出版物・パンフレット等

民事陪審は実現できる~民事・行政事件への国民参加の具体的検討~

牧野茂

はじめに

筆者は裁判員制度という司法への国民参加制度開始の歴史的瞬間に立ち合ったことに感激して裁判員制度に深く関わってきた。それが縁で、2018年に日弁連が主催した司法への国民参加がテーマの9月29日の司法シンポジウムに先立ち同年7月6日の東京三弁護士会主催・日弁連共催のプレシンポジウム(裁判員制度の経験を踏まえた民事・行政事件への国民の司法参加の検討の公開シンポジウム)で基調報告を行い、パネリストとして座談会に参加した。

2018年に開催されたシンポジウムは日弁連としてはじめて民事・行政事件における国民参加を具体的制度として論じたもので、判例時報(2019年4月21日2397号)にも各パネリストの論文集として掲載していただき、更に日弁連内部で実現に向けて議論を進める機運が生じて、2019年には民事・行政事件への国民の司法参加検討部会が設置され、4月から開催されている会議にも参加している。

以下、上記シンポジウムの実施を踏まえ、標題のテーマについて論じる。シンポジウムや部会の活動に関係することにはなるものの、あくまで本稿は筆者個人の立場での論考であることをはじめに明確にしておきたい。

裁判員制度の成果と課題

裁判員制度と巡り会って

裁判員制度は、刑事裁判の一定の重大事件について、裁判官と共に市民が審理と評議・判決に参加する制度で、2009年5月21日に国民の期待と不安のなかでスタートした。裁判の評議のなかに市民の目が入る制度の開始に出会えたことが嬉しくて、急遽、新制度に密着して推進、改善に関わることになった。

プレシンポで裁判員制度の成果について、基調報告させていただいたが、主として2つの経験に基づいている。1つは、日弁連の裁判員本部や刑事弁護センターで、裁判員制度の検証と立法提言をしていることである。もう1つは、裁判員経験者ネットワーク(以下、「経験者ネットワーク」)の交流会の活動である。

2010年8月3日、経験者ネットワークという組織を、裁判員経験者有志、司法記者、弁護士、臨床心理士で立ち上げた。元最高裁判事で朝日カウンセリング研究会で市民向けの模擬評議を開催していた濱田邦夫弁護士、一般社団法人裁判員ネットの大城聡弁護士と、守秘義務市民の会の事務局である筆者の3名が共同代表世話人となり、2か月に1度都内で非公式に弁護士、臨床心理士立会いのもと、裁判員経験者の交流会を開催してきた。そこでの経験者の声と日弁連での活動を通じて分かったことを中心に、基調報告をした。そこで、その後の裁判員制度10年目に於ける、最高裁の総括報告書(以下、「総括報告書」)や2019 年5月19日の裁判員制度10年の意義・課題・展望に関する経験者ネットワーク等主催の公開シンポ(以下、「5月の公開シンポ」)にも触れながら、裁判員制度の成果について述べたい。

裁判員制度導入の趣旨

裁判員制度の導入の趣旨は、裁判の進め方(審理)や内容(評議・判決)に法律家以外の国民の方々の視点、感覚が反映されることで、裁判に対する国民の理解と信頼を高めることにあるとされている。

司法制度改革審議会の意見書でもこの点は明言されている。市民が判断者として主体的、実質的に審理に参加する(審理に実質参加) ことと、市民が評議で、裁判官と協働して、主体的、実質的に議論に参加する(評議に実質参加)ことがまず必要で、市民の実質参加により司法に対する国民の理解と信頼の高まり(司法の国民的基盤形成)が導かれるとされる。

裁判員制度の成果

課題はありつつも、制度導入の趣旨はそれなりに生かされていると評価されている。
市民の目が判断者側に初めて入ったことにより、まず何より審理が分かりやすく、しかも争点も絞られ、弁護人も最初から防御活動を開始できるように改善された。そして一番重要な点として、判決内容に市民常識が生かされてきていることも評価されている。
以下、審理の改善、判決内容への市民常識の反映の順に検討したい。

(1)市民参加できるために要請された刑事裁判手続の改善

イ 口頭主義・直接主義による審理・公判
市民が参加して審理・評議するために、その場で見て、聞いて分かる口頭主義、直接主義の公判中心主義になった。

これまでは精密司法、調書裁判主義と言われていたのが、核心司法、公判中心主義へと改善されたと言われている。従来は捜査段階で事情聴取して作成された被疑者・関係者の供述調書(本人が話した形式になっているが捜査官の作文と批判がある)中心に公判での証言や尋問調書と取調段階の供述調書とを対比し、裁判官が自宅にまで持ちかえって読み込む審理だった。しかし裁判員は評議室でも長文など読めず、また法廷での生々しい証言のほうが証拠として格段に優れているので改善された。これまでと比べ、公開の法廷での口頭の主張と証人尋問・被告人質問が中心となり、冤罪の温床と言われた取調調書中心主義が改善された。

ロ 公判前の争点整理・証拠開示
市民は長い期間は法廷に来られないため、集中して法廷を開く必要がある。集中的な審理のために争点をあらかじめ全部整理しておく必要があるので、弁護人も最初から主張と立証をしなければならなくなった(公判前整理手続 刑訴法316条の2以下)。

証拠に関して言えば、捜査当局は捜査資料を全て把握していて検察官は法廷に提出する証拠を自分たちで決定し、それ以外の証拠は弁護人は見られなかったのが、ある一定の証拠は、弁護人にも事前に見せなければ準備ができないため、弁護人の悲願だった事前の証拠開示が実現した。

一般的な類型証拠開示(刑訴法316条の15、必要性が高く弊害も少ない類型)及び弁護人のアリバイ等の反論の主張に関連する主張関連証拠開示(刑訴法316条の20)である。事前証拠開示がされたことは画期的な改革であり、裁判員裁判導入に伴う重要な副産物と言われている。弁護人の防御権にとっても重要な新しい武器になった。

この事前証拠開示と事前の争点整理が、集中審理のために要請され、刑事裁判の大改革が実現した。

(2)判決内容への市民常識の反映

(判決内容や量刑傾向の詳細は前記判例時報や『裁判員裁判のいま』(成文堂)等を参照)

イ 有罪認定の厳格化(無罪推定の原則に即した市民の判断の影響)
無罪推定の原則が実現したと評価もされる無罪判決の登場(市民参加で刑事裁判の原則重視)が先ず挙げられる。

覚せい剤密輸無罪判決、千葉地裁チョコレート缶事件(平成22年6月22日)や鹿児島地裁老夫婦強盗殺人無罪判決(平成22年12月10日) など、判決理由により無罪推定の原則に忠実な判断がなされていることが確認できるような判決が登場した。

次に裁判員裁判の対象事件の罪で逮捕されながら、不起訴で終わる事件や、殺人未遂で逮捕されながら傷害で起訴して裁判員裁判にならない軽い罪名とする、いわゆる認定落ちの事件も統計上増加している。裁判員裁判における有罪認定の厳格化に関連するかとの議論もなされている(例えば、『自由と正義』2019年5月号 18頁以下の高野隆論考)。

ロ 市民の参加による量刑傾向の変化
市民の常識や多角的な考え方が判決に反映される道が開けた。これは量刑傾向の裁判員裁判後の変化にも現れている(殺人事件の量刑のピークは重い方へシフト、同情に値する事件での執行猶予判決の増加、性犯罪等での厳罰化など)。
量刑で判決後の処遇も重視する判決が目立つようになった。総括報告書によれば、執行猶予判決が増加し、保護観察付執行猶予の割合も30%台から55%まで増加している。

ハ 主権者意識の醸成
刑事裁判への主体的参加により、広く社会問題も自分たちの問題として解決する姿勢へと変化したとの経験談が多数報告されている。

(3)審理改善のための弁護士会での準備、研修と判決内容の検討

当弁護士会の裁判員センターでも日弁連の裁判員本部でも、弁護人からの報告を中心に、具体的事件の裁判員裁判の実施状況や審理・判決に市民参加導入の趣旨が生かされているか、課題があるか等の詳しい検討を行ってきた。また、分かりやすい審理にするための準備として、制度開始前に東京地裁を中心に全国各地で法曹3者が協力した模擬裁判(評議は検討のため関係者に公開されていた)が多数実施された。市民に分かりやすい法廷活動をする必要があるため、日弁連は、アメリカの陪審裁判での陪審員にアピールする法廷弁護技術を制度導入に合わせて学ぶこととし、NITA(全米法廷技術研修所)の講師を招いて研修も行った。

このような過程で、裁判員制度はそれまでの裁判を審理方法において分かりやすく、弁護人の防御権もある程度確保し、充実したものに改善されたことや市民参加による判決内容の変化も確認された。同時に公開模擬評議と対比し、評議の内容が守秘義務で検証できない点をはじめ、多数の課題も指摘され、改善立法案も検討されている。

(4)経験者ネットワークの交流会に於ける裁判員体験談からの検討

経験者の多くは、最初は緊張して不安もあったが、審理は検察官も弁護人も日常用語で話し、図表や時系列、パワポも活用するなど、分かりやすく工夫されていたので理解でき、評議で意見を言うこともできて、チームとして議論できたと語り、参加した裁判員の視点からも市民参加の趣旨に沿った審理と評議であることが確認できる。

また、2019年5月の公開シンポでは、裁判員裁判の現場の声を重視し、参加した市民と受け入れた裁判官双方の立場から新制度に関わった体験を語り合ってもらった。裁判員経験者5名、裁判員裁判を裁判長として多数担当した元裁判官をパネリストに、弁護人経験のある弁護士、司法記者も参加してパネルディスカッションを行った。裁判官としても、市民と裁判官が協働して実質的に充実した評議ができるように工夫してきたこと、そのためにはまず審理が分かりやすくなければいけないため、当事者の訴訟活動が重要であることが語られ、弁護人から分かりやすい審理への努力が語られた。裁判員経験者からは審理は概ね分かりやすく、また分かりにくいことは評議室で裁判官や仲間の裁判員に質問すれば、疑問は解消できたと報告された。評議で実質的に協働できたかについては、裁判官と裁判員経験者は異口同音に、審理が理解しやすく、また疑問点については、質問も交わし合っていくうちにチームとして対等に議論できる雰囲気ができて良い評議となり、全員で徹底的に議論することによって、充実感のある判決になると語った。

国民参加の視点からの裁判員制度の課題 ~評議がブラックボックスに なっている弊害とその解決策~

評議は国民参加の趣旨である、市民の多角的常識の宝庫である。
それが、評議の守秘義務により、議論の具体的内容を一切話せないブラックボックスになっている。

判に市民の目を入れたにもかかわらず、外部に目隠ししているのは余りにも不合理で、多角的な市民の議論や発想が社会に伝わらず、制度導入の趣旨も没却する。評議が適正に進行しているかも検証できない。また話せないことで、裁判員経験者の心の負担解消も妨げているし、体験が共有されにくいことで、辞退率増加の大きな要因にもなっている。

イ 日弁連の立法提言
評議の守秘義務の罰則規定の緩和(議論の自由は保障して発言者を特定する場合だけ規制する)との中立的第3者検証機関による検証がある。しかし、法務省検討会で3年後の見直しでは採用されなかった(提言内容と採用されなかった経緯は「裁判員裁判のいま」(成文堂)等参照)。

ロ 市民団体による守秘義務緩和立法提言
経験者ネットワーク等の6つの市民団体は前記の公開シンポにおいて、守秘義務緩和の共同提言を公表した(経験者ネットワークのホームページを参照)。

おそらく、この裁判員制度10年目の盛り上がりと2度目の法務省検討会の機会が、守秘義務緩和実現の最後のチャンスとなるため、なんとか立法化に結びつけたいと筆者や市民団体は希望している。

司法への国民参加拡大の日弁連、東京三弁護士会のプレシンポ

[パネリスト]
裁判員制度につき筆者、民事陪審につき関西学院大学法科大学院とNYLロースクール兼担教授の丸田隆弁護士、行政事件につき水野泰孝弁護士、コーディネーターとして民事陪審導入を検討してきた当弁護士会の小原健弁護士がそれぞれ参加した。

[議論状況]

1.裁判員制度における国民参加

最初に筆者から、裁判員制度で審理と評議に市民が参加したことによる成果を基調報告として延べた。

2.アメリカの民事陪審における国民参加

続いてアメリカの民事陪審について、手続概要を丸田弁護士から説明した後、日本の民事訴訟と際だって異なる特徴を指摘した。詳細は前記判例時報を参照いただくとして、要点を紹介する。
ディスカバリー(双方の当事者は手持ち証拠を原則として事前に全面開示しなければならない)という制度が、日本の証拠偏在の弊害と、当事者が自分に不利な証拠はできるだけ隠そうとする弊害を根本的に解決する制度として紹介された。手間と費用がかかる功罪も説明された。

対象事件は損害賠償事件だけに限られ、損害額の算定は専門家証人による立証にかかっていること、慰謝料請求と懲罰賠償も認めていて、有名なファーストフード店のコーヒーによるやけど事件では被告に2億7,000万円の賠償を認める評決になったが、陪審員は感情的に判断しているわけでなく、専門家証人により被告の一日の売り上げが1億3,500万円であること、原告は本件で2日間昏睡状態になったことからこの2日分として評決していること、この損害額の認定が専門家証人による個別の立証による陪審員の判断なので、事件毎にことなる損害額になる点も特徴的であることを説明した。評決の後で裁判官の和解のすすめにより、実際は4分の1位に減額されることが多いが、評決額だけ報道されることで多額の賠償が必要ということが社会に影響を与える機能もあるとされた。

3.日本の民事訴訟制度の不備と国民参加

次に日本の民事訴訟の不備とその改善に国民参加制度が効果的かどうかについて議論された。
筆者は弊害として、事前の証拠開示と事前争点整理が不十分であること、特に証拠の偏在の場合にこれを是正する手当が現行の民事訴訟では制度として不十分であり、また裁判所の運用も不十分である点を挙げた。裁判員裁判では、市民参加の要請から、検察官がこれまで独占していた捜査資料を一定の範囲で事前証拠開示することになったことから、裁判員裁判型の民事裁判が導入されれば、市民に集中的に審理に参加してもらうために双方当事者の事前争点整理と双方の事前証拠開示が要請され、実現することが期待できると述べた。

丸田弁護士によれば、アメリカの民事陪審制度を日本に導入した場合にも、前述のディスカバリーという厳格な証拠開示制度により、是正が期待されるとした。

この議論に関しては、国民参加制度を導入せ ずに証拠開示の拡大や争点整理の充実は現行の民事訴訟手続のままでも、制度改革できるのではないかという視点からも議論がなされた。筆者や丸田弁護士からは、裁判員制度の成 果の議論のときも、市民参加がなくても、事前証拠開示や事前争点整理は刑事裁判手続の改善で実現できたはずであるとの議論もあったが、結局市民参加導入という梃子があって初めて、これまで弁護人の悲願であった事前証拠開示が実現したということが現実なのだから、国民参加制度の導入が先行すべきであると補足意見が出され、国民参加の効用を期 待する意見になっていった。

4.対象事件の類型論

(1)民事裁判に国民参加を導入する際、どのような事件を対象にするべきか、全事件では法曹も対応できないため、現実的な制度論として実は最も重要な論点として議論した
ひとつの視点として、国民参加の趣旨に沿った類型であるべきとすることが挙げられた。例えば国家賠償請求事件で、国側に故意・ 過失があるかの判断と、被害にあった国民への損害額がどの程度かの金額の判断は、国家権力と市民間の訴訟であるから市民の側の視点が判断者に参加することの意義は大きいと考えられる。

裁判員制度で国民参加が歓迎されたことの1 つには、国家による刑罰権の発動である刑事裁判で裁かれる市民の側の目が入ることに価値があるとされたからで、国家による権利侵害の救済としての損害賠償事件なら対象とすべきことに異論はなかった。

国家賠償で被害にあった国民にする賠償請求が否定されたり、極めて低額な賠償額しか認定されなかったりするこれまでの民事訴訟や行政訴訟の判断の適正化を図るためには、被害者と同じ国民が判断者に入るという国民参加の事件の対象にするべきであるとの議論である。

この点については、同じく警察官の違法な捜査で被害を受けた国家賠償事件を、アメリカの民事陪審での損害額認定と、日本で珍しく原告が勝訴した事件でも極めて少額の損害額しか認定しない事例として、丸田弁護士から報告とコメントがあった。また、冤罪であることが判明した事件での国家賠償事件が原則敗訴させられている日本での国家賠償事件の実態については、筆者が報告した。この点については前記判例時報も参照されたいが、丸田弁護士が指摘した部分はここでも引用しておきたい。

丸田弁護士は、日本の警察官の違法な暴行での国賠請求で珍しく勝訴したが賠償額がたったの6万6,860円であった例をあげ、他方アメリカの警察官の違法な暴行での国賠請求で、損害賠償額は$40,000(約440万円)、懲罰的賠償$600,000(約6,600万円)が認定された事例等について、日本の職業裁判官による損害賠償額の認定とアメリカの陪審のそれとを比較検討して論評している。

「この日米間の損害賠償額の差はどこから来るか。アメリカの事案では懲罰的賠償を含む賠償額は陪審員によって決められた。陪審は、原告の主張するまま、あるいは彼らの感性で適宜決めているのではない。先にも述べたが、損害賠償額を主張するときは、請求金額の理由や根拠を専門家証人によって説明させる。金額が高額すぎるかどうかは別にして、事例2 から4のようにこれだけの賠償額が評決されると警察官の市民に対する過剰な実力行使の在り方について再考させる機会を与えるであろうし、抑止力も期待される。しかし、他方で、日本の例のように、市民が警察官から右肩関節挫傷の傷を負わされても6万円余の賠償で済むのであれば警察官による過剰な実力行使に対する抑止効果は全く望めないであろう。さらに、重要なのは、この損害賠償の認定の前提となる事実が陪審によって認定されていることである。法適用の前提となる認定事実については「あったこと」に対する市民感覚を反映したものになる。これは、事実の認定を要件事実的要件から行う傾向のある職業裁判官とは異なるところである。

ただ、裁判員制度における量刑判断において、いわゆる「量刑相場」を示す量刑データベースが参照されるように、市民参加を得た民事裁判においても損害賠償額の認定については、いわゆる赤本、関西だと緑本のような民事交通事故損害賠償基準に従って決められるため、裁判官の認定と大差ないと考えられる可能性もある。しかし、事件の個別性を問わずに、ひたすら交通事故損害賠償基準に従って民事事件の損害賠償が決められるのであれば裁判官でなく、今後は人工知能(AI、Artificial Intelligence)に任せれば良いということになりそうである。そうではなくて、陪審裁判では、同種の事件でも、被害者の仕事、年齢、家族情況などの事情だけでなく加害者の悪意性を考慮することで精神的苦痛を含む賠償額が変わってくる。いわば、賠償額の評価の際の考慮要素が市民の感覚から評価されるのであって、交通事故の賠償額データからではないことに注意する必要がある。それによって、事件ごとに正義の判断が行われ、同種事件では大阪地裁と東京地裁が同じでなければいけないというような発想はない。裁判体が、事件それぞれに一つ一つ向き合って、この原告が受けた痛みというのはどうなのかということを専門家証人の証言等により賠償額を出すというのが民事陪審裁判の在り方であって、被害をデータ化したり点数化して一律に賠償額を出すような形ではない。」

(2)大きな類型論、当事者の選択制
アメリカの民事陪審が訴額$20以上の損害賠償事件を対象としていることを参考に、損害賠償事件だけに限定すれば、全事件よりはある程度事件数は絞れること、国家賠償事件は国民参加の趣旨からも対象にすべきであり、その他の損害賠償事件でも賠償責任を認めるべきかの事実認定と賠償金額の判断に市民が参加するのは、市民参加の対象事件の大きな類型としては比較的適切ではないかと、議論は方向性を見せた。
更なる類型化として名誉毀損やパワハラ、セクハラによる損害賠償など、市民感覚を反映させるのに相応しい類型だけを国家賠償に追加してはどうかとの議論もされた。

当事者の選択制については、原告が希望する場合には原則全部認めてよいとの意見が多かった。ただし請求額が多額の場合は印紙代が高額になるので、アメリカを参考に一定の額に抑えるべきであるとされた。

5.事前争点整理と事前証拠開示の現実的制度設計、民事陪審と裁判員裁判型のそれぞれの場合の利点と課題も踏まえて

アメリカの民事陪審制度の実態、その利点と欠点も検討しながら、裁判員裁判型の民事訴訟と民事・行政事件への国民参加として、いずれが日本で適切かつ実現可能性があるかを、2020年中には部会で決定し、現実的国民参加の司法制度として草案にまとめる予定である。参考までに、ここまでの議論を前提として、この問題の今後の取り組むべき課題や方向性について、筆者個人の現段階での見解や感想を述べておきたい。

(1)事前の争点整理について
裁判員制度の場合、刑法という国家刑罰権の規定に該当するか、該当するとして具体的刑罰はどの位かという判断が求められているため、争点も刑法のあてはめというスッキリしたなかでの攻防であった。これに対し、民事訴訟一般を対象事件とすると、事件ごと、民法の条文ごとに要件事実が異なり、争点整理が複雑になることが懸念される。

しかし国家賠償請求事件を中心に、その他の不法行為の損害賠償事件だけに限定すれば、それほど多くの条文に関わらないので、争点整理も煩雑にならずに済むと思われる。

(2)事前証拠開示について
裁判員制度における事前証拠開示は、捜査段階の資料を独占している立場の検察官に対して弁護人が自分にも見せるように証拠開示請求するという一方向の開示請求であり、証拠は公費で収集されるものであるから、被告人も防御権保障のため、証拠開示されるべきであるということで分かりやすい。

証拠開示も国家賠償の場合は同じ発想で良いとして、私人間の賠償請求でも、双方に厳格な証拠開示をさせる必要があるのか、手間と費用がかかる点とのバランスも問題となる。この点、筆者は私人間の損害賠償訴訟では、 事件の類型ごとに証拠開示すべき項目を規定する方法が現実的であり、裁判員制度の類型証拠開示を事件類型ごとに規定する方法が良いのではないかと思っている。また送付嘱託、文書提出命令型の制度を改善して活用する場合には、その決定の評議には市民も対等の資格で参加する規定にすることが有益と考える。現在の裁判所がこれらの証拠収集に消極的 な弊害を改善できると思うからである。

(3)民事陪審型と裁判員裁判型のいずれが国民参加導入の制度として適切で実現可能か
この点は、まず国民参加の趣旨から、いずれが参加市民の常識や感覚を生かす制度になるか、の検討になると思う。
民事陪審は損害賠償請求権が成り立つか否かの事実認定と、成り立つ場合は賠償額を参加市民だけで評決として決定するため、参加市民の常識や感覚を生かす制度としてはある意味徹底していると評価できる。

これに対し、裁判員裁判型にした場合の評価は、裁判員制度の場合に、有罪・無罪の認定及び有罪にした場合の具体的量刑にどれだけ参加市民の常識や感覚が反映されているかの評価にかかってくる。

裁判員制度の成果の箇所で、裁判官、裁判員の協働として、評議では対等に有罪・無罪の議論も具体的量刑の議論もなされたと一応評価されていることを見てきた。

裁判員経験者の体験談、元裁判官の実感で もこの点は同じく肯定的な評価になっている。裁判官が裁判員に優越して、裁判官の誘導 で評議がなされているかの懸念は当初からあるものの、現場の裁判官や経験者は対等に協働した評議をしていると報告しており、裁判官も「今までの職業裁判官だけでは思い付かない視点や論理によって、判決に厚みがでた」と評価している。裁判員経験者も、チームとして徹底的に議論できたので充実感があったと報告している。無罪推定の原則に忠実な無罪判決の増加や有罪認定の厳格化、量刑傾向に市民参加後に明らかな変化が見られることからも裏付けられよう。

裁判員裁判の場合には裁判官の意識変化という利点も考えられる。
市民と協働で議論することで、裁判官も市民的多様な発想に親しむことになり、また、無罪推定の原則を説明することにより、有罪率99.9%の刑事裁判実務で有罪で当然という思い込みになりそうな場合に、原則に戻る機会にもなっているように思われる。

その意味で、判断において市民の議論に裁判官が参加できない陪審制度は、裁判官を市民常識で意識改革するという教育効果はないとも言えよう。

裁判員裁判を経験した裁判官は、職業裁判官だけの事件でも国民の納得する論理を重視するようになることが、5月の公開シンポでも報告されている。

例えば、裁判員裁判型の民事訴訟を不法行為の損害賠償事件に導入した場合、対象外の裁判官だけの民事訴訟においても、市民の多角的視点も視野に入れた、市民にも通用する論理を重視する判決になることも期待できるのではないか。もしそうならそれは裁判員裁判型の利点になるかもしれない。

他方、評議の協働がやはり裁判官の影響下にあるという懸念を重視すれば、民事陪審型に利点があることになろう。

証拠開示の点からすると、アメリカのディスカバリーは全面証拠開示として徹底しているが、手間と費用が膨大で功罪が課題とされる。他方裁判員裁判型にした場合に、必要な事 前開示ができるかというと、裁判員制度のときのような公判前整理や事前証拠開示制度を平行して立法する必要があると思うが、それは裁判員制度のときの立法を参考に、刑事裁判と不法行為の損害賠償との相違を前提に不法行為の損害賠償請求に見合った公判前整理手続と類型証拠開示の導入で対応できると思われる。ディスカバリー制度の優れた点を立法に取り込むこともありえよう。

また、現在の文書提出命令や調査嘱託、送付嘱託の制度を活用し、全面的な見直しをする改正立法もあり得ると思う。その場合、命令や嘱託判断には参加裁判員にも表決権を与えることにする改正立法も実現すれば、現在の裁判所の採用への消極姿勢が是正されよう。

6.国民参加の場合の評議の守秘義務について
筆者から、裁判員制度のときに指摘したよ うに、国民参加の趣旨を没却しないよう、守秘義務は緩和されるべきであると述べた。

7.控訴審について
控訴審も市民参加にするか、そうでなくても1審の判断を尊重する制度にすべきであるという意見で一致した。

8.行政事件への国民参加につき、国家賠償以外の本来の行政事件について
市民の目が入ることは重要であるとされ、住民側が国に勝てない現状では国民参加は要請されるが、法律論や政治問題も絡むため、課題もあると、水野弁護士を中心に議論された。

9.民事陪審の実現可能性、実現時期について
会場からの質問に、パネリストから「10年 以内位でしょう」との回答もあった*1。参加パネリストは、パネルディスカッションをしているうちに、裁判員制度という国民参加の具体例があり、アメリカの民事陪審制度も参考にできるので、早晩制度の具体化は図れる という感触や期待を持つようになっていた。

民事・行政事件への国民の司法参加検討部会

検討部会の活動開始

日弁連民事司法改革総合推進本部の内部に、民事・行政事件への国民の司法参加検討部会が設立され、2019年4月から会議を開始している。

メンバーの概要

第1回 2019年4月開催

プレシンポのパネリストを中心に、国民参加に理解あるメンバーの新加入に努めた。渡米されていた丸田隆幹事も第2回から参加している。

幹事:大城 聡(東京)裁判員ネット水野 泰孝(東京)
委員:小林 美智子(第一東京)
幹事:濱田 邦夫(第二東京)元最高裁判事委員座長:小原 健(第二東京)民事司法改革
総合推進本部副本部長幹事副座長:牧野 茂(第二東京)
幹事:石田 卓遠(第二東京)カリフォルニア州弁護士
新倉 修(東京)陪審裁判を考える会代表
西澤 宗英(第二東京) 森 晋介(徳島)

民事訴訟法学者で基本書の執筆もされている新堂幸司先生(第二東京)は幹事として、法社会学者の飯考行教授はアドバイザーとして、途中から参加されている。

第6回まで

4月、5月、6月、7月、9月、10月開催

第1回会議で検討部会の目的、検討課題を議論し、最初にプレシンポジウムで民事・行政事件への国民の司法参加の具体化へ向けて様々な課題が明らかになったので、当面は勉強会をして論点を検討していくこととなった。その後、裁判員制度、アメリカ陪審制度、イギリス陪審制度、陪審裁判を考える会の本の紹介、裁判員制度の批判、海外調査等が議論されている。

今後の予定としては、2019年中は勉強会を続け、2020年には海外調査や更なる勉強会を通じて民事・行政事件への国民の司法参加の具体的制度論を部会としてまとめようではないかと目標を設定した。

民事陪審の模擬裁判 及び民事陪審特別手続要項(草案)

当弁護士会では、2000年3月29日に「民事陪審特別手続要項(草案)」を含む「民事陪審特別手続に関する提言」を日弁連に建議した。

この草案では、既にこの段階で「我が国の民事訴訟制度は、その事実認定や賠償額算定等についての判断結果、迅速さ、証拠収集手続等全般にわたって、ダイナミズムを欠いている面がある。法廷が生々とした説得の場になり、一般市民にも分かりやすい真実の場となって、常識と正義が実現されるためには民事訴訟の一部について、主権者たる国民を重要な手続を担うものとして迎える陪審制を導入すること、最もふさわしい」と指摘したうえで、日本で実施する場合の民事陪審制度の青写真も作り、陪審適格事件として、①不法行為及び債務不履行を請求原因とする事件 (製造物法、消費者契約法等、消費者問題に関わる事件を含む)、②国家賠償請求事件、③情報公開訴訟を列挙した。

証拠開示や争点整理も規定し、いつ民事陪審が日本で始まってもよい法的整備を配慮したものであった。

更に当弁護士会は、2000年8月26日にこの要項に従い民事模擬裁判を実施し、倉田卓司先生、奈良次郎先生といった著名な元裁判官も参加された。

筆者も模擬裁判記録を読んだが、法廷も評議も迫真の内容で、草案とこれに基づく実際の民事裁判ドラマに接し、最近のプレシンポの議論や今後の検討部会による制度の具体案を得れば、「民事陪審は実現できる」との表題の宣言を実感できることを述べて、結びの言葉としたい。