出版物・パンフレット等

この一冊 『迷宮の人 砂澤ビッキ』

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『迷宮の人 砂澤ビッキ』
柴橋 伴夫 著
共同文化社 1,000円(税別)

旅に出ると、その地の書店に人る。地元関連の書籍を並べている棚をのぞき、気になる本を買うことが習性となっている。ここ20数年、毎年、道北に行く旅をしている。2019年の夏、最初の宿泊地の札幌の書店で手にしたのが、『迷宮の人 砂澤ビッキ』(柴橋伴夫著・共同文化社 2019年3月刊)。
札幌からは安田侃の彫刻がある美唄に行き、それから、道北の北端に近い音威子府にある「砂澤ビッキ記念館」に行こうと考えていた。砂澤ビッキ(1931年ー1989年)は、アイヌの血を引く旭川出身の彫刻家。阿寒、鎌倉、その後、札幌を拠点として絵画・彫刻を制作していたが、晩年、音威子府に移住し、制作活動をしていた。本人が愛称として使用していたビッキという名は、この本ではアイヌ語で蛙に由来するとしているが、東北・北海道の方言であるらしい。阿寒湖畔で、木彫りのお土産店を経営していたビッキは、画家の山田美年子と知り合い、恋仲となる。その縁で、美年子の出身である鎌倉と阿寒を行き来していた。 美年子が親しくしていた澁澤龍彦や小笠原豊樹(詩人の岩田宏)らと交遊し、モダンアート協会展や読売アンデパンダン展に出品するようになる。ビッキの作品には、アイヌの伝統的紋様をモチーフとしたものから、ふくろうや昆虫などをイメージしたシュールなものまである。1983年、北米カナダの西海岸で触れた先住民のトーテムポールに触発された作品を作るようになる。
名寄から天塩川沿いを稚内方面に北上し、音威子府の中心部を過ぎていくと、廃校となった木造校舎を改装した「エコミュージアムおさしまセンター BIKKYアトリエ3モア」がある 。ビッキの作品やビッキの使用した道具などが展示されていた。奥の部屋には、ビッキが音威子府の野外に展示したヤチダモの巨木の彫刻 『オトイネップタワー』 の一部が置かれている。風雨にさらされ、倒壊した部位の一部である。出口付近には、ビッキが装飾を施した札幌のスタンドバーの内装を移築した「いないいないばあー」があり、半円の大きなカウンターや墜にビッキの作品が並んでいた。1986年に開館した「札幌芸術の森美術館」の野外にも、ビッキが開館記念に制作した4つの巨木のオブジェからなる『四つの風』が展示されて いたが、4本の内、3本が倒壊した。美術館は「木のオブジェは、風雪という竪(のみ)により変化し、自然に帰る」とするビッ キの意屈を尊璽し、そのままにしている。このあたりは、『砂澤ビッキ風を彫った彫刻家』(札幌芸術の森美術館編・マール社2019年刊)に詳しい。
2020年3月、「北海道立文学館」で開かれた特別展「砂澤ビッキの詩と本棚」ではビッキの詩の世界に触れることができた。コロナ禍で休館する前日のことであった。紙数の関係で、昨年、成立したアイヌ新法に触れることができなかった。

白井 久明(27期) ●Hisaaki Shirai