出版物・パンフレット等

待ったなし! 企業によるLGBT支援の仕組み(中編)

中編 全3回

藤田 直介(39期) 東 由紀 稲場 弘樹

5、本講演の概要

引き続き企業によるLGBT支援について、企業法務の観点から、藤田がご説明します。
第一に、取り組みにあたって、そもそも企業がなぜLGBT施策を推進する必要があるのか、その理由を明確にしておく必要があります。その際法務部が企業によるLGBT施策の推進にどのような観点で関わっていくのか、その切り口についてお話しします。
第二に、企業のLGBT対応に関する先例であるS社性同一性障害者解雇事件を踏まえて企業が適切に対応するためのポイントをお話しします。そのうえで、LGBT施策に関する法務上の個別論点についてその概要をお話しします。個別論点については実務上参考となる書籍が既に数多く出版されていますので、詳細については本記事末尾の参考文献をご参照ください。
第三に、企業に適切に助言するにあたって、LGBTを巡る社会の動向をきちんと把握しておく必要があります。国や自治体の取り組みなど、社会の現状と動向について、お時間が許す限り、お話ししたいと思います。

6、企業がLGBT施策に取り組むべき理由、弁護士・法務部にできること

1、企業が取り組むべき理由

企業が取り組むべき理由については経団連が2017年5月に公表した提言「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」が参考となります。この提言は「見えないマイノリティ」であるLGBTに関する取り組みが急務であることを指摘し、企業の取り組み状況を紹介するとともに、どのような施策が考えられるか提言しています。提言は、企業が取り組むべき理由として、①幅広い人材プールからの人材獲得と退職の抑制、②働きやすい社内環境の整備による生産性の向上、③自社のブランド価値向上、④法的リスクの回避と社員の人権保護、⑤ビジネスの拡大を挙げています。適切なLGBT施策を通じて安心できる就業環境を構築していない企業に優秀な人材は応募しないでしょうし、また、社員の生産性向上も望めないどころか、採用しても離職のリスクがあります。世界的にダイバーシティ&インクルージョンに対する企業の取り組みが進む中、LGBT施策が不十分な企業は、ブランド価値向上・ビジネスの拡大が望めないどころか、取引先・社会からマイナスの評価を受けるという経営リスクを負いかねません。2019年1月電通ダイバーシティ・ラボが公表した調査結果によれば、回答者のうちLGBT 層に該当する人は8.9%にのぼりました。この数字についてそのまま一般化できないとしても、企業として「見えない」LGBT社員が相当数いることを前提として施策を推進していくことは、経団連が提言するとおり、まさしく急務ではないかと思います。

2、弁護士・法務部にできること

LGBT施策の推進にあたって、企業法務が果たす役割については、経産省の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(2018年4月)が参考となります。報告書は、内外の経営環境が大きく変化する時代においては、企業法務は、リスクを適切に管理し企業価値の毀損を防止するという守りの機能である「ガーディアン機能」にとどまらず、企業価値を向上させるためにいかに創造的・戦略的提案を行っていくかという攻めの機能である「パートナー機能」を発揮する必要があると説いています。
法務部としてLGBT施策・対応を行っていくうえで、リスク管理のためのミニマムな対応で良しとせず、より積極的に企業価値を向上させるため、LGBT施策・LGBT対応についてより踏み込んだ助言をすることが必要だと考えています。そうすることによって初めて経団連が提言する優秀な人材の採用、生産性の向上、ブランド価値向上、ビジネスの拡大などの企業価値の向上が実現できます。
そういった意味において、企業として先生方にアドバイスをいただくにあたっては、単に法律や判例に照らしてここまでやればいいのではないのですかという守りの観点にとどまることなく、LGBT施策・対応をより効果的かつ積極的に推進するためにはこういうことも考えられます、こういった配慮を行うことも考えられますというように、攻めの観点からのアドバイスを是非頂戴できればと思います。若干観点を変えて申し上げれば、LGBT施策 の推進に関する弁護士・法務部対応については、二つの切り口が重要だと思います。ひとつは「安全な職場環境の構築」という観点で、これは職場環境配慮義務(労働契約法第3条第 4項)、安全配慮義務(同法5条)などに関わるもので、主としてリスク管理・ガーディアン機能に関わるものです。こちらの切り口はミニマム・ベースとして大変重要だと思います。しかしこれにとどまることなく、弁護士・法務部には、より積極的に、「インクルージョンの推進」というもう一つの観点に立ったアドバイスをお願いしたいと思っています。「インクルージョン」を推進する施策・対応に取り組むことによって初めて、優秀な人材の採用・離職防止、働きやすい職場環境、社員による能力の発揮・生産性の向上、多様性を通じた創造性の発揮といった企業価値の向上が図れます。企業の制度・ルールづくりに深く関わる弁護士・法務部はそのためにおおいに貢献できるし、また貢献しなければならないと考
えます。

7、実務担当者のためのLGBT対応の指針

1、S社性同一性障害者解雇事件

(1)事実関係

S社性同一性障害者解雇事件(東京地決平14 年6月20日労判830・13)という企業とLGBTに関するリーディングケースがあります。当事者本人はMtFトランスジェンダー、すなわち体の性・戸籍上の性は男性だが、心の性・性自認は女性という方です。
1997年にS社に入社、調査部に配属されました。会社ではあくまで男性として勤務していたので、服装も男性で各種届け出も男性として行っていました。一方、プライベートでは性同一性障害の診断を受け、カウンセリングを受け始め、家庭裁判所で女性名への改名が認められるなど、女性としての生活を始めていました。
このような状況の中、2002年1月に調査部から製作部製作課への配置転換の内示を受けます。ご本人は、そのまま男性として勤務することには多大の精神的な苦痛が伴うことから、会社に対し、女性の服装で勤務することや女性用トイレの使用、女性用更衣室の使用を申し出ました。しかし会社はこの申し出を拒否し、そのまま配転命令を発令しました。これに対して、ご本人は配転命令を拒否、一時期出社も拒否しました。その後一定の話合いを経て復帰しましたが、女性の服装で、化粧をして出社したので、会社は服務命令違反ということで出社禁止命令を出し、自宅待機を命じるという事態となり、このような状況が1か月継続しました。結局、懲戒処分の通知、弁明を経て、懲戒解雇になったという事案です。

(2)判示

裁判所は、配転拒否及び服務規律違反については、懲戒事由に該当するものの、懲戒解雇処分は相当ではないと判断しました。

ア、配転拒否について

配転拒否については、会社が本人からの申出に何ら対応していないし、その具体的な理由も説明していないと認定する一方、本人が性同一性障害の治療を受け、職場以外では女性として実際に生活していて女性としての性自認が確立しており、男性として就労すること(女性としての就労を抑制されること)には多大の精神的苦痛が伴うことから、会社の上記対応に強い不満を持ち配転命令を拒否するに至ったのにもそれなりの理由があるとして、懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反であるとはいえないと判断しました。

イ 服務命令違反(女性の服装での出勤) について

服務命令違反についても、本人が精神的、肉体的に女性として行動することを強く求めており、他者から男性としての行動を要求され、女性としての行動を抑制されると多大な精神的苦痛を被る状態にあったため、会社に対し配慮を求めたのには相応の理由がある一方、会社から女性の容姿をした本人を就労させることが企業秩序・業務遂行に著しい支障を及ぼす疎明がなされていないと判示して、配転命令同様、懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反があったとはいえないと判断しました。
会社側は、企業秩序・業務遂行に著しい支障をきたす理由としてほかの社員が違和感や嫌悪感を抱き、職場風紀秩序が著しく乱れること、また、取引先や顧客が違和感や嫌悪感を抱き、会社の名誉・信用が低下し取引先を失うことを主張しました。このような主張は現在でも企業側の主張として行われることがあるのではないかと思います。裁判所は、この反論については、会社の対応として一律に当事者の話も聞かずに申出を拒否するのではなく、上記事情を認識し理解した上で対処する余地が十分あり、取引先・顧客との関係でも業務遂行が可能なように本人と話し合うなどいろいろな配慮ができ、そのような過程を一切無視して一律に「ノー」ということは許されないと判断しています。
会社が、原告との話合いを一切せず、原告がMtFトランスジェンダーであるために抱えている苦痛・苦しみについて何ら配慮せずに、配転命令・服務命令を発令していることから、そもそも、懲戒事由に該当するとした裁判所の判断に異論のある方もいらっしゃるかもしれませんが、約20年前の事件であるにもかかわらず、S社事件は、性同一性障害者が直面する困難についての理解、また、会社としてきちんと調査を行い、双方の事情を踏まえた適切な配慮を行うべきことを示している点において、現在でも企業対応を考える上で大変示唆に富む内容だと思います。

2、適切な対応のためのポイント

適切な対応のための大事な前提が(1)から(4)のポイントとなります。

(1)性自認と性的指向の属性は重要な人格的利益で、個人の意思・努力によって変えられない本質的属性であること

前提として、企業対応にあたって、性自認にかかる問題と性的指向にかかる問題を間違えないようにすることが非常に重要です。性自認は、自己の性別をどのように認識しているかという問題です。性的指向は、恋愛感情又は性的感情が誰に向いているのかという問題です。性自認が問題となるいわゆるトランスジェンダーの方と、性的指向が問題となるゲイ・レズビアン等の方とはそれぞれ社会や職場において直面する困難も全く違いますし、それに対する適切な対応も異なってきます。さらに、個々人の個別の事情もありますので、企業としては十分ヒアリングをして、対応にあたっての初動を間違えないようにすることが必要です。
性自認と性的指向は非常に重要な人格的利益であり、本質的で容易には変えられない属性です。性自認・性的指向がそのような属性であることを前提に慎重に対応を検討していただきたいということです。

(2)センシティブ情報であること

性的指向、性自認に関する情報は、個人情報の保護に関する法律第2条第3項で指定される要配慮情報には指定されていませんが、人の生死にも関わりかねない大変センシティブな情報です。プライバシー権の対象になると思いますし、その情報をどう取り扱い、開示するのかしないのか、開示する場合でも部分的に開示するのか、誰に開示するのかは全て本人がコントロールすべき自己決定権の対象になるという前提で対応すべきです。

(3)性自認・性的指向は多様であること

性自認、性的指向は白黒はっきりしたものではなく、非常に多様です。アセクシュアルという誰に対しても恋愛感情が向かない人から、バイセクシュアルという両性に向く人もいます。トランスジェンダーの方でも自己の性自認について揺れがある人もいる。そういうことを前提に、そういった多様性を尊重して、ご本人の本質的な属性として受け止めて、対応することが非常に大事です。

(4)同性愛・性同一性障害は疾病でないこと

同性愛は現在では疾病ではありません。日本では性同一性障害はいまだに障害ということになっていますが、世界保健機構は最近疾病でないとし、「性の健康に関連する状態」のうち「Gender Incongruence」(性別不合)という項目に分類しています。いずれにせよ同性愛・性同一性障害はそれが自然な状態であって、「治す」必要のある疾病でないという前提で企業施策・対応を進める必要があります。

(5)合理的な配慮

(1)から(4)の大事な前提を踏まえ実際にどのように対応すべきでしょうか? S社事件にもあるとおり、企業対応のキーワードは「適切な配慮」「合理的な配慮」です。障害者雇用促進法第36条に合理的配慮提供義務の規定があり、発想はこれと同じです。立憲民主党等がいわゆるLGBT差別解消法案を公表していますが、同法案も障害者雇用促進法と同様に、いわゆるマジョリティと異なる性的指向や性自認を持った人が職場の中で何らかの障壁に直面したときには、必要かつ合理的な配慮をするよう規定しています。もっとも、障害者雇用促進法では、事業主に過重な負担を及ぼすときにはこの限りではないという規定はあり、差別解消法案も同様の規定をおいています。

(6)差別の解消

合理的な配慮に加え、「差別の解消」がもう一つの企業対応のためのキーワードです。各種人事にかかる差別的取扱いの禁止については、男女雇用機会均等法にヒントとなる規定がありますし、立憲民主党等の野党のLGBT差別解消法案は、差別の解消について、ほぼ男女雇用機会均等法を踏襲した内容になっています。

(7)その他のポイント

相談体制の整備は特に大事だと思います。相談体制の整備にあたっては、相談を受ける側が性的指向や性自認について理解していないと、誤った方向に導いてしまい、企業は大きなリスクを負ってしまいます。具体的な相談がある前に、日頃から相談体制を整備し、相談員の研修を実施して知識を備えておくことは非常に重要です。
「本人の意向の尊重」も大事な対応指針です。S社事件でも、本人の話を聞かず会社が理解をする努力を怠った点が判示の重要なポイントになっていると思います。なお本人の意向、また本人の事情をヒアリングするにあたっては「傾聴」がキーワードとなると思います。単なるヒアリングにとどまらず、本人の立場になって、本人の事情を十分理解することがポイントとなります。
最後に、最終的な法的判断の際には、企業がとる対応が、それが採用であれ、人事異動であれ、職務遂行能力と本当に関連性があるかどうかという観点から吟味することが非常に重要です。

3、ハラスメント対応の指針

職場における性的指向・性自認を理由とするハラスメントについては2016年の日本労働組合総連合会の職場の意識調査というデータがあります。「ハラスメントを経験したことや見聞きしたことはありますか?」という問いに対して、「はい」と答えた割合は全体では約29.9%ですが、管理職になるとその割合が上がり、身近に当事者がいる人では約57.4%となっています。職場でハラスメントが存在していないのではなく、気づいていないだけということが、この調査からはっきりと分かります。企業としてよくよく注意すべき点だと思います。

男女雇用機会均等法第11条及び雇用管理指針

男女雇用機会均等法は、セクシュアルハラスメントに関して、企業に対し雇用管理上必要な措置を講じることを義務付けたもので、同法に基づき厚労省が雇用管理指針を定めています。
雇用管理指針上、2017年1月1日から性的指向と性自認に関するハラスメントも対象となることが明確化されました。この改正は、自民党の「性的指向・性自認の多様な在り方を受容する社会を目指すための我が党の基本的な考え方」という文書をベースに行われたものと推測しています。
弁護士が企業に対してアドバイスをする際にはこれらの規定をぜひ押さえていただき、雇用管理指針に沿った対応についてアドバイスいただきたいと思います。
なお、厚生労働省労働基準局監督課モデル就業規則第15条にも2018年「性的指向・性自認に関する言動によるもの」が職場におけるハラスメントに関する規定として追加されています。
企業として性的指向や性自認への理解を深め、差別的発言や嫌がらせ(ハラスメント)が起こらないための取組みを行うことが重要であり、これを怠ることには大きなリスクを伴います。例えば、性的指向や性自認に関するハラスメントによって社員がうつ病になり自殺した場合、男女雇用機会均等法に基づく措置や民事上の責任、また、労災請求の対象にもなり得ます。労災請求がなされ認定されれば、一斉に報道されるなど、企業にとって非常に大きなレピュテーションリスクになり得ます。

アウティングの問題及び対応

一橋大学アウティング事件は、ロースクールで、ある学生が自分の同性の同級生を好きになって告白をしたところ、相手がクラスメートに「LINE」で暴露してしまったという事案です。
本人が大学に対して相談をし対応も求めたが、最終的にロースクールの屋上から転落し、亡くなりました。遺族である原告は、その相談への対応が不適切で大学が安全配慮義務を欠いたことを根拠に訴えました。一審は請求棄却でしたが、ご両親は控訴しており、広く報道されています。
このアウティングについて、一橋大学がある国立市はおそらく市町村自治体で唯一のアウティング禁止条例を制定しています。「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」第8条第2項は、性的指向、性自認等の公表に関して、「いかなる場合も強制し、若しくは禁止し、又は本人の意に反して公にしてはならない」と規定しています。
アウティングがなぜ問題かというと、性自認・性的指向に関する情報は、プライバシー・センシティブ情報であり、自己決定権の侵害になり、また本人の意思に反するその開示は本人の生死に関わるからです。企業はそもそも性自認・性的指向に関する情報を収集すべきではないことに留意する必要がありますが、仮に保有している場合には、その情報の管理には、アクセス権の範囲も含め、最善の注意を払う必要があります。
「うっかりアウティング」にも注意する必要があります。人事担当者がたまたま本人から聞いて、本人の同意を得ずに、人事会議でうっかり口にしてしまう。あるいは例えば本人から相談を受けていたアライの社員が職場の飲み会の場で、本人をみんなで応援するつもりで、ほかの社員にアウティングしてしまうといったことがあり得ます。
このような場合当該社員には悪意はないのかもしれませんが、深刻な事態を招くことには全く変わりがなく、このような「うっかりアウティング」が起きないよう、企業としては細心の注意を払う必要があります。

4、募集・採用の際の注意点

募集、採用については厚生労働省「公正な採用選考を目指して」という冊子があり、その平成30年度版からLGBT等に対する言及もあり、LGBT等の性的マイノリティの方が排除されないような工夫が必要との記載があります。要は、応募者の適性能力のみを採用基準として考えましょうということが書かれています。実務上問題となる具体的な論点として、エ ントリーシートと履歴書にそもそも性別欄を記載する必要があるのかが挙げられます。 例えば、性別移行は終えているが、戸籍を変更していないトランスジェンダーの方がいたとします。見た目は女性に見える人が男性と書くことに対する抵抗感、性別を書かないと履歴書が完成しないことで悩み応募できず、企業としても優秀な人材を採用できなくなります。先ほどのパートナー機能(攻めの法務) という観点からは積極的に性別欄の要否や記載方法を見直すということが考えられます。
一方ガーディアン機能(守りの法務)という観点からは、入社後や内定後に実はトランスジェンダーであることが判明したときに内定取消しや解雇することができるか、その前提としてそもそも性自認・性的指向に関する情報を収集できるのかという問題が出てきます。こういった場合には、性的指向・性自認の属性を前提に、従来の判例法理を適用するということになります。例えば内定取消しの可否については大日本印刷事件(最二小判昭和54年 7月20日民集33巻5号582頁判タ399号32頁)がありますので、性自認、性的指向が本質的な属性であるということを踏まえて、判例の基準をあてはめてみてください。

5、職場対応・施設利用の際の注意点

職場環境、施設利用については特にトランスジェンダーの社員について適切な企業対応が求められます。ご本人たちの苦痛や、性自認・性的指向が重要な人格的利益に関わるということと、企業秩序維持、服務規律、施設管理権との関係でどのようにバランスを取っていくかという話になると思います。多くの場合バランスを取るに当たって、オール・オア・ナッシングではないはずで、パートナー機能を発揮して、合理的な配慮を知恵と工夫をもって考える必要があります。また、性自認に沿った服装、髪型で出社して働きたい、生きたいという要望があった場合、特定の服装や髪型を強いることに業務上の必要性、合理性があるのかという視点も必要です。
通称名の使用はどうでしょうか?例えば「藤田直介」という氏名のトランスジェンダーの社員が「藤田直子」の通称名で働きたいといった場合どう対応すべきでしょうか?通称名の使用については、女性の旧姓の使用についての判例があるので、それが参考になると思います。ただ、攻めの法務機能という観点からは、通称名の利用を認めることによる本人の意欲・生産性の向上、また性自認に沿わない名前の使用、会社における識別を強制することに業務上の必要性、合理性があるのかという視点に基づく検証が必要だと思います。更衣室や特にトイレについては更に問題が あります。トイレに行くことに躊躇するトランスジェンダーの方はかなり多く、その結果排尿障害など、健康上の重要な被害を受けるリスクがあります。これは企業の安全配慮義務という観点からより一層慎重な検討が必要となります。

6、人事権の行使

人事権の行使についてですが、先ほど紹介した2016年の日本労働組合総連合会の職場の意識調査に興味深いデータがあります。調査によれば、LGBTの社員に対する差別的な人事権行使を見たという人は全体では約11%ですが、管理職になると約20%になり、さらに身近にLGBT等の方がいると認識している人たちでは約4割が差別的な人事が行われていると回答しています。先ほどのハラスメントの場合と同様、差別がないのではなく、気づいていないというリスクがあることに十分注意が必要です。
適切な対応を考えるにあたっては、東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日集民148号281頁判タ606号30頁)の判断枠組みが、有用だと思います。業務上の必要性があるのか、差別や偏見などの不当な動機に基づいたものではないかを検証し、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでないかを、性的指向・性自認の本質を踏まえて、検討することになります。
性的指向・性自認に関して企業として特に留意すべき事項に海外転勤・出張があります。特に同性愛が犯罪となって場合によっては死刑になるアフリカや中東などの国々に転勤を命じるときに企業はどのような配慮を行うべきでしょうか?社員の安全に関わる事項として性的指向・性自認にかかる転勤国での法制度について調査をすべきでしょうし、また、仮に転勤対象者が企業に対しカミングアウトをしていない場合においても、適切な告知・情報提供をすべきかということを検討する必要があります。
人材の適性配置・流動性という観点からは在留資格の問題があります。例えば優秀な社員が米国支社にいて、現地で同性婚をしている場合、その社員を日本に転勤させようと思ったときにその社員の「配偶者」に日本の在留資格が下りるのか。それぞれの本国法が同性婚を認めていれば特定活動として人道的観点からの配慮がありますが、カップルの一方が日本人のような場合、本国法が同性婚を認めていないと基本的には下りないということになります。そうすると優秀な人材を日本に配置することができなくなり、結果、日本がガラパゴス化しかねません。
なお、在留資格以外にも、国の制度が人材の適性配置・流動性に影響を与えることがあり得ます。多くの国々で同性婚などLGBTの権利保障のための法整備が進んでいます。仮に在留資格の問題がなくても、上記の例で日本に転勤を命じられた優秀な社員が、そのパートナーから「日本では、僕たちの関係は法的に認められないし、LGBTに対し差別的だし、法制度も全然整っていないし、僕は行きたくないよ」と言われてしまったら、転勤を辞退し、場合によっては退社につながる可能性もあります。企業にとって決して無視できない問題だと思います。

7、同性パートナーと福利厚生制度

婚姻と実質的に同様の関係にある同性パートナーを有する社員について法律上の婚姻をしている社員と同様の福利厚生制度が適用できるのかというのがここでの問題です。法定福利厚生制度については基本的に対応できません。ですから、法定外の福利厚生制度についてどういう対応ができるかを検討することになります。法定外の福利厚生制度としては、結婚祝い金、社宅の利用・家族手当・扶養手当、結婚休暇・慶弔休暇・疾病休暇、介護休業・育児休業、スポーツクラブ等福利厚生施設・サービスの利用が挙げられます。
法定外福利厚生制度の適用については、社員が福利厚生制度の給付・利用を申告してきた場合、実質的に婚姻と同様の関係にある同性カップルであるかどうかをどうやって確認するのかという質問を受けることがあります。同性パートナーシップ制度のある市町村に居住する社員については、同性パートナーシップ宣誓書等の提出を求めたり、一定の同居期間がある同一世帯の住民票を提出してもらったり、場合によっては宣誓書で足りるという考え方もあると思います。
会社でカミングアウトすること自体極めてハードルが高い話ですから、このような制度を導入した企業で同性カップルの届出が殺到するということもないでしょうし、攻めの法務機能という観点、特にダイバーシティ&インクルージョンを推進するという観点からは、思い切ってハードルを下げるという案もありうると思います。そういった観点も踏まえて法務としてアドバイスするといいのではないかと思います。

8、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律については、性別の取扱いの変更の審判のために、性別適合手術(第3条4号及び5 号)が必要とされていることが、国際的にも問題視されていることを指摘しておきます。
条文は四つしかない法律ですが、最高裁の判例が三つもあります。それだけトランスジェンダーの方にとっては深刻な問題ということだと思います。最決平成19年10月19日家庭裁判月報60巻3号36頁(第3条第3号に関するもの)、最決平成31年1月23日裁判所時報1716号4 頁(同条第4号に関するもの)、最決平成25年12月10日 民 集67巻9号1847頁 判 タ1398号77頁(第4条に関するもの)をご参照ください。

8、実務担当者が知っておくべきLGBTと社会の動向

1、同性パートナーシップ制度を含む自治体の取り組み

先行する自治体の取り組みについては、LGBT自治体施策提言集というページ(https://regionalLGBTpolicy.jp/)に詳細が記されていますので、ご覧いただければと思います。全国に市町村は約2,000ありますが、各自治体による取り組みを促すことを目的として、LGBT等の方々に対してフレンドリーな施策を採りたいときにどんなことをしたらいいかなど、企業にとっても参考となる情報が掲載されています。
虹色ダイバーシティの調査によると、同性パートナーシップ制度は、現在11の市町村で実施されており、登録カップルは合計375組です【2019年3月15日時点。7月3日の時点では24 自治体、521組に急増】。地域的には北海道、九州、関東、大阪に集中していて、東北や四国はあまり進んでいないという印象はLGBTの施策一般も含めて受けます。
同性パートナーシップ制度を既に採用している市町村の人口は日本の全人口の7.4%、導入予定や導入検討地域を含めると15%あります【2019年3月15日時点。9月15日の時点ではそれぞれ14.3%、28.6%】。当事者・支援者による同性パートナーシップ制度の採用を働きかける動きが成果を上げており、この制度を採用する自治体は今後も増えるのではないかと思います。

2、同性婚に関する国内外の動向

法律的な同性婚を認めている国は約28か国、人数でいうと11億人、世界人口の15%を超える人が住む国々で認められています。しかし、日本では認められていません。日本では2015年7月7日七夕の日に日弁連に対して人権救済申立てがされていますが、まだ結論は出ていません【注:その後日弁連は2019年7月18日付けで「同性の当事者による婚姻に関する意見書」を取りまとめ、概要、「我が国においては法制上、同性間の婚姻(同性婚)が認められていない。そのため、性的指向が同性に向く人々は、互いに配偶者と認められないことによる各種の不利益を被っている。これは、性的指向が同性に向く人々の婚姻の自由を侵害し、法の下の平等に違反するものであり、憲法13条、14条に照らし重大な人権侵害と言うべきである。したがって、国は、同性婚を認め、これに関連する法令の改正を速やかに行うべきである。」という趣旨の意見書を7月24日付けで法務大臣、内閣総理大臣、衆議院議長及び参議院議長宛てに提出している。】。また、今年のバレンタインデー(2 月14日)には13組の同性カップルが4つの裁判所で同性婚に関して一斉に提訴をしました。この一斉提訴には、個別救済という目的を超えて、今までは水面下に隠れて誰も話さないことで何も変わらなかった社会を変えていきたいという狙いもあると聞いています。
日本における企業関連の動きとしては、昨年9月在日米国商工会議所が、ビジネス的な観点から、生産性や国際競争力の向上のためには同性婚が重要であり同性婚を認めるべき旨の提言書を公表しました。企業・団体の賛同が順次増えています。初期の賛同者である森・濱田松本法律事務所はこの提言に賛同するにあたりプレスリリースで「賛同表明が、他の法律事務所が同様の行動を取るきっかけとなり、...更に企業その他多くの団体がこの問題に関心を持つことの一助となり、...日本の立法府が同性婚を認める法律を一刻も早く成立させることに少しでもつながれば幸いと思っています」と述べており、JILA(日本組織内弁護士協会)でも同様の賛同表明を出しています【 注:2019年9月19日時点で、57の企業・組織が賛同しており、その中には丸井、LIXIL、ライフネット生命、チェリオ、パナソニックなどの日本企業も含まれています。】。

3、その他の動向

国政の動きとして自民党がLGBT理解増進法案を提出する動きがあることが報道されています。ただし、同性婚や、差別解消については規定されません。一方で、立憲民主党は野党5党1会派でLGBT差別解消法案を2018年12月、衆議院に提出し、また同性婚に関する婚姻平等法案を提出すると報道されています
【注:婚姻平等法案は2019年6月3日提出されました。】。
昨年国連人権高等弁務官事務所は企業向けにLGBT施策の取り組みを促す「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーおよびインターセックスの人々に対する差別への取組み企業のための行動基準」を公表しました。国際的には数多くの企業が賛同しており、日本では富士通と丸井がこれに賛同
【注:その後野村ホールディングスも賛同】しています。
最後に、LGBTを支援する法律関連の団体がありますので、左記にそのホームページとともに紹介いたします。よろしければご参照ください。

参考文献
・寺原真希子編集代表『ケーススタディ 職場のLGBT』ぎょうせい・2018
・東京弁護士会LGBT法務研究部編著『LGBT法律相談対応ガイド』第一法規・2017
・東京弁護士会性の平等に関する委員会セクシュアル・マイノリティプロジェクトチーム編著『セクシュアル・マイノリティの法律相談』ぎょうせい・2016
・大阪弁護士会人権擁護委員会性的指向と性自認に関 するプロジェクトチーム編著『LGBTsの法律問題Q& A』弁護士会館ブックセンターLABO・2016
・LGBT支援法律家ネットワーク出版プロジェクト編著
『セクシュアル・マイノリティQ&A』弘文堂・2016
参考LGBT法律関連団体
・特定非営利活動法人LGBTとアライのための法律家ネットワーク(llanjapan.org)
・LGBT支援法律家ネットワーク(https://www.lgbtsogi.net/)
・LGBT法連合会(http://lgbtetc.jp/)
・同性婚人権救済弁護団(http://douseikon.net/)
・Marriage for All Japan 結婚の自由をすべての人に(http://marriageforall.jp/)