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東京三会合同研修会 「成年後見実務の運用と諸問題」(前編)

前編 全2回

日時 平成30年12月20日(木)午後6時00分
場所 弁護士会館2階 講堂クレオABC
司会 第一東京弁護士会成年後見に関する委員会
副委員長 神﨑 美穂
  • 1.開会の挨拶
    第一東京弁護士会 会長 若林 茂雄
  • 2.講演
    東京家庭裁判所判事 浅岡 千香子氏
    東京家庭裁判所判事補 小西 俊輔氏島
    東京家庭裁判所判事補 田 壮一郎氏
  • 3.質疑応答
  • 4.閉会の挨拶
    第二東京弁護士会高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会 亀井 真紀

1、後見センターにおける後見開始等に関する最新のデータ

1、後見開始等事件の終局件数

成年後見開始、保佐開始、補助開始、及び任意後見監督人選任について、平成30年1月から11月の間における東京家裁本庁の終局件数は、合計で約2,950件であり、内訳は、成年後見開始が約2,340件(約79%)、保佐開始が約430件( 約14 %)、補助開始が約120件( 約 4%)、任意後見監督人選任が約100件(約3%)になっている。これらの事件について、認容されたものは2,900件弱となっており、全体で約97%を占めている。
なお、昨年の研修で示した終局件数は合計で約3,160件であったが、この数字には後見等の取消事件も含まれていたことがわかったため、この点を調整すると、平成30年は平成29 年と比べて130件ほど減少していることになる。終局件数は若干減少しているが、各事件の割合と傾向自体は昨年とほとんど変わっていない。

2 開始等事件の終局までの審理期間

平成29年1月から12月までの東京家裁本庁及び立川支部の終局までの審理期間は、1か月以内が67.6 %( 昨年62.4 %)、3か月以内が 93.9%(昨年92.5%)、6か月以内が98.5%(昨年98.7%)となっている。

3、開始等事件における後継人等に占める弁護士の割合

平成29年1月から12月までに東京家裁本庁及び立川支部において開始された後見等事件において選任された後見人等のうち、親族後見人は31.7%(昨年32.4%)、弁護士後見人は21%(昨年21.2%)、司法書士後見人は30%(昨年 30.3%)、社会福祉士後見人は8.6%(昨年8.4%)の割合となっている。

2、申立てから開始まで

1、首長申立てについて

首長申立てにつき、住民票上の住所と居所が異なる場合(例えば、住民票は渋谷区にあるが、八王子市の有料老人ホームに入居しているなど)、どちらの首長の申立てを認めるのか。原則は住民票上の住所で決すると思うが、住所地特例((介護保険施設等に入所することにより、施設の所在地に市町村の区域を越えて住所を移転した被保険者について、引き続き従前市町村(住所移転前に保険者であった市町村)の被保険者とする特例))の場合は、従前の首長の申立てを認めているとの取扱いがあるか。

首長申立ての設問のような事例に関して、後見センターにおいて特に申し合わせて取扱いを統一しているということはなく、個別事案ごとに裁判官が判断している。
首長申立てに関する規定を見ると、例えば老人福祉法32条では、市町村長は、65歳以上の者につき、その福祉を図るため特に必要があると認めるときは、民法7条の後見開始に規定する審判の請求をすることができるとされている。知的障害者福祉法28条は知的障害者について、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律51条の11の2は精神障害者について同じような規定を設けている。
本設問はこれらの条文の解釈の問題だと考えられるところ、老人福祉法についてどのような解釈がとられているかを見ると、首長申立ての規定が設けられた改正法の解説の資料によると、老人福祉法5条の4などの規定に基づいて、市町村が高齢者に対する在宅サービス及び施設サービスに関する事務を一元的に行っており、これらの業務の過程において市町村が成年後見制度の対象者の状況を的確に把握していることが、市長村長に申立権を認める理由とされている。このような立法趣旨を踏まえて厳格に解釈するとすれば、高齢者に対する在宅サービスや施設サービスに関する事務を取り扱う市町村の首長のみに申立権が認められるという考え方もあり得ると思われる。
しかし、老人福祉法32条では、申立ての対象となる65歳以上の者について特に住所地などを限定した規定はない。裁判所としては、首長において本人の福祉を図るため特に必要があると判断されて後見開始の審判を申し立てられ、しかも添付資料からもその市町村が本人の状況を的確に把握していることがうかがわれる場合には、本人の住民票上の住所がどの市町村にあるかということや、本人に対する各種サービスに関する事務をどの市町村が取り扱っているかという点を、さほど厳密に見ていくのではなく、比較的緩やかに首長申立てを認めているのが実情である。

2、対立親族が本人を囲い込んでいる場合における手続

親族による本人の囲い込みの事案で、本人の事理弁識能力につき客観的資料の入手ができないまま後見申立てをした場合、裁判所は、どのように対応してくれるのか。親族による囲い込みではなく、本人が医師の受診を頑なに拒否しており、通院歴も要介護認定もない場合はどうか。
また、施設で暮らす認知症の両親に会おうとした長女が実兄である長男に面会を阻まれているのは不当として、裁判所に妨害を禁じるよう求めた仮処分手続で、横浜地裁は、長男と施設側に「妹と両親の面会を妨害してはならない」と命じる決定を出したとの記事があったが、東京家裁でも、地裁でこのような決定が出された後に申立てがなされたケースはあったか。

後見開始の実体的要件である「本人が事理弁識能力を欠く常況にあることというもの」については、原則として、本人について鑑定をすることにより判断するとされている。設問の事案では、本人の事理弁識能力について客観的資料の入手ができないまま後見申立てがされているため、原則どおり鑑定人を指定して鑑定を実施することを裁判所としては検討することになる。
設問のうち、親族による本人の囲い込みの事案については、まずは裁判所から囲い込みをしている当該親族に対して、職権調査の一環として親族照会を行うことが多い。親族照会においては、親族に対して本人について後見開始の申立てがあったことを知らせるとともに、後見開始についての意見などを聞き、併せて鑑定に対して協力していただけるかも聞いている。申立てに対して、親族の協力を得られずに診断書等が取得できない事案でも、裁判所が行う鑑定であれば協力できるという回答がされる場合も多く、親族照会の段階で親族の協力を得られることが明らかになった場合は、鑑定を実施することになる。
親族照会において鑑定に対する協力が得られないことが明らかになった場合でも、その親族が後見制度についての理解不足や誤解などに基づいて後見の開始や鑑定を拒否していることも多い。そのため、家庭裁判所調査官による親族調査を行い、当該親族の意向等を確認する中で、調査官が中立の立場で制度や手続に関する説明を行いつつ、鑑定への協力を求めている。ほとんどのケースでは、この段階で鑑定を実施することができている。
ただし、親族間の対立が激しい事案では、家庭裁判所調査官の働き掛けにも親族が耳を貸さずに、事実上鑑定を実施することができない場合もある。このような場合には、例えば審問期日を指定して当該親族を呼び出し、裁判官から当該親族に対して審問を実施する中で制度利用についての理解を求めることもある。
次に、親族による囲い込みではなくて、本人が医師の受診などをかたくなに拒否している場合、更に通院歴や要介護認定もない場合も、基本的には親族による囲い込みの事案と同様で、家庭裁判所調査官による本人調査を行い、本人の意向等を確認する中で本人に対して制度や手続に関する説明を行いつつ、鑑定への協力を求めている。
なお、横浜地裁の仮処分の決定について言及されているところがあるが、東京家裁後見センターでは把握していないため、回答することは困難である。

3、後見事務

1、死後事務委任契約の締結の可否について

本人の推定相続人が高齢の親しかおらず、本人が亡くなる頃には相続人がいないことが予想されるケースで、後見人が葬儀・供養・墓じまいなどの火葬・埋葬を超える事務を内容とする死後事務委任契約を第三者と締結することは許容されるか。

葬儀・供養・墓じまい等は、葬儀については主宰者(喪主)が葬祭業者と契約を締結して費用を負担し、供養や墓じまいについては祭祀承継者が寺院や墓地の管理者等と契約を締結して行うのが通常と思われる。
設問のように本人が亡くなる頃には相続人がいないことが予想される場合には、仮に正常な判断能力を有する者が同じ状況にあったとしても、生前に葬儀や供養、墓地に関する契約を締結することが想定されるところである。
成年後見においても、生前に自らの葬儀や供養に関する契約を締結して、墓参りをする人もいなくなったお墓については墓じまいをすることにより、死後に適切な葬儀や供養をしてもらえないという被後見人の不安を除去することは、被後見人の利益になり得ると考えられる。したがって、被後見人本人が希望している場合や元気だった頃の発言などから、そのような希望があると推測される場合に、後見人がこれらの契約を締結することは管理財産額や他に優先すべき課題があるかといった点も含めて考慮した上での後見人の裁量判断に委ねられると考えられる。被後見人の意思を推定できない場合は、その意思の尊重の観点から問題が生じ得るが、通常、自らの死後の扱いは重大な関心事だと思われるので、本人の何らかの意思が推定できる場合が多いのではないかと考える。

2、入所施設から退去する場合における居住用不動産の処分許可の要否

高齢者住宅などで賃貸借契約を締結しているケースがあるが、その施設を退去する場合、賃貸借契約の解約として居住用不動産処分許可が必要か。本人が入院してその施設に戻る見込みがない場合と、退去して別の施設に移る場合とで違いはあるか。

居住用不動産処分許可に関する民法859条の3の規定のうち「居住の用に供する」という文言については、生活の本拠として現に居住の用に供している場合、又は生活の本拠として居住の用に供する予定がある場合と解されている。また、生活の本拠として居住の用に供する具体的な予定がなくても、将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある場合も含まれると解されている。したがって、過去に居住していたことがある場合にも、「居住の用に供する」不動産に含まれる場合がある。
また、居住用不動産処分に許可を要するとされた趣旨は、居住用不動産の処分が本人の身上面に与える影響の重大さを考慮したものといわれており、許可の要否もそのような観点から判断されることになる。そうすると、高齢者住宅のような施設であっても、施設に入所するに際して、本人が持ち家や民間賃貸と同程度に生活の本拠とする意思を持って契約して実際に住んでいるような場合には、施設であっても居住用不動産に該当し得る。
目安を挙げると、高齢者住宅に関して賃貸借契約の形式を取り、かつ住民票上の住所もその施設に移転している場合には、民間賃貸との差を本人が意識せずに契約、居住している可能性が否定できず、原則的には居住用不動産処分許可を求めることが望ましいと思われる。他方、居住期間や本人の話などを踏まえると、単なる施設移転と評価すべき事情が認められるのであれば、居住用不動産処分許可をあえて求めなくてもよい場合もあると思われる。
更に、設問では、本人が入院してその施設に戻る見込みがない場合と、退去して別の施設に移る場合とで違いがあるかという点もあるが、このこと自体は、直接には施設が居住用不動産に当たるか否かを左右しないと思われる。
もっとも、居住用不動産に該当する高齢者住宅等の施設に入居しているときではなく、当該施設を事実上退去した後に、当該施設に係る賃貸借契約を解除しようとする場合には違いが生じると思われる。事実上退去した後に、当該施設に係る賃貸借契約を解除する場合、当該施設を生活の本拠とする可能性が将来にわたって全くないと言えるのであれば、当該施設は、入所時には居住用不動産に該当したかもしれないが、退去した後はもはや居住用不動産には該当しなくなったとして、居住用不動産処分許可が不要であるとみる余地もある。
しかし、通常であれば、生活の本拠地として居住の用に供する可能性が将来にわたって全くない、全く戻る可能性がないとまで言える場合はそれほど多くないと考えられる。そのため、本人が元いた施設を退去し、入院してその施設に戻る見込みがないとみられる場合であれ、退去して別の施設にいったん移るという場合であれ、原則的には居住用不動産処分許可を求めることが望ましいと思われる。また、設問とは直接関係はないが、居住用 不動産処分の許可の要否ではなく、許可が認められるか否かという観点から、いくつか補足説明をする。
大きく分けて、(1)本人の生活、療養看護及び財産管理の観点からの処分の必要性、(2)処分による住環境の変化が本人の心身に与える影響、を主な考慮要素としており、申立書においてその具体的な事情の説明を求めている。

(1)の処分の必要性に関しては、例えば流動資産が少ないために施設費や生活費の支払に窮しているので自宅を処分する必要があるという事情がある場合が代表的である。その他にも、例えば自宅を空き家のままにしておくことに防犯上のリスクが存在することや、台風や地震等の災害に伴って空き家が崩れたりして近隣の住宅に被害を与えてしまう可能性が存在すること、あるいは固定資産税の負担がある等の事情が挙げられることも多い。

(2)の本人の心身に与える影響に関しては、直接本人から聴取して申し立てていただくのが一番望ましいが、後見の場合にはこれが困難な場合も多いと思われる。本人からの聴取が困難な場合にはその他の事情から判断していくことになる。例えば、本人が施設に入所してから相当期間が経過していて、施設において安定した生活を送っているという場合には、元住んでいた自宅の処分については許可を認めやすいと言えると思われる。他方、元住んでいた自宅から施設に入所することが決まった直後の段階で、まだ本人が自宅で生活している時期にその自宅処分の許可を申し立てるような場合は、一般的には本人の心身への影響が大きいと考えられる。この場合には、本人の心身に与える影響が大きくないという具体的事情を説明していただけると判断しやすくなる。

(1)と(2)の要素に加えて、その処分が経済的に見て合理的と言えるかも考慮要素となる。例えば売却処分の場合には、不当に安い価格で売却していないかという点も処分許可を認めるかどうかの考慮要素としているので、不動産処分許可の申立ての際には不動産の価値に関する書類、例えば査定書や固定資産評価証明などの提出も求めている。

3、本人が誤って公的助成を受けていた場合の判断

本人の利用できる公的制度を利用することは、後見人の善管注意義務の範囲内と思われるが、本人が誤って受給したような場合に、その修正手続を行うことも後見人の善管注意義務の範囲内か。例えば、親族後見人が本人の全ての預貯金を自治体に開示していなかった結果として介護保険負担限度額認定証を取得できていた場合、専門職の就任後は自治体に全預貯金を開示するのは当然として、過去に介護保険負担限度額認定証により費用の支払を免れていた分についても、専門職後見人が積極的に返納等の手続を行うべきか。

親族後見人が本人の預貯金を自治体に開示していなかった具体的理由や経緯にもよるが、例に挙げられている介護保険でいうと、介護保険法22条1項の「偽りその他不正の行為によって、保険給付を受けた」場合に該当し得ると思われる。保険給付を受けた者については、給付の価格の2倍に相当する額以下の金額を徴収することができると規定されているので、この規定に基づいて、保険給付の内容や事案の悪質性などに応じて、給付の価格の全部又は一部が徴収されたり、給付の価格の2倍に相当する金額が徴収されたりする可能性もある。後見人が、広範な裁量を有することからすると、専門職後見人において積極的に返納等の手続を行わなかったからといって直ちに善管注意義務違反となるとまではいえないかもしれないが、しかるべき手続をしかるべき時期に行わなかったり、返納を求められる可能性があるにもかかわらず、それを考慮に入れないで収支計画を立てたりしたことにより、本人に損害が発生する場合には、裁量を逸脱したものとして善管注意義務違反に問われることもあり得ると思われる。

3、辞任・終了・引継ぎ

1、後見人の解任について

親族後見人に対し専門職後見監督人が選任され、その後、親族後見人から専門職後見監督人へ定期報告がなされなかったことを受けて、専門職後見監督人から後見人へスライドするよう家裁から要請されたものの、要請を拒否し、結局、成年後見監督人を辞任した事案において、定期報告を怠った親族後見人が辞任も解任もされず、他の専門職が後見人に選任(複数選任)された事案があった。
どのような事情があれば、解任事由である「不正な行為、著しい不行跡その他後見の任務に適しない事由」(民法846条)に当たるのか。

(1)まず、平成29年度中に、後見センターにおいて解任事由があるとして後見人等を解任した件数は、6件確認することができた。いずれも、親族後見人を職権で解任した事案である。
解任の理由としては、典型的な解任事由である「不正な行為」、すなわち、本人財産の横領・私的流用等の財産管理に関する不正に基づくものが見られたほか、裁判所や監督人等に対する報告を懈怠し、その態度に改善が見られないために「後見の任務に適しない」として解任された事案もあった。

(2)次に、設問についてであるが、裁判所は、後見人等に「不正な行為、著しい不行跡その他後見の任務に適しない事由」(解任事由)がある場合に、後見人等を解任することが「できる」と定められている。そのため、解任事由の「存否」の判断と、解任の「要否」の判断は別途検討する必要がある。例えば、典型的な解任事由である本人財産の横領・私的流用(「不正な行為」)について見ると、後見センターでは、後見人等が不正な行為をしていると見られる場合で、本人の財産保護の見地から財産管理権を与えておくことが相当でないと判断されるときは、速やかに後見人等の財産管理権を失わせる措置を講じる(具体的には専門職後見人等を追加選任・権限分掌することが多い。)とともに当該事実関係について調査をしていただくことが通常である(疑いの程度によっては、調査人という形で専門職後見人等に調査を先行していただくこともある。)。調査の結果、横領の事実が確認されたとしても、更に解任までするか否か(すなわち、身上監護のみの後見人としても排除するか)については、その被害額の多寡や被害弁償の有無、本人と後見人との関係性、身上監護面において親族後見人が果たす役割(例えば、親族後見人が本人と同居の配偶者や子などで、日頃から身上監護面において重要な役割を担っているような場合が考えられる。)等の諸般の事情を考慮することになる。したがって、横領行為の存在(解任事由)が認められる場合であっても、解任までは要しない(身上監護のみの後見人等を続けてもらう)という判断をすることもある。
他方で、同じ本人財産の横領行為であっても、調査を尽くしても的確に裏付けられない(本人以外の者の利益のためにされたと疑われる支出が認められるが、その使途について確証が得られないなど)場合には、解任事由が認められないという判断をすることが考えられる(ただし、この場合でも、そのような疑いを生じさせたこと自体が財産管理権を持たせておくことの不都合性を示す事情となり得るので、上述した財産管理権を失わせる措置を執り続けることが多いと思われる。)。

(3)いずれにしても、後見人等の解任は飽くまで事案ごとの裁判官の個別判断であるから、このような場合はこうなるという説明をすることはできないが、設問にあるような報告懈怠の場合についての一般論を述べると、裁判所や監督人に対して行うべき報告は、後見監督の一環として行われるものといえるから(民法863条1項参照)、後見人等がこの報告を怠ることは任務懈怠と評価でき、その程度によっては解任事由を構成することがあると考えられる。もっとも、報告懈怠の理由やその後の改善状況といった事情によっては、解任事由には当たらないという判断をすることもあるだろうし、解任事由に当たる場合であっても、既に財産管理権を失わせる措置が執られているか否かや、先ほど述べた事情(本人と後見人との関係性、身上監護面において親族後見人が果たす役割等)等を踏まえて、解任までは要しないと判断することもあると考えられる。

2、後見人報酬の支払を受けるための預貯金払戻しの可否

(1)本人死亡後、相続人から(又は後見人辞任後に後任の後見人から)報酬が支払われない場合に、報酬を確保するためにどのような手段が考えられるか。

ア、まず、後見人等の辞任後に後任の後見人等から報酬の支払を受けられない場合(本人が死亡しておらず、後見等が継続している場合)、家裁の手続において報酬請求権を直接実現する手段は規定されていない。そのため、報酬を直接的に確保する手段を裁判所のほうで想定することは困難と言わざるを得ない。また、裁判所が後見人に対し、監督人へ報酬を支払うように促す対応をすることも難しいと言わざるを得ず、また、どれほど効果があるかも疑問である。あまりに事例が多いようであれば、裁判所としても考えなければいけないと思うので、その際は相談していただきたい。

イ、次に、本人の死亡によって後見が終了した場合についてであるが、前提として、法律上、後見報酬は本人の財産の中から付与すると定められている。したがって、本人死亡後に本人の生前における後見事務に対する最終の報酬の付与審判がなされると、報酬額は相続財産に属する債務となり、後見人は、相続人に報酬額の支払を求めることができるものと解される。この場合において、既に相続人等に本人財産の引継ぎをしているときは、それによって家裁の後見監督も終了していることになるため、家裁の手続として報酬を確保する手段を想定することは困難である。
これに対して、本人死亡後、相続人等に本人財産を引き継ぐ前の時点については、預貯金口座が凍結されているか否かによって、執り得る手段は異なると思われる。すなわち、本人死亡後であっても、預貯金口座が凍結されておらず、元後見人において払戻しが可能であれば、応急処分ないしは事務管理として、払戻しを行った上で報酬を回収することがあり得るものと思われる。預貯金口座が凍結されている場合は、報酬の支払を受けるための預貯金の払戻許可を受ける方法が考えられる。

(2)報酬を受領するための預貯金払戻許可が認められたケースはあるか。また、認められなかったケースもあるか。双方あるとすれば、その違いは何か。

ア、報酬受領のための預貯金払戻しが許可さ れた例も相当数存在するが、取下げを求めた例も存在する。なお、口座が凍結されているか否かで払戻許可をするか否かの判断が変わってくるわけではないということはご留意いただきたい。

イ、預貯金の払戻しを許可するかどうかの判断にあたって主に問題となるのは、それが「相続財産の保存に必要な行為」といえるか否か(民法873条の2第3号に掲げられている要件の該当性)である。
この要件を満たすと判断される可能性が高いケースとしては、例えば、
①本人の生前からその推定相続人と後見人との意思疎通が困難な状況にあって、相続人からの円滑な支払が期待できないような事案
②後見人と相続人との関係に問題がない場合であっても、相続人がいずれも遠隔地にいる上に高齢であるような事案
が考えられる。
①の事案で報酬払戻しがされないままに相続人に預貯金が引き継がれると、後見人と相続人との間に報酬の支払をめぐる法的紛争が生じ、遅延損害金の発生等によって相続人が相続によって得られたはずの財産が目減りすることとなるのみならず、相続人には法的紛争に伴う費用の負担も生じることになるため、このような事態を避けるための預貯金の払戻しは「相続財産の保存に必要な行為」に当たると解している。② の事案については、相続人に預貯金を引き継いだ上で報酬の支払を受けるにも、後見人が相続人全員から委任を受け、預貯金口座を解約するなどした上で報酬の支払を受けるにも、相当な手間と費用を要することが見込まれる。このような事態を避けるための預貯金の払戻しは「相続財産の保存に必要な行為」に当たると解している(なお、民法873条の2第3号の許可を行うためには、「成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き」という消極要件も 満たす必要があることに注意を要する。)。

ウ、逆に、「相続財産の保存に必要な行為」に は当たらないと判断される可能性が高いと思われるケースとしては、後見人と相続人との関係に問題はなく、しかも相続人はいずれも近隣にいるとか比較的若年であるというような事案が考えられる。この場合には、報酬払戻しの方法によらずとも、預貯金を引き継いだ相続人から報酬が支払われることが見込まれ、そうであれば、報酬払戻しを「相続財産の保存に必要な行為」とみることは困難だからである。

エ、なお、報酬付与の審判が出る前に、「見込み額」として報酬相当額の払戻許可を求められることがあるが、後見人の報酬請求権は審判によって発生するものであり、審判前に見込み額に基づいて払戻しを許可することはできないので、ご注意いただきたい。

3、終了後の計算報告

遺言内容からして遺産を全く取得できない相続人に対しても、後見の計算の報告をする必要があるか。

ア、前提として、民法870条に基づいて後見人等が負う管理計算義務は、本人死亡によって後見事務が終了した場合は、その相続人が固有の請求権者になると一般的に理解されており、後見人等が家庭裁判所に対して負う義務ではない。そのため、義務履行の要否やどういった場合に義務を履行したといえるのかについては、最終的には、義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟等が提起された場合に受訴裁判所が判断すべきものとなる。もちろん、後見監督という観点から家庭裁判所が元後見人にどこまで報告を求めるかという問題はあるが、既に後見等が終了していることから、後見センターでは、本人死亡後の裁判所に対する管理財産の報告は報酬付与を申し立てない場合には不要としているし、最終の報告をする場合であっても任務中の収支を明確にするような書面の提出までは求めていない。
そのため、管理計算義務の履行や期限順守の有無等について後見センターは実情を把握しておらず、一般的な説明にとどまらざるを得ないことをご理解いただきたい。

イ、民法870条の管理計算義務は、後見事務の執行に関して生じた一切の財産上の収入及び支出を明確にし、財産の現在額を計算させるものであり、後見人の善管注意義務を具体化したものと説明されている。すなわち、同条の計算義務は、後見人等のなした財産行為の結果を相続人等が知る機会を与えることで、後見人等の適正な財産管理を担保することを趣旨とするものと考えられる。このような趣旨に鑑みると、同条に基づく義務の履行(管理計算報告)をすべき対象を、その報告内容について正当な利害関係を有する者に限ると解したとしても、上記趣旨は全うされると考えられる。また、そもそも正当な受領権限を有しない者に他人の財産内容を開示することが義務付けられるとは考えられないことからしても、同条に基づく管理計算報告をすべき対象は、本人死亡後の財産(の全部又は一部)について正当な受領権限を有する者に限られるという理解は十分に成り立ち得ると思われる。

(2)原則として後見の任務が終了してから2 か月以内に、後見の計算をしなければならないところ(民法870条)、本人死亡後に自筆証書遺言の存在が判明したため、同期間内に検認手続を完了することができなかった。検認手続が未了の場合でも、後見の任務が終了してから2か月以内に、後見の計算をしなければならないか。

(1)のような理解を前提とすると、本人死亡後の財産(の全部又は一部)について正当な受領権限を有するか否かが不明確な者に対しては、実際には報告すべき対象であったことが後で判明したとしても、その義務の履行を怠ったことについて正当な理由があると判断されることもあり得ると思われる。
なお、管理計算の期間は、家庭裁判所の審判に基づいて伸長することができるとされており、例えば、設問のような検認手続が未了等の場合で、相続人から管理計算報告をすべきことを求められている場合には、民法870条ただし書きによる期間伸長の申立てをすることも考えられなくはない。もっとも、相続人等は管理計算を待たずに直ちに自己の計算に基づいて財産の引渡しを求めることができるとする判例があることからすれば、少なくともリスク軽減という見地からは、期間の伸長にはあまり意味がないように思われる。
また、民法870条の管理計算報告は、本人死亡後の家庭裁判所への最終報告とは異なるということにも留意が必要である。民法870条ただし書きによる期間の伸長に関して、相続人から特に求められている等の事情がないにもかかわらず、家庭裁判所への報告が遅れてしまうので期間の伸長を申し立てたほうがよいかとの問合せを受けることがあるが、裁判所としては、2か月以内に裁判所に管理計算報告をしてもらうことまでは求めていない。裁判所が最も注意しているのは、本人死亡後6か月以内に引継ぎがきちんとなされているかどうかであり、引継ぎが遅れてしまうような事情がある場合には、その旨の上申書を提出していただければ足りる。

4、本人死亡後に必要となる報告内容について

本人死亡後、直近の定期報告時から本人死亡時までの後見事務や財産内容につき、家裁へ報告する必要があるか、(必要がある場合) 期限はいつか。

前回の定期報告時から本人死亡時点までの報酬付与を申し立てない場合、東京家裁では、その期間の後見事務や財産内容について報告を求めていない。この場合は、本人の財産を相続人等に引き継ぎ、引継報告書を提出していただくことで、後見事務は全て終了することになる。
これに対して、前回の定期報告時から本人死亡時点までの報酬付与を申し立てる場合には、その期間に係る後見事務報告書及び死亡日現在の財産目録を提出していただく必要がある。特に期限は設けていないが、後見センターでは、本人死亡後約6か月を目安として相続人等への引継報告をしていただいていることから、同期限に間に合うように報酬付与の申立てをしていただきたい。

5、本人等の対応が困難な場合の辞任の可否

精神病院に入院している被後見人から毎日電話があり、対応しきれない。このことのみをもって辞任することができるか。また、辞任許可申立ての際、被後見人の対応により精神状態が悪化していることを示す後見人自身についての診断書を添付するなどして対応困難なことにつき疎明することは必要か。

(1)後見人が辞任をするためには、「正当な事由」(民法844条)が認められることが必要であるところ、一般的には、遠隔地への転居や老齢・疾病、複数の被後見人がいることによる後見事務の負担加重等といった、今後の後見事務の遂行に支障が生じるようなやむを得ない事情がある場合に加えて、本人又はその親族との間に不和が生じた場合が考えられるとされている。実務上は、このような場合のほかに、課題が解決して専門職後見人の関与が不要となったと判断された場合などに辞任が許可されることが多いと思われる(信託後見人として選任され、信託手続が完了した段階で辞任するというのが典型例である。)。

(2)設問のような本人への対応が困難な事案は、実際に日々散見されるところであり、このような本人対応によって専門職後見人や事務員等が疲弊してしまい、他の事務遂行にも悪影響が生じているとか、その対応により実際に体調等が悪化してしまったということがあれば、辞任をする「正当な事由」が認められることがほとんどであると考えられる。このような事案は誰が後見人になっても苦労することになると思われるし、頻繁に後見人が交代することの不都合性も考慮すると、できるだけ頑張っていただきたいが、これ以上は継続することが難しいということであれば、その旨を裁判所に伝え、辞任の申立てをしていただきたい。ただし、後任を選任するまでには一定の時間を要するので、辞任を希望する場合には、早めに後見センターに相談されたい。対応困難な事情につき、概要を上申されれば、基本的には疎明資料の提出までは不要と考えている。
なお、少し場面は異なるが、本人や親族から解任申立てがされているような状況において、当該申立てには理由がないと考えられる場合には、辞任を許可することによる不都合性(要望が通ったという誤解を与えかねず、後任の後見人の後見事務に悪影響を及ぼす可能性がある。)等を考慮して、解任申立てについての判断を示すまで辞任を許可しないこともある。

(次号へつづく)