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裁判員裁判レポート 模擬評議報告

はじめに

東京三弁護士会では、令和元年8月3日、4日の2日間にわたり、模擬評議を実施しました。平成25年に始まり、今回で7回目です。
当日は、東京三弁護士会の弁護士の皆様のほか、裁判官、検察官、学者等の多くの方に参加いただきました。
裁判員裁判も10周年を迎えました。裁判官の皆様も、評議の進め方について、それぞれのやり方が確立されてきているものと推察いたします。
今回は、事案は昨年と全く同じものにし、裁判官、検察官、弁護人が異なった場合に、どのような評議になるかを検証することを目的として実施しました。

事件の設定

(1)公訴事実の概要(罪名:強盗致傷)

・被告人は、知人の山室から借金の返済を求められていた。
・山室と一緒に乗車したタクシー内で同人から借金の返済を厳しく求められた。
・返済に充てるための現金をタクシー運転手から強奪しようと考え、山室らが降車した後、停車中のタクシー内で、運転手の渋川剛三(当時62歳)に対し、植木鋏 (刃体の長さ約7センチメートル)をその左首付近に突き付け、「金を出せ。」と言って脅迫し、その反抗を抑圧して現金を強奪しようとした。
・同人に抵抗されたことから、その右顎を手拳で1回殴打する暴行を加え、失神した同人を残して逃走したため、その目的を遂げなかった。
・その際、暴行により同人に加療約1か月間を要する右下顎骨折の傷害を負わせた。

(2)争点

量刑。なお、事前に東京地裁において模擬公判前整理手続も実施されました。

(3)証拠

ア 検察側立証

検察側立証

イ 弁護側立証

弁護側立証

(4)当事者等(敬称略)

裁判官役:守下実、西山志帆、松村光泰検察官役:松尾円、菅原奉文
弁護人役:田中翔、小林英晃被告人役:高野傑
被害者役:水野智幸 情状証人役:中野大仁
裁判員役:20代男性、40代男性、50代男性、20代女性、40代女性、60代女性、 50代女性(補充)

審理スケジュール

(1)1日目

スケジュール

(2)2日目

9時から評議を開始し、15時に判決宣告。

検察官から提出された配布資料

評議の経過

(1)公訴事実

公訴事実が認定できるかどうかについては、ごく簡単に公訴事実記載のとおり認定できることが確認されました。

(2)量刑の考え方についての説明

ア 1日目

まず、左陪席により、約50分間にわたり講義が行われました。内容は、例えば、以下のようなものです。
・なぜ刑罰を科されるか
・結果や目的、方法によって刑が重くなること
・ほかの罪名との違い
・犯情と一般情状
次に、量刑検索システムのグラフ上、どのような事情が重く考慮されたり、軽く考慮されたりしているのかの傾向を把握するために、量刑検索システムに登録されている同種の事件の紹介がなされました。事例一覧表が映し出されて、1つ1つ事例を確認し、今回の事件と「似ているものを探す」ということが行われました。その際、今回の事件と異なっていると思われる点(例えば、猶予になっている事案では「示談が成立している点が今回の事件とは違う」等)についての指摘もされました。
その後、裁判員・裁判官各人が、刑を重くする不利な事情と有利に酌むべき事情を2つずつ付箋に書くという作業が行われ、付箋がホワイトボードに貼られました(下写真参照)。書く際に、裁判官から、犯情、一般情状を区別せずに抽出すること、実刑か執行猶予かをまず決めるための作業であることが説明されました。 以下では考慮すべき事情として出された意見の一部をご紹介します。

ホワイトボード

【犯情】
①計画性

・計画性がない、突発的
②犯行態様
・植木鋏を顔面に突き付けるのは危険 (不利)
・顔面を殴るのは危険(不利)
・暗い場所での行為は危険(不利)
・狙って殴ったわけではない(有利)
・わざと顔面を狙ってない(有利)
・凶器で傷つけたわけではない(有利)
・お金を奪えたのに奪っていない(有利)
③動機
・知人の山室に追い詰められたこと(母親のところに行くと言われた)が動機(有利)
・生活状況の根本的な改善を図らなかった
(不利)
④結果
・怪我が重い(不利)
・働けなかったことによる被害者の財産的損害(不利)
【一般情状】
①反省
・自分で通報した(有利)
・一貫して事実を認めているのは反省しているから(有利)
・通報した理由は、リュックをタクシーに忘れたからであり、「どうせ捕まる」と思ったのではないか(不利)
②示談
・示談の努力をしている(有利)
・50万円という金額の評価の仕方が難しい (不利)
③処罰感情
・被害者の処罰感情は厳しい(不利)
・感情そのもので左右されるわけにはいけない(有利)
以上のような一通りの意見が出たところで1 日目の評議は終了しました。

イ 2日目

最初に、前日の振り返りとして、裁判長から、前日どのような意見が出たかについてのまとめが行われました。そして、今回の事件が量刑検索システムのグラフの中の6、7年の下で、どのあたりに位置付けるかを考えたいということで、「実刑相当か、執行猶予相当か」というアンケートが実施されました。「その過程で刑の重さをどう決めるのかを考えて、その後、刑の大枠を決めて一般情状で調整する」という説明がなされました。
1人ずつ、実刑か執行猶予かを書き、その後、口頭で意見を確認したところ、その時点では、実刑が5名(ただし猶予もあり得るが1名)、猶予が4名で、実刑がやや優勢でした (裁判長はこの時点では意見は言わず)。執行猶予が相当だと考える裁判員の意見としては、例えば、以下のような発言がありました。傾向として、一般情状を重視する発言が多かったように思われます。
・怪我をしているが生活に支障があるほどではない
・計画性がなかった
・今後監督してくれる人がいる
・再犯防止の観点から母親の監督が必要だが、実刑だと出所したときに高齢の母が存命かが心配
実刑相当だと考える裁判員の意見としては、以下のような発言がありました。行為や結果の重さを重視する発言が多かったように思われます。
・人気のないところで刃物を出して殴る行為は危険であり、被害も比較的大きい
・問題があったときに話し合うのではなく暴力をふるうという素行の悪さ
・基本的には刑罰は応報と教えていただいたから、結果に対する責任は重い
また、少し議論がなされたところで、裁判官から事例一覧表の紹介がありました。なお、議論の中では、動機に関係した山室証人の話も直接聞きたかったという声が上がりました。この時点では、執行猶予となった事例が紹介されました。その際、裁判官から、事例の8割が実刑であり、2割が執行猶予であることから、2割にするような事情があるかどうかを検討する、という説明がありました。紹介された事例は以下のような内容です。
①傷害の程度は1か月以内、示談で宥恕し被害者は執行猶予付判決を希望
②鼻骨骨折、瓶で殴った、被告人は共犯者を手伝った立場
③タクシー料金を免れようと降車したあと運転手の胸倉をつかみ暴力、支払いを免れた、打撲傷、40万円で示談が成立し被害者も執行猶予希望
④カッターナイフを振り回し傷害1か月以内、5万円の弁償をしたが厳罰希望、双極性障害がある
その後、実刑か執行猶予かの投票が行われ たところ、全員が実刑との意見となりました。そこで、次に具体的な刑の重さの検討に入 りました。ここでまた裁判官から、事例一覧表の紹介がありました。例えば、以下のような事例が紹介されました。
①懲役7年 果物ナイフで首を突き怪我をさせた、4万円弁償
②懲役6年 胸に包丁を突き付けた、計画的、累犯前科あり
③懲役5年6月 包丁を突き付けて2週間以内の怪我、累犯前科あり、20万円弁償
④懲役3年(実刑) 果物ナイフを突き付けた、金銭奪取は未遂、切創全治1週間、計画的、ほかにも強盗1件、50万円で示談し許す、統合失調症で心神耗弱
裁判官から、④については心神耗弱であり事案が異なること、懲役3年となっている事例は示談が成立しているものが多いという説明がありました。
その上で、刑の重さについて、アンケートが行われました。この時点ではピンポイントの数字ではなく、幅をもった刑の枠でアンケートがとられました。アンケートの結果は以下のとおりです。
・4年~ 5年 4名
・3年6月~ 4年6月 1名
・3年~ 5年 2名
・3年6月~ 4年6月 1名
・3年~ 4年 1名
・3年 1名
それぞれ簡単に理由を聞き、また事例一覧表の紹介がありました。そして、アンケートを実施した結果、以下のとおりとなりました。
・5年 ゼロ
・4年6月 ゼロ
・4年 2名
・3年6月 8名
・3年 ゼロ
裁判官から評決のルールの説明がなされ、最後の投票が行われました。
裁判官 4年 1名
3年6月 2名裁判員 3年6月 4名
4年 2名
これにより、結論は懲役3年6月となりました。
判決理由の中では、以下の事情が指摘されました。
【犯情】
・犯意や計画性自体は相当に低い
・安易に本件犯行を決意したその意思決定に対しては相応の非難が妥当
・母の入院費を工面するために金銭的に窮したという経緯は、一定程度酌むべき
・暴行は粗暴かつ危険で、現に生じた傷害結果からも相当に強度
・逃げ場のない状況下で植木鋏を首元に突き付けた行為も、行為態様は悪質
・被害結果も傷害自体重い
【一般情状】
・被害弁償に向けた努力自体は被告人の反省の態度の表れ
・被告人の再犯防止に向けた環境は相当程度整っている
その上で、「犯情、特に暴行脅迫の態様や被害結果を踏まえると、弁護人が求める刑の執行猶予を付することはできないが、本件強盗致傷自体は、タクシー強盗の事案の中ではやや軽い部類に属するといえること、被告人には、犯罪行為以外の事情において酌むべき事情も多々認められること」を理由に主文の刑にした、と判示されました。

雑感

過去の6回の評議と比べて特徴的だったことは、冒頭に50分にわたって量刑の考え方についての説明がなされたこと、量刑検索システムの事例一覧表の事例の紹介が頻繁に行われたことにあるように思います。
量刑の考え方は裁判員の方々にとっても難しく、ある程度の説明がなされることは当然だと思います。ただ、冒頭に裁判官から講義のように難しい説明が行われると、その時点で、裁判官と裁判員の間に、先生と生徒のような構造ができることが懸念されます。また、事例一覧表を逐一参照することは、似たもの探しに近いようにも思われます。更に、事例一覧表の紹介のタイミングや説明の仕方によっては、実刑か執行猶予かという意見を決める上で自然と誘導されることにもつながりかねません。
過去の6回の評議を見る限りでも、裁判官によって、評議の在り方は様々です。
こうした評議の方法を踏まえ、弁護人としては、事例一覧表の内容も事前にしっかりと検討し、評議で弁護人にとって不利な事例に近い議論が行われないよう、弁論等を考える必要があるように感じました。

ご案内

上記はあくまでも、手控えをもとに再現した内容になります。不正確な部分や主観が混ざった部分も多々あろうかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。 模擬評議については第1回から今回まで、すべてDVDを作成しております。当日、出席できなかった方もぜひご覧ください。


当弁護士会員 久保 有希子(60期)