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刑事弁護委員会定例研修会 人はなぜ記憶を誤るのか・ 刑事弁護に必要な心理学の基礎(前編)

前編 全2回

厳島 行雄

今日は、前半と後半に分け、前半では目撃証言がどうしたら誤るのかについてお話しします。また、前半の最後では、供述、識別の誤りを防ぐ方法ということで、1980年代にアメリカで開発され、大変優れていると言われているインタビュー技法をご紹介します。残念ながら日本ではまだ採用されていませんが、そのお話を少しさせていただきます。
私は、飯塚事件の鑑定を4つほど行ったのですが、どう見ても久間さん(元死刑囚)の犯行とは思えません。重要な目撃証言が1つあり、それを弾劾するような鑑定をずっと行ってきたのですが、かなり科学的に詰めていったものがありますので、後半はそのお話をさせていただきたいと思います。

1、なぜ目撃供述なのか

なぜ目撃供述なのかということですが、実際に誤った目撃供述で無実の者が有罪となった事例が少なからず存在するからです。
もし無実の人が捕まって裁判で有罪になれば、その人も悲劇ですが、真犯人が街を自由に闊歩して次なる犯罪を考えるかもしれない。誤った目撃供述は、そういう意味で、二重の悲劇を生むことになりますので、それをどうにかくい止める必要があるということです。
ここに挙げたのは、目撃供述に起因する冤罪の存在ということで、アメリカ心理学会が持っている法と心理の部会「Law and Human Behavior(法と人間行動)」が出している専門雑誌に掲載された、ラットナー(Rattner)という法学者の論文からの引用です。彼はアメリカの1900年代初頭から半ばすぎまでの誤判として知られている事例を集め、最終的に205 件を対象に誤判の原因を分析しました。
いわゆる誤判研究ですが、誤判の原因で何が一番多かったかというと、205件中100件で目撃者の識別が誤っていたということでした。そして、1996年には、「National Institute of Justice」というアメリカの国立司法研究所から報告書が出されました。そこには、DNA分析を用いて28件の事件で受刑者が無罪放免とされたという報告がありました。更にその28件に12件を加えて分析したところ、何と40件のうちの約90%に相当する36件で目撃供述が誤っていました。
その後有名になってくるのが、イノセンス・プロジェクトという組織です。これはアメリカで全国的規模で展開された訴訟組織で、いわゆる公共政策組織でもあります。弁護士とジャーナリストからなる3名のメンバーが立ち上げ、DNA鑑定を使って冤罪を晴らすということを行っている組織です。
1992年に立ち上げられ、現在までに362名の雪冤者が報告されています。その報告のうち約70%で、誤った目撃供述、識別が関与していました。

2、自民党本部放火事件

私が目撃証言の鑑定に関与するようになったのは、1989年に二弁の一瀬敬一郎先生から突然電話をもらって、自民党本部放火事件での、ある目撃者の信用性が問われる事件を紹介されたことがきっかけです。目撃証言が心理学の研究の対象になるのだということが分かり、その後いろいろな事件を引き受けることになって、もう30年も携わっています。

(1)Y証言とは

この事件が発生したのは1984年9月です。Y という赤坂署勤務の警察官が、午後7時過ぎに、ある車の助手席に乗っている人物を、その車が交差点を左折するところで目撃したというものです。Yは、約2週間後に300枚以上の顔写真から「私が見た人はこの人です」と指をさしました。ところが、指をさされて捕まった人は、「私はそんな車には乗っていない」と言うわけです。この交差点は、外苑東通りを信濃町から青山に向かう途中にある明治記念館の角の権田原交差点というところです。この事件では、中核派が犯行声明を出しており、助手席に乗っていた人も中核派の一員ということでした。
一瀬先生に「目撃者は何と言っているのですか」と尋ねたら、ものすごく詳しく供述していると。例えば、顔の形、肌の色、眼鏡を掛けてない、唇が薄いなど、非常に詳細に語っている とのことでした。私は当時、目撃証言の誤りな どということは知らず、「それだけ詳しく語っ ているなら間違いないでしょう」と言ったら、一瀬先生が慌てて「いやいや、ちょっと待って ください」と。「科学的に目撃者の記憶の正確 さを評価できないものか」と言うので、「何とか やってみましょう」ということになりました。 まずは、トヨタのライトエースという車の ドアをベニヤで作って、夜、目撃時間を適当に設定して検証を行ってみましたが、余りリアリティがありませんでした。一瀬先生が「それでは裁判所は動かない。もっと信頼のおける方法でやってくれ」と言うので、最終的には、その事件を担当していた東京地裁の高橋省吾裁判長が、権田原交差点の近くにある交番の前を2日間使えるようにしてくれて、目撃現場で実験を行うことになりました。
この事件で初めて、員面調書、検面調書、公判調書、実況見分調書というものを読みました。これらの調書によると、結構遠いところ(最も離れているところで14メートルぐらい、近くて8メートルぐらい)から目撃したのだということが分かりました。しかも左折する車で、明治記念館の手前の横断歩道を、最初はすごい勢いで来たが、信号が変わって止まったと。したがってYは、これは別に信号無視する車ではないと、怪しいとは思わなかったというのです。ただ、ゆっくり左折する車を見ていたと。最初は、その車の助手席の窓を見て、ドアを見ると「高松運輸」と書いてあったと。後に、電話番号が書いていないのは不思議だったなどと言いますが、その後、さらに左折を続けていくときに、初めてその助手席に乗っている人物を見たと。
Yはそのままやり過ごしました。目撃の時点ではまだ放火は起こっておらず、注意してみろというような下命があったわけでもありませんでした。
Yがなぜその事件の目撃を思い出したかというと、事件から数日後に、警察署内に燃やされた車の写真が掲示されていて、それを見て想起したためというのです。この車両は、後に四谷にある駐車場で炎上し、市民が駆けつけて消火活動に当たった車です。その中に残っていた遺留品が、運送会社のもののようなのです。どういうことかというと、自民党本部を放火した車は三菱キャンターという、いかにも運送会社で使うような車2台です。犯人は「南甫園」という中華料理店の庭に車を止めて、そこから放火をするのですが、「南甫園」でそんなことをしていたら怪しまれるので、わざわざ店に入って、支配人を呼びつけ、陶器か何かを届けています。
その間に、自動発火装置付の火炎放射器をセットして逃げたというのです。その逃走車両が権田原交差点を曲がるときに目撃されたというストーリーです。
Yは警察官で、ちょうど同僚の警察官に替わるところで、たたき台の勤務についてすぐにくだんの車を目撃したと言っています。時系列でいうと、1984年10月6日に写真帳からFという人物を識別し、更に翌年の1月17日に検察庁で実施した別のタイプの写真面割でもまたF を識別しました。
更に5月4日、5日と、被告人の面通しを行い、この人に間違いない、目撃した人物とそっくりだと念を押しています。こんな手続は心理学的には全く意味がないのですが、警察や検察はこういうことをします。

(2)フィールド実験によるアプローチ

私は何をしたのかというと、同じような目撃条件をつくり、たくさんの人に見てもらい、その人たちの多くが正しく識別できるのであれば、証言や識別は成り立つということの実験です。反対に、同じような条件で目撃したにもかかわらず識別できなかった場合は、Yの供述した情報の起源が目撃から得た情報とは違うところにあるのではないかと推測するわけです。実験では、43名の方に目撃者になってもらい ました。この方々に、夜、Yの目撃場所である権田原交差点の前に来てYと同様の条件で目撃してもらい、目的は告げずに帰ってもらいました。その2週間後に、「実は、2週間前にこういうものを見てもらったけど」ということでインタビューしました。ですからバイアスはかかっていません。このインタビューには36名が参加しました(43名中7名はインタビュー時には北海道で合宿中のため参加できませんでした)。また、これは結構大変でしたが、写真帳というものをこのとき初めて作りました。実際の写真帳は中核派の逮捕写真ですが、そういうバイアスのかかった写真は適切ではないので、どうしたかというと、当時は今程うるさくない時代なので、古本屋で某有名企業の社員の写真帳を買って、実験車両に乗った助手席の人の写真も同じようなトーンで写して、100枚強の写真帳を作りました。今では科学的には8枚もあれば十分であり、百何人も集める必要はないのですが、当時はそれも分からず、100枚もあればいいだろうということで、そのようにしたわけです。実験の参加者に一定の質問をした後、更に写真帳で識別できる人を選んでくださいと言ったところ、36名中たった3名が識別しました。
しかし、助手席にいた正しい人物を選べたかというと、誰一人選べませんでした。
前述のとおり、Yは非常に詳細に目撃した人物の特徴を語り、目撃車両についても、トヨタのライトエースで、ブルーで、ドアに「高松運輸」と書いてあり、電話番号が書いていなかったなどと話していました。しかし、実験では、そんな詳しいことを言う人は1人もいませんでした。インタビュアーが「何か気になる車がありましたか」と聞くと、「ベンツに乗った変なおじさんを見た」と言う程度でした。実験では、わざわざ高松運輸というラベルを作り、助手席のドアに付けて、ゆっくり車を走らせたのですが、これを覚えている人は一人もいませんでした。
更に、その車を覚えていた数人に、「では助手席に人物は乗っていましたか」と聞いても、そんなことは全然覚えていないわけです。

(3)法廷証言と判決

そういう実験結果を弁護団に持っていったところ、鑑定書を書いてくれと言われ、結構分厚い鑑定書を書いたのですが、書き終わったら、今度は法廷証言をしろと。実は、この事件は、私だけではなく、4人の心理学者が証人として登場したという、非常に珍しいケースです。そのうちの1人は慶應大学の増田先生で、逃走車両の中の照度を測り、見えているはずがないという証言をしました。早稲田大学の富田先生は、写真帳の問題で、実は使われた写真帳の中で、Fの写真だけが、免許証の写真であったりして、バイアスのかかった写真帳で、フェアではないという問題点を指摘していました。それから、浜田寿美男先生は少し違う鑑定 でした。実は、この事件では自動発火式の火炎放射器を作る際に、電磁弁という非常に特殊な装置を使っているのですが、そこが日本の警察のすごいところで、なんとローラー作戦で売った店を見つけたのです。売ったのは、事件発生の1カ月前です。秋葉原にある電気店で、そのとき接客した女性店員のTという方がいます。事件発生の3カ月後に警察が写真帳を持ってTの話を聞いたわけですが、そのTの供述を分析したのが浜田先生です。
高橋省吾裁判長はYの証言は信用できないということで無罪判決を出して、一審は弁護側が勝ちました。それで終わるかなと思ったのですが、検察側が控訴しました。

(4)Tの目撃証言

Tは電磁弁を購入した人物と、結構明るいところで5分ぐらい面談していました。実際は、途中で彼女が倉庫まで品物を取りに行ったりもするのですが、非常に近いところで目撃しました。しかも、何が記憶喚起の手掛かりだったか というと、その電磁弁を購入した人物が「協和電機の小島」と名乗っていたのですが、その「小島」という人物が物品受領証にサインするときに、Tの目の前でボールペンの上の方 を持って書いたと言うのです。
それでサインしようとしたので、Tが物品受領証を押さえてあげたと。かなりの至近距離で見ているのです。ですから、検察側は、これは非常に良い目撃者だということで、Tにも識別をしてもらったわけです。実は、Tは最初は、もう記憶がないから選べないと言ったのですが、似ている人でもいいから選んでくれと言われ、Fを選んだそうです。
つまり、全く利害関係がない2人の目撃者が、同じ人を指さしたということです。
以上のTの供述については、再び弁護団から依頼があり、今度はそのTの目撃の記憶の正確さを鑑定できないかという話になりました。
その電磁弁を売っている店は問屋で、飛び込みの客はほとんどいません。掛け売りがメインです。ですから、実験をやるにしても、そういう店を探さなければなりません。一瀬先生が、最終的に百三十数店舗見つけてきて、実際に購入してくれる人を用意するからとにかくやってくれというので、実験を行いました。 1人だけだと覚えやすい、覚えにくいなど、後で文句を言われるので、5月頃に3名の購入役を選び、その方々に見つけてきた問屋行ってもらい、全部のやりとりを記録してもらいました。必ず2人で行って、1人が購入し、もう 1人が店に入るところから出るまでを写真に撮ります。それを百何十店舗行くわけですから、余り高いものは買えないですし、印象に残るように、なるべく小銭で払うようにしました。購入から約2カ月後、私を含む心理学者が各店舗に行き、今から2カ月位前に、こういう人 が来ませんでしたかと尋ねて回りました。何を手掛かりにしたかというと、実は、購入役に問屋を回ってもらった際に、名刺を置いてきてもらっていました。その名刺は「協和電機」と書かれたもので、名前のないものです。店に入ったら、名刺に「小島」と書いて置いてきます。
「変な名刺ですけど、こういうのを持ってきた人はいませんか」と聞いて、応対した人を呼んでもらい、その人たちにインタビューしたわけです。最終的に86名に識別までしてもらったら、何と約1割の9名が当たりました。
そうなると弁護団は大騒ぎで、裁判官はこの1割の中に目撃者がいると言うかもしれない、これはもう使えないと。
しかし、全部の購入役と店員とのやりとりを聞いてみると、座り込んでお茶を飲みながら、これからうまくビジネスを一緒にやっていかないかというようなことまで話したという人がいました。そういう人は当たります。
それから、興味深かったのは、そこは車に付けるいろいろな電球を売っている店だったのですが、その店の人はとてもよく覚えていました。「変な人が来ました」と言うので、どんな人ですかと言ったら、「『何でもいいから電球を見せてくれ』と言うんです。普通うちに来る人は型番を指定するのに、『何でもいい』なんてあり得ない」と言うわけです。その人も当たりました。
そういうのを全部排除したら、何と同等条件で当たっている人は1人もいませんでした。今お話ししたようなことを「変数」という のですが、それを入れて判別分析という、実際にTという人が当たりのグループに入っているかどうかの分析をすると、統計的な答えが出ます。その結果、かなり低い得点の方にTが位置していたので、結局当たりに入っていませんでした。
以上の結果を弁護団に報告したところ、今度は4人の共同鑑定ということで鑑定書を作成し、東京高裁で証言することになりました。東京高裁でも無罪となり、結局検察側は上告しないで終わりました。

3、なぜ目撃供述の心理学なのか?

前述のように、冤罪というものが存在する、これは不正義です。これを解消する必要があります。
それから、まさに目撃供述というのは心理学にうってつけの対象です。実は、目撃供述研究は心理学の始まりとともにあります。心理学は1800年代の後半にドイツで生まれたのですが、有名な心理学者が目撃証言の問題を指摘し、研究しています。
系統的な研究は、アメリカを中心に、1970 年代以降に始まりました。
ただ、目撃といってもいろいろな場合があります。例えば、私が担当した事件の目撃は、ほとんどが短時間の目撃です。本当に数秒から数分という短いものですから、記憶の問題ではなくて知覚の問題です。
また、子供が目撃者になるときは、発達心理学の問題もあります。
それから、感情が関わる場合があります。
よく、一般的には、「非常に驚いたのでよく覚えています」という話を聞きますが、実験によれば、人は強い情動がかかると、そのときのことを余りよく覚えてないということが圧倒的に多いので、要注意です。
それから、社会的弱者として、知的能力が低い人が目撃者になることもあります。甲山事件などもそうです。
また、社会心理学のテーマになるような問題もあります。目撃者が複数いる場合には、話し合ってしまい、他人の話を鵜呑みにして自分の記憶とし、しかもその情報が間違っている場合もあるので、非常に危ないのです。イギリスなどでは、複数目撃者がいたらすぐ隔離して、お互いに話し合わないようにします。
このように、実は心理学のあらゆる領域が目撃証言と関わる可能性があるということです。

4、目撃証言に影響する諸要因

具体的には、どういう要因が関わると目撃者の記憶が誤るのかについて説明します。2000年の初頭に、アメリカの有名なカシン(Kassin)という研究者たちが、目撃証言の研究で分かったいろいろな事実や法則を30項目に整理しています。

①ストレス

いくつかご紹介しますと、例えば「ストレス」ですね。「高い水準のストレスは目撃証言の正確さを損なう」とされています。じかに非常に恐怖を喚起するような刺激を受ける場合には、記憶は悪くなります。ただ、これにも条件があって、わりと中心的な出来事、自分の視野の真ん中にあることや、ストーリーの流れに合致した内容はよく覚えているのですが、その周辺の、例えば、「犯人の横に車が止まっていたでしょう、その色は何色ですか」などと聞くと、急に成績が悪くなります。我々は周辺情報と呼んでいますが、特に情動が喚起されると、周辺情報の記憶が悪くなるということです。

②凶器注目

それから、「凶器注目」というものがあり、「武器や凶器が介在すると、目撃者が犯人の顔を正しく識別する能力が損なわれる」とされています。これは、例えば、ナイフか何かで脅された場合と、凶器ではないもの、例えばお金をもっている人を見た場合、持っているものだけ変えて他の条件を同じにするという実験があるのですが、ナイフを持っているときの方がずっと顔の識別の正確さが落ちてしまうという研究があります。
凶器を持って脅されると、犯人の顔を見ていても、凶器の方に注意がいってしまうということです。

③ラインナップの教示

また、「ラインナップの教示」という問題もあります。「警察官の教示で目撃者の識別の意志に影響が出る」とされています。目撃者は警察に呼ばれて写真を見せられたら、その中に犯人か容疑者がいると思うでしょう。いないのにわざわざ呼びつけて見てくれということは、目撃者にとっては想定外です。そうすると当然のことながらこれを見ていて、しかも警察官が前にいて、こちらをじっと見ている状況で、もし私があまり自信のない目撃者だった場合、ある特定の写真のときだけその警察官の態度が少し違うと感じたら「この人ですかね」と選んでしまうかもしれません。
そういうちょっとした態度やせき払いなども誘導の材料になるといわれています。
ですから、目撃者には識別の前に「この中に犯人(容疑者)はいるかもしれないし、いないかもしれません」とはっきり教示することが大切であるとされているのです。

④正確さ-確信度

更に、「正確さ-確信度」という問題があり、「目撃者の自信は目撃者による識別の正確さを予測しない」とされています。多くの目撃者は法廷に出ると、「間違いありません」と非常に強い自信を示します。確信度は、繰り返し面接を受けることでどんどん強くなるといわれています。そういう非常にもろい指標です。しかし、法廷で「この人に間違いない」と言う目撃者の証言は信用されやすくなります。ですから、確信度には気を付けなければいけないのです。

5、諸要因の分類法

30項目もあるとよく分からないということもあり、ウェールズ(Wells)という研究者が、「システム変数」と「推定変数」の2つに分類することを早くから提案しました。
システム変数は、司法制度が統制できる要因です。
警察がどういうラインナップにするかというのは、彼らが裁量権を持っているわけです。例えば、犯罪者の写真ばかりを使うのは不適切なので一般庶民の写真を使うとか、写真の枚数を何枚にするかとか。また、犯人の顔に傷があるのに、傷のある人物を1人しか入れないとか。ほかの人に傷がなければ写真を何枚入れても一緒ですよね。このように、捜査側がコントロールできる要因がシステム変数です。他方、推定変数というのは、目撃のときに関与してしまう要因なので、コントロールしようがないものです。目撃後のいずれかの時点でその要因の介在を推定せざるを得ない変数です。例えば、車の速度、明るさ、目撃の長さなどがこの変数になります。
システム変数の研究は、その成果を警察に伝えることができます。

6、目撃者に識別を実施する健全な方法

①継時提示法

例えば、写真の見せ方で、米国の映画によくある、後ろに線が引いてあって、何人かずらりと並んだ人を同時に見せる方法を、同時提示といいます。これに対し、1人ずつ見せる方法を継時提示というのですが、同時定時は継時提示に比べて、誤って犯人を選ぶ確率が高くなります。そこで、アメリカの多くの州では継時提示が採用されるようになってきています。

②ダブルブラインド法

「ダブル」とは両方という意味ですが、実際に識別を指揮する人も証人も、誰が容疑者か知らないということが大事です。前述のとおり、ちょっとした実施者のしぐさでも、識別のときに目撃者に対していろいろな示唆を与えてしまう可能性があるわけです。目撃者は多くの場合不安で、そういう様子をうかがっているわけです。
イギリスの警察では、事件の内容を知っている人にインタビューをさせたり、識別をさせたりはしません。非常に徹底しています。

③ラインナップの構成法

ラインナップの構成は、例えば犯人の顔に傷がある場合にイギリスではどうするかと言うと、みんな同じところに絆創膏を当てればいいんだと。ほかにも、あのときの犯人は何色のこういう服を着ていたなどということが手掛かりになってはいけないので、全員に床屋さんで使うような黒い布を着せて、着衣が手掛かりにならないようにして識別します。そこまで念が入っています。
更にイギリスの場合には、識別に弁護士が立ち会えるので、この人は不適格だと言って排除もできるそうです。日本とはずいぶん違います。

④識別実施前の教示

この中にいるかもしれないし、いないかもしれないということを識別実施前にきちんと伝えることが大切です。

⑤識別後の教示

実はこれもとても大事で、識別が終わってから、あなたは正しい人を選びましたとか、よくやってくれましたなどというフィードバックをしてはいけないということです。
これは実験で分かった効果で、これを言ってしまうと、識別が間違っていても、識別は簡単だった、すぐ分かった、自信もある、進んで裁判で証言する、というようにどんどん自分で目撃時や識別時の状況を都合よく解釈してしまって、それが記憶になってしまいます。識別後の確証情報の効果といわれています。ですから、識別が終わった後も、その目撃者は裁判に出るかもしれませんので、識別に関わることは何も言わずに帰すのが一番いいということになります。

7、認知面接法

これは目撃者だけではなく、加害者とかいろいろな人に有用なインタビュー技法だといわれています。
1993年にイギリスでは12万人を超える警察官にインタビューの訓練を課しました。その後もインタビューを正しく行うことの重要性が認識され、現在もいろいろ試行錯誤を続けてインタビューの効果等が研究されており、その方法等も改善されてきています。イギリスではインタビューの技能に応じてティア (段階)といって、1から5までのレベルがあります。事件によっては、例えばティア3というかなり上級の面接技能を持った人でないとインタビューに当たれないというものもあります。このようにイギリスは、面接のスキルによって、どの事件を扱うかということまでも決めています。このイギリスで採用されているのが認知面接法です。
この方法は、記憶の原理に基づいています。どういうことかというと、文脈回復といって、出来事が起こったときの状況をなるべくうまく再現させ、記憶を回復させるための技法です。

①導入

実際は5段階に分かれています。まず、「導入」です。最初から本題を聞くのではなく、まずは世間話でもして、リラックスさせて信頼関係を作り、打ち解けたところで実際に面接に入るということです。

②自由報告

次に、「自由報告」です。「何でもいいから、あなたが些細で、あまり重要ではないと思うことも含めて、とにかく報告してください、あなたにとっては重要でなくても、私たちにとっては非常に重要なこともあるので」と言って、遮らないで話してもらうということです。
イギリスのマンチェスター警察の場合、これを二人組でやります。面接する人は1人ですが、その面接室を映したビデオを、実は隣の部屋で見る人がいます。この人もインタビューのプロです。
インタビューというのは、とても知的で、結構大変な作業です。知的労力を使います。ですから、1人でやっていると聞き忘れたりすることがあります。奥の人がそれを見ていて、ここを聞いてくれなどとフォローします。つまり二人組で念入りに情報を聞き出します。
聞いている間、奧の人は、自由に話している相手の話を聞きながら、ここはおかしいとか、ここはもっと知りたいということを書き留めます。終わってからそれを面接者と共有します。

③プロービング(記憶検索)

次の段階では、「プロービング(記憶検索)」といって、面接官が本来聞きたいことを聞いていきます。このとき、はい、いいえで答えられるようなクローズドクエスチョンはなるべく避け、オープンクエスチョンで聞いていきます。「こうだったんだろう?」「はい」「こうじゃなかったの?」「はい」と、そういうクローズドな聞き方ではなく、どういう状況だったのかとか、どういうふうにそれが行われたのかと、自分の言葉で説明させるように聞けということです。

④レビュー

終わったら、聞きっぱなしではなく、「レビュー(確認作業)」をします。あなたはこう言いましたよねなどと確認することで、例えば言い忘れとか、思い出し忘れというのが出てきます。このレビューも非常に重要な段階です。

⑤終了

最後、「終了」の時点では、後でまた何か思い出したら、それも教えてくださいとコメントして終わります。
インタビューというのは、聞かれる側にも非常に負荷が大きいです。大事なことは、やはり途中で遮らないことです。

(次号へつづく)