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今こそ民事信託〜弁護士が知っておくべき民事信託の基本〜(後編)

齋喜 隆宏 奈良 正哉 都筑 崇博 市川 康明 八谷 博喜

4.信託期間中の事務

齋 喜

信託期間中の話に移ります。信託期間中は、基本的に受託者が信託事務を行い、定期的に報告等をするということですが、受託者の信託事務に関しては、何か注意点はあるでしょうか。

1 受託者の信託事務の注意点

奈 良

ここはある種一番地味な部分かもしれませんが、受託者の事務、要するに何を作成し、受益者に何を報告し、どういう書面をどのように保管するのかということは、信託を信託たらしめる根幹ではないかと思っています。これは強行法規の部分でもあるので、なるべく具体的に信託契約書に書くことが必要であり、それをきちんと受託者に行ってもらわなければならないと思っています。
ただ、弁護士は最初に信託契約書を作成して登記するところぐらいまでは関与しますが、あとは手を離れてしまうので、受託者の良心というのか、実務能力というのか、そういうものに任せるしかないわけです。そこで、「これを怠ったら信託ではなくなってしまって、後で争いが起きたときにあなたの立場が危うくなりますよ、だからこれはきちんとやってくださいね」と、よくよく念を押すことにしています。「基本的には数字のことなので、ご自身で行うのが不安ならば、顧問税理士に頼んできちんとやってもらってくださいね」と言っています。

2 信託期間中の税務

八 谷

信託期間中の税理士の関与はぜひお勧めしたいですね。

市 川

受託者の帳簿作成の代行は、私もそうですし、ほかの税理士でも扱っていらっしゃる方は多いと思います。

奈 良

お金の話になりますが、通常の税務の報酬に加えて、信託事務を受任する際はプラスでいくらかという感じになるのでしょうか。

市 川

そうですね。

奈 良

自益信託で、受益者が個人の場合、信託期間中の税務はどうなるのですか。

市 川

受益者は所有者と同じように考えていきます。例えば、賃貸不動産などを信託した場合であれば、個人の不動産所得として申告します。受益者本人が持っているものとされますので、例えば信託の計算期間が3月決算であっても、個人の確定申告上は歴年で1月から12月までになります。また、仮に信託から収益の分配がなかったとしても、その物件自体の賃料収入が収入になりますし、各種経費は経費になります。原則としては、受益者が自分で所有しているのと同じような計算をしていきます。
ただし、特に不動産について、1点だけ留意点があります。信託した賃貸不動産から生じた単年度の損失は、ほかの通常の不動産のプラスの所得などとの通算は一切できず、損が出ても切り捨てとなります。信託財産の中からは、信託外のほかの所得と通算できないという規定がありますので、そのことを知らずに損が出る物件を信託してしまうと、場合によっては税負担が増えてしまうケースもあります。

奈 良

信託の中と外ではなく、信託の中に2 つの不動産が入っていて、片方が損、片方が益だった場合は通算できるのでしょうか。 市 川 それはできます。信託ごとに分けて計算することになっていますので。

齋 喜

不動産の固定資産税等の税金は受益者が負担するのでしょうか。

市 川

そうですね。もちろん受益者の経費として考慮することもできます。

齋 喜

申告自体は、受託者と受益者どちらがするのでしょうか。

市 川

受益者です。受益者が財産を有する者とされるので、確定申告は受益者が行います。受託者としては、確定申告のようなものは特にないのですが、1点だけ、受託している財産からの収益が年間で3万円以上である場合は、毎年、信託の計算書と呼ばれる支払調書の一種を提出することになっています。

信託期間中の登記

齋 喜

信託期間中の登記は、受託者や受益者を変更するごとに必要になると考えてよろしいでしょうか。

都 筑

そうですね。

齋 喜

登記費用はどれくらいですか。

都 筑

例えば、受益者がお亡くなりになって、信託は継続し、受益者を変更するといった場合、受益者の名前は信託目録の中に書かれるものなので、受益者の変更は目録の内容の変更に当たります。この場合、所有権自体は引き続き受託者が持ち続けているので、登記としてはあくまでも信託目録の内容の変更にとどまり、登録免許税も一筆1,000円で済みます。費用は、そんなに高いものではありません。

奈 良

受託者が変更になるとどうですか。 都 筑 受託者が変更になると、所有権が移ることになるため、通常の所有権移転、相続登記並みかそれ以上の費用が掛かってきます。

八 谷

受益者変更のエビデンスというのはどういうものですか。

都 筑

受益者がお亡くなりになったときは、死亡記載の戸籍謄本と、信託契約書の中に受益権の行き先が書いてあれば、それで足ります。

齋 喜

受託者を変更する場合、例えば死亡で後継受託者に変更される場合と、辞任で変更になる場合とで、特に違いはないですか。都 筑 そうですね。変更の原因に応じて添付する書類が違うというだけです。

信託終了段階

1 債務控除について

奈 良

信託の税務で、債務控除の論点について、問題の所在を簡単にご説明いただけますか。

市 川

いくつかあります。1つは、信託内で借入れと財産があった場合、例えば1億円借りて1億円の不動産を買ったとして、相続の評価をすると1億円ではなくて、不動産などであれば通常は5,000万〜 6,000万円程度の評価になり、マイナスになるわけです。前述のとおり、税務では受益者が財産を有する者として、所得税、贈与税、相続税等を課税されます。そうすると、先ほどの例で、1億円を受託者名義で借り入れていた場合、受益者が亡くなったときに債務として通常通り控除できるのか。または、債務は1億円ですが、その信託の中だけで見ると、財産としては例えば6,000万円しかない。そのマイナス4,000万円を受益者がもともと持っている固有の財産と通算できるかという論点があります。
前者の、信託内での債務を受益者の債務として控除できるかという点については、基本的にはできるという認識です。根拠としては、相続税法9条の2という条文があります。ただし、受益者が亡くなると同時に信託が終了してしまう場合は債務控除が受けられないといわれているので、注意が必要です。なぜかというと、結局亡くなる時点で信託は終了する。終了するということは、清算です。債務を弁済した上で残った財産があれば残余財産の帰属権利者、通常は受益者だと思いますが、そちらに交付されるので、そもそも債務は残らないはずだということになります。
一方、受益者が亡くなっても信託が続くものであれば、相続税法9条の2という条文で、受益者が資産及び負債を有する者と見なして課税するとなっていますので、通常通り債務控除を受けられるであろうというのが実務上の見解です。
後者の、債務が1億円で財産が6,000万円だったときに、マイナス分についてほかと通算できるかという点について、明確な答えはないのですが、基本的には問題ないであろうと思われます。ただ1点、あくまで相続税は信託の中の資産と負債を受益者が有するものと見なして課税することになっていますが、そもそもの財産は受益権という権利ですので、仮に受益者が借入れを返せなくなったときに、受益者が負担する義務があるのかどうかというところがポイントだと思っています。
受益者が一切義務を負わないということであれば、受益者としては債務超過のリスクはゼロですから、そこで信託内のマイナス分を個人の財産と通算できるというのは理屈が合わないことになってしまうため、個人的には通算できないだろうと思っています。
これは専門家の間でもいろいろ意見が分かれています。ただ通常は、信託契約の中で、弁済できない場合は受託者が受益者に請求できるとされていることが多いと思いますので、その意味では事実上はマイナスでも通算できるであろうというところかと思います。

八 谷

質問です。信託契約書に借入れの権限などを書いてもらいますが、「借りる」と書いただけで、金額、時期、条件などをあまり特定しないものを多く見かけます。そうすると、1つには争いの種にもなるということで、指導的な立場としては、ある程度、金額や時期、条件などが決まっているものでないと、恐らく税務のところでもめることになり、債務控除にならないのではないかと説明しているのですが、それは正しいでしょうか。

市 川

税務で100%正しいことはなかなかないのですが、八谷さんがおっしゃる通りだと思います。信託は、目的に沿っていれば受託者の裁量で何でもできるなどと言われることがありますが、私もやはり債務をある程度特定できるようにしておかなければ後々リスクになってしまうと思います。

八 谷

あと1つ、よく質問されるのでお聞きします。もともと債務があった場合、当行は免責的債務引受にすることが多いです。我々はなるべく免責的債務引受にして、担保評価額が不足する場合には、委託者兼当初受益者に保証人になってもらうのですが、その辺りはどうなのでしょうか。連帯保証人がたくさんいれば債務控除についての考え方は変わるのでしょうか。

市 川

税務では、保証はそれが実行されて現実にならない限り、債務ではありません。そこは実際問題にはならないのではないかと思います。聞いた話では、重畳的債務引受にしてほしいという金融機関は多いようですね。

奈 良

重畳的にしてほしいという銀行は、それは保全のためですよね。

2 信託終了段階における受託者の事務

齋 喜

信託が終了するのは死亡などを原因とすることが多いと思いますが、終了段階での実務上の注意点について、奈良先生何かありますか。

奈 良

私は、自分が関与した案件で信託が終了したものはまだないんです。通常の期間中の受託者の事務が比較的簡単であるのに対し、清算受託者の実務は、財産状況に応じて、手続が結構難しかったり、多かったりするのではないかと思います。きちんとできるかどうか、少し心配しているところがあります。そこがきちんとできなくて争いになるケースがあるのではないかと。
先ほどの債務控除ができるかできないかなどが複雑に絡んでくる可能性があります。信託終了までいっている案件がまだないため、実際どういう場面でどういう争いになるのか、読めないところがあるのではないかと思います。

八 谷

規定の仕方にだいぶ問題が出てきています。信託が終了した場合、当初受益者の死亡により受益権は消滅し(信託法91条)、残余財産は信託法182条に従って帰属権利者に給付すると規定されることが大半です(信託法182条)。それを相続財産に入れ込んで、遺産分割協議書や遺言に従って処理すると考え、混乱している人が非常に多いです。

奈 良

信託財産は、相続財産から切り離されているのが基本的なスタンスですよね。

八 谷

残余財産の帰属を規定の仕方等によって相続財産と解釈する余地もありますが、帰属権利者の定めがない場合も一応は一般承継人が協議して決めるということが妥当で、それは相続財産ではないと言われているはずです。

3 信託終了段階における登記

奈 良

都筑さんは終了の登記をしたことがありますか。

都 筑

あります。実は、民事信託の登記自体、最近ようやく件数が少しずつ増え始めている段階なので、まだまだ実務が定まっていない点が多いんです。その典型がこの終了時の取扱いです。典型的な事例で、お父さんが委託者兼受益者、長男が受託者である場合、お父さんが亡くなったら信託終了という内容です。この不動産については、信託終了時の帰属権利者は受託者たる長男になっています。実際にお父さんが亡くなったとき、この不 動産は、長男が帰属権利者になっているので、受託者名義の受託者から固有財産たる受託者に移すという登記が発生します。自分から自分に移すという意味合いなのですが。固有財産となった旨の登記をする場合、登記は権利者と義務者の共同申請になりますが、この固有財産になった旨の登記の権利者は受託者本人で、義務者は受益者です。このように不動産登記法上にはっきり書いてあります。
しかし、受託者はよいとして、受益者はもともとお父さんであり、既に亡くなっています。このときの登記義務者たる受益者は誰なのかというところで、考え方が2つあります。1つ目は、受益者が亡くなっているのだから受益者の相続人全員だろうというもの。子供が3人いれば3人全員です。
2つ目の考え方として、信託法183条6項に、帰属権利者は信託の清算中は受益者と見なすという規定があります。帰属権利者は受託者たる長男なので、この規定を適用して、登記法上の受益者もこの長男であると考えるのです。
このように、登記義務者たる受益者を、受益者の相続人全員と考える立場と、帰属権利者である長男1人と考える立場とで、意見が分かれています。2つ目の考え方を取ると、帰属権利者は長男なので、権利者も長男、義務者も長男だから、長男1人で登記申請できてしまうのです。手続上はこちらの方がどう考えても楽なので、司法書士はできればこちらで申請したいと思うのですが、この説を使って登記申請しようとしたところ、ある法務局では、もう1つの立場を取って、お父さんが亡くなっているのだから受益者全員が登記義務者だということで、相続人が子供3人であれば3人全員が登記義務者なのだから、3人の実印を押印した委任状がなければだめだと言われたケースもあるようです。このように、登記機関、法務局によって実務の取扱いが異なるケースはままあります。
今のケースでは、相続人全員が義務者だと法務局から指摘されてしまうと、3人兄弟仲良くやればよいのですが、1人でも協力的でない人がいると、印鑑証明をもらえずに登記が進まない。いつまでたっても終了できないという事態も起こり得ます。
齋 喜 信託決定当時の目的からすると、これでは少々支障が大きいのかなと思いますけれども。

6.弁護士(会)への要望、メッセージ

齋 喜

それでは、弁護士あるいは弁護士会への要望や、今後、民事信託に取り組む会員へのメッセージ等がありましたらお願いいたします。

奈 良

信託法の本を読んでも何のことかさっぱり分からないので、まず事例、あるいは事例を標準化したモデルから入るのがよいのではないかと思います。そのモデルでイメージをつかみ、実際にクライアントから相続や資産の承継全般の相談を受けた際、そのモデルに照らして信託がマッチするのではないかということが直感的に分かったら、取りあえず提案してみてはどうでしょうか。
これは自分の宣伝になってしまうかもしれませんが、1人でやるのが不安であれば、二弁にホームロイヤー信託部会もありますし、信託をよく扱っている弁護士もいますので、相談に乗ってもらいながら取り組んではどうかと思います。
また、登記でも税務でもまだ実務が固まっていないところがあるので、少しでも疑問があるとか、リスクがあるのではないかと不安なところは、スペシャリストにきちんと確認しながらやった方が、後々のトラブルを防げるのではないかと思います。

都 筑

民事信託は 、日々新しい事例も出てきていますし、進化のスピードがとても速い分野なので、勉強しなければ追いつけません。ぜひ弁護士の先生方と一緒に勉強しながらやっていきたいと思っています。
今、特に民事信託の大きな問題の1つとして、受託者のなり手がおらず、民事信託を断念するケースも増えているということがあります。そこで、この問題に対応するために司法書士の一部の有志と弁護士が中心となり、信託会社を設立し、信託業の登録を受けて、そういった受託者不在案件の受け皿になろうという活動をしている最中です。ふくし信託株式会社という会社をつくり、信託業の登録に向けて動いているので、弁護士の先生方と一緒に信託の分野をどんどん発展させていきたいと思っています。

市 川

税理士の立場から申し上げると、我々税理士は、信託期間中の財産管理、計算などをお手伝いするケースが一番多いと思います。
信託契約書などの作成については、ある程度複雑で、先々もめる可能性があるような案件は、最初から弁護士さんに入っていただいてやるべきだと思いますので、そういったことはぜひ弁護士さんのお力をお貸しいただきたいと思っています。

八 谷

民事信託には発展の余地があると思っています。受託者問題と、コンサルの問題とがあり、コンサルレベルを一定程度引き上げる必要があると感じています。
都筑さんが言われるように、新たな取組みもいろいろ出てくるのですが、信託は余りに自由すぎるので、奥深さ、難しさを最近感じています。奈良先生が言われたベーシックなところの標準化モデルを利用するとか、特段の定めの定め方とか、監督の必要性とか、そういうバランスの取れた落としどころを見つけられることがコンサルの一番大事な役割なので、その辺りをぜひ弁護士の先生方にお願いしたいと思います。

齋 喜

では最後に、私の方から簡単に。民事信託は、遺言や成年後見にない機能を持っているということで、これからの積極的な活用、普及が期待されます。相続の相談、財産管理の相談の中で、どの弁護士でも、ある日突然民事信託の相談を受けたり、民事信託の提案をする必要が出てきたりといった場面に遭遇するのではないかと思いますので、自分は知らないということではなくて、今のうちに勉強しておいた方がよいのではないかと思います。
ただし、問題のある信託の組成も散見されるところで、実際に紛争が顕在化している例もあります。2018年9月には、地裁レベルですが、公序良俗違反で無効という判決も出ました。これは高裁で和解していますけれども。今後もこういった紛争案件が増えてくるのではないかと思いますので、弁護士としては、それなりの心構えを持って臨む必要があります。
同志社大学の佐久間毅先生も、信託はノウハウ本のようなものを見て簡単にできるものではないというお話をされています。しっかり勉強しなければいけない。とはいえ、紛争の対応や予防、高齢者の権利擁護といった観点からしますと、弁護士が最も得意分野としているところではありますので、これから会員の皆さんも一生懸命勉強して信託に対応できるようになっていただければと思います。
勉強の仕方ですが、まずは日弁連のeラーニングや、学者の本、当委員会からも書籍を出していますので、こういったものを活用するなど。それから、2020年1月8日に民事信託の研修が当会でも開催されました。奈良先生が講師です。次年度も同様の研修を企画する予定ですので、ぜひ受けていただければと思います。
ホームロイヤー信託部会は、ホームロイヤーの普及や制度の運用、弁護士の養成を1つの柱にしていますが、もう1つの柱として、民事信託の研究や勉強を通じた普及活動も行っています。定期的な勉強会や研修の企画、金融機関や専門家の方々との情報共有なども行っています。また、日弁連は信託センターの最新情報をどんどん提供していく場にもなっていますので、ご興味のある方は積極的に参加していただければと思っております。
本日はありがとうございました。