裁判員裁判レポート 裁判員裁判事件報告
今回、殺人未遂被告事件において、侵害者の侵害が防衛者の身体に直接向けられたものではなかったにもかかわらず、身体に対する侵害として認められ、過剰防衛が成立した事例を報告する。
事案の概要と 捜査段階の弁護
公訴事実の概要は、「被告人AとBとは共謀の上、被告人Aが運転し、Bが助手席に座っている軽四輪自動車にVがしがみついており、そのまま走行すればVが路面に衝突したり後続の車に轢かれたりして死亡する危険性が高いことを認識しながら、Aが自動車を発進させ約1.5キロにわたり車線変更を繰り返しながら平均時速約50キロで走行させ、その間BがVの手をボールペン等で突いて自動車から落下させようとし、Vが走行中の自動車から落下して全治3カ月を要する左鎖骨骨折の傷害を負った。」というものであった。
我々はA(女性、事件当時21歳、Bは交際相手の男性)の弁護人であった。逮捕直後からAは、「交差点で停車していたら、Vが車に近寄ってきて急にBと口喧嘩をし始め、更に車を叩いたり揺すったりしてきた。怖くなったのでVの手が車から離れたのを確認して車を発進させたが、発進して少ししてVが自動車に掴まってきた。そこからは怖くなって覚えていない。次に覚えているのはVが自動車から落ちたときの光景である。」と話していた。この話を聞き、我々はまず正当防衛及び殺意がないことを主張の核としようと考えた。そこで被疑者段階では敢えて黙秘はさせず、AとBにとってVの行動がいかに怖かったかということ及び殺意はなかったことのみを語らせるという方針を取った。Aも我々の意図を汲んでくれ、前記のこと以外は話さなかった。しかし結局は殺人未遂で起訴されてしまった。
また、被疑者段階において、Aから、Vに傷害を負わせてしまったのは事実なので示談をしたいとの要望があり、検察官と連絡を取ったが、Vに示談の意向がなく示談はできなかった。
公判前整理手続における弁護活動
1 裁判所における主張
起訴後検察官から証拠が開示され、我々からも証拠開示請求を行った。これらの証拠の中にはドライブレコーダーの映像があり、その中にはVとBとが口論をしている途中から自動車が発進し、Vが走行中の自動車から手を離す場面までの前方画像が音声とともに記録されていた。これにより口論の途中からVが自動車から落下し傷害を負うまでのおおよその状況が分かった。また、自動車の走行ルート上にある防犯カメラの映像もあり、どのような姿勢でVが車に掴まっていたのかが分かった。この証拠を踏まえて、公判前整理手続にお いて我々は、①Aには殺意がなく、傷害の未必の故意が成立したのは自動車にVがしがみついているのを認識してからである、②BがVの手をボールペンで突いたことについてAは認識していない、③Aには正当防衛が成立する、仮に正当防衛が成立しなくても過剰防衛が成立するという主張を行った。なおBの弁護人は、①Bには殺意がない、②Bには過剰防衛が成立するという主張を行った。
これに対し検察官は、ABに殺意があったことを推認させる事情として、①速度が約50キロと高速度だったこと、②1.5キロにわたって走行を続けたこと、③車線変更を5回行ったこと、
④犯行現場が片側3車線の交通量の多い道路だったことを挙げた。そして殺意の発生時期については自動車の発進時だとした。また、ABが正当防衛状況になかったことを推認させる事実として、①BとVが口論になった際、BがV を挑発したことによりVが自動車を揺する等の行為に出たこと、②Vは自動車に対してのみ有形力を行使しており、ABの身体への危険は生じていなかったこと、③自動車の走行中にVは何らの有形力の行使もしていないこと、④AB らは警察に容易に通報できたことを挙げた。
2 整理手続外での弁護活動
弁護人及び検察官の主張がおおよそ出たところで保釈の請求を行い、無事AB両名に保釈の許可が出た。ABは東京からやや離れた場所に住んではいたものの、電話やメールなどで打合せができるようになったのは弁護活動上有益であった。
また、起訴後しばらくして警察から、Vが示談を考えているとの連絡が来た。そこでAB両名の弁護人がVと示談交渉を行い、最終的には公判の2週間程前に、ABが公判で正当防衛や過剰防衛の主張をすることを前提として、ABが連帯して300万円を支払う、VはABを宥恕し裁判所に対して執行猶予を求める旨の示談が成立した。
この示談が成立したことを受け我々で議論した結果、Aの意向も踏まえ、実刑になる可能性を少しでも減らすために、正当防衛の主張を止め、情状弁護が行える過剰防衛の主張をすることにした。
公判における立証活動
1 冒頭陳述
検察官は、A3用紙1枚の冒頭陳述メモを配布し、冒頭陳述を行った。内容については公判前整理手続で検察官が主張していたとおりのもので、想定どおりであった。
我々は、A4用紙1枚のメモを配布し、冒頭陳述を行った。冒頭陳述に当たり、この事件を一言で表すとしたらどのような言葉が適切かについて議論を重ねた結果、出てきた言葉が「やりすぎ」というものだった。そこでこの「やりすぎ」というフレーズを事件の本質を示すキーワードとして用い、ABそしてVの3者がいずれも「過剰な行動」を行ったことが本件の本質であると冒頭で述べた。その後はAから見た事実の経過を簡単に述べ、これからの証拠調べにおいて着目して欲しいポイントを示した。このワンフレーズを用いての冒頭陳述は、後の反省会において、「冒頭陳述で(ワンフレーズのいわば「刷り込み」を)やることが常に適切であるかはさておき」との留保があったものの、「最後まで裁判員の意識に残り、効果的ではあったと思う。」との一定の評価を得ることができた。
なお、Bの弁護人は「Bは強がった」というフレーズを用い、本件におけるBの行動はAやVに弱いところを見せたくなかったことから生じたものであるという主張をペーパーレスで行った。
2 被害者尋問
検察官の主尋問では、Vはこれまで開示された調書と同内容のことを供述した。すなわち、Bから挑発を受けたこと、Bと口論になって自動車の窓や車全体を揺すったこと、Bに文句を言おうと少し開いていた窓ガラスに掴まっていた時に車が発進したこと等である。
これに対し反対尋問でVは、自動車のドアノブも何回か引っ張ったこと、自動車にしがみついたのはどのような手段を使ってでもBに謝らせるためであったこと、自動車の走行中も窓を割ってでも車の中に入ろうとしていたこと、車から手を離したのは力尽きたのではなく自動車が上り坂に差し掛かり、今なら傷が浅いと思い自ら手を離したことを供述した。また、自身の行動は怒りに任せて行ったものであり、今思えば大人気なかったと思っていること、示談の内容には納得していることも供述した。このように反対尋問で供述調書に書かれている以上の供述を引き出せたのは大きな収穫であった。
3 被告人質問
(1)A被告人質問Aは罪体に関し、①自動車の発進時にはVが自動車に掴まっていなかったこと、②AはVから逃亡するのに必死であったためVが死ぬかもしれないと思う程の余裕がなく、走行中の車内においてBのVに対するボールペンで手を突くなどの行為を認識できていなかったこと、
③激昂したVによるABの身体・財産に対する急迫不正の侵害が存在しかつそれがVが自動車から手を離すまで継続していたことなどを供述した。情状に関しては、保釈後アルバイトをして示談の費用を少しでも工面しようとしていたこと、今後は車の運転をしないこと、B との交際を止めることなどを供述した。
Bは罪体に関し、①自分からVに喧嘩を売ってはおらず、自分の大声を挑発と勘違いしたV から喧嘩を売られたこと、②口論の際、有形力の行使は全く行っていないこと、③Vの侵害から身を守る為に、110番通報する旨Vに伝えたり自動車の窓を閉めたりしたこと、④自動車の走行中Vのことを見ていたので自動車の走行状況を見ていなかったことを供述した。情状に関しては、保釈後郵便配達員として働いていること、Aとは別れること、今後は親の監督の下で生活していくこと等を供述した。
4 情状証人
AもBも親がそれぞれ出廷し、保釈後の生活状況を語り、今後の監督を誓った。
論告及び弁論
検察官は論告において、A3用紙2枚を使い検察官の主張を細かく説明した上で、ABには殺人未遂が成立し正当防衛状況はないとした。そして5年の懲役刑を求刑した。
我々は、A3用紙1枚の弁論要旨メモを配布し読み上げ原稿を用いて弁論を行った。その中で罪体に関し、①Vの自動車に対する攻撃は自動車に対する侵害だけではなく、その車内にいるABの身体に対する侵害にも当たること、
②その侵害は走行中も継続していたことを主張した。更にAはVの侵害から逃げることに精一杯だったため殺意がないこと、走行中の車内でのBの動静に気を遣う余裕もなかったことを主張した。情状では、示談が成立したこと、保釈後は親の監督に服していたことなどを主張した。そしてAには傷害罪が成立するにとどまり更に過剰防衛が成立するため、懲役1年、執行猶予2年が相当であると主張した。
Bの弁護人は、自動車の走行状況は人を死に至らしめる程の危険性がないとし、防衛状況については我々とほぼ同内容の主張をし、過剰防衛が成立するとした。そして情状についても触れた上で執行猶予付き判決が相当であるとした。
判決の内容
主文では、ABの両名に対して殺人未遂罪の成立を認め、懲役3年執行猶予5年を言い渡した。
そして争点に対する判断として、裁判所は、①被告人両名が自動車の発進後に横揺れを感じた時点での殺人罪の未必の故意を認定して殺人未遂罪の成立を認め、②被告人Bが被害者に対して行った走行中の行為(ボールペン様の物やライターで手を突く)についての被告人Aとの間の黙示の共謀を認定し、③被告人両名に過剰防衛の成立を認めた。
その理由として、①については、速度・走行距離・走行態様(車線変更)・被害者の体勢・場所(国道という交通量の多い幹線道路であったこと)などから殺意を認定した。なお故意の発生時については、Vの自動車への有形力の行使が単発的なものであり、自動車に掴まるという行動は通常予測できないものであるため、Vが自動車に掴まっていることは自動車が発進して車が傾いた時点で認識したというABの供述が合理的であり、この時点で故意が発生したと認定した。②については、A が運転行為を継続したなどの事実関係から車内でのBの行動をAは認識していたとして共謀が認定された。③については、「被害者の激昂状態等に照らすと、ドアを開ければ被告人両人の身体にも直接有形力を行使して降車させる意図を有していたものと認められる」として車内に留まっていたに過ぎないAB両名の身体に対する急迫不正の侵害が認められ、また「停車した場合には攻撃が再開、継続することが予想されていた」として車両走行中においても急迫不正の侵害が継続し防衛状況にあったことを認定した。その上で防衛行為が相当性を欠くとして過剰防衛が成立するとした。
そして自身の勘違いを発端として侵害行為に及んだVには落ち度があること、Vとの間に示談が成立し300万円という高額な示談金が支払われていること、Vが執行猶予を求めるという強い宥恕の意思を示していること、ABの親が今後の監督を誓約していることなどから執行猶予が相当であるとした。
本件を振り返って
本件で我々は、正当防衛を主張するのかそれとも過剰防衛を主張するのかについて、弁護人間で意見が割れていたこともあり、示談が成立するまで正当防衛の主張を維持していた。しかし示談が成立したことを受けて、正当防衛の成否の可能性と正当防衛の主張をすることのメリット・デメリットを多角的観点から検討し、Aの意向も踏まえ、正当防衛の主張を撤回した。これによって得た最大のメリットは「正面切って」の情状弁護を行うことが可能になったことであり、殊に本件においては実刑と執行猶予の狭間の事案であったこともあり、そのメリットは大きかったと考えている。なお反省会では、裁判所から「本件で執行猶予判決を得るためには情状立証は必要であった。情状立証がなければ実刑も十分に考えられた。」との意見が出た。
本件のように、被告人(弁護人)の主張がどこまで認められるかの判断が難しいケースは往々にしてある。あくまで最大限の利益を取るために実刑のリスクを冒し正当防衛の主張を貫くのか、それとも実刑のリスクを最小限に抑えるために情状弁護を行える過剰防衛を主張するのか、つまりどの争点を主張して、どの争点を(敢えて)主張しないかの取捨選択に際しては、事件の内容とこれまでの弁護活動を俯瞰し、不必要に無理な主張を展開していないか冷静に判断すること、そして弁護人同士で徹底的に議論することが重要であると改めて感じた。
また情状弁護において、裁判員は、反省だけでは執行猶予を付すべきであるという考えに傾かず、今後の監督を誰がするのか、その監督は本当に有効なのか、具体的にどのような生活を送るのかをも重要視し、これらの点に納得ができて初めて執行猶予に考えが傾くことが、公判やその後の反省会を通じて分かった。この報告が今後の皆さんの弁護活動の一助になれば幸いである。
当弁護士会会員 磯野 清華(61期)●Seika Isono
当弁護士会会員 瀨野 泰崇(65期)●Yasutaka Seno