出版物・パンフレット等

この一冊 『シウマイの 丸かじり』

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『シウマイの丸かじり』
東海林 さだお 著
文春文庫 670円(税別)

のっけから恐縮ですが、私は普段小説やエッセイの類をほとんど読みません。そんな私が今回「この一冊」の執筆依頼を頂いたものですから、「一体何の本を紹介しよう...。」と頭を悩ませることになりました。
そんなこんなで私の読書遍歴を辿り始めたところ、突如として小学校高学年の頃に貪るように繰り返し読んでいたエッセイが思い出されました。それが東海林さだお先生の『丸かじり』シリーズです。
『丸かじり』シリーズとは、『週刊朝日』で1987年から連載中の東海林先生のコラム『あれも食いたいこれも食いたい』をまとめた単行本シリーズであり、これまでに何と42巻も出版されています。各コラムでは、ある食材や料理をテーマにした東海林先生の体験記・随想が見開き3ページ程の中に面白おかしく綴られています。当時から食いしん坊であった少年安中は、父の本棚にあった『丸かじり』シリーズを齧りつくように読み漁っていました。そればかりか自宅のWindows 98を駆使し、『丸かじり』を模倣した自らの創作エッセイも執筆しておりました。『丸かじり』に思い至ったアラサー安中は「これだ!」と思わず膝を打ちました。
もっとも、『丸かじり』と対面するのは、実におよそ20年ぶりのことです。「大人になった今読んでも果たして面白いのか?」という一抹の不安は捨て切れませんでした。ところがどっこい、結論から申し上げると、今読んでも十分過ぎる程に面白かったです。今回は、文庫版の『シウマイの丸かじり』を拝読しましたが、食への深い洞察、軽妙でユーモラスな筆致、何とも言えない味のある挿絵といった『丸かじり』の醍醐味が所狭しと並べられていて、終始ニヤニヤ、時折クスっと笑いながら、頁を捲る手を止めることができませんでした。
「『ティファニーで朝食を』という映画があった。『吉野家で朝食を』という映画はない。」から始まる文章が面白くない訳がありません。
私が『丸かじり』から離れていたこの20年間に食にまつわる世界は大きく変容しました。食べログやクックパッドの出現、糖質制限ブームの勃発、Uber Eatsの台頭などは、人々と食との関係を大いに変えました。
『丸かじり』もまた、時代の流れと共に変化しています。『シウマイの丸かじり』には、スマホや「おにぎらず」も登場します。その一方で、20年前と変わらないユーモアがいまだに読者を惹きつけてやみません。さながら、新しい時代に即した技術や食材を取り入れつつ、旧来の料理を発展させていく老舗料理店のような味わいが『丸かじり』にはあるのです。
是非、皆様も食わず嫌いせずに一度『丸かじり』をご賞味されてはいかがでしょうか。

安中 嘉彦(68期) ●Yoshihiko Annaka