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待ったなし!企業によるLGBT支援の仕組み(後編)

後編 全3回

藤田 直介(39期) 東 由紀 稲場 弘樹 横山 佳枝(57期)

9パネルディスカッション参加者紹介

前編・中編では、弁護士として権利侵害を予防しつつ、より積極的に職場のダイバーシティ&インクルージョンを実現する企業法務を行えるよう、企業がLGBTの支援施策に取り組む目的、国内の先進企業の取り組みを紹介して、支援施策導入に向けたポイントと、施策の効果や法的観点からあるべき企業対応についてご紹介しました。
後編では、前編・中編の講師(東由紀氏、藤田直介氏)に加えて、藤田氏の部下にあたり、ご自身がLGBT当事者でもあるゴールドマン・サックス証券株式会社の稲場弘樹氏、弁護士の横山佳枝氏によるパネルディスカッションの様子をお伝えします。

10当事者がLGBTであることを公表するきっかけ

横山 私は両性の平等に関する委員会の委員をしております、横山と申します。東さん、藤田さんに、ゴールドマン・サックス証券株式会社法務部ヴァイス・プレジデントの稲場さんを加えてパネルディスカッションをしたいと思います。藤田さんがLGBTの問題に対して熱心に活動されるようになるきっかけは、稲場さんご自身がLGBTの当事者であることのカミングアウトだったということで、職場におけるカミングアウトはLGBT当事者の方にとって、ものすごくハードルが高いと思うんですが、こんなに成功した例があるんだろうかというほどの成功事例と伺っています。稲場さん、今に至る経緯を教えていただけますでしょうか。
稲場 ゴールドマン・サックス証券法務部の稲場です。LGBTとアライのための法律家ネットワークの理事も務めております。よろしくお願いします。東さんの講演の中で説明がありましたように、LGBTの当事者・非当事者にかかわらず、LGBT等のことを理解し、支援していこう、差別を是正するために何か行動していこうという人のことを「アライ」と言うのですが、藤田先生は、「アライ」として、私がLGBTの当事者であるということを知らないときから色々な活動を始めていらっしゃったので、それがきっかけで私がカミングアウトしたという関係なんです。

横山 様々な取り組みをされていた藤田さんに対してだからこそカミングアウトできた、この人ならと思われたということでよろしいでしょうか。

稲場 そうですね。私が社会人になった1990 年代当時は、自分がゲイであることを職場で言うなんてことは自殺行為に等しいことで、社会人としてまっとうな人生を送るためには当然避けるべき選択でした。周りにカミングアウトしている人は誰もいなかったですし、ロールモデルも全くありませんでした。もともと小さい頃から自分が周りと違うということは分かっていて、多くの当事者はその「違う」ということ自体を受け入れられず、隠しているだけではなくて、自らの命を絶つなどの方向に意識が向いてしまう人も多いのです。
私は、たまたま、理由は分からないのですが、「自分は多くの人と違っているけれど、それでいいんだ」と納得していました。ただ、LGBT当事者であることは、他人に知られてはいけない秘密で、一生隠していかなければならないものだと思っていました。2002年から外資系企業であるゴールドマン・サックス証券に縁があってお世話になりました。それでも入社当時は、カミングアウトしようとは1ミリも思っていませんでした。ただ、日本の企業では、ある一定の年齢になると、「結婚しろ」などというプレッシャーが高まるので、外資系だから結婚にまつわるプレッシャーが少ないという意味で少し気が楽だったのは確かです。
藤田さんは、私が2002年にゴールドマン・サックス証券に入ったときから私の上司でした。藤田さんは、一度外資系の法律事務所に移籍され、2009年に法務部長としてゴールドマン・サックス証券に戻って来たのですが、会社が既に行っていた取り組みにも刺激されて、LGBTに関する様々な活動を行っていました。それを隣で見ていて、いつかは私もカミングアウトしようと思うようになりました。

11会社内にLGBT等当事者がいる場合の対応策を成功事例から学ぶ

横山 藤田さんは、職場の誰かから、特に上司と部下の関係で、部下から自身がLGBT当事者であることをカミングアウトされた場合の適切な対応について、講義などを受けたことがあったのでしょうか。

藤田 残念ながら、当時、研修を受けた経験はなかったので、稲場が突然カミングアウトしたとき、一瞬かなり焦りました。

横山 その対応如何によっては、やはりLGBT当事者に精神的なショックを与えて、ひいてはその対応をした人のみならず、企業の損害賠償責任も発生しかねない事態になると思うのですが、どういった点に配慮をされたのでしょうか。

藤田 まず、カミングアウトすることは大変な勇気がいることであり、また上司である私を信頼してくれて初めてできることだと思ったので、私に話してくれたことについてありがとうと言ったというのが1つあります。
2つ目に、カミングアウトをどの範囲でするかというのは本人も非常に慎重に考えていますし、LGBT当事者から聞いた話を不用意に外部に話してしまうという「アウティング」の問題もあります。ですから、私が会社で初めてなのかとか、私以外の人に話すのか話さないのか、ほかの人にも話す場合には、私に手伝ってほしいのかどうかとか、カミングアウトの範囲について、詳しく本人の意向を聞いたと思います。
ただ、やはり私から人事部に報告すべきかどうかということが最初に脳裏によぎったのは事実です。結果的に本人が人事部にカミングアウトするという選択をしたので、そのジレンマには直面しなかったのですが。
3つ目は、カミングアウトすることによって、情報が複数人に伝わった結果、本人が意図しないようなネガティブな反応を周りから受けるということを懸念していました。私が直ちに何かできることはなかったのですが、そういう何か困ったことがあったら必ず相談してほしいと伝えました。上司である私も、会社も、きちんと対応したいというような話をしました。

横山 稲場さんにお聞きしたいのですが、藤田さんにだったらとカミングアウトするのはあり得るかなと思うのですが、それを会社全体に知らせることについて、抵抗は特になかったのでしょうか。

稲場 そうですね。私の場合には抵抗はあり ませんでした。それは、まず会社が安全な職場だったからです。もちろん上司である藤田さんが積極的に取り組んでいたので、カミングアウトしたいという気持ちになったという意味では藤田さんのおかげなのですが。藤田さんだけにしか言えず、ほかの人には言えないかというとそうではなくて、会社全体に「大丈夫」だという安心感があったからこそ、藤田さんにもカミングアウトできたというのも確かだと思います。日本全体で見ると、まだまだ差別や偏見は まん延していて、私は色々な方の前でお話もしていますし、メディアでも取り上げられているのですが、やはり家の近所のバーなどに行って、全然知らない人が隣に来て、話しかけられたときに、「自分はゲイです」なんていうのはまだ全然言えないです。人前で恋人と一緒に手をつないだりすることもできないですし。私は、両親が既に他界していて懇意にしてい る親族も余りいないので、カミングアウトしてもそれによって影響を受ける身近な人が少なかったのもカミングアウトできた理由ではあります。例えば、きょうだいがいたとして、そのきょうだいが結婚する前はLGBT当事者であるお兄さんに協力的だったんだけれども、結婚して家族ができて、子どもが学校に行くようになると、「学校で子どもがいじめられるから、お兄さん、目立つところでゲイであることをカミングアウトしないで。」と言われる場合などがまだあると思います。そういう意味で、職場だけでなく、社会全体で差別がなくならないとカミングアウトはしづらいですね。

横山 藤田さんにお聞きしたいのですが、会社がどうしたら皆さんが違和感なくLGBT等当事者の方を受け入れるような環境になるのか、取り組み事例を教えていただけますでしょうか。

藤田 2010年以降、管理職研修や必修研修というのが結構行われていました。ただ、2010年当時は日本国内で講師ができる人がいなくて、ニューヨークからわざわざ呼んでいたんですよね。あと、当時、ニューヨークで同性婚の法案が色々議論されていたときに、会社のトップが支援メッセージをYouTubeで公開するなど力を入れていたと思います。私の会社では、年に1回、ピンクフライデーというイベントがありまして、その日はアジアの社員全員6,000名が、ピンクのシャツを着て、それぞれの部署で自分たちなりにLGBTに関する認識を深めるためのイベントを行うのです。東京の法務部では、学生や子供の問題に取り組んでいるReBitという団体の代表の方をお呼びしてお話を聞くなどしました。イベントに弁護士の方をお招きすることもあります。それが当たり前のことだと思えるよう、定期的に行うことが重要なのではないかと思います。

12LGBT当事者であることを外部へ公表した後の変化

横山 稲場さんがLGBT当事者であることをカミングアウトした後で、ご自身と周囲がどのように変わったか、お話しいただけますか。稲 場 3つぐらいあると思うんです。1つは、もう隠さなくてよくなったので、隠していることに伴う負担がなくなったというのがあります。LGBT等の当事者がその事実を隠すためにどんなことをしているか、あるいはどういうことで困っているかというと、例えば、以前、LGBTのニュースなどを昼休みに職場で自分のスマホを使って見ていたんです。ルクセンブルクの首相が同性婚したニュースを見ていたところ、たまたまそれが動画ニュースで、携帯の音声機能をミュートにするのを忘れていて、音が出てしまったんですね。慌てて消したのですが、たぶん誰も流れた内容の詳細は気にしていなくて、誰かの携帯から音が出てるな程度に思っただけだとは思うのですが、自分では、何で私が同性婚した首相のニュースを見ていたのかと不思議に思われたかなと不安になり、その日はその後なかなか仕事が手に付かなかったですね。
2つめとしては、やはり飲み会に行くと恋愛などの話になり、そういうときにうそをつくのも嫌だったので、飲み会に行かなくなることもありました。飲み会ではなくても、お子さんや奥さん、ご主人がどうしたというのは日常茶飯事のように皆さんは雑談で話していると思いますが、そういう話になったときにうそをつくか、何も言わないかしか対応ができませんでした。 カミングアウト後は、チームメイトとそういった話ができるようになり、円滑なコミュニケーションがとれるようになったと思います。仕事はだいたい1人ではなく、チームでやるものですから、何かちょっとしたことをお願いするにもコミュニケーションがうまくとれていると仕事も頼みやすい面があると思うんですね。
あとはやはり以前より積極的になったと思います。リーダーシップについての会社内での人事評価が上がりました。やはり根本的な人格について隠しているということは仕事の上でもネガティブな影響があったのかなと、今振り返って思います。会社の幹部を前にLGBTに関して話をして、相手に真摯に聞いてもらえると、私の話でも受け入れてもらえると感じ、ほかの分野でも自分の意見を言うことに躊躇を感じることが少なくなったと思います。

横山 上司として、藤田さん、パフォーマンスが非常に向上したという評価でよろしいでしょうか。

藤田 その通りでございます(笑)。

13日本企業でLGBT施策が進まない理由

横山 東さんはたくさんの企業にLGBTの権利擁護に関してアドバイスをされていらっしゃいます。日本企業では、まだまだ取り組みが遅れていると思うのですが、なぜだと思われますか。

 今の日本では、社会全体でLGBTに対する理解度が低いところに原因があると思っています。1980年代後半にアメリカで生活していたとき、ニューヨークの小学校の保健体育の授業で、既に同性愛について学ぶ機会がありました。日本では、教育の場でLGBT等の問題に触れ始めたのはここ数年なので、LGBT に関する正しい情報を得る機会は圧倒的に少ないと感じます。
また、日本社会におけるLGBTのイメージは、メディアの影響を強く受けているように思います。今年3月にLGBT法連合会から「LGBT 報道ガイドライン」が発行されましたが、メディアによるLGBTの扱いは改善が必要だと思っています。メディアから得られるLGBTに関する情報は、バラエティ番組などのエンターテインメントに偏っており、セクシュアリティのイメージも限定的。スポーツ界や経済界の現役の方で、LGBTとしてカミングアウトしている方は、欧米と比較するとまだ少ない状況です。
日本企業で、社長や役員の方でLGBTをカミングアウトしている人はいますか。

藤田 日本では0人です。

 この0人という状況が、企業人事にとって、LGBTに関する取り組みの優先度が下がっている要因の1つだと思っています。

14人事部・法務部の具体的取り組み

横山 人事担当者はとりわけセンシティブに対応しなければならないということは、前編でご紹介した東さんの講義で伺ったのですが、今後法務部も同様の問題に直面することがあれば、十分な知識に基づく配慮をしなければならないと思います。人事部、法務部担当者向けの何か特別な研修を行っている企業はあるものなのでしょうか。

 研修を実施している企業は増えてきていると思います。まずは実務担当者がLGBT について知る必要があるので人事担当者、次に職場環境改善のために管理職に実施する企業が多いようです。企業に対してLGBT研修を実施するNPO団体や活動家も増えています。人権規定や制度の改定には法務担当者の理解と協力も必要なので、幅広い層に向けて研修を実施することが、LGBT施策を促進する糸口だと考えています。
ただ、LGBT施策に取組む企業は今のところ大企業が多いようです。数あるダイバーシティ推進の取り組みの中からLGBTに焦点を充て、積極的にリソースを投じて研修を実施しようという中小企業はまだまだ少ないように思います。しかし、中小企業のケースで、経営者が多様性の尊重に対するメッセージを発し、LGBTも含めた取り組みが一気に進む企業もあります。多くの関係部署から承認を得たり、稟議を通したりと進みが遅い大企業と比較して、中小企業は経営者の強い意志があると進みは早いようです。
企業によってLGBT施策に取組むきかっけはそれぞれ異なりますが、どこから始めたら正解ということはなく、できるところから始めることで次の課題が見えてきます。企業にはぜひ最初の一歩を踏み出していただきたいと思います。

15質疑応答

1企業がLGBT等当事者を雇用する場合の女性活躍推進法との関係

司会 それでは質疑応答に移ります。ご質問がおありの方は挙手してください。

質問者 東さんと藤田さんの講義で、採用の際に性別欄を記入することが精神的な圧迫になるというお話を伺ったのがすごく印象的でした。実際に企業で性別記入を廃止しているところがあるのかという点と、あと、採用の際の男女比の配慮等の対応も企業にとっては必要であると思うので、その点の具体的な対応を教えていただければと思いました。

 以前から、外資系の企業では履歴書に性別の記載を必要としていません。しかし、女性活躍推進法により、新卒採用の男女比や、従業員と管理職に占める女性の割合を公表する必要のある企業では、エントリーシートや履歴書から性別欄を削除することは難しいようです。最近は、エントリーシートの性別欄に「そ の他」という項目を設ける企業や、性別欄を必須項目としない企業もあります。また、戸籍上の性別にかかわらず記入して良いとした上で、性別欄を必須とするケースもあります。このような対応により、性自認に対して配慮している、性自認に応じて記入しても良いというメッセージを伝えることができます。内定後は、保険や法的な手続において戸籍上の性別で申請しますが、情報へのアクセスを人事内でも担当者のみに限定したり、不必要な性別の記載を削除したりと、社員の戸籍上の性別の扱いを見直すことが必要です。ただ、トランスジェンダーの方によって、職場で扱って欲しい性別、開示の範囲、性別移行の意思とステージは異なるので、まずは本人の意思を確認することが重要です。
採用面接時にトランスジェンダーであるとカミングアウトを受けることを想定して、社員の性別が職場でどのように扱われ、どこまで開示されるのか、性別移行の際にどのような支援や制度があるかを人事担当者が説明できるように、トランスジェンダー社員の性別移行に関する方針や制度のガイドラインを策定しておくことをお勧めします。カミングアウトを受けた際に、本人の要望と会社としてできることをすり合わせることにより、入社後の不安や問題を軽減することができますし、入社後に何か問題があった際に、人事に相談しやすくなるようす。

2女性社員の利益とLGBT等当事者の利益のバランスをどう取ればよいか

質問者 LGBT当事者の方がトイレや更衣室を使用する際の問題が、仕事をしている上で実際に出てきていまして、私のようにLGBT等の方に関する知識や対応が初心者の弁護士にも非常に勉強になり、刺激を受けました。
本人の意向の尊重と合理的配慮をキーワードに社内でミーティングしようと思いました。一方で、LGBT当事者でない方、特に女性の感情や、働きやすさ、安心してトイレに入る彼女たちの権利との調整に悩んでおりまして。いくつかの選択肢をお示しいただきたいと思いました。

 確認なのですが、戸籍上は男性で女性の服装をされていて、女性のトイレに入りたい方がいらっしゃるということですか?

質問者 戸籍上の性別は男性で、ご本人は男か女かを決めたくないというふうにおっしゃっていました。

 性自認が定まっておらず迷っている、もしくは決めたくないという「クエスチョニング」か、性別の自認が変わる、もしくは男女のどちらでもないという「エックスジェンダー」の方でしょうか。
質問者 たぶん、クエスチョニングの方だと思います。外側から性別を決めて欲しくないんだというふうにおっしゃっていて、男性にも女性にも見えるし、日によって、男性のような格好も女性のような格好もされます。職場でも配慮はしているのですが、どう対応すればその方を含め社員全員が心地よく過ごせるのか苦慮しています。

 ご本人は、女性のトイレに入りたいとおっしゃっているということですよね。

質問者 そうです。そして、LGBT当事者ではない、各フロアの女性陣は、その方に女性用トイレを使用されては困るとの意見が主流でして。当人はカミングアウトしていないけれど、みんなうすうす気付いているという状態です。その方は、職場ではスペシャリストとして尊敬されていて、会社としてもできる限り理解と配慮をと努力しようとしているのですが、本人のご意向を、場合によっては私が直接確認することも選択肢の1つかもしれないとは思いました。それ以外に、もし実際の解決策としての選択肢がいくつかあれば参考に教えていただきたいという趣旨です。

 同じフロアで女性用トイレを使う社員が不快感を持っているということは事実なので、私はこの事実については本人に伝えても良いと思います。お互いがもやもやとしたままでは物事は進まないので、本人の要望と、会社として何ができるかをすり合わせて、どのような対応が最善かを話し合うことが必要です。社内規定で性的指向と性自認に対する差別を禁止する旨の記載がある場合、当該規定にのっとって、本人の要望をどう支援できるかを考えて欲しいですね。
このケースの場合は、LGBTに関する研修を実施して、トランスジェンダーやクエスチョニング、エックスジェンダーについて社内の理解を促進することが選択肢として挙げられます。本人が自らのセクシュアリティをカミングアウトしたくない場合でも、セクハラ指針やパワハラ防止関連法案に絡めて、性的指向と性自認に関する理解を社内に醸成するという目的で、個人を特定せずに研修を実施することは可能だと説明して、本人の理解を促すこともできると思います。
ただし、研修を実施することでLGBTに関するある程度の知識を得ることはできますが、身近にLGBT当事者がいない人にとってはなかなか自分ごととして捉えることは難しいようです。アライとしての行動、つまり、サポートしたいという行動は、身近にLGBT当事者がいることで起こりやすいとされています。研修による啓蒙だけで社内に理解を広めるには時間がかかることも、事実としてご本人に伝えた上で、本人に選択していただくことが良いかと思います。
トランジェンダーの方が職場で直面する問題は人それぞれで、その方の状況や感情、職場環境によって要望も異なります。対応する企業の担当者のトランスジェンダーに対する理解が低いと、相談することで二次被害につながることもあり得ます。最近はさまざまな情報があるので、対応する担当者の理解度を高めておくことも必要です。
一般社団法人日本能率協会発行の『トランスジェンダーと職場環境ハンドブック~誰もが働きやすい職場づくり~』という本には、トランスジェンダーの方が職場で直面する可能性のある事例を挙げて、どのような対応がありうるのかが書かれています。その中で、ヒアリングを通じて、本人の要望と会社の対応をすり合わせることが推奨されています。本の巻末には、企業で実際に使用されているヒアリングシートと、トランスジェンダーの社員本人が記入する要望シートが付属されています。このような情報を参考にしながら、対応していただけるとよいかと思います。

藤田 法務部の対応という観点からひとこと申し上げます。法務部としてはまず似たような事例の収集を人事部に依頼すると思います。その上で、本人、ほかの女性社員、役員、場合によってはビル管理者・ほかのビルテナントなどのヒアリングを行います。本人の意向の尊重・合理的配慮などの原則を踏まえ、利害関係者の意見を調整し、合理的かつ現実的な解決を検討して、最終的に何らかの提案を行うと思います。こういったことはまさしく専門家である弁護士・法務部に期待されている役割だと思っています。
会社として何らかの結論を出す際私がとても大事だと思っていることは、結論を出した以上、企業としてきちんとそのメッセージを関係者に伝えることです。そのメッセージが、「やむを得ないんだよね」とか「法務部がうるさいから」とか「我慢してね」といった曖昧なメッセージでは悲劇が生まれると思っていて、企業として、明確かつ断固としたメッセージを発信する必要があります。会社の方針・決定はこれ、理由はこれ、ヒアリングもきちんと行いました、そういったメッセージを人事部、場合によっては社長などから、きちんと発信し、徹底することがとても重要だと思います。会社の姿勢が明確でないと、くすぶるものがずっとくすぶり続けてしまい、結局事態は解決せず、むしろ悪化してしまうことを懸念します。

 アメリカでは性別にかかわらず誰でも利用できる「オールジェンダートイレ」が増えています。日本でも、小さなレストランやカフェに行くと男女兼用で使用できるトイレが1つだけあるお店もありますよね。飛行機のトイレもそうですが、実は日本でも、男女共同トイレは色々なところで既に使われています。とはいえ、色々と不安を感じる方もいるようなので、全てのトイレをオールジェンダーにすべきとは思いませんが、本来は使いたいトイレが使える選択肢があることが理想ですね。
トイレの仕様に関しては、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を契機に、渋谷区が「渋谷区トイレ環境整備基本方針」を策定し、トランスジェンダーだけでなく、子供や高齢者、障がい者、外国人など、いま安心してトイレを快適に使えていない人のニーズを探り、インクルーシブなトイレ環境のあり方を提案しています。また、金沢大学とLIXIL など事業会社の共同研究による「オフィストイレのオールジェンダー利用に関する意識調査報告書」では、同じ職場の上司や同僚も利用するトイレは、公共施設でのトイレ利用以上にデリケートな課題であるとし、現状の困りごとや要望を明らかにしています。どちらもインターネット上で公表されていますので、参考にしていただければと思います。

3法務部として今すぐに対応できることは何か

質問者 私は今インハウスとして企業の法務部で働いているのですが、LGBTに関する取り組みをする場合に、社内的には人事に提案するという工程を踏まなければならず、その意味で対応に時間が掛かると思っているのです。法務部として、まず単独で率先して社内に対してできるアクションや、私が次に出勤したときに部内に対してすぐにできる提案などが何かありましたら、特に知識の普及という面でアイデアをお伺いしたいと思います。

藤田 法務部で、色々な法律事務所や外部のゲストを招いて、勉強会をしています。インサイダー取引など色々な法律に関するテーマもあるのですが、ソフトなテーマでゲストを招いて話を聞く機会もあります。そういうときに法務部だけではなく関心を持ちそうなほかの部署にもお声がけして、LGBTをテーマとした勉強会を開催するのはいかがでしょうか。例えば、東さんをゲストでお呼びすることも。今後、お呼びしたら来てくださいますか。

 行きます 。

藤田 そういった機会に話を聞くことにより社員の理解が深まったり、理解を基にした行動に移ったり、影響がよい意味で広がります。たしかに人事部発の研修が多いとは思いますが、法務部としていつも自主的にやっているような勉強会で、LGBTに関するゲストを招くという提案はできるでしょうし、そういったところから始めるのも1つの案としてあるのではないかと思います。

質問者 ありがとうございました。