムーズに用意するこ とができました。


3 留学先確定後

留学先が決まったら、まず、留学先の大学からVisaの申請に必要な書類や住居に関する情報等が送られてきますので、それらを元に具体的な渡米準備を始めることになります。

私は妻と一緒に留学しており、妻の留学先であるDUKE大学(UNCはDUKE大学から車で20分程離れた場所にあります。)の先輩から、留学中に必要な情報が集約された資料をもらうことができたため、それも参考にしてアパートを決めました。

そのほか、大学から予防接種歴についての書類の提出も求められますので、必要な予防接種を受けるなどの準備をすることになります。

3 ニューヨーク州司法試験

1 試験の内容等

NY Barは2月と7月に実施されています。ほとんどの学生は、5月にロースクールを卒業後、7月の試験を受験します。試験の内容は、2017年の時点では、MBE(Multistate Bar Examination), MPT(Multistate Performance Test), MEE(Multistate Essay Examination)の3種類で構成されており、トータルで6時間×2日間でした。初日の論文式の試験は事前登録をすればパソコンを持ち込んで受験することができます。

MBEが択一式試験、MEEが日本の司法試験における論文式試験と考えていただければイメージが湧くと思います。NY Barの場合は、これに加えて、MPTという試験があります。このMPTは、架空の場面、例えば、「あなたは法律事務所の新人弁護士で、あなたのボス宛に○○の相談が来ており、それに関連する裁判例と法律はこうなっています」と条件が設定されており、そのような場合にどのような意見書あるいは手紙を書くかといったことが問われる試験です。

図表1


2 受験するための資格

試験を受けるためには、①アメリカ以外の国で法教育を受けていること、②ABA(American Bar Association)に承認されているアメリカのロースクールを卒業していること、③ロースクールで、BOLE(New York State Board of Law Examiners)が指定している授業の単位を取得していることが必要です。

①については曖昧な部分もあるようですので、最近はほとんどの留学生がBOLEに対して受験資格についての事前審査申請をしていると思います。③については、ロースクールごとに異なっていますので、受験を考えている場合には、履修予定の科目がBOLEの要件を満たす授業かどうかを確認する必要があります。


3 受験まで

私の場合は、ロースクールの後期(1月から 4月)に入ってから日本人留学生の間で行われていた勉強会に参加し、卒業式後に、本格的に勉強を始めました。後期から勉強会に参加したと言っても、ロースクールの授業がある間はその予習復習もあり、なかなかNY Barのために時間を割くことができませんでしたが、その期間に勉強会に参加することで、5月以降どのように勉強をするか予めイメージすることができたのは良かったと思います。

普段の勉強は、問題演習がメインでしたが、日本人ノートと言われている留学の先輩方が作成されたNY Bar用の資料を読み込み、その資料に情報を集約していました。アメリカの司法試験の予備校は幾つかありますが、私も司法試験予備校のコースを受講しました


4 登録のための条件

ニューヨーク州弁護士として登録するためには、NY Barに合格することのほかに、MPRE(弁護士倫理に関する試験)、NYLE(ニューヨーク州法に関する試験)でも基準点を超えることが必要とされており、それに加えてプロボノ活動(50時間)を行うことが必要となります。

MPREは、3月、8月、11月の年 3回実施されていますが、受験会場での受験となりますので、アメリカにいる間に終えておく必要があります。これに対して、NYLEはオンラインで受験するテストで、帰国後(日本では真夜中に受験することになりますが)も受けることができます。

プロボノ活動については、ロースクール側があっ旋している場合もありますが、自分でプロボノ活動を提供している団体にアクセスして要件を満たす方法もあります。私は、このプロボノ活動が未了であり、まだニューヨーク州の弁護士登録をしていません。

図表2

4 最後に

留学準備は大変で留学中も勉強ばかりというイメージがあるかも知れませんが、実際には、ほかの留学生との交流や旅行、ゴルフなど楽しいイベントがたくさんありました。友人夫婦とノースカロライナからルイジアナまでレンタカーで17時間かけて旅行したこと、NFLやカレッジバスケの観戦等々留学しなければ経験できなかったことは数え切れません。

英語やNY Barの勉強は確かに大変でしたが、帰国後、英文契約書のレビューや英語での法律文書作成、海外の文献のリサーチなど留学前には扱っていなかった業務に携わる機会も増えました。その他、例えば、依頼者・相談者宛に英文の書面が届いたという場合、海外の法律知識がなくても、書いてある内容が分かれば、日本の弁護士としての知識と経験で対応できる仕事も少なくないと思いますので、留学したことは様々な場面でプラスになっていると思います。

本稿が留学をお考えの方にとって参考となれば幸いです。

図表3

3 中国のベストロースクールに留学しよう!

臼井

1 中国のベストロースクールは中国人民大学法学院

みなさん、中国のトップ大学は北京大学で、法学もそうだろうと思っていませんか?

しかし法学では、中国人民大学法学院(「当校」)がベストです。嘘だと思ったら、https://www. baidu.com/で「武 2018中国大学排行榜」や「校友会2018中国大学法学 排名」を検索してみてください。いずれも権威ある大学ランキングで、法学は当校が第一位です。

2017年教育部(注:文部科学省に相当)四 学科 估でも、当校が第一位です。中国に弁護士として留学するなら、ベストな中国人民大学法学院に留学しようではありませんか!

2 留学は中国行きの好機

私は何年も前から中国語を勉強し、ずっと中国へ行きたいと思っていましたが、中々その機会は巡ってきませんでした。そうした中、「第二東京弁護士会及び中国人民大学法学院間の交換留学生等に関する覚書」締結に向けた動きがあり、私も国際委員会の一員として2017年11 月に当校を最初に訪問しました。教員も施設も素晴らしい法学院で、これはぜひ覚書を締結すべきだと思いました。覚書は昨年3月に締結されました。覚書の締結が決まり、これはもう自分で行くしかないと、自ら志願して二弁の推薦を受け、昨年9月より当校で学んでいます。

3 LL.M. Program in Chinese Law

私が参加している当校のプログラムの英語名は、LL.M. Program in Chinese Law です。修了すると法学修士の学位がもらえます。履修31単位のうち、必修が21単位あり、それらは英語で講義が行われます。それゆえ中国語で授業を受けるのが厳しい人でも中国法の勉強を始められます。中国語で行われている学部生向けの授業も、許可を受ければ受講可能です。

それから中国語も必修で、法学院だけでなく、修士課程の全留学生が一緒に、レベル別の数クラスに分かれて受講します。期間は2 年ですが、単位は1年でそろい、2年目は中国だけでなく日本でインターン又は勤務をしつつ修士論文を書くことも可能です。

中国の大学に来て感じるのは、教師が学生を慈しみ、学生が教師を敬う、儒教的な古き良き文化が残っていることです。熱心な学生には先生の温かなまな差しが注がれ、学問で困れば手が差し伸べられます。それから、特に女性の先生方が、責任感が強く、きっちり準備し、みっちり授業をしてくださると感じました。お陰様で、特に女性の先生方の担当科目は素晴らしいノートができました。

図表1 図表2

図表3

4 中国人民大学法学院での生活

私は入学時に寮室が足りず入寮できなかったので外でアパートを借り、そのまま学外で暮らし続けています。そのほかの点では学内で暮らす学生と変わりません。

典型的な一日は:午前7時頃起床。マントウをふかして朝食。午前中授業があれば登校し、なければ宿題の仕上げや予習。食堂の営業時間がお昼は午後1時までなので、午後0時50分頃までに食堂に滑り込む。午後2時頃から午後5時まで授業。放課後、世紀館という体育館の3階にあるジムで30分ほど汗を流す。食堂で夕食をとり帰宅。帰宅後は授業の復習でノート作りや宿題をこなし、終了後直ちに就寝、というものです。

中国の学生らしい生活でしょう。

5 当弁護士会の留学支援制度のメリット

当弁護士会の留学支援制度の最大のメリットは、覚書に基づき、当弁護士会の推薦を受ければ、ほぼ確実に当校に留学できることです。中国の一帯一路政策を受け、現在はその沿線諸国の留学生が優先される傾向にあり、当校受入れ留学生も20名ほどなので、普通に応募しても留学できるとは限りません。

また、奨学金を受けられる可能性も高まります。中国留学には、中国政府や孔子学院などの奨学金制度がありますが、そのほか覚書のもとでは当校から奨学金の形で学費免除が受けられる制度があります。私もこの制度のもと、学費の半額免除を求め応募しましたが、結果として全額免除が認められました。

そして、覚書を締結している当弁護士会から来ているということで、学長はじめ先生方から認知されて目をかけてもらえます。そのようなこともあり、教授の貸金業法や証取法(金商法)の比較法的な研究への参加の機会も得ています。授業で「経験豊富な日本弁護士の見解も聞きましょう」と振られるのにはかないませんが。

当弁護士会会員が、私に続いて当校へ留学されるのを、北京にて心よりお待ちしております!

4 シンガポール留学のすゝめ

宮腰

私は司法修習修了以降インハウスとして勤務しており、会社の留学制度を利用して、シンガポール国立大学(National University of Singapore。"NUS")のLL.M.に2014年から2015年にかけて留学していました。

図表1

シンガポールの大学へ留学する日本の弁護士はまだ少数ですが、私が勤務する会社も東南アジアの企業に対する出資案件等の取引が増えている時期で、アジアのほかの国との取引案件ではシンガポール法を準拠法とすることが多く、また、国際仲裁の紛争解決地としてシンガポールを選択することも増えており、シンガポールの契約法、仲裁制度を学んでみたいと考えていました。

また、シンガポール国立大学では、アジア各国の法制度やASEAN についてのクラスを提供していることに魅力を感じ、シンガポール国立大学への入学を決めました。

アメリカとは異なり、シンガポールのLL.M.を卒業しても、必ずしもシンガポールの司法試験の受験資格を得られるわけではないので、もう1カ国の弁護士資格が欲しい、と考える方には不向きかもしれません。

しかし、他国の法曹資格の取得にこだわりがなく、シンガポールを含めたアジアの法制度などを学びたい方には適したLL.M.だと思います。

まず簡単にLL.M.の概要について説明します。私が在籍していた際には、インド・中国からの学生が過半数を占めていましたが、そのほかのアジアの国、ヨーロッパ、アメリカ等の様々な国からも学生が集まってきており、多様なバックグラウンドの学生と触れ合う機会がありました。なお、日本からの留学生は、私以外にあと1名おりました。

カリキュラムは、M&A、金融法、海商法、アジア法、知財法、仲裁法等、様々な分野の授業が提供されており、自身の専門分野や興味のある分野を選択することが可能かと思います。また、詳細は後述しますが、コモン・ロー以外の国で教育を受けた学生のための基礎クラスが用意されているので、英語や留学に不安を持っている方も協力し合える友人が作りやすい環境にあるかと思います。

図表2

次に私が受講した授業について触れたいと思います。コモン・ロー以外の国で法律を学んだ学生は、シンガポールの法制度の授業の履修が必須となっています。この授業の中では、シンガポールの法制史や裁判制度に加え、契約法についても学びます。

シンガポールはイギリス系のコモン・ロー法体系の国なので、「シンガポールの契約法の授業」といっても、学ぶ判例の7割から8割はイギリスやオーストラリアの判例ですし、シンガポールの契約に関連する法律もイギリスやオーストラリアの法律とかなり似ていますので、イギリス系のコモン・ロー法体系の基礎を学びつつ、シンガポール契約法の特殊性も学ぶことができます。

また、国際商事仲裁のクラスは、仲裁人としての実務経験のある教授が、シンガポールの仲裁法や裁判例、SIAC, ICCの規則を参照しながら、仲裁制度を教えるクラスで、仲裁の学術的な論点から実務的な観点まで学べるので、国際仲裁に興味のある方には有意義なクラスかと思います。特にシンガポールでは、ここ10年くらいで、仲裁判断の有効性や執行に関する判例の変遷や集積があり、また、仲裁制度を利用しやすくするように法改正が幾度か行われており、シンガポールが仲裁に友好的な制度を築いていく過程がわかるのも面白さの一つでした。

シンガポール国立大学への留学は、アメリカやイギリスと比べるとまだ選択肢として検討している方は少ないかもしれませんが、友人や授業に恵まれ、また、日本に帰国後業務を行うにあたっても当時学んだ契約法や仲裁法の知識を活かす機会もあり、私にとっては有意義なものでした。この記事が、シンガポール国立大学の留学に興味を持ち選択肢として検討する一助になれば幸いです。

5 台湾で人権を学ぶ 〜台湾民主基金会の民主人権実践フェローとしての経験から〜

金

1 はじめに

弁護士の留学といえば、企業法務・渉外法務を専門とする方が高額の学費を負担しながらアメリカのロースクールに留学するというイメージが根強いかと思う。私は、2018年3月から12月にかけて、台湾政府が出資する財団法人台湾民主基金会から支援を受け、台湾の人権課題について研究する機会に恵まれた。興味とやる気があれば、公益・人権活動に取り組む弁護士が、お金をかけずにアジアで研修するという選択肢もあるので、ご参考になれば幸いである。

2 台湾の人権活動に関心を持つようになった経緯

私は、日弁連の国際人権問題委員会の幹事や、日本を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの事務局次長を務めていたため、アジア地域の人権NGOが集まる国際会議に参加する機会が多かった。こうした場で、台湾の人権NGOと交流する機会が増え、台湾におけるNGOの活動について関心を持った。

また、私は、日本での弁護士登録後、アメリカでの留学や、ジュネーブの国連人権高等弁務官事務所におけるフェローシップを経験する中で*1、日本国内の人権問題に限らず、韓国、中国、北朝鮮、台湾、香港といった東アジア地域の人権課題を広く俯瞰できる人になることを目標とするようになった。

2017年には韓国に1年滞在し韓国の弁護士やNGOの活動について学んだ後、中国語圏で人権やNGOの活動をテーマにした留学・研修機会を得たいと思い、台湾又は香港での研修の機会を模索するようになった。

3 台湾民主基金会での民主人権実践フェローとしての経験

台湾では、学位を取得する留学ではなく、金銭的な面で負担が生じない研修の機会を探していたところ、台湾民主基金会という台湾政府が設立した財団に行き当たった。この財団は、台湾の民主主義及び人権を支援することを目的とし、台湾内外の人権NGO等が実施するプロジェクトに財政支援を行っているが*2、これに加えて、研究者やNGO向けのフェローシップ制度(「民主人権実践フェロー」と呼ばれる。)も設けている。

フェローシップとは、台湾に滞在して、台湾の民主主義や人権課題について研究し、台湾のNGOと交流すること等を内容とするが、自国外の人権NGO等の実務家に対して、こうした機会を提供している政府はアジアでは極めて稀である。

私は、2017年1月に、台北で国際人権をテーマにした会議に参加した際、台湾民主基金会を訪問し、フェローシップの応募方法等について話を聞き、2017年夏に、「台湾における国際人権法の発展〜ビジネスと人権の分野を中心に」というテーマを詳細化したフェローシップの研究計画書を提出した。

また、2017年8月には、台湾民主基金会が2014年から実施する、Asia Young Leaders for Democracyという夏季プログラムに応募して熱意をアピールし、台北で、台湾の民主主義及び人権活動の歴史について2週間にわたり学ぶ機会を得た。追って、2018年1月に、民主実践フェローとして選抜された旨の連絡が届き、台湾で5か月間滞在できることとなった*3。

4 フェローシップの経験

台湾の人権弁護士やNGOと交流するためには、最低限中国語で意思疎通する必要があるため、私は、フェローシップに先立って2018 年3月からの3か月間は中国語の学習に専念することにした。語学留学に際しては、台湾に在住する友人からの勧めに従い、台湾師範大学の語学センターの授業に登録した*4。私は、大学時代に第二外国語で中国語を選択し、上海に3か月程短期語学留学する等、中国語の基礎は習得していたため、3か月語学の学習に集中することで、大学の講義や講演等は大体理解できるようになった。

また、2017年1月の国際会議で知り合った東呉大学の人権センター所長に、語学留学及びフェローシップ滞在期間中、東呉大学の人権センターに客員研究員として受け入れていただけないか打診したところ、ご快諾いただき、図書館の利用や授業の傍聴等をする機会に恵まれた。なお、東呉大学は、台湾で初めて人権センターが設立された大学であり、人権やNGOの実務的研究の分野で著名である。

図表1 図表2

民主人権実践フェローは、フェローシップ終了後に、台湾での活動の成果について、一般向けに講演を行い、活動報告書を提出する義務があるが、その他の活動はフェローの自主性に任せられている。私は、台湾において国際人権法の普及に取り組むNGOや弁護士・研究者・政治家等の講演に参加したり、インタビューを行ったりしたほか、台湾企業が台湾国外で引き起こす人権侵害・環境破壊の問題に取り組むNGOの会議に参加する等した。また、複数のNGOや大学から講師として招かれ、日本における国際人権法の実施状況や、ヘイトスピーチ及びその背景、日本における『ビジネスと人権(特に日本企業のサプライチェーン上で発生する人権侵害)』に関する取り組みと課題等について、中国語又は英語で講演したり、台湾の雑誌記事に投稿したりもした。

滞在中特に興味を持った事案として、台湾の大手化学メーカー及び日本の大手鉄鋼メーカーが設立した合弁会社が、ベトナムで大型製鉄所を建設する過程で汚染物質を流出させ、魚が大量死し、付近住民に健康被害をもたらしたという事案があり、被害者の救済に取り組む台湾内外のNGOや弁護士の打合せにも同席する機会を得た。

また、台湾のマグロ漁獲量は世界第一位であり、台湾は日本にとって最大のマグロ輸入相手国であるが、近年台湾のマグロ遠洋漁船における東南アジア等からの移住労働者の過酷な労働環境の問題が世界的に注目されており、この問題に取り組む台湾のNGOとも意見交換を行った(なお、この問題は日本の水産加工業等のサプライチェーン上のリスクでもある。)。

このほか、日本や韓国を訪問する予定の台湾のNGOに対して、日韓で特定の人権課題に取り組むNGOを紹介したり、台湾を訪問する日本や韓国のNGOに対して、台湾のNGOを紹介したりすることも何度かあった。

図表3

5 おわりに

日本、韓国、台湾は、少子高齢化や外国人労働者の増加など、同様の課題に直面しており、今後も日韓台の人権NGOや弁護士が相互の経験・課題から学べることは多い。台湾の人権問題に関心を持ち、台湾に留学・研修する日本の弁護士が出てくることを期待したい。

6 国内LL.M.の可能性

澤井

現在、外国語を用いて国際的な弁護士業務を進めるに当たっては、海外のロースクールへの留学が主流になっています。他方、慶應義塾大学大学院において、グローバルな課題に対応できるよう、英語で全ての授業が行われるグローバル法務専攻(LL.M.)が設置されています。

実際に通学している編集部の1人が、研究科長として同専攻の開設に携わられた片山直也教授にお話を伺いました。

慶應義塾大学にて、グローバルな法曹養成へのコースを設置した理由はどのようなものでしょうか。
慶應義塾法科大学院では、2004年の開設以来、国際化への対応を独自の取り組みとして進めており、法科大学院生向けに英語による授業を一定数行ってきましたが、在学生は、司法試験の合格率が低く抑えられる中で、目の前の司法試験科目に対する勉強に力を注がざるをえなかった部分がありました。

そこで、いわゆる法曹リカレントプログラムとして、実際に法曹資格をとった弁護士や法務部員に向けて、海外留学ではなく、自国で英語を使用言語とした教育を提供できる枠組みを作り、2017年4月からグローバル法務専攻を開設しました。
国際法務人材として基礎を身につけるためには海外への留学が主流ですが、実務家にとってあえて国内の大学院を選択するメリットはどのようなところにあるのでしょうか。
まず、一番大きいメリットは、働きながら通学することが可能な点だと思います。

グローバル法務専攻は、原則として1年間で30単位を取ることにより「法務修士(LL.M.)」を取ることを予定していますが、パートタイム受講生として、1.5年、2年での修了も可能で、実際に、1年以上通っている社会人の方が多いという印象です。仕事を離れず英語による研鑽を積むことができるというのは、大きなメリットです。

また、海外留学中での滞在費が高額になることを考えると、学費のみの負担で先端的な内容を英語で受講ができるというのは大きな意味があるのではないでしょうか。確かに、海外留学に比べて、海外の文化や外国語に触れる機会が少ないのは否定できませんが、少なくとも、キャンパス内におけるグローバル環境は一定程度確保されています。

特に、学生の半数以上が、日本法や日本でのビジネスに関心を持った、アジアや欧米からの留学生だという点は、このLL.M.の大きな魅力の一つであると思っています。

二番目のメリットとしては、日本のビジネスがアジア市場へ展開していることを踏まえ、地域あるいは専門分野に特化した授業が充実しているという点です。

従来、海外での法務の素養があることを示すために、アメリカのロースクールで英米法一般に関する授業をとり、弁護士資格を取るというのが唯一のパスポートだとされてきました。しかし、ご存じのとおり、アジア市場の活性化に伴い、アジア市場に対応できる法曹が求められ、アメリカのLL.M.を卒業して弁護士資格をとるというルート以外の選択肢の重要性が増してきていると感じています。
大学院での科目が話題に出ましたが、カリキュラムの概要及び開設科目について教えてください。
グローバル法務人材を育てるという点においては、①グローバルビジネス法務や②グローバルセキュリティ法務に関する基礎知識を学ぶとともに、③アジア市場に対応するために日本及びアジアの法制度について英語で発信できるよう、関連科目が用意されています。

その上で専門職大学院として④実務トレーニングを受ける機会が提供されています。

例えば①については、International Commercial Transaction, Cross-Border Litigation 等の国際取引に関連する科目だけでなく、International Commercial Arbitration といった、これから日本で需要が高まると予想される最先端の実務に関わる授業が用意されています。

また、④では、弁護士に特に需要が高いとされる、NegotiationやDrafting特に企業買収などの実践的な起案について経験豊富な実務家教員による授業を設けています。詳しくは当研究科のホームページにて確認していただきたいと思います。
その他、授業以外のインターンシップあるいは海外の大学院で単位を取得するなどのプログラムは用意されているのでしょうか。
慶應義塾は、成長するアジア市場においてリーダーシップをとれる法務人材を育てるために、メコン地域諸国(ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー)にある6大学と共同し、学生の相互派遣をベースとした、各国の特色を活かしたプログラムを構築することを予定しています。

現在、既に、提携大学との間でのエクスターンプログラムが提供されており、学生は一定期間、現地で各国法を学ぶ機会がありますので、現地の関係者と交流を深める機会として、非常に役立つのではないかと思います。

また、ワシントン大学(シアトル)との間でダブル・ディグリー・プログラム協定を締結しており、学生は、春学期に慶應で学んだ後、秋学期にシアトルに移って学ぶことにより1年間で日米両ロースクールの学位を取得することが可能になります。ただし、このシステムを利用したとしてもすぐに現地の法曹資格を取ることができるわけではないので注意が必要です。
更にこれから力を入れたい分野等はありますか。
国際ビジネスの紛争を扱っていく上で、国際仲裁に関する素養はこれからますます必要になってくると思います。

慶應義塾では、実際に国際仲裁分野で活躍する学生を増やすため、国際仲裁に関する科目を充実させるとともに、海外の仲裁協会、具体的には英国仲裁人協会(CIArb.)のメンバーシップが取得できる制度を本年4月からスタートさせます。

更に、アジア諸国の国際仲裁機関(シンガポールのSIAC、マレーシアのAIAC、韓国のKCABなど)でのインターンシップへの学生の派遣を検討中です。将来的に国際仲裁に関わりたいと考えている実務家の方に是非とも学んでいただきたいと思います。
国際的な活動に関心のある弁護士は多いですが、多忙な仕事に加えて定期的に大学院に通うというのは大変だと思います。そのような方に向けてメッセージがあればお願いします。
現在、本専攻は、海外からの留学生が多く、国際的な環境に身を置くという意味ではベストな選択だと思います。

もちろん2年足らずで30単位を取得するというのはハードルが高いことも事実ですので、まずは気になる科目を見つけ、科目等履修生として参加してみてから、本格的に入学することを検討してはいかがでしょうか。