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山椿

私と将棋 私と将棋
横松 昌典(39期)
●Masanori Yokomatsu

将棋を父親から教わったのは小学校3、4年生の頃だ。最初のうちは何度指しても負けた。我流では勝てないと悟り、小遣いを貯めて将棋の本を買った。大山康晴15世名人の『快勝 将棋の勝ち方』(池田書店)だ。大山名人は16歳でプロ棋士となり、69歳で亡くなるまでAクラスに在籍し続けた、タイトル通算80期を誇るトップ棋士だ。
本を読んで初めて、戦法を定型化した「定跡」(じょうせき)というものがあるのを知った。定跡を覚えて、だんだん父親に勝てるようになった。
その後、母方の叔父にもよく相手をしてもらった。柔道有段者で気性の激しい人だったが、甥があれこれ迷って次の一手を考えているのを、辛抱強く待ってくれた。残念ながら早くに亡くなったが、叔父からもらった折り畳み式の将棋盤と駒は今でも残っている(写真)。中学生のとき、地元の将棋大会で準優勝できたのは、叔父との練習で鍛えたおかげである。
その後、高校、大学と進学するにつれ、自分で将棋を指す機会は減った。再び将棋に関心を持ち始めたのは、2001年にそれまでお世話になった共同事務所から独立した頃だ。当時、パソコン向け将棋ソフトが開発され、インターネットで棋譜中継も見られるようになった。自らは指さずに観戦のみで楽しむ「観る将」(みるしょう)という楽しみ方が世間に定着するようになり、私も専らこれである。
その頃注目し始めたのが羽生善治九段である。羽生さんは1985年に史上3人目の中学生棋士となり、1996年には史上初の7冠(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖)を達成した。2017年12月には全てのタイトルで永世位を獲得し、永世7冠を達成した。
タイトル獲得通算99期は大山名人を優に超えている。
羽生さんは、「将棋界では、2015年に人工知能(AI)が人間を負かすだろう」と予測し、そのとおりになった。史上5人目の中学生棋士としてプロ入りし、大活躍をしている藤井聡太七段も、将棋の研究に早くからAIを活用している。
もはやAIの前には、人間同士の戦いなど意味がないのだろうか。そうではないと思う。努力と経験に裏打ちされた人間同士の駆け引き、ドラマにこそ対局の醍醐味があるといえる。
将棋には、弁護士業務と通じるところがある。3手先、5手先を読むことが重要である点はよく似ている。交渉で、訴訟で、相手がどう出るか、それをあらかじめ読んだ上でこちらの戦略を練る。その際に、一歩離れた客観的な目で見ながら考えることが重要である。
将棋の負けは全て自分に原因がある。勝負という点では将棋の方がはっきりしているかもしれない。しかし、弁護士業務は、依頼者の権利を守り、人生をも左右する。だからこそ冷静に先を読まなければならない。更に、法律・判例など、ルールそのものを変えていくことも必要になる場合もある。
判例検索、裁判のIT化など、法曹界もAIを適正に活用していく必要があるが、最後は、人権や正義など、AIには考えられないものを大事にすることを目指すのが、この仕事の魅力だと考えている。