出版物・パンフレット等

少年とともに

委員会ニュース (子どもの権利に関する委員会)

鬼澤 秀昌(67期) ●Hidemasa Onizawa

平栗 敬子(69期) ●Keiko Hirakuri

1.スクールロイヤーとは?

1.スクールロイヤーの定義

近年、ドラマの題材になったことや、各自治体で導入が少しずつ進んでいることもあり、「スクールロイヤー」という言葉は一般的にも認知されるようになりました。しかし、実際のところ、各種機関が学校現場で弁護士に期待する役割が微妙に異なっており、「スクールロイヤー」に関する明確な定義はなく、制度として統一的なものはありません。
国の政策の中で最初に、「学校の中に弁護士を入れるべき」という発言がなされた平成27 年中央教育審議会答申では、「日本弁護士連合会の民事介入暴力対策委員会では、平成22年から行政対象暴力の一形態として教育対象暴力の検討が行われている。国、教育委員会はこのような関係機関・団体とも連携して不当な要望等への対応について、学校現場に対する情報提供等を進めていくべきである。」等と、不当な要望への対応のためのスクールロイヤーが提案されています。一方、文部科学省では、平成31年度概算要求において「いじめ防止等対策のためのスクールロイヤー活用」と明記し、「いじめ対策」の支援者として位置付けているようです。
これに対し、文部科学省の平成30年度予算にスクールロイヤー活用に関する調査研究が掲げられたことに伴い、平成30年1月18日に日弁連が発表した「『スクールロイヤー』の整備を求める意見書」において、「各都道府県・市町村の教育委員会、国立・私立学校の設置者において、学校で発生する様々な問題について、子どもの最善の利益を念頭に置きつつ、教育や福祉等の視点を取り入れながら、法的観点から継続的に学校に助言を行う弁護士」と定義され、いじめ問題に限らず、幅広い分野で学校に関与していくことを目指すスクールロイヤー像が提示されました。

2.スクールロイヤーに必要な資質

では、上述したようなスクールロイヤーには、どのような知識及び資質が求められるのでしょうか。

(1)法律家としてのスキル

ア 法令・判例等
法律家としては、各種法規に加え教育法分野の最新の法令(最近ではいじめ防止対策推進法、障害者差別解消法、教育機会確保法等が制定されています。)やガイドライン、判例知識等をアップデートしておく必要があります。
イ 事実認定のスキル
学校現場においても、学校内部の問題について、証拠に基づく事実の認定及び事実に対する評価を区別して行うことが重要です。

(2)教育的知識の必要性

「学校で発生する様々な問題」に対しては、法的な結論のみならず、その先の教育的な配慮や予測を踏まえ、適切な助言を行うために、教育的知識が不可欠です。
ア 教育分野の知識
学校問題の解決にあたり、学校の動きを理解するため、「現場でできること、できないことを」を明確にし、学校組織の概要、具体的には、学校と設置者である教育委員会の関係、教育委員会と校長の役割分担(公立学校の場合)、各々における法律上の義務とそれ以外の職務の区別、第三者委員会の存在意義等について把握する必要があります。
イ 教育現場の特質
学校問題とは切り離せないのが教員や教育委員会ですが、教員や教育委員会との信頼関係を築くためには、教員が普段接している思考方法(以下、弁護士の「法的思考」と対比し、「教育的思考」と呼びます。) を理解し、それを踏まえて助言することが大切です。
そのためには、教育的思考の根底には、①子どもたちの心身や情報の保護に比重を置くため学校が閉鎖的に見えること、②子どもの成長過程で失敗は許容されるべきと考えられていること、③日々刻々と移り変わる状況の中、教員には時宜に応じた適切な判断が求められること、④教員は、子どもの自白を事実認定に加え、本人に内省を促すことに重点を置いていることなどを理解しておく必要があります。

(3)関係機関との連携

スクールロイヤーは、子どもの利益を実現するために、関係機関との連携も念頭においてアドバイスする必要があるため、教員以外の関係機関の機能を十分に理解したうえで、各職種・機関との連携も視野に入れることが重要です。
具体的には、①児童生徒に対する心理的ア プローチ支援の専門家として、近年のいじめ問題・不登校問題の増加に伴い、その活躍が非常に期待されているスクールカウンセラー(公認心理士等)、②児童生徒に対する福祉的アプローチ支援の専門家であるスクールソーシャルワーカー(社会福祉士、精神保健福祉士等)、③世間でよく知られている虐待児童の「一時保護」(児童福祉法第11条第2号ホ)以外にも、児童に関する家庭その他からの相談のうち、専門的な知識及び技術を必要とするものに応ずること(同法第11条第2号ロ)等、相談業務も行っており、児童福祉法第12条に基づき、各都道府県に設置されている児童相談所、④地域の18歳未満の子どもの福祉に関する各般の問題につき、子どもに関する家庭その他からの相談のうち、専門的な知識及び技術を必要とするものに応じ、必要な助言を行うとともに、市町村の求めに応じ、技術的助言その他必要な援助を行う児童家庭支援センター・子ども家庭支援センター、その他民間のNPO等の社会資源等があります。

3.スクールロイヤー制度の類型

スクールロイヤー制度は、まだ新しい制度ということもあり、定義が一義的ではありません。ただし、スクールロイヤーという名称にかかわらず、現場の教員等が弁護士に相談できる制度としては、主に以下の類型があります。

(1)教員を兼務する学校内弁護士(常駐)

弁護士が教員を兼務する形態で、現在、東京都内の私立学校で、社会科教員として勤務している例があります。
この場合、児童生徒と直接にコミュニケーションが取れ、他の教員と気軽に相談・議論ができることから、実践的なアドバイスをすることができ、その後の事態の経過等も現場で確認できるなど、きめ細やかな対応が可能であるというメリットがあります。
一方で、学校の立場そのものとなり、第三者性、客観性が後退する可能性や、子どもや保護者と学校や教員との間で対立構造となった場合には、利益相反の問題が生じるため子どもの目線に立てなくなるのではないかとの懸念、各学校に弁護士を常駐させることは事実上難しいというデメリットがあります。

(2)教育委員会の職員を兼務(行政インハウス)

弁護士を教育委員会の職員として採用する形態で、実際に、明石市教育委員会、神奈川県教育委員会等で採られています。
この場合、当該教育委員会が管轄する地域の学校に問題が生じたとき、迅速な対応が可能であり、教育委員会が法律に基づく行政の実効性を担保する意味でもメリットがあります。
一方で、教育委員会は現場の教員のフィルターを通じて事実を把握するため、直接児童・生徒の声を聞けない点、組織の一員としての立場から組織の不適切な行為を是正する力は弱くならざるを得ないのではないかという点がデメリットとして考えられます。

(3)アドバイザー(顧問的弁護士)

現在、多くの自治体で導入されている制度ですが、各自治体により形態は異なり、定期的に面談を実施する形態(千葉県柏市等)、必要に応じて相談を行うが教育委員会が窓口になる形態(大阪府、東京都江東区等)、各学校の教員(担任や校長)が直接相談できる形態(岐阜県可児市等)等があります。
この場合、弁護士の独立性が高く、学校や教育委員会に対し、第三者の立場から(場合によっては厳しい意見でも)助言しやすいこと、低い予算で導入でき、自治体のニーズに応じた柔軟な制度設計が可能であることなどのメリットがあります。
一方で、教育委員会や学校からの要望がない限り、弁護士のほうから自発的に問題を発見し、積極的に介入することは困難であることに加え、学校現場の理解及び子どもが抱える問題の背景を踏まえたアドバイスが難しいこと、行ったアドバイスの有効性を事後的に検証することができないことなどのデメリットがあります。

(4)制度設計の検討

上述のとおり、各制度には、メリット・デメリットがあるところ、独立性を担保し、かつ、第三者的な立場から子どもの利益を実現することができること、また、学校側の数と比較して対応可能な弁護士の数にも限界があることを考えると、上記(3)のアドバイザーがスクールロイヤー制度の趣旨の実現には比較的適しているように思われます。しかし、現場とのつながりが希薄にならないよう、弁護士が、直接現場の教員等と意見交換する機会を設けることが望ましく、子どもの意見や目線を取り入れた体制を整えるために他の専門家との情報共有や、現場からの相談と組織内での情報共有の両立等については、さらなる事例等の蓄積が必要と考えられます。

2.江東区におけるスクールロイヤー

1.江東区のスクールロイヤーの制度

(1)当会との連携

江東区では、平成31年4月から、当会と連携し、スクールロイヤー事業を導入しました。具体的には、当会から子どもの権利に詳しい弁護士3名を推薦し、その推薦を受けて、区教育委員会が、当該弁護士らとの間で契約を締結します。現状、スクールロイヤーの任期は1 期あたり2年で、最大3期(6年)まで務めることができます。
江東区がスクールロイヤー事業を始めるにあたり、当会と連携し、弁護士を選任する形式を採ったのは、委託した弁護士がスクールロイヤーとして活動できなくなった場合でも、新たに学校問題や子どもの権利に詳しい弁護士を確保し、同事業を安定的に継続するためです。

(2)相談方法

江東区と契約した3名のスクールロイヤーは、それぞれ、区内の担当地区内の幼稚園、小学校、中学校及び義務教育学校を受け持ち、1人あたり平均30校程度を担当しています。担当地区制とすることで、各地域の特性を踏まえたアドバイスが可能になり、担当のスクールロイヤーが決まっていることで学校側も相談しやすくなるとともに、地区毎に担当しているスクールソーシャルワーカーとの連携もとりやすくなると考えられます。
各学校がスクールロイヤーに相談するにあたっては、まず各学校の校長から教育委員会に相談をした上で、教育委員会が必要と判断した場合に、可能になるという流れになっています。校長は、所定のフォーマットに必要事項を記入してメールで相談を依頼しますが、緊急性が高い場合には、すぐに電話又は対面での相談を行っています。

(3)協議会等の実施

江東区のスクールロイヤー制度の特筆すべき点として、2か月に一度開催される教育委員会との協議会があります。協議会では、スクールロイヤー事業を導入して間もないこともあり、弁護士及び教育委員会双方の疑問点や要望等が生じる可能性があるため、定期的に事業の運用状況について意見交換しています。これまでの協議会では、相談量の多寡、特に対応方針に迷った事案の検討、さらに、スクールロイヤー事業の運用方法の改善点等について協議されてきました。また、現場の教員の意見を制度に反映させるために、幼稚園・小学校・中学校の各園長、校長との意見交換も実施されています。

(4)令和2年度の運用

導入2年目にあたる令和2年度は、現場の要望を取り入れ、フォーマットを記入する作業に時間を取られて相談のタイミングが遅くなることを防ぐため、特に初回の相談においては、より柔軟な対応を可能とすることで、学校現場にとって利用しやすい運用を目指しています。また、ソーシャルワーカーとの連携を強化するため、ソーシャルワーカーがスクールロイヤーに相談したり、定期的に意見交換したりする体制を整えることで、他職種専門家間での連携の更なる強化を目指しています。

2.ロビイングの経緯

(1)江東区のスクールロイヤー導入の経緯

江東区のスクールロイヤー制度成立にあたっては、当会の子どもの権利に関する委員会が中心となり、弁護士側からも積極的に区に働きかけを行いました。そのようなロビイング活動は、おそらく当会の中でも珍しい活動だと思いますので、今後の参考としていただくため、具体的な経緯について少し説明します。

(2)江東区と当会のつながり

実は江東区は、当会子どもの権利に関する委員会で長年活躍されてきた平尾潔先生が平成16年にいじめ予防授業を初めて行った地域です。その後、弁護士によるいじめ予防授業は全国的に広まりましたが、江東区でも、当会が講師として弁護士を小中学校に派遣し、いじめ予防授業を行うという取組みが10年以上行われてきました。江東区と当会の間にこうした長年の連携があったことが、今回スクールロイヤー事業を導入する重要な礎となっています。
当委員会では、毎年、弁護士を派遣して江東区内の学校でいじめ予防授業を行っています。学校現場に弁護士が足を運び、教員の方々と交流を深め、その話を聞く中で、法的な問題についてのサポートがほしいとの教員の声も多く聞くようになりました。

(3)「スクールロイヤー研究会」の発足

スクールロイヤー制度の導入にあたっては、どのような制度があり得るのか、そのためにどの程度の予算が必要なのかを明確にしたうえで提案する必要があります。そして、そのような調査や検討を行うため、当委員会の学校問題チームに所属する有志の弁護士らで「スクールロイヤー研究会」という任意団体を発足しました。
その中で、各メンバーのつながりのある自治体のスクールロイヤーの事例を集積したり、メディアで「スクールロイヤー制度がある」と報道されている自治体に対して、個別に電話調査を行ったりしました。そのような地道な調査の結果を踏まえて、あるべき制度についてメンバー間で議論し、提案内容を深めました。

(4)区議や教育委員会への働きかけ

次に、スクールロイヤー研究会は、前述(3)の他の自治体の事例調査やこれを検討した結果を踏まえ、教育問題に熱心に取り組む江東区議会議員や、江東区教育委員会に対して、具体的な制度設計を提案することにしました。この時も、スクールロイヤー研究会のメンバーがもともと区議会議員や教育委員会の関係者と直接の面識があったわけではないので、知人を通じて紹介してもらったり、区議会議員の方には、ホームページから面会を申し込んだりしながら働きかけを行いました。

(5)当会内での承認

スクールロイヤー研究会では、子どもの最善の利益の実現を目指すため、区教委と弁護士会が連携し、学校・子ども問題に詳しい弁護士が安定的かつ継続的に対応できるようにする態勢が望ましいと考えていました。そのため、(4)の働きかけと並行して、当会内部で江東 区教育委員会との連携が可能かどうかについて協議・検討を重ねる必要がありましたが、平成 31年4月の運用開始を目指していたため、当会全体、当会子どもの権利に関する委員会全体とその傘下の学校問題チームそれぞれのレベルでの緊密かつ迅速な調整が行われました。

(6)制度の開始

今回、スクールロイヤー制度を実現するためには、条例改正等は必要ありませんでした。その意味では、制度に予算がつくか否かが導入の可否を決定づける重要なポイントであったと言えます。毎年江東区では予算(案)の発表が 2月頃にあるのですが、無事、平成31年2月にスクールロイヤーに関する予算を含む予算(案) が発表され、江東区に初めてスクールロイヤー制度が導入されることが決定しました。

(7)所感

このように、江東区のスクールロイヤー制度は、当会委員をはじめとした多くの方々のご尽力のおかげで実現できたものです。弁護士は、日頃、仕事する中で様々な現場の声を最前線で聞き、法律を使って仕事をしているので、より良い制度のあり方を考えることも多いのではないかと思います。その意味では、弁護士が、より良い政策や制度について積極的に政治家や行政に提案していくことが、より良い社会の実現につながるのではないかと感じています。

3.今後の課題と展望

1.スクールロイヤー制度の課題

(1)相談事項の明確化

江東区では、平成31年度(令和元年度)にスクールロイヤー制度を導入することができましたが、制度上の課題は少なくありません。まず、この1年間運用してきた中でよく聞く意見は「何を相談すればよいのか分からない」というものです。やはり現場の教員の方々からすれば「弁護士」というと、適法性の判断のみをアドバイスするという印象が強いようです。
この点、スクールロイヤーの立場では、違法か適法かという単純な法的判断のみならず、教育及び福祉の視点も踏まえ、環境調整的なアドバイスを行うことになってはいるものの、教員の方々にとっては相談すべき場面が分かりにくいようです。そのため、今後は、具体的に相談可能な内容・場面を明示し、周知することも必要と考えられます。

(2)他職種との連携について

困難な事例の中には、単に弁護士のアドバイスのみでは対応が難しいものもあります。その場合には、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、行政等と連携して対応する必要があります。
しかし、全国的にもスクールロイヤーと他職種との連携の事例はいまだ多くはなく、どのようにすることで有機的な連携を図ることができるのかは引き続き検討していく必要があります。

2.今後の展望

文部科学省は、令和2年1月24日付で都道府県教育委員会及び指定都市教育委員会宛て事務連絡「教育行政に係る法務相談体制の充実について」を発出しました。本通知は、令和2 年度から、都道府県及び指定都市教育委員会における弁護士等への法務相談経費について普通交付税措置が講じられることとなったことを説明しています。そのため、令和2年度及び令和3年度以降、スクールロイヤーの導入事例もより増えていくと予想されます。
この制度では、都道府県教育委員会が委託するスクールロイヤーが、各市区町村教育委員会が設置する小中学校から相談を受ける体制を想定しています。ただし、全国の基礎自治体や単位会によって、様々な背景事情があり、一律のスクールロイヤー制度を定めることは困難です。その意味では、引き続き、各地域におけるスクールロイヤー制度の良い点・改善点等を検討していく必要があると考えられます。