出版物・パンフレット等

基礎からきちんと控訴審(後編)

河合 健司(32期)
●Kenji Kawai
当弁護士会会員、裁判員センター 幹事
〈略歴〉
2013年 東京高裁刑事部(部総括)判事
2016年 仙台高裁長官
2018年 弁護士登録

神山 啓史(35期)
●Hiroshi Kamiyama
当弁護士会会員、裁判員センター 委員

宮村 啓太(55期)
●Keita Miyamura
当弁護士会会員、裁判員センター 副委員長

趙 誠峰(61期)
●Seiho Cho
当弁護士会会員、裁判員センター 副委員長

6、控訴趣意書の提出期限

宮村

僕はまじめな延長だということを分かってもらうために、延長請求前に記録の閲覧を必ずします。具体的な準備の必要性として何と何を準備しなければいけないということも請求書に書き、そのためのめどとしてどれぐらい日数が必要なのかも書きます。だから必要ですということを僕は言うようにしています。
どこかにある書式のような延長請求が出てきたときにはルーティンでやっていると思われて損をしますので、きちんと考えての延長ですと伝える努力をしています。

やはり定型文は絶対に認められないと思います。今言われたように、各事案においてこれまでこういうことをやり、これからこういうことをやらなければいけないからこれぐらい日数が必要ですということを具体的に書くようにしています。
延長請求のタイミングも重要です。例えば、やらなければいけない作業との対比で2週間前に出したとしたら、それは2週間でできるだろうと言われそうなときは1週間前に出すなど、裁判官にこれは仕方がないと思ってもらえる時期に出すようにしています。
また、受任直後に出すことはあまりないですが、例えば、大きな裁判員裁判が既に入っており、実際にこの事件に取りかかれるのはいつからだと率直に書いて、これだけ延ばしてくださいと受任直後に出すこともあり、認められています。

宮村

私も延長請求を認められなかったケースを反省して思い返すのは、コピー&ペーストをしたようにしか見えない申請理由を書いたときです。どの事案でもありそうなことしか書かなかったときは認められなかったです。裁判所の立場から見ていかがですか。

河合

いかに弁護人の主張に迫力、説得力があるかに尽きます。やはり記録を十分検討したけれども足りないですと言われると、認めざるを得ないです。逆に、決まり文句の書面を出されても簡単には延ばさない運用が多いと思います。これだけやりました、後はこれだけの日数が必要ですと具体的に言ってほしいと思います。

神山

僕なんか古くは延長請求のために必ず裁判所に面接を申し込んでいましたが、今はどうですか。

河合

私は面接に来た場合は会っていましたが、最近は会わない裁判官もいるやに聞いています。押しかけられれば会わないということはありませんので、裁判長がだめだったら主任裁判官でもいいですから、会って事情を具体的に述べるということは延長を認めてもらうことにつながると思います。

宮村

確かに、最低限主任裁判官は会ってくれる印象です。あとは裁判長も来るか3人そろうかは事件ごとに違うといわれています。面接のやりとりの中でつかめるものもあるという効能もあるかと思います。

河合

裁判所もそういう趣旨で会う場合もあり、この一審判決は問題があるかもしれないという事案は合議体で会う場合もあります。

宮村

延長申請で実務上、気を付けなければいけない点をお願いします。

1人しか選任されない国選事件であれば問題はないですが、法律上控訴趣意書は弁護人それぞれが出せることになっています。私選事件を含めて弁護人が複数名いるときは、延長申請は連名で出さなければ、提出した弁護人の分しか延長されません。しかも全員の印鑑が必要です。
控訴趣意書は、弁護人も被告人も出せることになっていますので、被告人自身が控訴趣意書を出したいという事件も少なからずあります。被告人の控訴趣意書の提出期限も延長してほしい場合は裁判所に伝えるなり何なりしないとなりません。

宮村

複数の弁護人がいるときに、そのうち一部の弁護人だけの名義で延長申請をすると、「弁護人宮村啓太について延長をする」という通知が来ます。そうならないようにするためには、全員の印鑑をついて延長申請する必要があります。

7、事例検討─証拠開示について

宮村

それでは模擬事例の検討に戻ります。第1回公判前整理手続期日調書を読むと「証拠の整理に関する事項」として、弁護人の「検察官から任意開示を受けた。類型証拠開示請求は予定していない。」という発言があります。こういうケースは少なからずあります。
一審弁護人が類型証拠開示請求をしていないので、証拠開示が足りているかどうかを考えなければなりません。控訴審の証拠開示の実情はどうでしょうか。

証拠開示については、316条の15など公判前整理手続の部分しか法律上は規定がなく、控訴審についての規定はないです。では証拠開示請求をできないかといえばそうではなく、高検の検察官に請求することになります。第一審公判で取り調べられていない証拠の入手方法としては原審弁護人か検察官に言うしかありません。
原審弁護人がきちんと証拠開示請求をしていない場合は、検察官に証拠開示を求める以外に証拠を入手する方法がないので、高検の検事に証拠開示請求書を作って出すことになります。
実情は、かつては割と柔軟に類型証拠に該

当するような証拠であれば開示するというケースもあった気がします。しかし、最近はかなり消極的な印象です。証拠開示は一審で行うものだから、高検は応じないという対応の検察官が少なくないと思います。
しかし、そういう場合も諦めるわけにはいきません。特に否認事件などで重要な証拠開示がなされていない場合は、裁判所の力を使うしかなく、裁判所に証拠開示命令申立書を出すことがあります。裁判所が検察官に対する証拠開示命令を出してくださいという書面です。根拠は、訴訟指揮権に基づく証拠開示命令についての最決昭和44年4月25日(刑集23 巻4号248頁)です。
その後は裁判所がいきなり命令を出すということはまずないですが、裁判所から検察官に、弁護人からこういう書面が来ているがどうか、と促してもらいます。検察官も裁判所から言われたら動く場合もあるので、そういうことを駆使して証拠開示をさせます。

宮村

本事例で、仮に電車の中で目撃者がいたことをうかがわせるような証拠があるけれどもその供述調書が開示されていないときには、検察官に6号に該当するような目撃者の供述録取書等を開示せよという証拠開示請求書をまず送ります。証拠開示請求書を送っても無視されたら、裁判所に目撃者の供述録取書等の開示を命じてくださいという証拠開示命令申立書を出すという流れになるということですね。

控訴審はある意味規定がないので、必ずしも「供述録取書等」と類型証拠に該当する証拠に絞る必要はなく、目撃状況に関する供述が記録された書面、報告書のような書類を広く出せと言うといいと思います。

宮村

神山先生、この手順とタイミングについてどう考えますか。

神山

まず検察官に対する証拠開示請求は遠慮なく早い段階から出せばいいと思います。その後に控訴趣意書を出すので、控訴趣意書の中でこういう証拠があるはずで、それがあればこういうことが分かってこうなると、その証拠開示がいかに必要かを書きます。
控訴趣意書を裁判所に読んでもらうと同時に、裁判所には検察官に証拠開示請求をしたが無視あるいは拒否をされたのでという理由で、証拠開示命令の申立ても付けて出します。そうすると裁判所は、証拠開示の必要性について判断しやすいと思います。

宮村

裁判所側の対応はどうなりますか。

河合

高裁の裁判長は検察官にとって無視し難い存在であるようで、高裁の裁判長が言えば、普通の事件ですとまず出してきます。裁判所を利用するという手は有効かと思います。ただ再審事件等はかなり厳しいです。
ある再審事件では、弁護人と検察官が開示について厳しく対立しました。裁判所は検察官から弁護人が開示を請求している証拠の提出を一旦受けて、その中で裁判所が必要性があるかを判断して開示の勧告を出しました。検察官としては自ら出したという形はとれないということで、裁判所が引き取って出すという異例の手続をとりました。閲覧謄写も裁判所で行ったという極めて特殊な事例がありました。

宮村

一審で公判前整理手続に付されていたのに類型証拠開示請求がされていない事件は結構あるので、控訴審を受任したらしっかりチェックをしてもらいたいと思います。

8、事実取調べ請求

宮村

控訴趣意書の提出のほかにやらなければいけないのが事実取調べ請求です。期日1 週間前ぐらいまでに請求してくださいと高裁から求められることが多いと思います。

事実取調べ請求という言い方自体が控訴審独特ですが、原則は第一審の証拠に基づいて判断をするというのが控訴審の構造なので、法律上は控訴審で新たに事実の取調べをするということ自体、例外的となっています。
事実の取調べ請求は、393条1項に定められています。「控訴裁判所は前条の調査」とあり、前条の調査とは、392条で「控訴趣意書に包含された事項」とあります。控訴裁判所は調査をしなければならないとしています。この調査に当たり必要のあるときには検察官、被告人、若しくは弁護人の請求により、又は職権で事実の取調べをすることができるという規定があます。
要件は、基本的に第一審の証拠に基づいて判断しますが、382条の2の第1項で事実誤認や量刑不当の主張は「やむを得ない事由によって第一審の弁論終結まで取調べをすることができなかった証拠によって証明することができる事実」の場合には、「控訴趣意書に援用することができる」という規定があります。事実取調べ請求の大きな関門の1つです。
もう1つの要件は、必要性です。393条1項にも必要があるときは取調べができるとされ、第一審判決後の量刑に関する事情についても、必要性が条文上は要求されています。事実取調べ請求をする際には、証拠の標目など証拠を特定する事項は書かなければいけないですが、それとともにこのやむを得ない事由と必要性をしっかり書けるかがポイントになります。
必要性とは、言い換えると、結論に影響を及ぼすことです。ある程度裁判所にこの証拠を採用する必要があると思わせる具体的な内容を書くことが重要です。
手続的な話ですが、事実取調べ請求の際には、証拠書類は写しを事実取調べ請求書に添付して出すという運用になっています。事実上裁判官は中身を見た上で必要性等を判断して採否を判断することになります。
控訴趣意書と同時や直後に出せればいいですが、そこまで手が回らないこともあります。趣意書を出した後に、証拠を入手するということもあり得ます。ただ、公判の1週間ぐらい前までには、裁判所が先に判断をする上でも事実調べ請求書とともに証拠の写しを出す必要があると思います。
また、控訴審とはいえ証拠法は変わりませんので、伝聞証拠を検察官が不同意と言えば終わりです。供述調書などを採用させるのは難しいというのは第一審と同じです。

宮村

河合先生、弁護人の事実取調べ請求で最初に留意すべきはどの点ですか。

河合

やむを得ない事由がある証拠は義務的に調べなければいけないけれども、それ以外のものを裁判所は請求であれ職権であれ、裁量によって調べることができます。複雑に考える必要はなくて、やむを得ない事由があれば徹底的に主張して義務的に取ってもらう必要があると思います。
ただやむを得ない事由がある事案は、それほど多くありません。結局、裁判所に採用してもらうかどうかというのは、393条1項の請求又は職権により裁判所が採用するかどうかで決まってしまいます。その際には必要性を十分に主張するということが何よりも大切です。

宮村

やむを得ない事由が認められるのは、典型的には原審の後に新しい証拠が出た場合などですが、そのような場合は少ないでしょう。そうすると、必要性をどう認めさせるかが、事実取調べ請求の課題になります。
本模擬事例を見ると、被告人が意図的に触ったかどうかについての一審判決の判示に、被告人側の主張として、「被告人の左手は病気等の影響により手のひらが外側に向くようになっており、その手のひらが接触した可能性がある」とされていますが、そのことを裏付ける証拠としては被告人の供述しか記載されていません。
先ほど、この点は医師の診断書や意見書などでの立証を試みるべきだというお話がありました。ただこの点は一審で争点化されていますので、やむを得ない事由が認められるのは厳しいと思いますが、どうされますか。

神山

結論から言うと、厳しいことは十分分かっていますが請求します。どういう形でやるかですが、まず控訴趣意書の中でこういう証拠があるので、控訴審で立証予定ですとはっきり書きます。そのことによって、こういうことが分かるということを書きます。
そこで、改めて事実取調べ請求書を書きます。そのときにはやむを得ない事由があることを書くけれども、これも昔は真剣に悩みま

した。しかし、悩んでも無駄です。やむを得ない事由はそんなに簡単に出てきませんので、ここは何とか書くというだけです。
問題はその証拠がいかに必要なのかという必要性の項目をきちんと起こして、控訴趣意書で述べているのであれば何ページで述べたとおりと書けばいいですし、そうでないとするとこの段階でなぜそれが必要なのかを書きます。それがあることによって事実が変わってくるということを力説して、裁判所がこれは必要と思ったら職権での採用があるのですからそれは採用をします。そこを考えて書くようにしています。

宮村

本模擬事例で、「被害者」とされる佐藤さんの証人尋問を請求するかを考えます。一審は誘導尋問で誘導され、有罪の根拠になる証言をしています。裁判官はこれでは心証が取れないと思います。一審の検察官は的確な証拠を出せていないのではないかという場合にどうするかです。
証人尋問請求を弁護人からしますか。

すごく悩ましいと思います。証人請求をして控訴審で尋問をして無罪判決を出してもらうというのも考えますが、僕はやはり証人請求をせずに破棄、差戻しをさせるのが筋だと思います。

神山

僕もそう思います。ただ差戻しがされるか不安です。検察官は請求せず、職権での調べはないとすると、控訴棄却のリスクがあるのではと思ってしまいます。そうなるとやはり破棄自判に懸けるしかなく、こちらから証拠調べ請求を考えます。こちらから証拠調べ請求をすると、実際は検察官が主尋問を取ると思います。
そうするとまさに控訴審が第一審のようになり、逆にそこで負けると次の上告審で同じ主張はできなくなってしまいますので厳しいけれど、調べなくても控訴棄却のリスクは高いと考えて僕は請求します。

宮村

検察官が主尋問をするのは、弁護人が証人尋問の事実取調べ請求をして裁判所が採用の方向で考え、「検察官はどうしますか」と水を向けると、「私も請求します」となり、検察官から聞いてもらう流れになるということかと思います。河合先生、やはり両方の対応があり得ますか。

河合

裁判所も悩ましいところです。被害者の証人尋問手続にかなり問題があり心証が取れないときは、この被害者証人だけではなく、弁護人が請求をしているほかの証人や証拠も調べざるを得なくなります。そこまで詳しく高裁で調べるか悩みます。結局一からやり直すことになりますから、もう差し戻して地裁で一からやり直しましょうという考え方も十分成り立つと思います。
神山先生の言うようにそれが理想ではありますが、他方、佐藤証人の尋問手続は問題があるものの、弁護人が異議を述べていません。確かに手続に瑕疵はあるが、信用性があるという一審の判断が、判決に影響を及ぼすことが明らかかどうか調査をするためには、高裁でもう一度佐藤証人を調べてみる必要があると考える裁判体もあると思います。
両方あるように思います。

9、控訴審の公判の流れ

宮村

続いて、控訴審の公判の流れを見ていきたいと思います。

まず控訴趣意の陳述があります。その後、裁判所は検察官に控訴趣意に対する答弁を求めます。これは裁判所から検察官に対して、答弁書の作成を促すというケースがあります。あるいは検察官が自主的に答弁書を提出することもあるかもしれません。弁護人としては検察官に答弁書を作るよう裁判所が促したときには目があるかもしれないと感じます。
その後、事実取調べ請求書は事前に出していることがほとんどだとは思いますが、提出済みの事実取調べ請求書に基づいて公判廷であらためて請求をして、それに対して裁判所から判断が示されます。これは結構厳しいです。書証はその場で判断をされることが多く、採用ならその場で取り調べます。
被告人質問は、一審では請求しなくても職権で実施されますが、控訴審では請求をしなければいけません。事実取調べの1つです。第一審判決後の情状についての請求の場合は、採用されることが多く、第1回公判のその場で行われることが多いです。5分、10分程度です。準備の必要があります。
罪体についての被告人質問や証人尋問をその日にやることはあまりなく、続行になることが多いと思います。
データによると、事実取調べが行われたケースが平成19年は70%、多くは第一審判決後の情状についての被告人質問かと思います。ところが平成28年には47.6%とかなり下がっています。データ上も事実取調べは厳しいというのが明らかだと思います。
被告人の出廷は、第一審とは違います。第一審では、公判期日が指定されたら被告人のところに裁判所から召喚状が届きますが、控訴審においては出廷は必要的ではありません。もちろん出廷するのが基本ですが、出廷したくない場合は出廷しなくても裁判手続は進みます。判決期日も同じです。
事実取調べが行われた場合には、弁論をすることができるという規定があります。最終弁論のように取り調べた証拠に基づいて弁論をすることができるので、特に事実に争いのある事件などでは、控訴審で弁論をすると言えば認めてもらえると思います。
判決後の身柄は、一審実刑判決で保釈されている被告人について控訴棄却となれば法律上そこで保釈の効力が失われます。一審だとその場で収監されますが、控訴審の場合も法律は同じですが実情はすぐに拘束されません。仮に控訴棄却だとしても後から検察庁から 連絡が来て、上告をするのか再保釈請求をするのかを聞かれ、しないとなったらいつ出頭してくださいという流れが最近は多いです。ただ根拠はないのでいきなり収監されても文句を言えない状況ではあります。

宮村

本事例の模擬公判を見てみます。

裁判長
それでは開廷します。被告人は証言台の前に立ってください。名前は何と言いますか。

被告人
矢沢順一と言います。

裁判長
生年月日は。

被告人
昭和52年10月1日です。

裁判長
本籍はどこですか。

被告人
東京都世田谷区北沢10丁目の1の1です。

裁判長
住所をよろしいですか。

被告人
今、申し上げたのと同じです。

裁判長
仕事は何をしていますか。

被告人
会社員です。

裁判長
それでは被告人は元の席に戻ってください。弁護人から控訴趣意書が提出されていますが、弁護人はこの趣意書を記載のとおり陳述しますか。

弁護人
はい、陳述します。

裁判長
はい。これは事実誤認の主張ということでよろしいですね。

弁護人
はい。

裁判長
検察官のご意見を伺います。

検察官
弁護人の控訴趣意には理由がなく、本件控訴は棄却されるべきと思料いたします。

裁判長
弁護人から事実取調べ請求書が提出されています。このとおり請求されるということでよろしいですか。

弁護人
はい、請求します。

裁判長
弁1号証が被告人のカルテの写しで、2号証が竹田翔平さんの証人尋問、3号証が被告人質問、この3点ですね。

弁護人
はい。

裁判長
これらの請求について検察官の意見を伺います。

検察官
検察官の意見ですが、弁1号証は不同意です。また弁1号証ないし弁3号証のいずれもやむを得ない事由及び必要性がありません。

裁判長
合議の結果、弁護人からの事実取調べ請求は全て却下します。ほかに主張、立証はございませんね。それでは以上で審理を終了し、次回に判決を言い渡すことにします。次回は11月14日午後3時はいかがですか。

被告人
はあ。

裁判長
それでは閉廷します。

被告人
え?もう終わりですか?

宮村

どうやら被告人が弁護人から十分な説明を受けていなかったようです。被告人が困惑しないようにするにはどういうことに注意しなければいけないでしょうか。

神山

初めての人はびっくりするかもしれません。これで本当に終わりです。こういうものだと頭の中に置いておかないと、大きな間違いをしでかします。被告人に今のようにびっくりさせると気の毒ですし、被告人は期待を持っています。一審と同じようにしゃべれるだろうと思っていますので、そういう手続ではないということをきちんと事前に説明しておくことが一番大事だと思います。
ただ気を付けなければいけないのは、全く絶望させてもいけないです。その辺のところは難しい説明になるかと思います。
どうなるのかというシミュレーションが一番大事ですので、弁護人はありとあらゆる場合を想定しておくということが必要です。今のようなことになると思っていたら、いい裁判長で調べてくれるとあわてますので、ありとあらゆる場合のシミュレーションをしておく必要があると思います。

宮村

今の例は一番シンプルな手続ですが、ほかにどんな進行がありますか。

河合

この具体的事案を含め、問題があれば、裁判所は事実取調べをする方向で第1回公判に臨みます。その場合には証拠の採否を行って、続行期日を指定します。本件の場合ですと弁1号証が不同意ですので、場合によって弁護人から伝聞例外要件の立証のために医師の証人尋問請求もあり得るということになったと思います。そこは弁護人の活動次第です。続行期日を指定して、そこで証人尋問あるいは被告人質問を行うことになります。
ただ一審判決に問題がある場合には、第1回公判に先立って事前に進行協議を行うことが少なくありません。やはり弁護人としてはそこで言うべきことは言うべきと考えております。

宮村

弁護人の立場で、こんなやり方も考えられるというのがあれば教えてください。

私は控訴趣意の陳述を工夫するようにしています。書面は出しているので同じことを言っても仕方がないですが、控訴趣意の内容を敷延した話を5分、事件によっては20分したこともあります。控訴趣意の中で一番大事なことだけを言うということもあれば、敷延して違う話をすることもあります。
事前に書記官に控訴趣意について口頭で陳述したいので5分ぐらい時間をくださいと言っておけば時間をもらえます。裁判所に対して、こちらが考えていることをきちんと口頭で伝えます。5分でもしゃべることで依頼人との関係でも、弁護士は言うべきことを言ってくれていると思ってもらえます。

宮村

最後に河合先生から我々が弁護活動に臨むに当たってのポイントを教えていただければと思います。

河合

控訴審の規定は条文が少なくて分かりにくいです。ただ、高裁というのは裁量の余地が多いですので、熱心にやればそれだけ打てば響くところでもあります。
控訴審は最後の事実審です。高裁の裁判官は、一審判決の誤りがあれば正そうという気概を持って日々執務に励んでいます。事後審であるとはいっても一審判決に疑問が生ずれば、職権という極めて強い権限で調査、判断を行うことができますので、弁護人としては控訴審の裁判官に対して、一審の判断は不合理だと思わせるような主張、立証をぜひ行ってほしいと思います。