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基礎からきちんと控訴審(前編)

前編 全2回

1. 控訴審弁護の基本事項

宮村

まず、控訴審弁護に臨むに当たって押さえておくべき基本事項から確認します。

控訴審弁護を考える上で一番意識しなければならないのは、刑事事件の控訴審は事後審であり、判断の対象が第一審判決であるということです。第一審で取り調べられた証拠に基づいて、第一審判決の当否を事後的に審査するのが事後審です。
第一審の手続があって、それを事後的に審査するものだということを正確に理解していないと、裁判官とかみ合わない控訴審の弁護活動になってしまいます。

これに関して、近時重要な最高裁判例が出ています。裁判員裁判で無罪になった事件の上告審判決(最判平成24年2月13日・刑集66巻 4号482頁)です。控訴審で有罪になり、上告審でまた無罪になった事件で、その控訴審における事実誤認の判断手法について最高裁は、第一審判決が行った証拠の信用性評価、証拠の総合判断が論理則、経験則に照らして不合理と言えるかどうかという観点から行うべきとしました。控訴審の裁判官がどう考えるかではなく、第一審の判断が論理則、経験則に照らし不合理と言えるかどうかを検討すべきであり、不合理と言えないのであれば、事実誤認を認めてはいけないということを述べています。弁護人としても、控訴審で事実誤認を主張するときに意識したいところです。
控訴審のタイムスケジュールを考えてみましょう。控訴をした場合、ほとんどの依頼人は、第一審と同じような手続が行われると思っています。ここを弁護人が正しく理解して説明しないと、依頼人の誤解やトラブルを招くことにもなりかねません。
例えば、ある年の6月に第一審判決があったとします。第一審が東京地裁か否かによっても違いますが、仮に東京地裁とすると、控訴した場合に記録が第一審から控訴審に送付されるまでの期間は、一審判決から3・4週間であることが多い気がします。記録が控訴審に送られた段階で高裁から国選弁護人の選任の要請があり、法テラスを通した場合はこの段階で受任されます。
同時に、控訴趣意書の提出期限が指定されます。提出期限は、事件によるものの、指定から約1カ月や1カ月少し先が多いと思います。仮に延長を認められたとしても、控訴審の公判期日自体は控訴趣意書提出から約1カ月や1 カ月少し先に指定されるのが標準的です。依頼者から聞かれた際の1つの目安として参考にしていただければと思います。
審理期間は、最高裁のデータによると、1カ月以内が12%、2カ月以内が10%、3カ月以内が37%、6カ月以内が36%でした。控訴審はすぐ終わるということを、依頼者に事前に説明しておく必要があります。
データによれば、終局結果の分布と平均審理期間は、70%は控訴棄却、18%は取下げです。取り下げずに控訴審の判決までいったものの割合で言えば、70 ~ 80%は控訴棄却です。破棄自判が10%程度で、破棄差戻しというのはかなりレアです。
控訴審は基本的に負けると言われますが、データ上も厳しい手続だと理解しておく必要があります。

宮村

裁判所から見て、弁護人が控訴審に臨むに当たり、最初に留意すべきはどんなところですか。

河合

やはり控訴審の構造を分かっていない方が少なくありません。まず控訴審の構造を理解いただきたいと声を大にして言いたいです。
先ほどの最高裁の判例が今の高裁の判断の基準になっています。この基準に基づいていかに弁護人が高裁を説得できるかで勝負が決まると思います。

神山

僕自身も控訴審では、痛い目にばかりあってきました。最高裁に行ってしまうともう事実の取調べは基本的にないので、控訴審で新たな事実を加えることによって判決を変更させるというチャレンジ精神は絶対に失ってほしくないと思います。

2. 受任直後の対応

宮村

痴漢で起訴されて、無罪を主張している矢沢順一さんの控訴審の国選弁護人に選任されたという模擬事例に従い、受任直後の対応を見ていきます。

控訴審から受任した場合、国選事件であれば法テラスから一審判決はもらえますが、あるのはそれだけです。
他方、私選の場合は、一審判決すらない場合もあるかもしれません。そういう状況の中でまずは、原審記録を入手する必要があります。
控訴審は、とにかく第一審の裁判に出てきた証拠関係を前提に、その一審判決の当否を事後的に審査するものです。ここでの原審記録は、一審の裁判所に出ている記録であり、控訴審の裁判官もそれを見るわけですから、その記録を入手することがまず必要です。
あとは原審弁護人への連絡も、早い段階で行うべきです。原審弁護人へ連絡することで、裁判所に出されている記録以外の様々な情報を入手することができます。
例えば最近では、証拠開示の範囲がかなり広くなっており、裁判所に出ている証拠は全体の一部です。原審弁護人に連絡して一審で検察官から開示された証拠、それ以外の様々な情報を得られることがあります。
控訴審の国選弁護人に選任された時点で裁判所の記録はもう東京高裁にあります。司法協会で原審記録の全てと伝えて謄写するか、あるいは閲覧もできます。
入手して記録をどう検討するか、ここは意見が分かれそうですが、判決を検討しなければいけないことは全員の共通認識だと思います。これが判断の対象だからです。
その上で、手続調書、一審の論告・弁論、検察官・弁護人の主張、一審の法廷に出てきた証拠も見なければいけないし、法廷に出ていない開示証拠の検討を要する場合もあると思います。
少し意識したいのは、記録の検討と依頼人と会うのとどちらを先にするかです。捜査弁護も含め、一審弁護の場合は、依頼者と会うことが必ず先に来ると思います。しかし、控訴審は事後審であり、検討対象は一審の訴訟記録であることからすると、一審とは違う考えもあり得ます。
一審が東京地裁の身柄事件であれば、被告人はもちろん東京拘置所にいます。控訴審段階も勾留場所はそのまま東京拘置所です。
ところが東京高裁の事件の一審は関東各地の地裁で行われるので、一審が東京地裁でなければ控訴審の弁護人が選任された時点ではまだ地方にいるのが普通です。地方まで会いに行くことも可能ですが、いずれ東京拘置所に移送されます。
タイミングは事件ごとですが、控訴審の弁護人に選任されてから控訴趣意書を出すまでの間に移送されることがほとんどです。なかなか移送されない場合は、裁判所への移送申立てや、検察庁に連絡することもあります。それでも来ない、あるいは早めに依頼者に話を聞きたい場合は、地方の拘置所に行って面会することもあると思います。

宮村

本事例は、国選弁護人のため、原判決を法テラスからもらったという前提です。一審で認定された罪となるべき事実は、被告人の矢沢氏が夜、電車の中で女性の身体を触る痴漢行為をしたとされるものです。否認事件ですが、神山先生が弁護人だったら、原判決を入手して次に何をしますか。

神山

まず記録を閲覧します。謄写すればいいとも思われますが、まずは直接見た方がいいと思います。証拠物はまさにそのとおりですし、書証そのものも裁判官が見て判断しているわけですから、やはり現物を見るという姿勢は失ってほしくないです。同時に、関係がある現場をまずは全部見て歩きます。そこまで頭に入れて、本人に会うというパターンを僕は取ると思います。
本人に会うときに、一番注意しているのは、被告人の話を固い頭で聞いてはいけないということです。両側面があり、まず本人が「事実誤認です」と言ったときに、調書を見てしまっていると、そんなことを言ってもと本人の言い分を押さえつけてしまう問題です。そうあってはいけないということを、まず考えなければなりません。また、本人が「量刑不当でいいです」と言っていても、よく吟味すれば事実を争う場面が本当はあるのではないかということを見落としてはいけないです。
あと、下世話なことを言えば、どの裁判体にかかっているかは分かりますので、その裁判体の評判を聞いて歩くということはやっています。どういう裁判長が担当されているのかはかなり気にしています。

僕は法テラスの書類を取りに行くといつもその足で記録を全部謄写しています。その上で面会はわりと早い段階で行くことが多いです。
依頼者のところにも控訴審の国選弁護人の通知が行くので、身柄事件の場合は十分記録を検討できてなくても、判決等をざっと見た段階で、短時間でも顔を見に行くのは大事だと思います。

宮村

原審弁護人からの引継ぎには注意が必要です。原審弁護人が手続調書の謄写をしていなかったり、尋問調書を謄写していなかったりということがあるので、裁判所のオリジナルの記録にアクセスすることが必須だと思います。

控訴趣意書で引用をするときも裁判所と意思疎通が容易になるので、裁判所にある記録の丁数を確認することは必要だと思います。

宮村

記録の検討順序ですが、原判決は当然すぐ読みますよね。その次は何から読んでどんな検討をしますか。

神山

僕は間違いなく証拠から読みます。最後まで読まないのは論告・弁論です。控訴審を受けたときには新しい視点で事件を見なければいけないとよく言われました。一審弁護人は視野が狭さくしてしまいがちです。それにとらわれてしまうとよくないのでまずは裸の目で証拠を見て、なぜ原判決になるのかを考えています。

僕は順を追って手続調書から見ます。時系列を追い、起訴状から順番に見て気になるところに付せんなどを付け、最後に公判まで来て書証を見て尋問を読むという順序です。

宮村

私も趙さんと同じです。起訴状を読んで打合せ調書を読んで、公判前整理手続に関する書類を読み進めていきます。そして、何でこんな主張をしているのだろうかと考えながら、原審弁護人の目線で記録を読んでいきます。そのように記録を読みながら、なぜここでこのような証拠調べ請求をしていないのか、というように自分が一審弁護人ならばどうしたかを考えながら控訴趣意を考えます。控訴趣意を検討する際の視点が違っており、 神山先生は裁判所目線で、どうしたらこの証拠でこの結論に至るのかを考えていくということなのかもしれませんね。
河合先生、裁判官の記録の読み方はいかがですか。

河合

記録が配点されますと、裁判官に判決の写しが配られるので、まず判決を徹底的に読みます。私の経験では、破棄した事案は判決を通続して、これは少し矛盾があるなと感じたものがほとんどです。私は結構破棄をしていますが、判決からしておかしいというのが多かったです。
高裁では、陪席がその事件の主任裁判官になります。主任裁判官は記録の詳細な検討に入ります。主刑が処断刑の範囲内か、未決の算入期間、必要的没収や追徴が抜けていないかというところまで含めて、記録を読み倒します。そうやって訴訟手続まで違反がないかをチェックします。
裁判長は判決次第です。判決を読んで問題がないと思うと、控訴趣意書が出てからその趣旨書に基づいて記録を検討するという場合が多かったように思います。ただこれは裁判長によって違うと思います。特に裁判員裁判が始まって、記録が薄くなりましたからすぐに読めてしまいます。
おっしゃるとおり、東京高裁の裁判長は個性豊かです。昔ほどではないですが、裁判長ごとに訴訟法があるというのは今でもそうです。訴訟指揮も記録の読み方も、裁判長によって全然違うと思います。


河合弁護士(左)と神山弁護士(右)

3. 控訴趣意書の検討

宮村

次は控訴趣意書の検討作業に入ります。解説をお願いします。

控訴理由は、刑訴法377条以下で決まっています。絶対的控訴理由が問題となるケースはほとんどないので省略します。
まずは、訴訟手続の法令違反(379条)です。法令適用の誤り(380条)も控訴理由です。多いのは量刑不当(381条)と事実誤認(382条)です。
ここで押さえたいのは、事後審として一審の証拠を前提に一審判決の当否を判断するのが控訴審の構造だということです。例えば量刑不当の控訴理由は、あくまでも一審判決の証拠を前提にした量刑不当です。
393条の2項には、「控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる」という規定があります。これに基づいて、例えば第一審判決後に示談をした、第一審判決後に再犯防止の取り組みをしたとの事情について控訴審で職権の取調べをして原判決を破棄するというパターンはありますが、これは381条の量刑不当でなく、控訴理由に当てはまりません。あくまでも一審の証拠に基づいて量刑が重すぎる、不当だというのが381条の量刑不当です。今挙げた事情で控訴趣意書を出すときも、形上は法381条の量刑不当で、一審の証拠関係からしても刑が重いということを言わないと、控訴理由自体が不適法なものになってしまいます。
あとは無罪主張と量刑不当について、一審だと無罪主張の事件で量刑について主張することはありませんが、控訴審は事後審なので、当然事実誤認の主張などがメインになります。ただし、一審の証拠に基づいても量刑不当であるという主張をするケースはあり得ると思います。
控訴趣意書の作成では、控訴理由のうち、どれを主張するかを考えることになります。
控訴理由が複数になることはもちろんあります。事実誤認でいくつかのポイントが出ることもありますし、訴訟手続の法令違反について述べる場合もあれば、事実誤認プラス量刑不当を書くこともあります。僕はそういう場合の順序は、手続の問題が最初、事実の問題、量刑の問題は、論理的には最後と考えています。
控訴趣意書の提出期限は、国選事件であれば、選任された時点で指定されていることがほとんどです。民事と異なり、控訴趣意書の提出期限は絶対です。1秒でも遅れると控訴趣意書が提出されなかったとして、控訴を棄却されることにもなりかねません。
事情があって間に合わないときは、必ず控訴趣意書の提出期限の延長申請書という書面を提出します。裁判所は当日か翌日には判断してくれます。
控訴趣意書を書くに当たり、こういう調査が必要で、まだこれくらい時間がかかるので2週間の延長をしてください、などと具体的に理由を書く必要があります。
延長申請は、受任した直後にすると、裁判所側にもっと頑張れと思われるので、相手の気持ちを考えて行うことが大事です。僕は、期限の1週間前や2週間前に、あと2週間、1カ月くださいと申請することが多いです。
それでも間に合わず、あるいは後から事情ができたので追加するということがあります。そのような場合には、控訴趣意書の提出後に控訴趣意の補充書を出すことができます。 補充書を公判期日前に出せば陳述させても
らえるものの、補充書なので控訴理由自体の追加は認めてもらえないことが多いです。控訴趣意書で主張すべき控訴理由自体を出した上で、その中身を補充するということになります。

宮村

裁判所から見て控訴趣意書でここは気を付けてほしいというところはありますか。

河合

攻撃対象は一審判決です。一審判決のどの判断を問題にしているのかを明確にする必要があります。それが明確になっていない控訴趣意書が結構あります。例えば攻撃対象の証拠からの事実認定の問題なのか、それとも事実は認めるとしても、事実からの推認過程や評価の問題なのかというあたりが曖昧なまま主張される控訴趣意書が時々見受けられます。
刑事訴訟法の規定上は控訴理由を主張するには控訴趣意書に訴訟記録ないし原裁判所において取り調べた証拠に現れた事実を援用しなければならないとされています。すなわち訴訟記録や取り調べた証拠に基づいて一審判決の問題点を主張しなければなりませんが、どの証拠というところが抽象的で裁判所から見て不十分というのが多いです。

宮村

河合先生が強調されるのは、一審判決が攻撃対象だとしっかり押さえるということかと思います。一審のときとは頭を切り替えて、どう控訴趣意を考えていくべきかについて、神山先生はどのようにお考えでしょうか。

神山

攻撃対象を明確にするためにどうしてもやらなければいけない作業は、証拠構造の分析です。一審判決が、どういう論理構造で有罪にしているのかを解き明かすことです。A事実とB事実を仮に総合しているとする と、Aという事実はどの証拠に基づいて認定され、Bという事実はあることを前提にどういう評価を加えているのかを分析する。
分析した上で、そのどこに問題があるのかを検討します。そうするとAという事実の認定に問題があって、その認定の問題は乙という証拠の評価に問題がある。あるいはBという事実は、Cという事実もあるけれども、それを総合した推認力の評価に問題があるというのが分かってきます。まずそこをやって考えなくてはだめで、それをやらずにいきなり事実誤認を書き始めると混乱すると思います。

宮村

単に一審の証拠からすればこんな事実になるはずという書き方ではなく、まず一審の証拠構造を示して、一審判決はこういう証拠からこういう事実を認定したけれどもその認定がおかしいと、攻撃の対象が明確に伝わるように書くということですね。やはりこういう控訴趣意書を望まれるということでしょうか。

河合

まさにそうですね。そういう控訴趣意書が出ると、理解しやすく、説得力も増すと思います。

宮村

犯罪の成立を争っていない事件で、一審判決が、量刑判断の前提になった動機や計画性の程度や犯行態様などの事実認定を誤っているということがあります。犯罪の成立自体は争わないが、これが量刑に大きく作用しているという場合、控訴趣意は事実誤認になるのか、量刑不当になるのかが問題になります。
裁判所はどう理解されていますか。

河合

裁判体によって違うかもしれませんが、単なる情状、例えば被害感情などはそれに含まれないけれども、犯行の動機や計画性といった犯罪事実に直接関連した情状事実、いわゆる狭義の犯情は、控訴理由として事実誤認と捉える裁判体が多いと思います。

宮村

裁判体によって違いがあるとすると、弁護人としてはどう対応しますか。

神山

若いころはこれで悩み、悩むことが無駄と知りました。弁護人の立場からするとこの事実は間違っているとなれば、事実誤認を立てればよいと思います。その事実誤認ゆえに量刑不当が起こるのであればまた量刑不当も立てるということで問題ないと思います。弁護人が争いたいのはこの事実は違うというところであれば、その事実が違うということを明確にすべきだと思います。

宮村

前提事実に誤認があり、量刑も不当で納得できないということなら、両方を主張するということですね。
次に、一点突破型の控訴趣意書を仕上げるのか、総花的といわれる控訴趣意書を目指すのか、どんな考えで臨むとよいでしょうか。

河合

一審で既に主張・立証が整理され争点も絞られています。それで審理が行われていますから、控訴審で漫然とあらゆる控訴理由を主張することは、一般的には説得力に欠けると捉えられる可能性が高いというのが裁判所の立場です。

神山

一審の弁論をするときに「絞れ」ということは僕自身も言っていますが、控訴趣意の控訴理由を立てるときにどうするかはかなり難しい問題だと思います。ただ、弁護人の作業ははっきりしています。まずは一審と同じように、どのような事情があるのかを全部洗い出します。その中でどれが重要な課題なのかを考えます。
それを踏まえて、どれがどうなると判決に影響を及ぼすのかという筋道をじっくり検討します。その上で、判決に影響を及ぼすと思われるものについては、遠慮なく挙げていくと思います。
条文上も、379条、380条、382条は全て「判決に影響を及ぼす」ときと規定してありますので、判決に影響を及ぼさないことをいくら書いても意味がありません。そういう意味では、まず今のような作業を行うことが大事で、そこからそれぞれ書きたいことを書けばよいと思います。

宮村

判決に影響を及ぼすかは別として、事実誤認や法令適用の誤り、訴訟手続の違反など、全部を網羅的にまず検討し、趣意書に落とし込む段階で、取捨選択することになりますよね。

4. 事例検討─証人尋問について

宮村

それでは模擬事例について検討します。痴漢事件の被害者とされている女性は佐藤春子さんという方です。この方の証人尋問が実施されたことが証拠カード(人)に書かれています。
被告人との遮へいの決定がされ、弁護人の異議申立ては棄却されて、遮へいされた状態で第2回公判に証人尋問が行われました。趙さんはこのあたりにもこだわって記録を見ますか。

記録は順を追って手続調書から見ると言ったのは、手続をきちんと見ようと思っているからかもしれません。遮へいの問題などで、しかも一審で弁護人は異議まで申し立てていることについて、最終的にこれを控訴理由の1つにするかどうかは全体を見て決めます。実際は一審の遮へいの決定が特に痴漢事件の被害者尋問で違法と判断されることはまれだとは思いますが、最終的には手続の違法を言うことが佐藤春子証言の信用性を否定させる1つの事情になり得ることも考え、控訴理由として主張するかどうかを判断すると思います。

宮村

手続調書から読む1つのメリットは、こういう問題があるということを頭に入れて証人尋問調書を読み、事実誤認と手続の問題を結び付けて説得的な論陣が張れることにあると思います。

神山

証拠から読む方は、何とか佐藤さんの証言を弾劾したいというときに、ほかに何かないかと事後的に手続上の問題を探すことになると思います。

宮村

裁判所も手続は網羅的にチェックしながら記録の検討をされているのですか。

河合

主任裁判官は徹底的に細部に至るまで記録を読みます。破棄判決の中に、「所論に対する判断に先立ち職権を持って調査する」というものが時々ありますが、これは裁判所が記録を見て主張がないのに手続が違法と考えた場合に、控訴理由をすっ飛ばして職権判断をしているからです。

宮村

模擬事例の一審での検察官の佐藤さんに対する主尋問を読むと、「事件当日の11月 1日、新宿駅に午後11時25分に着き、一番後ろの車両に乗り、どんなことがありましたか」との質問に佐藤さんが「痴漢をされるようなことがあって捕まえました」と抽象的なことを答えています。続いて、検察官は「以前、警察署でその時の状況を再現しましたね」「写真をお見せすればお話しいただけますか」として写真を示し、「この写真を見ながらご説明ください」と言って被害状況を説明してもらっています。
ここは少し気になるところですが、どんな取り上げ方をすべきですか。

神山

まず記録を読んだときに、「一審の弁護人はなぜ異議を申し立てないのだ」と他山の石としてみるべきです。自分はこんなことをすると恥ずかしい、この恥ずかしいのを先輩が控訴趣意書を書くために読んだとすると、腹の中で厳しく批判されます。そういうことにならないようにしなければと思うことが大事です。
規則199条の12に違反していることは明らかです。裁判所は、黙示的に許可しているが、その許可自体が違法という形で訴訟手続の法令違反を立てます。これによって明らかに捜査段階とそっくりな誘導尋問における誘導された供述がなされているので、全く信用性がないということで事実誤認に結び付けるという控訴趣意を考えます。

私は最終的なゴールが一審の佐藤春 子証言をつぶし、原判決を破棄させるというところなので、事実誤認がメインかと思いますが、単にこれが写真で示されて誘導されているから証言は信用できないと証言の信用性の問題として述べるよりは、手続の問題として規則の要件を満たさない違法な誘導尋問が行われ、それが看過されたという訴訟手続の法令違反を控訴理由として立てると思います。もちろんそれは最終的には事実誤認に結び付くと思いますが、1つの独立した控訴理由として手続の問題を取り上げるということが大事だと考えています。

宮村

今問題になっているのは規則の199条の12です。証人の供述を明確にするために必要があるときは、裁判長の許可を受けて写真等を利用できるとなっています。尋問調書を読むと明示的な裁判長の許可はないですが、神山先生からコメントがあったのは、黙示の許可があるという話かと思います。ではその許可が適法なのかというと最高裁の決定(最決平成23年9月14日・刑集65巻6号949頁)もあり、証言に不当な影響を及ぼすような利用の仕方はできないとされています。裁判所の立場からこの写真の提示は気になりますか。

河合

気になります。まず地裁は何をやっているのだろうと思います。普通示そうとする段階でまず弁護人の意見を聞きますし、検察官に示す根拠を質します。しかも示す段階が早すぎます。規則上、不当な方法での主尋問の誘導は禁止されています。裁判所としてもこれは放置しておけません。
この証言に信用性があるかについては、こういった尋問がなされ、尋問手続の違法があることによってかなり疑問を生じます。

宮村

最終目標が佐藤証言の信用性を弾劾して無罪を勝ち取ることであることには誰も異論がないと思いますが、その事実誤認を明らかにする過程で独立した控訴趣意として、写真の提示が早すぎることによる誘導があるという訴訟手続の法令違反の控訴趣意を立てた方が、より説得的になるのではないかというのが趙さんのご指摘かと思います。その点は裁判所の立場からいかがでしょう。

河合

最終的に裁判所がどういう控訴理由を認めるかは別にして、本件の場合は訴訟手続の法令違反として立てることはよろしいかと思います。この違法はかなり放置しておけない違法だと思います。

5. 事例検討─弁護人の 証拠調べ請求について

宮村

記録にさらに気になるところがあります。一審での弁護人からの証拠調べ請求を見ると2点請求しており、1点目は繊維鑑定の鑑定書です。これは被告人の手のひらに繊維が付着していなかったという立証趣旨で、検察官が同意して採用されています。
2点目が、「逮捕された当日、被告人は新宿駅に到着した時点で酒に酔って直立するのが困難であるような状態であったこと」という立証趣旨で、被告人が電車に乗る直前まで一緒に酒を飲んでいた知人の証人尋問を請求したところ、検察官が関連性、必要性なしという意見を述べて却下されています。
一審判決の被告人が意図的に触れたかについての補足説明を読むと、この争点に関して被告人は、「電車の中でうとうとしていて意図的に触ったという記憶はない」という主張をしています。弁護人はうとうとしていたという被告人の状態を立証しようとして、直前まで一緒にお酒を飲んでいた知人の証人尋問請求をしたが却下されたということです。
電車の中で彼がどういう状態だったかに関する証人であれば間違いなく採用されたのでしょうが、その電車に乗る前の彼の状態が立証趣旨であるため、関連性、必要性について争いがあったようです。どんな弁護活動が考えられますか。

まず控訴趣意を考えるに当たって、知人の証人請求を却下したことについて訴訟手続の法令違反の主張、関連性、必要性の判断を誤ったという主張を立てるかどうかを検討します。

ただ、一審の弁護人が却下決定に対して異議を述べていないので、訴訟手続の法令違反の控訴趣意が弱くなるということが少し気になります。
しかし、この証人を調べない違法が即その判決に影響を及ぼす、あるいは破棄事由になるかというと、現実的にはこれ単体で考えるのは難しく、むしろ控訴審でもう一度調べてもらいたいです。被告人供述の信用性判断に必要だと控訴審の裁判官に思わせる必要があります。
控訴審において証人請求をします、必要性を論じますというところが本丸で、そのことを認めさせるために、関連性、必要性の判断を誤った違法を控訴理由として立てるかどうかを考えます。

神山

私も同じように考えます。まずその知人にもう一度会いに行き、その人が何を見ていて、その供述にどういう価値があるのかを考えます。

宮村

それで価値があると考えたら、まず証人請求前の控訴趣意の段階で、このまま維持できる判決ではないということを明らかにするために問題とするということですね。
河合先生はいかがですか。原審弁護人が異議申立てをしていなくても、違法の程度が大きければ取り上げるべきでしょうか。

河合

そう思います。これを単体で訴訟手続の法令違反として裁判所が取り上げるかどうかはかなり厳しいとは思いますが、ほかの証拠との関連という意図で主張するのであれば、裁判所が認めずとも主張されるのはよろしいと思います。

宮村

記録を丹念に検討することが大事だと分かってきたと思います。神山先生は、現場に行ったり、関係者に話を聞きにいったり、記録の検討以外のことにも言及されていますが、控訴審弁護でも調査活動はやはり大事という考えでしょうか。

神山

調査活動が大事なのは、一審と変わらないと思います。事実審の最後ですから、何とかここでと思います。例えば本事例で、絶対に足りないと思ったのは、記録の中に被告人の主張として「左手が病気の影響により手のひらが外側に向くようになっており、その手のひらが接触した可能性がある」と記載されている点です。病気については本人が言うだけで認定されるはずはないので、裏付けを取るために医師の診断書をもらう、医師にどういう症状なのか話を聞くなど、一審弁護人がなぜしなかったのかと感じますし、そこは改めてきちんと行います。
もちろん電車に乗ってその現場の状況を確認するなどもやっておかないと、最終ゴールで事実誤認を言うときの控訴趣意書の迫力、説得力にも影響してくると思います。

控訴審の事件を受けると、原審記録をしっかり検討しますので、書面の中に収まりがちですが、控訴審でも現場を見ることはすごく大事だと感じます。(次号へつづく)

河合 健司(32期)●Kenji Kawai
当弁護士会会員、裁判員センター 幹事
〈略歴〉
2013年 東京高裁刑事部(部総括)判事
2016年 仙台高裁長官
2018年 弁護士登録

神山 啓史(35期)●Hiroshi Kamiyama
当弁護士会会員、裁判員センター 委員

宮村 啓太(55期)●Keita Miyamura
当弁護士会会員、裁判員センター 副委員長

趙 誠峰(61期)●Seiho Cho
当弁護士会会員、裁判員センター 副委員長