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裁判員裁判レポート はじめての裁判員裁判

はじめに

私にとって初めての裁判員裁判は、少年当番待機日に割当てを受けた麻薬等特例法違反事件から始まった。依頼者(19歳、マレーシア人)は逮捕当時未成年であったため、少年事件のプロセスを経た上で、裁判員裁判を経験した。少年当番待機日に、後に裁判員裁判になる事件が配点されることは想像もしておらず、最初は「最近外国人の被疑者や依頼者が続いているなあ」と思って接見に行った。
結果的には自白事件ではあったが、裁判員裁判かつ外国人事件だったので、裁判員裁判における通訳という観点からも、非常に考えさせられる事件となった。

事件の概要

依頼者は、父親の顔を一度も見たことがなく、裕福ではない母子家庭で育った。学生ローンを使って大学に進学したものの、1年でやめ、アルバイトや仕事をするようになった。しかし、それらの給料ではお金が足りず、友人から借金をするようになった。
依頼者は手っ取り早くお金を稼ぎたいと考え、友人に稼げる仕事はないかと尋ねたところ、友人から紹介されたのが今回の仕事であった。ただし、友人から仕事を紹介されたとき、依頼者は覚せい剤に関する仕事だということは知らず、「何か少し違法な仕事かな」という程度に考えていた。
依頼者は組織からの指示に従い、組織が準備したアパートに行くと、そこには覚せい剤があった。依頼者自身、さすがに覚せい剤に関する仕事をすることには抵抗があったため、覚せい剤の仕事はせずに実家に戻ろうと思った。しかし、依頼者には所持金がなく、組織から給料をもらわないと実家にすら帰れない状況であった。
そこで、依頼者は覚せい剤の仕事に関わることを決め、マレーシアから覚せい剤1,900グラム弱を日本に送った後、日本に来た。しかし、日本の空港で覚せい剤が発見されたため、クリーンコントロールドデリバリー捜査が実施された結果、依頼者が逮捕された。

弁護方針についての悩み

逮捕当時依頼者は、「マレーシアで知り合った人の指示で、日本にプレゼント(ブランド品のバッグかな?と予想)を受領しに来たら、中から覚せい剤が出てきて非常に驚いている。なぜ覚せい剤が出てきたのか意味が分からないので、早く嫌疑を晴らし、マレーシアに帰りたい。」という話をしていた。後に述べるが、初回接見の際に担当していただいた北京語の通訳人と依頼者との間で、うまく意思疎通が図れず、マレーシア人の通訳を探すことになった。その後、依頼者が覚せい剤取締法違反で再 逮捕された後、呼び出しがあり接見に行ったところ、「実は、箱の中身が覚せい剤であることは知っていた。日本に覚せい剤を送ったのも私である。お母さんに早く会いたいのできちんと事実を話す。」ということであった。 本件は、罪名から、検察官送致になれば裁判員裁判対象事件であることは分かっていたので、捜査段階では黙秘して、裁判員裁判の公判で事実をきちんと話すという選択肢もあったし、成人であれば当然黙秘を選択した。しかし、依頼者自身、きちんと事実を話して少年院への送致をしてもらい早期にマレーシアに帰国することを望んでいた。黙秘を選択することにより少年院送致の可能性がなくなるのではないかと判断に悩み、結果として黙秘しないという方針で弁護方針を立てることにした。そのため、少年鑑別所では、依頼者自身の生い立ちや本件について、家庭裁判所調査官にもきちんと話すことになった。

しかしながら、振り返ってみれば、供述調書には依頼者にとって不利益な余罪や計画性等の記載が多数含まれていた。これは、後の裁判員裁判の公判における被告人質問の方針を考える際には大きな障害となった。検察官送致となるかどうかの判断が難しいが、少なくとも検察官送致が確実な裁判員裁判対象事件においては、黙秘は不可欠だと感じる。
結果的に検察官送致の後、起訴され、裁判員裁判となった。
検察官送致のタイミングで、複数選任体制にする必要があると感じた。刑事弁護委員会に相談し、裁判員裁判経験のある弁護士を紹介してもらい、以後、二人体制となった。

裁判員裁判に向けての準備

裁判員裁判は、司法修習生時代に1件見たことがあったのと、修習生時代に法廷技術弁護研修に参加した以来のかかわりだった。そのため、私の準備は、恥ずかしながら裁判員裁判がどんなものかを思い出すところからのスタートだった。

まずは、裁判員裁判に関連する書籍を購入して読み、冒頭陳述や最終弁論がどのように行われるかを実際に学ぶため、二弁の人権課で模擬評議(東京三会で毎年実施されているもの)のDVDを借りて見ることにした。実際に自分がやるということを意識してDVDを見ると、弁護人の立ち位置や話し方等、学ぶところが多くあった。話し方のスピードについては、携帯電話で自分の声を録音し、DVD中の先生が話している速さと比較したりした。その他にも、裁判員裁判を経験したことのある友人に話を聞き、書式のひな形を譲り受けるということもした。

あがり症の私は、公判期日までに冒頭陳述のリハーサルを何回も行ったが、やはり通常の刑事裁判とは雰囲気が違い緊張した。証言台の前で、裁判員と裁判官の顔を端から端まで順に見渡しながらスピーチするのがやっとであった。ただ、法廷の真ん中に立ってペーパーレスで目を見ながら行う冒頭陳述はとても達成感もあったし、またやってみたいと感じた。

通訳事件の難しさ

この事件の特徴として、最初から最後まで通訳の問題があった。
依頼者は、捜査段階で、北京語のみしか話せない通訳人と意思疎通が図れないときがあった。そのため、捜査機関側が用意した通訳人に依頼者が話したことが適切に伝わらず、後に出てきた供述調書で、誤った訳がなされている箇所が散見された。
また、依頼者は、少年審判の手続の際、通訳人に自分が話したことがきちんと伝わらないとふてくされたような表情をする癖があった。そのため、通訳人と依頼者との間で意思疎通が図れないことが原因となって、反省していないように判断されたこともあった。通訳人と依頼者との間、通訳人と弁護人との間の意思疎通というのは、いずれも依頼者の権利保障のために不可欠であるということを再認識した場面であった。

接見での被告人質問のリハーサル段階では、能力の高い通訳の方に依頼することができていたので(そこまでに紆余曲折があったが)、依頼者が弁護人の質問の趣旨を理解して適切に回答できていた。ところが、いざ公判になると、法廷通訳人による通訳に問題があり(裁判長から何度も通訳人に対して指導が行われた)、公判期日当日、弁護人の質問の趣旨が依頼者に伝わらず、弁護人が質問内容を変えるもしくは諦めるということがあった(逆に、検察官も質問の趣旨が伝わらず依頼者に対する反対尋問を途中で諦め、予定よりも質問が大幅に短くなったので、依頼者に有利になった側面もあったのかもしれないが...)。なお、この法廷通訳人については、事前に「問題があるのではないか」と心配し、裁判所にもその旨、伝えていた。

たまたま裁判所にいた別の通訳人が今回の裁判を傍聴していたので、きちんと通訳がなされているか確認したところ、「省略されているところがある。そのため、依頼者にきちんと通じないのではないか。」ということであった。

質問が長いと、依頼者にも裁判員にも理解されにくい。この点は通訳事件に限らないことではあるが、「特に通訳事件の場合には、端的な質問や短いフレーズで話すというのは非常に大事だ」と感じた。

判決と裁判員のアンケート

検察官は、依頼者は発送も受領もしており、本件の重要な役割を果たしているのでむしろ、刑は重い方であるという主張をした。
これに対し、弁護人は、依頼者は行為責任という観点でみても、行為時の判断能力の未熟さは責任を軽減させる事情と評価すべきであることを主張し、減刑してほしいという主張を行った(もちろんその主張だけではないが)。正直なところ、ほぼ成人に近い19歳でもあるし、単なる一般情状として位置付けられる可能性 が高く、この主張は弱いだろうと考え、かなり 悩んだポイントではあった。他方で、依頼者の 供述調書にはかなり依頼者が重要な役割を担 っていたことなどが記載されている他、依頼者と組織の者とのSNSでのやり取り等の客観的な証拠もあり、やった犯罪行為自体について軽い方に位置付けるという主張をすることは困 難だと判断した。ただ、後日の反省会の際、裁 判官から、「裁判員の考えとしては、依頼者は 逮捕当時19歳であったとはいえ、もう19歳なんだから大人とそれ程変わりはないのではない かという意見が多かった。」という話があった。なお、情状証人として、依頼者の母にもマ レーシアから来てもらい、今後の監督を誓約 してもらった。

判決は、懲役10年、罰金300万円、覚せい剤、現金没収というものであった。結局、依頼者は控訴せず、そのまま確定したと聞いている。
当初は少年事件であったこと、通訳事件であったこと等、通常の裁判とは異なる特殊性ゆえに対応の難しさを感じる事件であった。反省会でのコメントを通じ、次に裁判員裁判を担当するときに修正すべき課題も分かったように思う。

おわりに

初めての裁判員裁判は分からないことだらけで、「もっとこうしておけばよかった」と思った点は多々あるが、終わってみたら、通常の刑事事件とはまた違ったやりがいがあって楽しかった。依頼者自身や事件の内容を、日頃裁判に慣れ親しんでいない裁判員に理解してもらうという基本の視点に立ち返り、「どうしたら分かりやすいのか、どうしたら理解してもらえるのか」ということを考えるのは、他の裁判でも役立つであろうと感じた。

私自身、今後また裁判員裁判をやりたいと思い、裁判員裁判後、法廷弁護技術研修に参加したりしている。次の機会があるまでに力をつけておこうと思う。