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待ったなし! 企業によるLGBT支援の仕組み(前編)

前編 全3回

藤田 直介(39期) 東 由紀 稲場 弘樹

はじめに

LGBTなどの性的マイノリティーを人権の問題として捉える動きが国内外で加速しています。政府や自治体が同性パートナーシップ制度を導入し、LGBT支援施策に取り組み始めた昨今、企業や企業法務に関わる弁護士にとって、LGBTの支援に関する問題は知らないでは済まされない喫緊の課題となっています。

ダイバーシティ経営推進の一環として、企業がLGBTの支援施策に取り組む目的を改めて整理し、国内の先進企業の取り組みを紹介して、支援施策導入に向けたポイントと施策の効果をお伝えします。法的観点からあるべき企業対応について、国内・国外の動向なども踏まえてお話しします。

LGBTの基礎知識

LGBTとは?

今回は、前編・中編・後編の3部構成のうちの前編ですので、LGBTの基礎知識を整理するところから始めます。まず、L、G、B、T、のLにはレズビアン(女性の同性愛者)、Gにはゲイ(男性の同性愛者)、Bにはバイセクシュアル(両性愛者)、Tにはトランスジェンダー

(出生時に割り当てられた性別と異なる性別を自認する人)の意味があります。6色の虹色マークが、性の多様性とLGBTの尊厳を示すものとして世界的に使われています。このほかにもクエスチョニングという、自分の性が決められない方や、決めたくないという方もいます。そもそも男女という枠の中にとらわれたくないという方もいるようです。これを合わせてLGBTQと表す国際機関もあります。

アセクシャルと表すものもあります。これは恋愛対象、若しくは性的対象を持たないという意味です。性分化疾患を表すインターセックスやパンセクシュアルなど、いろいろな性の在り方があり、表現も多様です。

ポイントは、こういった性の在り方は自分がどう認識しているかが大事であり、他人が決められるものではないということです。自分がどのように認識しているのか、特に他人からは見えず、更には自分でもなかなか他人と比較できず、明確な定義が難しいといわれています。
私(東由紀)は、LGBTの表現の仕方として、なるべく丁寧に説明するときは「LGBTなど性的マイノリティーの人々」という言い方をします。企業の場合は、「LGBTなど性的マイノリティーの従業員」という言い方をしています。

2018年に電通ダイバーシティ・ラボが行った調査によると、8.9%の人が性的マイノリティーに当たります。前回調査の2016年度では7.6%でしたから、以前は13人に1人だったところ、今は11人に1人です。

SOGIとは?

最近よく使われる言葉として、SOGI(ソジ)があります。国連をはじめ国際機関でよく使われている言葉で、SOがセクシュアルオリエンテーションの頭文字で「性的指向」、GI がジェンダーアイデンティティーの頭文字で「性自認」です。特定の性的指向や性自認を表しているのではなく、例えば異性愛者であるとか性別違和を持っていない人も含む、全ての人の関係で使用することができる言葉で、いかなる性的指向、性自認であっても尊重されるべきであるという思想を背景とする概念です。

SOGIハラとは、いわゆる性的指向、性自認に対するハラスメントです。例えば戸籍上割り当てられた性別により制服や服装・髪型を強要することや、余り化粧っけのない女性に対して、「もうちょっと化粧をした方がいいんじゃないの?」「女らしくした方がいいんじゃないの?」というように、個人の価値観を押しつける言葉をかけることがSOGIハラに当たります。また、ある人が性的マイノリティーの当事者であると言ったことを、その人の同意なしに他者に言ってしまうアウティングも、SOGIハラに当たるといわれています。こういったSOGIハラは就活の際に4割が体験しているという調査結果も出ています。

SOGIのほかにGE(ジェンダーエクスプレッション)と言われる性表現やセクシュアルキャラクタリスクと言われる性的特徴を合わせてSOGIESCという言葉もあります。

海外の国・国際機関の動き

1990年、WHOが同性愛を疾患リストから削除し、国際的には基本的には疾患ではないという認識が進んでいます。

これをきっかけに、いろいろな国で人権問題として捉える動きが進んでいます。2000年以降、オランダを皮切りに同性婚の制度がスタートしました。また、2017年5月時点で、同性に対するパートナーシップ制度の法的な権利を認めている国と地域は132カ所にわたっています。

一方で、同性愛や性別の違和が罪になる国もいまだにあります。ひどいところだと死刑になるところもあるようです。

日本以外のG7加盟国は、基本的には同性婚もしくは同性パートナーを法的に認めています。グローバルにビジネスを展開する企業で同性婚が認められている国から人を召還したり異動させたりというときに、同性婚や同性パートナーが認められているかどうか、また、同性のパートナーにビザが発行できるかどうかというのは非常に大きな問題になっています。国連もLGBTに関わるものは人権だという認 識であり、国際社会では性的指向、性自認は人権であるという認識が広まっています。

複数の調査結果から見る国内の現状

(1)電通ダイバーシティ・ラボ「LBGT調査2018」

まず、この調査によると7割近い人が既にLGBTという言葉を知っているということになります。前回調査の2015年当時の認知度は37.6%でしたから、ほぼ倍増しています。

同性婚についてどう思うかということに対しても、8割近くの方が賛成しています。男性より女性の方が、年齢層でいうと若年層の方が、賛成だと答える割合が高いです。

もっと日本でLGBTの差別をなくすため、法整備をすべきと考えている方が72.1%と高く、依然としてLGBTにまつわる差別や不公平感があるということも、実際に日本の社会の中で認知が進んでいることを示しています。

(2)経団連の企業のLGBT施策について提言

経団連が2017年に会員企業に向けて実施した調査では、LGBTの施策に企業が取り組むことが必要だと思うかという問いに関して、91.4%の企業がイエスと答えています。ところが、既に何らかの取り組みを実施しているのは半数以下、42.1%にとどまっています。まだまだLGBTの施策が企業の中で進んでいないという状況がこの数字から分かります。

実際の施策として一番多いのが差別の禁止を社内規定に入れることです。性的指向、性自認に関する差別を行わないとしたり、ハラスメントのガイドラインにSOGIハラに関する規定を入れたりということが75.3%と一番多くなっています。

次に社内セミナーの開催、相談窓口の設置、採用活動におけるLGBTへの配慮が挙げられます。性別を問わないトイレ、職場環境の整備、社員向けの人事制度の改定、同性パートナーに対する福利厚生制度の拡大に関しては、まだ導入している企業が少ないというのが現状です。

(3)国際基督教大学・虹色ダイバーシティ

国際基督教大学とNPO法人虹色ダイバーシティの共同調査では、LGBT施策の数と、企業の中の心理的安全性を比較した数字が出されています。実施しているLGBT施策が多いほど、LGBT当事者の心理的安全性が高くなっています。LGBT施策を多く導入している企業は、ほかのダイバーシティの側面に対する施策も積極的に採り入れている傾向があるようです。女性活躍推進や、障害者に関する制度の数に伴って、LGBTの施策数も非常に多く導入されています。そのためLGBTの非当事者に対しても、これら施策数の多さは心理的安全性につながっています。

特定非営利活動法人 虹色ダイバーシティhttp://nijiirodiversity.jp/nijivoice2018/



(4)ReBit「就職活動に関する現状調査」

就職活動のときの困難について、アンケートに答えたトランスジェンダーの方のうち、65%が性別違和に由来した困難に直面しているとあります。
見かけの性別と自分の履歴書の性別とが異なる場合、どういうスーツで面接に行ったらよいのか、エントリーシートや履歴書に性別の記載が必須となっている場合、何と答えたらよいのかという点に困っているようです。また、面接時にカミングアウトしたところ、制服に着替える場所を個別に用意できないことを理由に不採用になった、面接の途中で我々の手に負えないからと言われて面接を取りやめられたというようなコメントもあります。面接官の教育も半数以下の企業しか対応していませんので、まだまだLGBT、特にトランスジェンダーの方々が抱える悩みは多いと思います。

(5)就職後に関する調査

職場の中でSOGIに関する差別的言動があると答えた人たちの割合を見ると、L、G、Bの方々とトランスジェンダーの方はほぼ変わりません。ところがシスジェンダーの人たち、すなわち、身体的性別と自分の性自認が一致している、いわゆるLGBT等に当たらない人の割合はぐっと少なくなっています。

これはそもそも何がSOGIハラスメントに当たるのかという知識を当事者ではない人は持っていないので、ハラスメントがあったとしても気付いていない、又は自分が発した言葉がSOGIハラだということが分かっていないということが示唆されます。

(6)取り組む企業が増えない理由

LGBT施策に取り組む企業が増えない理由として、まだ同性愛や、体と心の性の不一致が一過性のもので、のちに変わるのではないか、趣味の問題や性癖なのではというような意識 が強く、個人のわがまま、企業が取り扱う問題ではないと思われていることが挙げられます。また、差別がある職場では自分が当事者であるということを隠さざるを得なくなります。偏見によって"見えない"状態にあるのにもかかわらず、"いない"という認識になってしま い、うちの会社は問題がないから必要がないとか、時期尚早であるという考えに陥ります。ダイバーシティというと、女性の活躍推進 の優先順位が高くなり、LGBTはまだ早いと人事担当者が問題に優劣を付けて、人権を軽視している現状も大きな問題です。

LGBTの施策に取り組むには、新しい権利や特別な権利を用意しようというものではなく、今既にある権利を公平に享受できるように、差別の禁止を徹底して実現するという認識が必要なのです。

オリンピック・パラリンピックに関連する国内外の動き

オリンピック、パラリンピック憲章の中に性的指向に対する差別の禁止が入りました。
これを受けて、ホストタウンである東京都が2018年10月、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」を制定しました。条例には、ヘイトスピーチと、LGBTに対する差別の禁止が規定されています。これを契機に自社の社員がLGBTである場合の具体的な施策について、企業の人事部が動き始めています。

「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」に、"理解促進"ではなく、"差別禁止"という言葉が入ったのは非常に大きな一歩です。一方、差別があったときの処罰規定や具体的な行動に関する記載がない点が不十分であるとの声も聞かれます。

ただ、性自認、性的指向の差別解消並びに啓発などの推進をする旨が明記されていますので、企業は差別禁止の条項を規定するのみならず、その啓発が求められます。厚生労働省のセクハラ指針と同じように企業の中で取り組みが進むのが望ましいと考えています。

企業におけるLGBT施策

企業がLGBT支援施策に取り組む目的

もともとなぜ企業がLGBT施策に取り組むかという目的においては、一番大きいのが人材の獲得です。性的指向、性自認、性表現にかかわらず、優秀な人材を獲得し、企業に残ってもらうために、退職を抑制する施策や実際に働いていく上で能力を発揮できるような職場環境をつくることが求められます。

また、働いているうちに何かしらの差別があった場合、人権侵害による訴訟リスクを回避することも目的の1つです。また、LGBT施策に取り組んでいることで、ダイバーシティに対して先進的な企業というイメージが付くことの対外的な価値というブランディングを考えながら実施している企業もあります。直接的にLGBT、性的マイノリティーの方々を対象とした商品やサービスの提供を進めている企業も多く出てきています。

昨今新しいものとして金融機関の取り組みがあります。これまでも死亡時の生命保険給付金の受取人に、婚姻関係にない同性パートナーを登録できるようにする保険会社の取り組みがありました。2018年、みずほ銀行では住宅ローンを組む際、公正証書がある場合限定で、同性パートナーを持つ方が、2人で同時に住宅ローンを組むことができるサービスを開始しました。

企業に求められるLGBT支援施策

(1)規定の明確化

企業に求められる施策として最初に必要なのは、規定に明確に表現することです。性的指向と性自認を規定に入れ始める企業が増えてきたことは、経団連の調査からもわかります。外資系企業では性表現まで含めて規定に入れています。性自認と心の性別と出生時に割り当てられた戸籍上の性別に違和があることへの差別だけでなく、自分が表現したい性、例えば服装や髪型などの選択も人権として捉えて明記する企業が増えています。

ただ、規定があったとしても、法務や人事担当者以外の社員の規定に関する認知度はまだ低いと感じます。
企業の内部に規定の存在を周知させ、規定をどのように日々の業務の中で反映させるかについては、ガイドラインの設置が重要になります。例えばハラスメント防止のガイドラインに性的指向、性自認、性表現を差別しないとはどういうことなのか、何をしてはいけなくて、何をしなければならないのかを明記することや、トランスジェンダーの方が働きながら自分の性別を変えていくという性別移行のプロセスをどのように策定するかが重要になります。

更に、セクハラ防止研修に組み込むことなどを通じて、社員の中に浸透させていくことも重要になります。ガイドラインを作り、全社員がアクセスできるところに置いているだけでは、なかなか浸透していかないと思います。

(2)社内の人事・福利厚生制度の改定

規定というソフト面だけではなく、ハード面の整備も必要になります。トイレ、更衣室、寮、制服、様々な場所で男女別の表記があります。自分がトランスジェンダーで、見かけは自分の望む性別になっていたとしても、いろいろな理由で戸籍上の性別を変えられない、もしくは変えたくない方がいます。しかし、戸籍上の性別が表記されていると、本人の同意なく、会社の制度によってトランスジェンダーであることを自動的に公表している形になりますので、環境の整備やシステムの変更が必要になります。 同性パートナーや性別移行をサポートする制度を導入するだけではなく、社員の理解を促進する意見交換の場や、現場のニーズをくみ取れるような社員コミュニティーをつくって意見を吸い上げていくことも重要になります。

(3)社内相談窓口

昨今の問題点として、アウティングが挙げられます。実は社員の誰々さんがゲイらしいとか、トランスジェンダーで、こういう問題を言ってきたということを人事担当者がミーティングで言ってしまったり、上司に話してしまったりということがあります。人事担当者だからこそ、人事部署内や上司であれば言ってもよいという感覚がありますが、これはアウティングに当たります。その社員はこの人事担当者だから言ってもよいと思って話したにもかかわらず、うわさとして物事が広まってしまうことがあるので、相談窓口に関しては徹底してアウティングを防止することがとても重要です。

そもそも専門家、相談員がLGBT・SOGIハラに関する研修を受けているか、もし自分が分からないことがあれば専門家の意見を得るというプロセスがつくられているかという点が大切です。

先進企業の取り組み事例:work with Pride

work with Prideという、日本のLGBTの働き方支援の任意団体に、国内の様々な企業が参画していて、LLANは2018年ベストプラクティスの選出に協力しています。work with Prideは、企業の取り組みをPRIDE指標の5つの評価項目に基づいて、ゴールド、シルバー、ブロンズで表彰しています。毎年10月に行われており、2018年はゴールド130社、シルバー18社、ブロンズ5社でした。
これはどなたでも参加でき、work with Prideを見ると、どのような企業がどういった取り組みをしているのかよく分かります。
受賞した企業のうち、8割が大企業です。アウティングはじめ差別や何らかの問題があったときに働きにくくなるのは、コミュニティーの小さい中小企業が中心だと思います。中小企業に取り組みがより進むことを望みます。

このwork with Prideでは、ベストプラクティス賞というものも表彰しています。昨年は10社が先進的な取り組みということで受賞しています。

こういった取り組みの中で、やはりトランスジェンダーの問題が企業の中で大きくなっています。あるトランスジェンダーの方が、「トランスジェンダーは歩くカミングアウトだ」とおっしゃいました。もともと男性だった方が、服装やメークで女性に変えているということで、どうしても自身がトランスジェンダーであることが周囲に分かってしまい、トラブルが生じるというケースが、日本企業では発生しています。

トランスジェンダーにまつわる問題の多様性

LGBTの中でもとりわけトランスジェンダーに関する課題は、発生する問題が多様です。1 つの原因として、トランスジェンダーの在り方そのものが多様だということがあります。どう見えるかやどうあるべきかではなく、本人がどう捉えているのかが重要であり、その理解が企業側にないことで問題と課題が生じるので、本人の意思を尊重していくことが企業の担当者にとって肝要です。

また、企業の人事の方から、戸籍の性別さえ変えてもらえば問題ないという言葉をよく聞きます。しかし、全ての人が戸籍の性別を変えたいと願っているわけではないですし、何かしらの理由で願っていても変えられない人もいます。日本では性同一性障害という疾患の診断書を持って様々な治療を受けます。

「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」に基づいて受診しますが、この法律にはWHOや国連から人権侵害であると非難の共同声明が出されている程、非常に厳しい要件が課されています。日本の厳しい法律上の要件に沿って自分の体にメスを入れる点に異論を唱え、実際に戸籍上の性別を変えないというトランスジェンダーの方もいます。人事担当者としてはそういった方々に戸籍上の性別を変えればいいのにと軽はずみに言ってはいけません。本人がそもそもどのように自分の性別を捉えているのかということを丁寧に拾いながら対応していくべきです。

職場のトランスジェンダー対応

(1)性別移行支援

私(東由紀)は職場で、トランスジェンダー対応のガイドラインを作りました。対応する側の人事や上司の理解度によって対応に大きく差が出てしまっては困るため、性別を移行する段階においてどのような問題が発生するのか事例を拾えるだけ拾って、これに対する企業の対応策をまとめました。

性同一性障害の診断書のあるなしではなく、本人の性自認を尊重して合理的に配慮します。また、本人が希望しても会社として対応できないことは多くありますが、マニュアルという形で押し付けるのではなく、本人、上司、人事の3者による対話で合意しながら物事を決めていくことを理想としています。

(2)人事の対応事例

例えば、自社ビルではなくテナントとして入っている企業で、「だれでもトイレ」がない場合、本人が望んだとしても、トイレを増設するということはなかなか難しいです。
しかし、会社としては社員が望むトイレを使うためには何ができるのかということを、お互い話し合いながら方針を立てます。また、アウティング防止策も必要になります。

トランスジェンダーと思われる社員がいて、何か困っていることがあるか聞いてもよいか、というような問いに関しては、見た目で判断せず、本人が言わない限りは何もしない方がよいと答えています。ただし、日頃からLGBT について話題にしたり、性の多様性を祝福する意味を有する虹色のグッズをデスクに置くなどして理解を見せると、相談しやすい環境がつくれます。見た目とは違う性別のトイレを使用するトランスジェンダーに対し、不快感を示す社員がいた場合、どのように対応したらよいかという問いに関しては、上司や人事担当者が不快感を示す社員と対話して原因を明確にすべきと答えます。原因が不理解であれば、トランスジェンダーについて説明して理解を求めることもありますし、それでも不快感が残る場合は、その社員にほかのトイレを使用するよう促すということがガイドラインに書かれています。

トランスジェンダーの社員が別のトイレを使うという対応も現実にはあると思います。しかし、性自認、性表現に対して差別的な対応をしないと規定している限り、尊重すべきはトランスジェンダーの方が使いたいトイレを使えるようにすることです。トランスジェンダーでない方々の説得をする際には、人事がサポートする旨がガイドラインには記されています。

社内の対応はできるけれど、トランスジェンダーの社員が顧客先に常駐する場合はどうするのかという問題も出てきます。これに関して対応は千差万別です。まずは本人に意思を確認するのが大事だと思います。何となく慮って、この会社は多様性に理解が少なそうなのでそのプロジェクトにアサインしない、その仕事を与えないというような配慮をする前に、本人にその仕事をやりたいかどうか、もし派遣先企業が何かしら性に関する不理解を示した場合、会社としてはこういうサポートができるが、一緒に頑張っていきますかと協議をする。このように話したうえで、当該社員が、自分を違うプロジェクトにアサインしてほしいという場合もあるので、本人の希望と、それに対して会社がどのようなサポートができるかを開示したうえで話し合うことが大事だと思います。

職場におけるアライの存在意義

アライとは

アライとは、英語で「同盟」や「仲間」という意味です。LGBTの当事者、非当事者にかかわらず、LGBTのことを理解しよう、支援していこう、差別を是正するために何か行動しようという人のことを、国際的にアライと言います。

国内の企業や社会の中では、自身がLGBT等であることを自由に公表できる当事者はまだ多くないのが現状です。そのため、アライという立場にいる人たちが職場に存在することは重要だと思います。例えば、差別があったときに、当事者が性に関することを隠している場合、周りに知られたらどうしようと不安に感じて、何も言うことができない場合が多いのですが、アライという立場をとっている人であれば、客観的に「それは差別に当たる可能性がある」と言うことができますし、カミングアウトしていない当事者のニーズや課題を代弁することもできます。人事担当者であれば、いろいろな施策を採り入れることができるので、私は当事者が声を上げるというよりは、アライとして当事者の声に気付いて行動する人が増えることが肝要であると考えます。

職場におけるアライの強み・アライが存在する効果

私(東由紀)は、中央大学大学院でHRマネジメントの研究をしていました。そこで職場のアライの存在がどのようにLGBT当事者の勤続意欲に影響するのかという調査研究をしました。この研究から、アライがいる職場の方がLGBT当事者の勤続意欲が向上することが分かっています。

ただ、このアライを会社の中で育成しようとしたとき、通常は研修を実施すると思います。しかしながら、研修の受講者と未受講者を比較すると、受講者の方が理解度は上がるものの、実際の行動までは引き出せていないことが、調査研究から分かりました。

アライとしての行動を引き出すために、企業の中でどのような施策が有効なのかも分析したところ、身近に当事者がいる方はアライの行動をすることに関してモチベーションが高くなり、実際に行動するということが分かりました。

しかし、職場ではカミングアウトしている当事者はまだ少ないのが現状です。この分析からは、周囲にアライの行動を取っている人がいることが、ほかの人のアライの行動を促進することも分かりました。そのため、職場でアライを可視化することが、アライの育成につながるのです。現在は多くの企業で、アライを可視化する施策がとられています。

アライを可視化する施策

施策例として、アライを可視化するステッカーがあります。虹色のステッカーをはじめいろいろな企業がアライのグッズを作っています。PCに貼るものや、虹色のネックストラップで、「LGBTアライ」と書かれているもの、虹色のバッジもあります。この虹色のアイテムを付けていることで、自分がアライであることを表明できます。

LGBT当事者に対する理解や支援の意思を表明している企業であり、アライとして支援する従業員がいることを可視化することで、職場における心理的安全性が高まり、何かあったときにはあの人に相談してみようという意識が生まれるといわれています。

虹色ダイバーシティが、レインボー POPを無料でダウンロードして印刷できるものを公開しました。このPOPをご自身の机に貼っておくと、自分がLGBTのアライであることを周囲に伝えることができます。

8.9%のLGBT当事者が自分らしく活躍できる職場にするには、残りの91.1%の人たちがアライになる必要があると考えています。LGBT に関して学ぼうという意欲がある方々は既にアライだと思いますので、ぜひPOPを印刷してご利用いただけるとうれしいです。

特定非営利活動法人 虹色ダイバーシティhttp://nijiirodiversity.jp/rainbow_pop/