出版物・パンフレット等

社外役員のススメ ~皆さんも二弁「社外役員候補者名簿」に登録しませんか?

東京証券取引所(東証)が2019年8月1日に公表したデータによると、独立社外取締役を2名以上選任している上場企業の割合は、一部上場企業では93.4%に達していますが、二部上場企業では72.5%、マザーズでは51.2%、JASDAQでは35.7%に留まります。
また、一部上場企業であっても、3分の1以上の独立社外取締役を選任している割合は43.6%に留まります。このように、上場企業における社外取締役の需要はまだ高い状況にあります。

このような企業の需要を踏まえ、当弁護士会では会員から希望者を募り、研修受講要件等を設けたうえで「社外役員候補者名簿」を作成し、当弁護士会ホームページにて誰でも閲覧できる形式で同名簿を公開しています。本特集では、まだ同名簿に掲載していない会員に向けて同名簿の制度や登録要件等を解説し、また、同名簿のホームページ検索画面においてどのような検索がなされているかを分析し、紹介します。更に、弁護士が社外役員に選任されるためにはどのような資質が必要か、実際に社外役員に選任されたとき、どのような点に留意すべきかなどについて、社外役員の経験が豊富な当弁護士会会員や若手会員が参加した座談会を通じて明らかにします。
社外役員に興味のある会員は、ぜひご覧ください。

我が国のコーポレートガバナンス概説

はじめに

図表1"東京証券取引所(以下、「東証」。)が開示したP.29 図表2 のグラフをみると、独立社外取締役を置く会社の比率が2015年~ 2016年頃から急増しています。この現象は、端的に、金融庁、東証、経産省の会社法及び各コード・ガイドラインの制定・改訂によってもたらされたように見えます( 図表1 )。

それに加え経産省は、企業のガバナンスのシステムやグループ子会社のガバナンスにつき資料1のガイドラインを策定してきました。
東証と金融庁が設置した「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の各意見書等を見ると、経営陣が自ら必要性を感じ、率先的・自主的にコーポレートガバナンスの改革を図ろうとしている企業は多くはなさそうであり、「形式」から「実質」への深化がテーマとなっています。

資料" これらの規範(コード・ガイドライン)はいずれも詳細な規定を設けて強制するものではなく、企業や投資家、投資運用会社などが、自主的に判断してガバナンスの体制や運用を作り上げていくことを目指しており、今後は、各企業が自律的・自主的にコーポレートガバナンス改革に取り組むことが益々期待されます。我が国のコーポレートガバナンスの内実が問われる段階に来ていると言えます。その点で社外役員に期待される役割も益々大きくなっています。

会社法と2つの規範(コード) について

1.コーポレートガバナンス・コード

東証はそのコーポレートガバナンス・コードにおいて、「コーポレートガバナンスとは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果敢な意思決定を行うための仕組みを意味する」と規定し、その目的を、「それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなる」と規定しています。

2015年のコーポレートガバナンス・コードにより、アセットオーナーや運用機関等の機関投資家と投資先企業との関係を定めた2014 年のスチュワードシップ・コードに加え、投資先企業についてのコーポレートガバナンスの規範(コード)が出揃ったことになります。

東証は、2018年6月1日、コーポレートガバナンス・コードを改訂しました。金融庁はこのコーポレートガバナンス・コードの改訂に合わせて、同日、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの両コードの附属文書として「投資家と企業の対話ガイドライン」を確定、公表しました。
コーポレートガバナンス・コード改訂の要点は、以下の7つと言えます。

  1. 経営資源の配分等における事業ポートフォリオ、設備投資、研究開発投資、人材投資など、経営環境の変化に対応した経営判断や投資戦略、財務管理の方針の策定。
  2. 経営幹部の選解任の公正かつ透明性の高い手続の制定と適切な実行及び後継者計画と監督。
  3. 持続的成長に向けた健全なインセンティブとして機能する経営者の報酬決定プロセスの設定。
  4. 独立した諮問委員会の設置・活用。
  5. 政策保有株式の縮減に関する方針等の開示。
  6. アセットオーナーとして企業年金が期待される機能を発揮できるような取組みの実施と開示。

2.日本版スチュワードシップ・コード

我が国のコーポレートガバナンスは、「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」(金融庁と東証を共同事務局とする)が2014年2月26日に「『責任ある投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》~ 投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」の公表から実質的に始まったと言えます。同コードは、アセットオーナー(資産保有者としての年金基金等)や運用機関 (運用受託者としての投資銀行、信託銀行、保険会社、年金基金等の機関投資家)の投資先企業との関係を定めています。金融庁は2017 年5月29日に同コードを改訂しました。

スチュワードシップ・コードは投資先企業との対話(エンゲージメント)を重視します。また、ベストプラクティスという用語も使われますが、要は、プリンシプル(原則)・ベースで規定し、細かいことは規定しないので、各社自主的に自分の頭で考えなさい、つまり、「ベストプラクティスは一つではない」というアプローチです。

3.2014年「会社法の一部を改正する法律」

2014年6月20日に「会社法の一部を改正する法律」が国会で成立し、翌2015年5月1日から施行されました。そこでは、監査等委員会設置会社の新設(3名以上の取締役で構成し、その過半数を社外取締役とする)、社外取締役等の要件の厳格化(親会社・兄弟会社の業務執行者等や近親者を追加)、社外取締役を置くことが相当でない理由の説明(コンプライ・オア・エクスプレイン(「遵守せよ、さもなくば、説明せよ」)を採用)し、会計監査人の独立性の強化などが盛り込まれました。

本年(2019年)2月、法制審議会が法務大臣に「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案」を答申しました。その要旨は、1)

株主総会資料の電子提供制度の導入、2)株主提案権行使を10に制限、3)役員報酬等の情報開示、4)社外取締役の義務付け、などです。今年中の成立、来年施行を目指しています。

社外取締役及び社外監査役の役割への期待

2018年12月末までに提出されたコーポレートガバナンスに関する報告書によると、上記の要点のうちコンプライ率が低い原則は以下の項目です。

  1. 経営幹部の客観性・透明性ある報酬決定プロセスの設計。
  2. 独立した指名・報酬委員会等の設置。
  3. 取締役会のジェンダーや国際性を含む多様性等。

これらの項目は、日本企業の経営者が躊躇している項目であり、独立社外取締役、特に弁護士である独立社外取締役がその役割を果たすことが期待されています。両コード、会社法及び企業の現場でも、弁護士である独立社外取締役及び監査役が果たすべき役割は益々大きくなっていくことと思われます。

社外役員のススメ!二弁「社外役員候補者名簿」とは

二弁「社外役員候補者名簿」

当弁護士会では、「社外役員候補者名簿」を作成し、ホームページ上で公開していることをご存じでしょうか?試しに「弁護士 社外役員」で検索してみてください。本年8月末現在、120名程の会員が登載されています。

当弁護士会では2015年度から社外役員(社外取締役・社外監査役)となることを希望する会員の情報を集約して名簿を作成し、本年度も9月2日から最新の名簿を公開しています。検索機能も備えており、年齢や性別(女性)、社外役員・社内弁護士・公的な役職の経験の有無、特に知見を有する業界、重点取扱分野、著書・論文・記事などで絞り込みができます。

毎年、名簿の更新を行っており、新規の場合には『Niben通信』でご案内していますので、興味のある会員は心に留めておいてください。なお、本年度は7月号で既にご案内しています。

名簿作成の背景

当弁護士会が「社外役員候補者名簿」を作成したのは、男女共同参画(ダイバーシティ)の推進のため、日弁連と内閣府との協議により、女性弁護士の社外役員候補者名簿を作成したことが始まりです。我が国のコーポレートガバナンスの進展に合わせて、弁護士が社外役員として登用されるニーズが高まったことも背景にあります。

社外役員の現状

上場企業における社外役員の人数は年々増加しています。独立社外取締役の選任の状況は図表2 のように推移し、2名以上の独立社外取締役を選任する上場企業の比率は、東証一部上場企業では、前年比2.1%増の93.4%です。取締役全体の3分の1以上が社外取締役であ る上場企業も同様に前年比10%増で43.6%となりました。今後も増加が見込まれます。

資料

社外役員となっている弁護士の人数は、日弁連でも統計を取っておらず、残念ながら正確な数字は把握できませんでしたが、以下の記事からすると、東証一部上場企業では社外取締役の約15%の約730人が弁護士のようです。「東証1部の社外取締役は約5千人で、このうち経営者・元経営者が半分の約2,670人。弁護士が約730人、会計士・税理士が約530人で続く。官僚や日本銀行などのOBは約480人。官僚OBの平均報酬は約750万円で、全体平均より100万円ほど高い。大学教授ら学識経験者が430 人だった。」(朝日新聞デジタル座小田英史、加 藤裕則 2019年2月14日05時00分より引用)

図表3" また、気になる報酬は、 図表3 のような分布です。400万円~ 600万円のゾーンを中心にその前後200万円が一つの山となっていますが、ある程度の幅をもって分散しているようです。

当弁護士会における社外役員向け研修

いざ、社外役員になってみようと思ったとき、あらかじめどのような知識やスキルを身に着けておけばよいのかという点が気になると思います。当弁護士会では、2012年から毎年、(公社)日本監査役協会より講師をお招きして、「社外監査役セミナー」と題して、監査役に関し、その時々で話題となっている事項についてお話をお聞きしています。本年度も年明けの1月にセミナーを開催する予定ですので、是非ご参加ください。また、2017年度には投資管理の手法を、2018年度には企業戦略の手法を、社外役員が知っておくべき最先端のテーマとして、公認会計士の先生に研修していただきました。本年度は入口的・基礎的なテーマに戻ることとし、7月に人材紹介会社である(株)リクルートエージェントより、弁護士が社外役員として選ばれるためのアピールの仕方などを、9月には経産省課長より、同省が関与するガイドラインなどをレクチャーしていただきました。本年度は、更に、日弁連で本年3月14日に改訂された「社外取締役ガイドライン」の策定にも関与された会員で、本特集の座談会にも参加されている市毛由美子先生に講師を務めていただく予定ですので、奮ってご参加ください。

HP検索履歴数概要(2018年11月~2019年8月)

同名簿の利用状況を確認するため、ホームページの検索履歴数(アクセス数)を分析したところ、特定の業界、分野に対する関心が高まっているなどの傾向が見て取れた。

特に知見のある業界

重点取扱い分野

役職

その他資格

経験年数

年齢

性別

外国語

名簿にはどんな記載をすればよいのか?

当弁護士会では、二弁「社外役員候補者名簿」の認知度・利便性の向上のため、上場企業や人材紹介会社など、名簿利用者との意見交換を積極的に行っています。本項では、意見交換をしていただいた方からのコメントのうち、会員の皆様の名簿登録において有用と思われるものをいくつかご紹介します。
皆様の二弁「社外役員候補者名簿」への登録の際の参考にしてください。

  • 名簿ではコメント欄が最重要。マーケティングの視点で記載する必要がある。事件の羅列は無意味。何を担当したかではなく何を達成したかを示すべき。
  • 他の取締役の経歴と比較されることになるので、MBAや留学経験などの見栄えや年齢も重要。
  • 業界経験はベターだが、マストではない。
  • 企業が社外に求める人材像として、従来は①ITに強い人材、②海外事業人材、 ③新規事業人材、④事業開発・M&A人材の4つがあったが、近時、⑤コーポレートガバナンス強化のための人材が、人材戦略の重要なテーマとして浮上している。

社外役員座談会(令和元年6月20日実施)

藤原 市毛 阿部 幸村

社外役員就任の経緯

【幸村】
本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
社外役員の就任について、いつ、どこで、誰から、どのように打診があったのでしょうか。

【藤原】
最初にミネベア株式会社の社外監査役に就任したのは、ちょうど当弁護士会副会長に就任したときで、私の友達の大学の同級生がミネベアの社長だったことから、一本釣りで声が掛かりました。そこで8年務めた後、2年間の空白があり、その次は三越伊勢丹の社外監査役に就任しました。こちらは、私が最初に勤めた事務所のボスであった飯島澄雄先生が同社の監査役をされており、後任を探しているということで私に打診があり、快くお引受けいたしました。

【市毛】
私は、平成24年6月から平成30年6月までNECネッツエスアイ株式会社の社外取締役、平成26年5月から令和元年5月までイオンモール株式会社の社外監査役、平成26年12月から平成29年12月まで三洋貿易株式会社の社外取締役・監査等委員、平成28年12月から現在まで株式会社スシローグローバルホールディングス(SGH)の社外取締役・監査等委員、平成30年6月から現在まで伊藤ハム米久ホールディングス株式会社の社外取締役を務めています。

このうち、前の3社は知り合いの弁護士からの紹介です。後の2社はサーチファームです。私が積極的にサーチファームに登録したわけではなく、サーチファームの方からいかがですかと連絡があって紹介を受けたのですが、どちらも指名諮問委員会があり、紹介されたからといってそのまま採用されたわけではなく、複数候補の面接を行い、その後に採用候補が決まるという形です。

【幸村】
知り合いの弁護士というのは?

【市毛】
私が当弁護士会の副会長や日弁連事務次長をしていたときの役員の先生方です。

【幸村】
市毛先生は日本アイ・ビー・エムに勤めていらっしゃっており、企業法務がお分かりになると思いますが、そこでの経験というのもやはり生きてきているのでしょうか。

【市毛】
そうですね。対外的に見て企業法務が分かりかつ会社勤務を経験しているということが、適性があると思われるのかもしれません。上場企業の企業法務では、明らかに違法なことなど絶対に相談に来ません。違法とまでは言えないリスクはあっても、そこにビジネスチャンスがある場合、ビジネスチャンスとリスクテークのバランスの上で、最終的には経営判断がなされます。経営者がそのリスクを正しく判断できるように情報を処理することが、弁護士の仕事です。社外役員になると一歩進んでそのリスクを取るかどうかの経営判断をしなければなりませんが、根は共通です。

それから、私が入社したとき、上司に、「君が最初にやることは6カ月分の生活費を貯金することだ」と言われました。それは、「会社の命令でも弁護士としての信念に反するようなことがあれば辞めなければいけないことがあるかもしれないので。」ということでした。このことは、社外役員の精神的・経済的独立性ということに通じていると思います。

【幸村】
それは、社外役員についても求められる資質ということですね。どうしたら社外役員の声が掛かるのでしょうか。

【藤原】
組織になじむかどうかです。私が当弁護士会の副会長になったときに、副会長の肩書きで君に社外監査役になってもらうからと言われましたが、それは弁護士会という公益法人の理事の職責が務まる人という信用があったから声を掛けたのだと。

【幸村】
では、弁護士会の副会長になることに意味があるのですね。

【市毛】
意味があると思います。通常の弁護士業務と異なり、副会長は、人事や財務・経理などを一通りやりますので、組織をマネージする管理職の経験は役立ちます。特に女性社外役員のニーズは高いので私のほかにも副会長をされた女性弁護士には結構声が掛かっていると思います。

【幸村】
続いて、阿部先生は66期で、この中では一番期が若いですね。弁護士登録してすぐに企業内弁護士になったのですね。

【阿部】
阿部そうです。最初は、すごく小さい20名ぐらいの会社のインハウスになりました。その次は、コロプラというスマホゲームの上場企業に入りました。その後、やはり弁護士の仕事をきちんとやりたいと思っていたら、修習の同期が1 人でやっていたのでうちに来ないかと誘われて、2016年8月に現在の事務所に入りました。

【幸村】
2016年8月から現在まで、ノエビアホールディングスの社外取締役をなさっていますね。

【阿部】
そうです。ノエビアには、社外取締役が3名いますが、3名全員が女性弁護士です。社外監査役として男性の弁護士が1人おります。

【幸村】
どのような経緯でノエビアの社外取 締役になったのですか。

【阿部】
私が大宮ロースクールの出身なので、そこでお世話になった先生にご紹介いただきました。

社外役員として求められる資質

【幸村】
社外役員の資質として、さきほど藤原先生から組織になじむ人というお話がありましたが、市毛先生はどのようにお考えでしょうか。

【市毛】
私が役員をしていたNECネッツエスアイとイオンモールはなぜか偶然、上場子会社です。SGHも伊藤ハム米久も支配株主がいるので、利益相反問題があります。すなわち、グループ全体のロジックから言えば、子会社は親会社のために尽くすべきなのですが、上場子会社の株主は別にいますので、親会社の利益になることが必ずしも上場子会社の株主の利益にならない場合もあります。その利益相反問題に対して、株主の立場できちんと意見を言うことが期待されています。

【幸村】
つまり、資質としては、株主の代表を託されている者として、きちんとものが言える人。

【市毛】
そうです。先日も、上場子会社の役員の方から、「とてもきついこともたくさん言われてぐさぐさきたけれども、親会社の役員にきちんとものを言ってくれたことが非常にありがたかった」と言われました。

経営者OBの方などは社長の気持ちが分かるので、社長をサポートすることは言えますが、 「そこが違う」とブレーキを踏むべきところでは非常に遠慮なさいます。しかし、社内の人が言えないことを発言するのが社外役員の一番の存在価値です。弁護士は、ネガティブな意見も理論的に組み立てて説得できるところに存在意義があると思います。

【幸村】
市毛先生は男女共同参画関係のこともいろいろ担当されていますが、女性の視点や多様性は求められていると感じますか。

【市毛】
求められています。まずBtoCのビジネスモデルでは、消費者目線が必要です。例えば、ショッピングモールというのは、お客様に回遊していただき購買意欲を高めることが想定されています。

市毛 しかし、最近は働く女性が多くなってきており、仕事が終わった後でショッピングモールに行くと、ハイヒールを履いている人は、みんな足が疲れていて歩きたくないわけです。そこで、「なるべく歩かないで済む店舗配置はできないか」といった意見は、女性でなければ言えないです。

それから、「社内から女性の幹部候補を育て上げないと、本当にダイバーシティ経営をやっていることにはなりません」と言います。私はいつも女子会をやるんです。会社によって規模は違いますが、例えば、管理職の女性社員と食事をしながら本音でものを言うオフ会みたいにします。そこで、「取締役を目指してほしいのだけれど、今は何が問題ですか」という話を本音 で聞かせてもらい、課題をまとめて取締役会で報告します。

【幸村】
それも会社から求められているということですか。

【市毛】
求められているというか、私の方からお願いして実施しています。

【幸村】
弁護士が社外役員として求められるのはどういうところでしょうか。

【市毛】
弁護士が社外役員として平時に一番貢献できるのは、監督機能のところです。監督機能の究極は指名報酬委員会にどれだけ関われるかということですが、これには抵抗があって結構大変です。他方で日常的な経営判断のモニタリングも実は重要です。モニタリングは、善管注意義務と裏表です。善管注意義務違反が問われないためには、経営判断の原則と信頼の原則という2つの判例理論があります。取締役会に上程されている案件の意思決定のプロセスが、経営判断の原則の要件を満たしているかどうか、その前提としてファクト(事実)の説明が正しいと信じてよいのかどうか、信頼の原則が満たされているかどうかということを、判例などの知識によってモニタリングできるのは弁護士だけだと思うんです。ですから、弁護士が社外役員として入っていることによる一番の貢献は、経営判断の原則や信頼の原則などを踏まえて、取締役の皆さんに善管注意義務違反を問われないだけの意思決定プロセスを経ているかどうかをモニタリングできる点にあると思います。

とはいえ、経営のプロが説明することについて、経営の素人がそれは不合理だなどと簡単には言えないですよね。ですから、自分で業界のビジネスモデルやマーケティングなどの勉強をすることが必要だと思います。

一番分かりやすいのが資本コストを意識した経営判断です。コーポレート・ガバナンス・コード(CGコード)の中に書かれています。資本コストは株主資本コストのことであれば、株主がそこに投資をしたときに掛かるコストですが、ある事業をやって資本コストを上回る利益を稼げない場合、それは株主に損をさせていることになるのでその事業は数値的には合理的ではないことになります。しかし、事業継続の経営判断は、単に数字だけではなく、ほかに合理的な理由があることもあるので、その事業について「なぜ続けているのですか」といった質問をします。そういう意味で、経営判断の原則を、どうやって上程されている議案に一つひとつ当てはめていくのかという点については、やはりビジネスのことを相当勉強する必要があります。

【幸村】
先生方は、自己研さんのために何かセミナー等を受けていますか。

【市毛】
コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)の独立役員研究会では、常にガバナンスの最新論点というか、政府が何をやろうとしているのかという情報が入るので、それは月一で出られなくても資料には目を通します。あとは、女性取締役の会であるウィメンズ・コーポレート・ディレクターズ(WCD)という会があります。これは世界的な組織ですが日本支部があって、そこには社外役員に限らず業務執行役員の女性も入会しており、月一の勉強会があります。あと、日弁連の社外取締役ガイドラインのチームでガイドラインを作成するときに、山口先生など有名な先生方が入っているのでいろいろなお話が聞けます。そういうところに行く時間的な余裕のない人は、やはり経産省のコーポレート・ガバナンス・システム研究会や金融庁のいろいろな組織など政府系の審議会の議論の結果をきちんと読み込んでいくことがトレンドを把握するために必要です。

【幸村】
CGコードなどでしょうか。

【市毛】
CGコードについては、その趣旨をきちんと読んでいない人が多いように感じます。何条に何と書いてあるということではなくて、何のためにこのコードがあるのかという前文のところをきちんと読んでいない。多くの方が、法律のように全部コンプライアンスをすればよいように思っているようですが、そんなことは全然意味がありません。攻めと守りの両方のガバナンスをバランス良く取り入れることが重要です。

月間の勤務時間・勤務内容・勤務場所など

【幸村】
次の質問に移りますが、月間の勤務時間等を教えていただけますでしょうか。

【藤原】
藤原私は 、ミネベア時代は、年に2回、春と秋にバンコクへ3泊4日で行って事業部門会議に出席していました。また、監査役の監査で、年に1回海外の目を通します。あとは、女性取締役の会で子会社を監査して回りました。それ以外には、月1回開かれる監査役会と取締役会に出席していました。監査役会は午前9時開始で、取締役会が終わるのが午前11時30分頃です。
三越伊勢丹は、午前8時半から9時半が監査役会で、取締役会が午前9時半から12時までです。

【幸村】
事前レクはありますか。

【藤原】
事前レクはありませんが、監査役会の2日くらい前に、1カ月間の経営会議の資料が全部届きます。厚さが1センチほどありますが、それを読み込んで当日に臨みます。

ミネベアにいた頃は、会社に行くと内部監査室の報告がたくさん来ていることがありました。ミネベアでは専用の席、机、パソコンを用意されていたので、早めに会社に行って報告書を必死に読むこともありました。三越伊勢丹には監査役の席はありませんが。

【市毛】
私は自分の机はありませんが、その代わり、イントラネットに入れるパソコンやiPadなどは渡されているので、情報はオンラインで届きます。

【幸村】
資料などは事務所に送られてくるのですか。

【市毛】
会社によりますが、ほとんどの会社は1 週間ないし3日前にブリーフィングがあります。

【幸村】
市毛先生の事務所に訪ねてこられるんですか。

【市毛】
事務所でやる場合もありますが、私は社外役員全員の都合がつく時間を調整してなるべく一緒にやってくださいとお願いしています。そうすることで、例えば公認会計士や経営OBなどの社外役員がどんな点に興味を示していて、どのような指摘をしているかという関心事項を共有できるので参考になります。

【幸村】
幸村では、月間的にはどれくらい時間を使うのでしょうか。

【市毛】
監査役の方が取締役よりも時間は使いますが、月1回の取締役会とブリーフィングが基本です。加えて、監査役をしていたときは、午前8時から午前中いっぱい取締役会、お昼を挟んで監査役会が午後3時まででした。それに加えて、国内モールを年2 ~ 3カ所1泊ぐらいで回り、あとはASEANのモールを1カ所と中国のモールを1カ所というような形で現地に行きます。会社にもよりますが出張も多いです。

【幸村】
ブリーフィングは何時間ぐらい受けるのですか。

【市毛】
取締役会と同じくらいの時間です。

【幸村】
阿部先生はいかがですか。

【阿部】
私は、事前ブリーフィングはなくて、資料が前日の夕方以降に送られてきます。M&Aがあったときだけ事前ブリーフィングがありましたが、普段はありません。

【幸村】
それは結構きついですね。

【藤原】
リーフィングが重要かどうかというよりは、M&Aが危ないです。私が監査役になって1年目に、あるM&Aがあって、取締役会で反対意見を述べたことがあります。

【市毛】
私もM&Aは反対したことがあります。

【幸村】
それは事前レクのときに止めたのでしょうか。上程されてから反対するのは大変ですよね。

【市毛】
事前レクのときに社外役員がそろって反対だと言ったら、通常は議論の練り直しです。ですから、社外役員全員で受ける事前レクをやることのメリットは、自分1人だけではなくてみんな反対しているんだというところを、あらかじめきちんと見せられるということです。

【藤原】
代表訴訟のリスクがあるのです。どこまでが経営判断でどこからが善管注意義務違反なのかという、そのグレーゾーンは広いですよね。その中で代表訴訟のリスクがあれば絶対に止めた方がいいのか、争って勝てるのであればやらせた方がいいのか、どこでかじを切るべきかは一概には言い切れないです。

【市毛】
その絶妙な法律的判断だけではなく、経営判断も踏まえて、どこまでリスクを取る覚悟があるかというところだと思います。社外役員もそのリスクを取るかどうかの話です。

【幸村】
会社から出てくるもの以外にどういう情報収集をしていますか。

【藤原】
常勤監査役に情報が集まってくるので、監査役同士のネットワークで情報収集します。

【幸村】
取締役の場合はどうですか。

【市毛】
まずやはり常勤監査役、そして内部監査室、管理担当取締役とコミュニケーションを密にするよう心掛けています。

座談会様子

会員へのメッセージ

【幸村】
最後に、会員に一言お願いします。

【藤原】
お飾りで選任されるかもしれませんが、決してお飾りで務まる仕事ではないです。

【市毛】
私も弁護士で、株主代表訴訟の被告になった例を知っていますが、最終的に勝訴したものの、長期間弁護士業務をやりながら自分を防御し、大変な思いをされたようです。弁護士として自分をどう守るのかというのは、ものすごく大変です。ほかの取締役が全員賛成していても、しらっとした空気の中で自分だけ反対しなければならないこともあります。

【幸村】
阿部先生は社外取締役を半年経験されてよかったことはありますか。

【阿部】
普段できない経験をしているので、いろいろな勉強も必要になってきますし、私の場合は直前に送られてきた資料を読み込んでその会議中も必死で集中して、何かしら意義のあるコメントや質問をしなければならないという極度の緊張感があります。短時間ですが本当にものすごく疲れるので、そういう普段できない経験をさせていただいているところがよかったと思います。

【藤原】
会社によって、コンプライアンスの在り方から経営のやり方までかなり違うと思います。ですから、マニュアルどおりにこういうことをしておけば大丈夫ということはほとんどありません。大事なことは、臨機応変に対応することです。それはこれからの弁護士に求められている重要な資質だと思います。つまり持っていることだけで済ませようとしないで、持っていないことで勝負をしていきます。したがって、これまでの知識がないことで判断しなければならないことも多々出てきます。それを弁護士だから知りませんではなく、1人の経営者として判断していくということは、これからの弁護士の時代を切り開くことになると思います。

【幸村】
阿部先生は社外取締役を半年経験されてよかったことはありますか。市毛先生、今のお話を聞いていかがですか。

【市毛】
まずこれは弁護士業務ではなくて、経営に関わる仕事になると思いますが、弁護士の知見や経験は役に立ちます。ただそれだけではやっていけなくて、どこかでやはり開き直るというか、空気を読まずに発言しなければいけない勇気がいるし、おかしいと思ったところは周りの人が納得していたとしても、とことん追及していくなど、探究心が必要な仕事だと思います。他方で、反対意見を言ってもそれは会社のために言っているのだと理解していただけるよう経営陣との信頼関係の構築も必要です。トータルで言うと、自分の全人格が問われているような、そんな仕事という気がしますね。

費している時間や移動などを考えると、弁護 士業務をやっていた方が割がいいかもしれません。ですから、割がよくてかっこいい仕事をしていると思われるのは、少し違うと思いますが、やりがいは感じられます。

【幸村】
本日は貴重なお話をありがとうございました。