出版物・パンフレット等

この一冊 『告白』


『迷宮の人 砂澤ビッキ』
髙山 烈 著
1,143円(税別)

町田康。彼のエピソードで最も有名なものは、2007年にギタリストの布袋寅泰と口論の末に殴られ、警察に被害届を出した事件だろう。ほとんどの人は、このニュースを「布袋寅泰が傷害事件を起こしたのか」と受け止めたものと思う。しかし、私にとっては、「あの町田康にケガをさせるなんて、布袋寅泰のヤツ、許せない!」というものであった。
町田康は、19歳のときに「INU( イヌ)」というパンク・バンドを結成し、1981年にアルバム『メシ食うな!』でメジャーデビューするも、わずか3 ヶ月で解散。その後、数々の映画やドラマに出演するなど、俳優としても活躍している。
私は2015年、知り合いのバンドの対バンで出た町田のライブを見たことがある。『メシ食うな!』の収録曲をナマで聞けた喜びはあったが、それよりも、「歌詞がわからん」と言ってステージ上で堂々と歌詞カードを見ながら歌う町田の姿がとにかく衝撃的であった。
さて、そんな町田は1996年に小説家としてもデビューし、2000年には『きれぎれ』で芥川賞を受賞するなど、高い評価を得ている。町田作品のパターンは、惰気満々の主人公が、滑稽な空回りの末、何事も成し遂げずに終わる、というものである。それは、奇抜な語彙、聞き慣れない擬音語など、いかにもパンク歌手らしい、町田特有の奇妙な文体により描写される。
そんな独特の文体を駆使して短編を小気味よくリリースしてきた町田が、重厚な長編大作に挑んだのが『告白』である。谷崎潤一郎賞受賞作となった本作は、ある伝統芸能の代表的な演目にもなったという、明治中期に発生したショッキングな事件が題材となっている。
主人公、城戸熊太郎は、幼少時期から過度に思弁的であり、思想を言語化できない。自分の心情を上手く表現できず、思ってもいないことを口走っては、それを糊塗せんがために意味不明な弁を弄し、やがて諦め、不本意な着地をする。素朴な百姓ばかりの河内の農村にあって、周囲は熊太郎の言葉を字義通りにしか捉えず、熊太郎の思弁は常に理解されない。周囲が当たり前のことを当たり前にこなす中、熊太郎はその当たり前のことができない。
いつしか、怠惰な博奕打ちへと堕ちた熊太郎。独特の思弁癖は変わらぬまま、ひょんなことから弟分の谷弥五郎を得る。狡猾な松永熊次郎に何度も煮え湯を飲まされながらも、剛健な弥五郎に支えられ、何とか己を全うしようとする。しかし、思いは遂に叶わず、絶望の末に爆発し、凄惨な結末に至る。
梗概を読めば、紛れもない悲劇である。しかし、町田のパンキッシュな文体で、快活な河内弁を通して描かれるそれは、もはや喜劇である。
どうにもハミ出したくなるようなときに、ぜひ読んでほしい一冊である。