出版物・パンフレット等

被疑者援助報酬支出の可否が問題となった事例

はじめに

私は、昨年度、東京三弁護士会法律援助事務センターの座長を担当しましたが、その間、刑事被疑者弁護援助報酬の支出の可否が問題となった事例が複数ありましたので、支出しない旨の決定に対する不服申立てに対する理由書の引用を中心に紹介させて頂きます。 なお、ここで示す見解は私見にわたるものがあることを予めお断りしておきます。

資力が問題となった事例

1 本件は、逮捕後勾留前の被疑者について、被疑者には約600万円の預金があるがキャッシュカードを自宅に置いてきたから弁護人に宅下げすることが出来ず、近隣に居住する親族もないため預金の払戻しが物理的に不可能であるとして援助利用申込みがなされたのに対し、資力要件を欠くとして不承認としたところ、不服申立てがあった事案であり、不服申立人の主張は、要するに、①預金の払戻しが困難である場合は法律扶助協会が定めていた刑事被疑者弁護等援助に関する取扱い要領1条にいう「直ちに弁護料等が支払えない」との要件に該当する、②不承認決定の理由とするところによれば、弁護人が被疑者の自宅に立ち入るかまたは弁護料の後払いを甘受しなければならなくなるが、弁護人にそのようなことを強制することは相当ではなく、弁護人が受任しなければ、勾
留までの間被疑者は弁護人の援助を受けることができなくなってしまい不当であるというのである。
2 そこで、検討すると、 (1) まず、前記①の点については、現在の刑事被疑者援助の運営主体は東京三弁護士会法律援助事務センターであって法律扶助協会ではなく、被疑者援助の要件について適用されるのは、不服申立人主張の刑事被疑者弁護等援助に関する取扱い要領1条ではなく東京三弁護士会法律援助事務センター設置要綱5条(2) アである。その要件は「申込み者の現金又は預貯金その他の金融資産の合計が50万円未満であること。」と定められており、流動資産の金額のみが要件である。したがって、不服申立人のこの主張は適用される規範を取り違えるもので前提を欠く。
(2) 前記②の点については、身体拘束中の被疑者を依頼者とするという事件の性質上弁護料の受領に一定の困難を伴う場合があることはやむを得ないことであり、着手金の支払を受けるために被疑者の自宅に立ち入ったり、弁護料を後払いとしたりして受任する弁護人も相当程度の割合で存在するものと思われる。もっとも、このようなやり方を嫌う弁護人にこれを強制することも相当でなく、そのような場合、弁護人としては私選弁護は不受任としたうえで、勾留後に被疑者国選弁護人に選任される(私選不受任であるため被疑者に資力があっても被疑者国選弁護人選任の要件を満たす。)道の選択が可能である。
この場合、勾留前の接見に対しては初回の当番日当が支払われるのみで2回目以降の接見が無報酬となってしまうが、2回目以降の接見を行うとしても、ほとんどの場合、1回程度のことであって弁護人の負担は必ずしも大きいものとはいえず、そうであるならば、勾留までの間、被疑者が弁護人の援助を受けられなくなるものとも言えない。
したがって、本件のような事案に対して援助をしないからといって、弁護人が被疑者の自宅に立ち入るかまたは弁護料の後払いを甘受しなければならなくなるわけでもなく、また、勾留までの間、被疑者が弁護人の援助を受けられなくなるわけでもないから、不当であるとは言えない。
3 以上によれば、不服申立人の主張は何れも理由がなく、原決定は相当である。

なお、被疑者の資力の有無は基本的には弁護人の判断によりますので、被疑者が預金があると言っていても、弁護人としてこれが信用できないという事情がある場合にはその弁護人の判断が尊重されることとなります。

弁護人選任届の不提出が問題となった事例

1 本件は、平成30年6月9日再逮捕、同月11 日勾留請求、同日午後6時30分から7時23分まで接見し被疑者から弁護人選任届を得たが、警察署が弁護人選任届を受け取らなかったため、これを捜査機関に提出することができず、同月12日勾留決定がなされたとの終結報告書に基づき、援助の必要性・相当性のある弁護活動とは認められない旨の決定をしたところ、不服申立てがあった事案であり、不服申立人の主張は、要するに、①本件では勾留決定前に弁護人選任届を提出することは不可能であった、②接見だけでも援助の必要性・相当性がある、③通訳料は支払われるのに弁護料が支払われないのは均衡を欠く、④弁護人選任届の提出を要件とする刑事被疑者弁護援助報酬等支出基準(以下「支出基準」という。)1条1 項自体が不当であるというのである。
2 そこで、検討すると、
(1) まず、前記①の点については、不服申立人が接見を終えたのは6月11日午後7時23分で勾留決定が出されたのは翌12日であるから、接見終了後に検察庁の夜間受付に弁護人選任届を提出することが可能だったものであり、弁護人選任届の提出が不可能であったとは認められない。
(2) 前記②の点については、「援助の必要性・相当性」は、従来から、主として、身体拘束からの解放を目指して検察官又は裁判官に勾留しないよう求める意見書を提出する等、単なる接見を超える弁護活動がある場合を意味するものと解しており、この点を客観的基準に置き換えて明らかにするため、支出基準1条1項に弁護人選任届の提出を要件とする旨明文の規定を置いている(上記のような弁護活動をする場合は弁護人選任届の提出が必須である。)。したがって、接見のみで援助の必要性・相当性があると認めることはできない。
なお、これによれば、6月11日の接見は無報酬となるが、再逮捕時の接見は当番派遣による初回接見とは違って、受任できるかどうかの見通しを持ち、かつ、弁護人選任届を提出できるよう日程調整をして臨むことができるから、援助報酬支払の要件を満たさなかった場合に無報酬としても不合理とはいえないうえ、捜査機関に弁護人選任届を提出することは、それ自体不当な捜査に対する牽制になり得るものであって、早期の弁護人選任届の提出を推奨することにも意味はあるから、弁護人選任届の提出を援助報酬支払の要件とする支出基準1条1項には合理性が認められる。
(3) 前記③の点については、通訳人の通訳料は接見回数及び接見時間のみを基準として算定されるのに対し、弁護人の報酬は単に接見回数のみでなく弁護活動の成果に基づく加算もあるため、これらを同列に論じることはできず、基準が異なることのみをもって均衡を欠くということもできない。
(4)前記④の点については、従前は、前記のとおり単なる接見を超える弁護活動があるかどうかを実質的に判断して援助の必要性・相当性の有無を決していたところ、判断の限界に迷う事例も見られたため、弁護人選任届を提出したか否かという客観的な基準によることとしたものであり、その際、弁護人に有利になるよう弁護人選任届を提出すれば単なる接見を超える弁護活動があったと擬制することとしたのが支出基準1条1項の趣旨であって、基準自体が不当であるとは到底言い得ないものである。
3 以上によれば、不服申立人の主張は何れも理由がなく、原決定は相当である

なお、東京地検立川支部については、弁護人選任届の夜間受付を行っていないため、郵便で発送すれば提出と認める扱いです。

弁護人選任届提出遅延が問題となった事例

1 本件は、自転車窃盗で、19日逮捕、20日当番接見、21日送致、22日勾留・接見・示談成立、23日弁護人選任届が提出された事案です。
2 刑事被疑者援助報酬は、刑事被疑者弁護援助報酬等支出基準(東京三弁護士会)(以下「支出基準」といいます。)(当番弁護士名簿登載者全員に配布している2018年6月版当番弁護士マニュアル(以下「マニュアル」といいます。)書式・資料編80頁以下に掲載)1項① により、「勾留状が発せられる」前に「捜査機関に弁護人選任届を提出した場合に限り」支出するとされており、このことは、マニュアル本文編18頁にも「弁護人選任届の提出先は、被疑者の場合、送致後は検察官、送致前は事件を取り扱う司法警察員です。」、「勾留前に弁護人選任届の提出がなされないと報酬が払われませんので、ご注意ください。」と説明しています。
3 実質的に見ても、本件における勾留前の弁護活動としては、主任検事に対して被害者の氏名・連絡先を問い合わせるところまでにとどまっており、マニュアル本文編24頁において「接見が1回だけで家族や勤務先等の関係者に連絡するだけという活動は、当番弁護士としての活動でカバーされますので、援助の必要性・相当性がないものと判断されます」と説明されているところからすれば、本件においては援助の必要性・相当性を認めることは困難です。
なお、弁護人は送致日の夕方に警察署留置係を介して初めて主任検事が誰かという情報を得ていますが、自ら直接検察庁に弁護人選任届を提出して問合せをすれば同日午前中に主任検事の情報を得、その後被害者の氏名・連絡先の情報を得て同日中に示談を成立させ、翌日裁判所に示談書及び意見書を提出して勾留却下の成果を得ることも可能だったのではないかとも思われ、本件では、弁護人選任届の検察庁への提出の遅延が弁護活動の実質に影響を及ぼしたと見る余地があることも無視できません。
4 また、支出基準1項②は、「被疑者に対して勾留状が発せられた後は、弁護士報酬を支出しない。」と定めており、このことについても、マニュアル本文編27頁に「国選への切替え手続が遅れたことが原因で、国選弁護人に選任される前に行われた接見や身体拘束解放に向けた活動等の報酬は、援助からも国選からも支払われませんので、速やかに手続を取るようにしてください。」と明記しています。
5 以上の理由により、本件の弁護活動に対する報酬は、当番弁護士接見手数料及び被疑者国選弁護報酬で賄うのが相当です。

弁護人選任届の提出が遅延したにもかかわらず援助報酬を支出した事例

これらに対し、年末に当番出動し被疑者から弁護人選任届を得たが、これを検察庁に提出しないまま、裁判官に意見書を提出して勾留が却下され、その後被害者と示談し、示談書、不起訴を求める意見書、弁護人選任届を検察庁に提出し、不起訴処分となったとの事例では、被疑者援助報酬の支出を認めました。その理由は、①本件では勾留前に単なる接見等を超える実質的弁護活動があること、② 上位規範と見るべき日弁連の基準では「援助の必要性・相当性」のみを要件としており、下位規範である三会支出基準にある弁護人選任届提出要件をもって上位規範を否定する結果とするのは相当ではないこと、③弁護人選任届提出要件が設けられた趣旨からして同要件は救済方向でのみ用いるべきこと等が根拠とされました。
具体的にどのような場合が「接見等を超え る実質的弁護活動」に当たるかについては、
①意見書提出による勾留阻止、②示談成立等、
③意見書提出による不起訴等、加算事由に該当する弁護活動があった場合がこれに該当することは明らかであると思われますが、それ以外でも、これらを目指して弁護活動を行ったが不成功に終わり加算事由に該当しない場合等にも、実質的な弁護活動があったとして援助報酬の支出を認める余地はあるものと思われます。

まとめに代えて

より適切な報酬算定を目指して算定基準をきめ細かなものとし、民主的な運営のために算定基準を公開した結果、このような不服申立てが出されるに至っているのではないかと思われることを考えると複雑な心境になりますが、それでも、算定基準無しの自由裁量や算定基準が公開されないブラックボックスよりは現状の方が良いといえるでしょう。
しかし、被疑者段階では主として接見回数により、起訴後は主として公判回数により加算されるとの算定基準に引きずられるせいか、被疑者段階では頻繁に接見に行くが、起訴後はほとんど接見に行かない等の事例が散見されることは非常に残念なことです。
あるべき弁護活動への誘導を考慮して算定基準が定められているという側面は否定できないと思われるものの、算定基準は飽くまで算定基準に過ぎないのですから、弁護人としては算定基準に過度に囚われることなく、あるべき弁護活動を行うことが望まれるものと考えます。

弁護士 桑村 竹則(45期)●Takenori Kuwamura