エンターテイメントの法務
エンターテイメント業界は、華やかで憧れの世界です。テレビや映画を見たり、音楽を聴いたり、舞台やコンサートに行くことは、多くの人々の楽しみです。ときには、勇気づけられ、人生の転機となることもあります。このように広く一般に周知され、グローバルな業界でありながら、かつて裁判官から、「この業界に契約書なんてあるの?」と聞かれたこともあったくらい、法の支配の緩やかな世界と思われていました。実際には、一部の例外を除き、多くの契約書の取り交わしが進んできており、そこには、たくさんの弁護士が関与しています。エンターテイメント法務のジャンルは多岐にわたりますので、今回は、専属契約と出演契約について弁護士が検討すべき基本的なポイントの考察をしたいと思います。
エンターテイメント法務の基礎知識~専属契約と出演契約~
1 専属契約
1 専属契約の当事者
専属契約は、タレントやアーティスト等(以下、まとめて「タレント」といいます。)が所属プロダクションに独占的にマネジメント等を委託し、自らの権利を包括的に譲渡ないし利用許諾する契約です。タレントはどのような権利を有し、また、プロダクションはどのような役割を果たすのでしょうか。
(1)タレントの3つの権利極論すれば、エンターテイメントの世界は、タレントが有する権利を第三者との間で売り買いするということに尽きます。タレントは、自らの創作活動(作詞・作曲・執筆活動・ネタ作りなど)については著作権*1を、自らの実演家としての活動(演技、演奏、歌唱など) については著作隣接権*2を、自らの氏名・肖像などの顧客吸引力の利用としてパブリシティ権*3(写真集・CM・キャラクターグッズなど)を有します。これらの3つの権利について、俳優、アイドル、ミュージシャン、芸人、ファッションモデルなど、タレントの活動領域に応じ濃淡があります。
専属契約においては、タレントの価値最大化のため3つの権利全てを包括して譲渡することが多いと思います。譲渡というとタレントに権利が残らないように感じて抵抗があるかもしれませんが、プロダクションがテレビ局・レコード会社などの第三者と契約する際には、著作隣接権等の再譲渡が必要になることもあり、許諾より譲渡の方が一般的となっています。また、個別許諾は、第三者との契約の際、そのつどタレントの同意書が必要となるため、今のところ一般的ではありません。専属契約において、これら3つの権利と譲渡・許諾は、タレントの特性に応じ、限定されることもありますので、まず、これらの権利がどうなっているのかがチェックポイントとなります。
※1 著作物を対象とする権利。著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)をいう。著作者とは、「著作物を創作する者」(同条1項2号)をいう。
※2 著作物の公衆への伝達に重要な役割を果たしている者(実演家、レコード製作者、放送事業者及び有線放送事業者)に与えられる権利。実演とは、「著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む。)」(同条1項3号)であり、実演家とは、「俳優、舞踊家、演奏家、歌手その他実演を行う者及び実演を指揮し、又は演出する者」(同条1項4号)をいう。
※3 人の肖像等の持つ顧客吸引力の排他的な利用権(最判平成24年2月2日いわゆる「ピンク・レディー事件」)。肖像等を無断で使用する行為は、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害する(同判決)。
我が国に特有と言ってよい、いわゆる芸能プロダクションは、次のとおりの役割があるとされています。まず、タレントのエージェントとして出演等の仕事の契約をするという側面です。次に、マネジメントで、狭い意味では、タレントのスケジュール等の管理ですが、広い意味では、タレントの価値最大化を目指し、コストをかけて発掘・育成してプロモーションを行い、活動範囲や出演媒体などタレントの適性に合わせ開拓し、その成果を獲得するために行う全ての活動を指します。最後に、プロダクション本来の意味であるテレビ番組や舞台・映画などの制作で、現在は、一部の大手プロダクションがこの役割を果たしています。このうち専属契約においては、エージェント、マネジメントとしての役割が主に明記されることになります。
我が国では、各プロダクションと制作側が協力の下、タレントのクオリティとスケジュールを調整して制作を行うことが多いため、タレント本人の実力が一番ではあるものの、プロダクションの占める役割も重要なものとなっています。
2 報酬・ギャラ
専属契約のもう一つのポイントは、お金の問題です。上述の各当事者の役割は、専属契約書においては、比較的定型的なものとなりますが、ギャラの決め方に関しては、人により異なってきます。
一つは、月額固定報酬です。育成タレントに多いパターンですが、月額を定め、本人の稼得収入にかかわらず、定額を支払うものです。寮費やレッスン料なども含むことが多く、まだ収入が望めないタレントには、生活を確保するためにこのような定め方をする場合があります。二つ目は、個別に固定報酬を定める方法で す。例えば、1舞台あたりいくらと定めるものです。役者さんや劇場の芸人さんに多い定め方ですが、大物タレントで1時間番組1本あたりのギャラはいくらと決めていて、実際にテレビ局などからの支払い額にかかわらず、一定のギャラを支払うと決めることもあります。最後に、一番ポピュラーなのは、歩合給です。テレビ局などから支払われる報酬の何割を支払うというものです。一般的には、ギャラの高い人ほどタレント本人の割合が高い傾向にあります。
なお、報酬には、いわゆる印税も含まれます。一般に著作権の対価として支払われる報酬を印税といいますが、歌唱印税のように著作隣接権の対価も含まれることがあります。
また、これらの割合や金額は、仕事の内容によっても変わってきます。この印税のように、タレントの貢献度の高い報酬については、タレントの取り分は増えますが、CMのようにプロダクションの企業営業などのコストがかかる報酬については、プロダクション側の取り分が多くなる傾向にあるといえます。
3 経費
ギャラと同様にお金の問題です。出演のためには、交通費・宿泊費、マネージャーの同行費、衣装代、メイクさんの費用などが必ずコストとしてかかってきます。我が国の場合、タレントのギャラは、アメリカなどと比べて決して高いとは言えないので、経費のルール化や透明化はプロダクションとタレントの双方にとって必要な作業です。これらの費用は、制作側が負担することもあれば、ギャラに含まれる場合もあります。いずれにせよ、負担を明確化して公平な取り決めになっていることが必要です。
4 品位保持・反社条項
近時、タレントの不祥事などの問題により、重要視されているのがこの条項です。プロダクション側が企業として気を付けることは当然ですが、狙われやすいのはタレント本人です。タレントの社会的影響力を考えれば、一般的な反社条項だけでは足りず、不断の品位保持に努めるべきと考えられるようになり、マネジメントの責任として私生活上の留意点などについてコンプライアンス研修などを実施するプロダクションも増えてきました。
5 SNS・ファンクラブ
伝統的には、プロダクションがファンクラブを設立し、これによる収益をタレントとシェアすることが行われてきましたが、最近では、ファンクラブのあるなしにかかわらず、SNSで様々な情報を発信するタレントが増えてきました。SNSでの広告収入などが見込めることから、近時では、プロダクション側も積極的にSNSを利用するようになりました。ただ、いわゆる炎上や他人の権利侵害(肖像等の無断使用)につながりやすい注意点もあります。インスタグラムなどには、プロダクションが用意したカメラマンが撮影した肖像で、タレントのプロモーションに利用する側面もあり、アカウントの共有なども含めて、明確な取り決めが必要です。
6 期間
専属契約も契約ですから、有期のものであることが原則ですが、継続性の確保のため自動更新条項が付されることが一般的です。プロダクションにとっては、これまでコストをかけて育成してきたタレントが売れ始めると同時に他に移籍されると投下資本の回収ができなくなりますし、逆にタレントは、自らの職業選択の自由がありますので、これまで一方当事者が更新要求できるいわゆるオプション条項がありましたが、その適用範囲を限定する一方で、プロダクションに対し移籍金を支払うことによる解決を図る新しい試みもあります。
7 専属契約の法的性質
専属契約は、エージェントとしての役割を見れば、業務委託契約であり、委任(または準委任)の法的性質がありますが、マネジメントの側面を見れば、この枠にとどまらず、タレントとプロダクションの業務提携契約というべき側面もあります。
重要なことは、雇用との区別です。タレントには、プロダクションが提供する仕事に対し、諾否の自由があります。ある程度仕事の幅を決めていて、その範囲ではプロダクション側に任せていることも多いようです。もちろん、一旦引き受けた仕事については、タレントにはそれを完遂する義務が生じます。もし、この諾否の自由がないとすれば、場合によっては、雇用とみなされ、労働法制に服することになります。
2 出演契約
出演契約は、タレントがテレビ、ラジオ、CM、映画、舞台などに出演する際の制作者との取り決めです。役務の提供内容や対価、期間などの一般的な契約としての留意事項はここでは触れませんが、特有のいくつかの論点を見てみます。
1 二次利用・ワンチャンス主義
テレビで映画を見ることはごく当たり前となっていますが、このほか映画をDVDにして販売したり、配信したりするようないわゆる二次利用(著作権法上の二次使用より少し広い意味で)は、映画製作者にとって一般的な投資費用の回収方法となっています。
実演家であるタレントは、著作権法91条1項によって録音・録画の権利を専有していますが、「映画の著作物」に関しては、権利を有しないものとされています(同条2項)。つまり、実演家が映画の著作物に録音・録画することをいったん許諾した場合には、映画のDVD化等の複製については、実演家の録音・録画権は及ばなくなります(同じ実演で1回の許諾しかできないため、「ワンチャンス主義」と呼ばれます。)。特段の合意がなければ、その後の利用について不許諾とすることはできませんし、ギャラも発生しないことになります。
「映画の著作物」は、判例上も劇場用の映画に限定されないのですが、初演がテレビや配信の場合に適用はあるのでしょうか。反対説もありますが、著作権法63条4項(103条で隣接権に準用)の規定などから、実務的には、ワンチャンスではない、つまり別途許諾及び許諾料が必要とされています(いわゆる外部委託の制作においては、ワンチャンスを主張する会社もありますので注意が必要です。)。配信番組についても、実務上は許諾を得て二次利用しているようですが、いずれにしても、法的に完全に決着した論点ではないため合意が重要です。出演契約書において、二次利用について、最初のギャラに含まれるのかどうか、そもそも許諾権の行使ができるのかどうかなど定めておいて、後日の紛争を防止する必要があります。
テレビ番組も配信番組も、当初の時点で、二次利用をするかどうかが明確に定まっていないケースも多く、明確に料率や対価を定めることは難しいため、包括して許諾をするが許諾料は別途協議とされることも多いのですが、タレント側の希望も含め、二次利用の形態次第で許諾というパターンもあります。
一般論としては、タレントのギャラは、高い順に、映画→テレビ(地上波→衛星)→配信となっています。映画はワンチャンスで、ギャラが一回きりなのでテレビより高い傾向にあり、配信については、テレビよりメディアパワーが弱いとされているため、テレビのギャラより安い傾向にあるので、頭に入れておく必要があります。
2 配信の出演契約
いわゆるネット番組への出演ですが、放送と異なり、ある日時のある時間帯だけ配信されるということは少なく、一定期間配信され続けるという特性があります。また、好評の場合は、さらに継続することもあります。また、課金形態を見ると、広告料収入をベースとした無料コンテンツと、有料コンテンツの中でも、個別課金やサブスクリプション(月額定額制)の場合があります。さらに、コンテンツを制作するのが、NetflixやTikTokのようなプラットフォーマーの場合もあれば、そのようなプラットフォームに提供するためのコンテンツを制作する会社の場合もあります。特徴的なのは、ビジネスモデルが多岐にわ たることです。そのため、契約書を作成あるいはレビューする弁護士自身がそれをよく理解する必要があり、その上で、期間や出演などの時間的拘束とともに経済条件などの契約要素を明確にすることが必要となります。
3 タレント移籍の際の処理
専属契約でも述べたとおり、タレントとの契約は有期契約ですから、将来的には移籍や引退、または死亡という事態は必ず発生します。期間の短い契約は別として、二次利用などはかなりのロングタームとなりますので、移籍条項は必ず置かなくてはなりません。 一般的には、契約当事者たるプロダクションが専属期間後も契約上の地位を存続するか、新しいプロダクション(あるいはタレント本人) が契約上の地位を承継するかという選択制になっていることが多いように思いますが、専属契約において専属期間中の権利義務については、終了後も継続すると記載されていることも多いので、これと矛盾する記載でないかどうかをチェックすることが重要になります。 テレビの出演契約などは、元プロダクションが二次利用の許諾をする運用となっていることもあり、出演契約の内容次第では、タレントの移籍後にトラブルが生じかねないケースもありますので、留意が必要です。
4 反社・不祥事対応
全ての契約には、反社会的勢力の排除条項を作成することが必要となっておりますが、もちろん、出演契約も例外ではありません。また、犯罪行為や不倫などの強い社会的批判を受ける行為をした場合も、契約が解除されることもあり得ます。
ただ、エンターテイメントのコンテンツは、最長で著作隣接権の保護期間(実演後70年) までは利用することが可能という極めてロングタームですから、いつまで契約を解除できるのか、いつまで所属プロダクションが不祥事の責任を負うのかについては、明確な答えはありません。個人的には、過去作品には罪はないと思うのですが、一般市民に受け入れられるかどうかは、別の尺度で考える必要があります。リスクを公平に負担できるような条項であることを心がけてレビューすべきだと思います。
タレントの出演契約の現状と課題
1 音事協について
【編集部】 音事協とはどのような団体ですか。
【中井】 音事協は芸能プロダクションの業界団体で、現在、ホリプロ、吉本興業、渡辺プロなど110社が加盟しており、その他に権利管理 だけ委任されている委任社が200社以上あります。同じような団体として日本音楽制作者連盟(FMPJ)があり、サザンなどが所属しているアミューズや、サカナクションなどが所属しているヒップランドミュージックなどが加盟しています。どちらにも所属していないジャニーズをあわせれば、テレビに出ている人たちの相当数をカバーしていることになります。 正式な名称は日本音楽事業者協会ですが、これは協会設立のころは歌謡曲、歌手が芸能界の中心だった名残で、現在の会員の芸能プロダクションには、歌手よりも俳優、タレント、お笑い芸人の方が多くなっている傾向にあります。
【編集部】 どのような活動をしていますか。
【中井】 大きなところでは、放送実演の二次使用に関する著作隣接権の管理です。例えば、俳優やタレントがテレビ番組に出演し、その番組がネット配信されたり、DVDになったり、 海外に販売されたりするときの権利許諾の窓口になっています。テレビ局から、この番組でこの俳優さんの許諾をいただけますかという申請を受け付けて、各プロダクションに確認する。そして、二次使用料の徴収と分配を行います。音楽関係では、テレビでCDをBGMで流す場合の商業用レコードの二次使用などは、放送局からレコード協会と芸団協(CPRA)に許諾料が入り、それが音事協を経由して加盟社に分配される。そういう著作隣接権がいろいろなところで二次利用された場合の徴収分配をしています。 また、昔は地上波のテレビ番組が初出で、それから二次使用という形でしたが、最近はネット配信が初出だったり、テレビとネット配信が同時に行われたりする事例が多く出てきています。こうした新しいビジネスモデルへの対応や、放送番組の二次使用などに関するルールを、放送局と対峙しながら作っていくというのも私たちの大きな仕事です。
【編集部】 二次使用料の分配は、具体的にはどのように行っているのですか。
【中井】 例えば、DVDの売上の10%が出演者の二次使用料として、出演者が全員音事協の加盟プロダクション所属であれば、それが音事協に入ってきます。作品ごとに、各出演者の寄与率というのがあり、例えば、『人志松本のすべらない話』の松本の寄与率が○%、宮川大輔が○%、ほっしゃん。が○%のような料率です。だいたい元のギャラの配分だと思ってください。二次使用料の総額に寄与率を掛けて音事協から各プロダクションに振り込みます。その後は、プロダクションと役者やタレントとの契約の問題になります。
2 テレビ番組は、どうやって作られるか?
【編集部】 今回は、音楽と劇場用映画は除外して、テレビ番組を中心とした映像作品についてお話を伺います。テレビ番組は、どのように作るのでしょうか。
【中井】 NHKでいえば、朝ドラや大河のような局の看板的な番組は、NHK局内で制作をします。NHK職員であるディレクターやプロデューサーが制作するもので、これを局内制作とか局制作と呼んでいます。民放にも多くのドラマがありますが、社員が作っている局内制作のドラマの他に、子会社や外部の制作会社に制作委託をしている作品もあります。また、既に完成している作品をテレビ局が買ってくるというのもあります。主に海外のドラマが多いのですが、最近は日本でもあります。例えば、Netflixの『火花』ですが、制作は吉本興業です。配信権はNetflixで、配信権以外の権利は吉本興業にあり、放送権をNHKに許諾して放送しました。アメリカだったら普通ですが、日本ではわりとレアケースです。
【編集部】 Netflixで配信したものをNHKで放送したとみんな驚きましたね。
【中井】 NHKがNetflixからドラマを買ったと思った人もいたようです。まとめると、テレビ番組は、局内制作、外部制作、購入の3つに分類できます。一番多いのは2つ目の外部制作ですね。
3 テレビ番組の出演者の権利処理
【編集部】 テレビ番組では、俳優やタレントなどの出演者、著作隣接権者の権利はどのように扱われていますか。
【中井】 芸能プロダクション側からすれば、本来はテレビ放送のための権利許諾で、それ以外の利用の場合は別途許諾が必要という内容の契約にするのが原則です。著作権法でいうと、放送のための録音録画だけの許諾になります。だから放送番組に出ますという契約や合意をすると、テレビ放送については許諾しました。ただし、放送以外に使用する場合は必ず著作隣接権者である実演家(俳優、タレントなど)の許諾を取らなければいけない。その 許諾を取る窓口をやっているのが音事協です。ところが、「これが何で買い取りになっているんだよ」という契約がされていることがある。ワンチャンスになっている契約ですね。音事協加盟社でも、権利関係に厳しいプロダクションの主要な役者さんや、バラエティーのメインの出演者は、きちんと権利処理されるんです。番組を配信するときにはいくらお支払いしますと。しかし、下の方は全部権利 を買い取る、1回目の出演料で配信権もDVD化権も全部取ってしまう。タレントの利益にもかかわることなので、上司が「何やっているんだ」と怒ると、マネージャーが「すみませ ん、無理にお願いして突っ込んだので、それはもういいです」とか。やっぱり現場のあうんの呼吸みたいなものがあって、なかなかすっぱり契約で割り切れないんです。
【編集部】 ただ、買い取りの俳優が、将来、主役級になったりすることもあるんですよね。
【中井】 そうなったときも勝手に使われてしまう。「あの人の若いころ」みたいに。
【編集部】 かえって若いころの方が使われてしまいますね。
【中井】
そうなんです。売れてくると管理が厳しくなってくるので。
また、外部制作会社の中には、「制作会社は放送事業者じゃないから、うちの出演を承諾したということはイコール、録音録画権ももらっている、ワンチャンスだから、うちが自由にしてもいいんだ。」という映画会社と同様の立場を取る会社もあります。
【編集部】 まとめると、完成作品を購入するときは、権利処理がされている。局内制作の作品は明確に買い取った場合を除いて放送のための権利許諾で二次利用は別途許諾ということにそんなに争いはない。外部委託のときに問題となることが多いんですね。
【中井】 そうです。外部制作会社によっても違っていて、特に映画系のプロダクションだと、買い取りたい、映画と同じだと言ってくることが多いです。
4 出演契約と二次使用
【編集部】 出演契約書はだいたい結べているのでしょうか。やはり結べないこともありますか?
【中井】
そうですね。ただ、契約書を結べているのは、バラエティーではMC、司会者やレギュラーの上の方だけ、ドラマはメインどころの俳優ぐらいで、そんなに出番の多くない、役としては軽い人たちは口約束のことも多いです。契約書も何もないので、事務所側としては、二次利用の許諾権は残っていると思っていますが、テレビ局側は、買い取っているんだみたいなところがあって、そのあたりが一番むずかしいところです。
中小企業でネジ1箱発注したって、発注書を出してやるじゃないですか。なぜそれができないのかと思うんです。契約書とまではいかなくても、出演依頼書と承諾書のようなものが複写でもいいからあれば証拠として残るんですが...。
【編集部】 少なくとも、出演の許諾書、ギャラ、それからどの範囲で利用できるかくらいは書面を交わさなければいけないと。
【中井】 そうですね。でも、契約書は出てこないから、ギャラの請求書の中で「○月○日放送出演分」と書く、放送出演として許諾するということだけは明確にしておく。再放送、二次使用のときは別個だよという証拠の一つになりますね。
【編集部】 でもあまり望ましい形ではないですね。
【中井】
ごまかしには違いないので。本当はビス1本、ネジ1本のようにちゃんと発注書と受注書みたいなものがいるだろうと思います。これまで何回もおかしいと言ってきたんですが、テレビ局側はうんと言わないし、逆にうちの会員社側もそれで縛られると都合が悪かったりするので、あまり積極的に誘導しなかった。
でも、好景気で放送局に潤沢な制作費があって沢山の出演機会があって、いいよ、いいよと言っていた時代とは違い、番組の制作費の中でも配信でどのくらいの利益が見込めるかまで考えて、予算ぎりぎりで作っているので、局もシビアになってくるんだったらプロダクションもシビアにしていかないとまずいですよね。
5 出演契約と二次使用
【編集部】 『M-1グランプリ』という作品では、予選は配信で、決勝だけ地上波で生放送して、終わった直後からまた配信。最近は、テレビと配信が得意なところだけ組むというパターンが増えてきているようですね。
【中井】 例えば、キー局ほど制作費がない大阪の放送局に多いのですが、ドラマの制作はものすごくお金が掛かるので、わりと配信業者と組むんです。もちろん、最初から配信大前提ですよね。大阪、近畿広域だけは放送します。近畿以外の地域は同時配信します。だから実質全国ネットみたいな。基本的には、音事協にとっては、どんどんドラマを作ってくれれば、役者の仕事の場所も増えるので、ウエルカムです。
【編集部】 かつては映画のギャラが一番高くて、地上波テレビ、BS、CS、最後に配信。配信だからギャラが安いと。今はこの序列も崩れてきています。
【中井】 今はAmazonプライムとかNetflixとか、海外の配信業者はかなり高い。
【編集部】 感覚がアメリカのギャラだからですか。
【中井】 そうですね。地上波よりギャラがいいらしいです。
【編集部】 今後は、まず配信でやって、面白かったらテレビでもやろうかという作品も増えてきそうですね。
【中井】 そうですね。少し前までは、配信というと、「誰が見ているんだよ。」という感じだったのですが、今は配信で見ているのが当たり前で、特にコロナ禍によりNetflixやAmazonプライムを見ている人はものすごく増えたので、配信だけでもいいぐらいのところもあるんです。
6 サブスク型動画配信サービス等とギャラ
【編集部】 HuluやNetflixは月額1000円ぐらいのサブスクリプション(定額課金)ですが、こういうときの番組の出演対価はどうなっていますか。
【中井】
事業者や作品によって違いますが、一つは、番組販売、売り切りみたいなものがあり、一定の期間分の権利を一定額で、例えば半年間に何回再生されようが150万円などと売っちゃう。あとは、再生数案分というものがあります。この1カ月で千何百万時間再生されました。そのうちこのドラマは二百何十時間再生されました。なので、全収入のうちの配当パーセントのうちの千何百万分の何百と案分してお金をもらう。
売り手側と買い手側の同意に基づいて決まります。うちはがんがん回る(再生回数が増える)自信がある作品だから、時間案分で金をくれというときもあれば、昔のもう見なくなったドラマを買ってくれるんだったら、半年間で1本150万円でみたいなやり方もある。それに基づいて音事協は、番組販売したお金の10%を全出演者に割り振るという分配をしています。なかなか面倒ですが、配信のマーケットが大きくなって、無視できない数字になってきています。
【編集部】 今は少ないですが、サブスクではなくオンデマンド配信による単品販売もありますよね。
【中井】 単品販売した方が実入りがいいケースもあり、昨年も実際にサブスクに出すよりも利益があがったというドラマがありました。戦略ですよね。
【編集部】 要するに1時間いくらというテレビのギャラ以外の部分は、高く売るためにいろいろなやり方があるということですね。
【中井】 そうですね。
7 演者側から見た問題と制作会社側から見た問題
【編集部】 中井さんは演者サイドに立ったり、制作サイドに立ったり両方経験されています。出演契約について、演者から見た問題と制作会社から見た問題、どのように感じていますか。
【中井】
実を言うと、私は、やっぱり根は興行会社の人間で、しかも芸能プロダクションのマネージャー上がりなので、タレントファーストなんです。ゼロからイチを作る人が一番偉いと思っていて、この人たちの権利が一番尊重されるべきだろうと思います。もちろん監督とか脚本の力もありますが、特にバラエティーの場合、出演者に負うところがすごく大きい。
ドラマだと脚本が7割〜 8割で、監督がいて主演がいるというところがありますが、バラエティーは、松ちゃん、浜ちゃん、お任せみたいなこと多いじゃないですか。それでいうと彼らは金銭的にももっと評価されるべきであろうと思っています。
【編集部】 全体の中での寄与度は誰が一番大きいかということが適正に評価されるべきだと。
【中井】 そうなんです。変な昔の規律がそのまま残っていて、例えばテレビ番組をDVDにするとき、ドラマだと売れた金額の10%を出演者で割ります。ところが、バラエティーだと8%なんです。8%というのはもともと歌番組がバラエティーの主流だったころの料率です。それで実は料率協議の際にもめました。ドラマは監督と脚本、監督の演出に沿って役者さんが動いている。でもバラエティーは、芸人たちが自分で番組を作っているから、役者より多くてもいいぐらいだろうと。そこはやっぱり一番声を大にして言いたいところです。
【編集部】 長時間にわたりありがとうございました。
専属契約をめぐる独禁法の問題と留意点
【編集部】 平成30年2月に公正取引委員会の競争政策研究センターで、「人材と競争政策に関する検討会」が報告書*1を発表し、また、令和元年9月に委員長と貴社との懇談会で、芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為の想定例*2が公表されました。芸能界に関する独禁法の問題というトピックですが、どういう背景があったのでしょうか。
【横山】
真偽のほどは定かではありませんが、事務所を独立するとテレビに出られなくなるというような事例があるのではないかと一部マスコミで報じられたことです。
【編集部】 調査開始時には、公取では、フリーランスに関する独禁法上の諸問題ということで、特に芸能界をターゲットにしたものではなかったのですよね。フリーランスというのはどういう人を指すのでしょうか。芸能人はこれに含まれるのでしょうか。
【横山】 報告書には、「個人として働く者とはフリーランスと呼ばれる人がその代表であり」とは書いてありますが、フリーランス自体の定義はないです。また、「フリーランスとは、例えばシステムエンジニア、...何々などが挙げられるが、このほかスポーツ選手、芸能人を含む幅広い職種を念頭に検討を行った」と書いてありますので、芸能人も対象ですが、スポーツ選手はチームに所属していますし、芸能人もプロダクションに所属していますから、そういう意味ではフリーランスではないですね。
【編集部】 この報告書の中で、芸能分野のいくつかの事象について、優越的地位の濫用の可能性があるということで指摘されています。そもそも優越的地位の濫用というのはどういうことですか。
【横山】 優越的地位の濫用とは、自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為のことです。この行為は、独占禁止法により、不公正な取引方法の一類型として禁止されています。
【編集部】 プロダクションが優越的地位にあって、タレントが弱い立場という構図なのでしょうか。
【横山】 プロダクションがタレントに対して優越的地位にあるかと言われたら、そうとは限らないと思います。タレントの方が優越的地位にあるケースも結構多いと思います。
【編集部】 具体的にはどういうことですか。
【横山】 有名なタレントさんだと、プロダクションの方がタレントの言うことを聞かないとタレントに辞められてしまって困るというのはあると思います。番組に出ないとか、仕事をやりたくないと言われてしまうと困りますよね。もちろん、プロダクションが優越的地位にある場合も、あると思います。
【編集部】 まず、公取に指摘されたケースで、「専属契約の満了時に、所属事務所のみの判断により、契約を一方的に更新できる旨の条項を盛り込み、これを行使することが問題となり得る」とされています。この点については、どうでしょうか?
【横山】 いわゆるオプション条項ですね。これについても、報告書は、一概にだめとは言っていません。だめな場合もありますよということです。オプション条項を設けるならそれなりの合理性を持って設けないといけないです。ただ、私としては、それよりきちんと期間を明確に定めればいいだけで、2年契約1 年オプションにするのだったら、最初から3年契約にすればいいと思います。
【編集部】 これは専属契約にはよくある条項だったのですよね。
【横山】 そうです。合理性があればいいはずなのですが、でも問題だと言われるのだったら、2年+1年じゃなくて最初から3年にすればいいのだと思います。
【編集部】 普通の契約だとあまり見ないように思いますが。
【横山】 いや、例えばスポーツ界でよくありますよね。2年契約ですごく成績がよかったらチーム側から1年延ばせるというオプション契約というのはあると思いますが、これまで問題になったことはないと思います。実質、それは3年契約と見ている。3年契約だけど、2年で終わらせることもできるという、そんな意味合いでとらえたら不当な感じはしません。
【編集部】 タレントの仕事というのは、1回の出演で終わることもあれば、期間の長いものもありますよね。連続ドラマとか、映画とか。その途中で、契約満了で独立しますというと、事務所だけではなくて関係する皆さんが困ることもありますね。
【横山】 そうですね。そういう場面に備えるために、オプション条項があるのだと思います。
【編集部】 ただ単に拘束するための手段として、 継続した仕事もないのに1年延長ということがあれば、問題になる可能性があるということでしょうか。
【横山】 そういうことでしょう。が、現実の判断は難しい場面があると思います。そういう議論にならないためにも期間を明確に定めて合意すればいいと思います。
【編集部】 オプション権行使の基準が明確でないと揉める可能性がありますね。
【横山】 気を付けるべきことは、契約内容をしっかり説明することだと思いますね。公取委の方もおっしゃっていましたけど、よく分からないまま契約するのが良くないと。それが直ちに独禁法違反になるわけではないですが、契約する以上はお互いに内容をよく理解してやるということが肝要かなと思います。
【編集部】 待遇面ですが、「一方的に著しく低い報酬で取引を要請すること」というのが問題になり得ると指摘されていますが、これはどういうことでしょうか。
【横山】 著しく低いかどうかは、仕事の内容にもよりけりですから、金額だけで判断はできないと思います。明確な基準はないと思いますよ。
【編集部】 いずれにせよ、専属契約の中ではギャラについては明確に決めておいた方がいいということですね。中には、報酬が「別途協議」になっているケースもありますが。
【横山】 別途協議して、その後、当然決めるわけでしょう。テレビ1時間のギャラが、例えば50対50で配分するとか、1時間いくらとか、明確に決めておけばいいのです。だから常識的な対応をしていれば、別に問題になることはないと思います。
【編集部】 あと、報告書では、「氏名肖像権、芸能活動に伴う知的財産権を芸能事務所に帰属させているにもかかわらず、対価を支払わない」のが問題になり得ると指摘されています。
【横山】 JASRACのように権利を集中管理しないとビジネスが回っていかないですから、権利を包括的に事務所に帰属させるというのは合理性があると思います。あとは、きちんと対価が支払われるかどうかですが、一般的には対価が支払われないことはあり得ないと思います。
【編集部】 例えば月額○万円の固定報酬でということが話題になったこともありましたが。
【横山】 この点についても、この権利はもらいます、寮費やレッスン代はこちらで負担します、対価はこのように支払いますというのを明確に説明することに尽きると思います。
【編集部】 さらに、「契約等を書面によらず口頭で行う」のは競争政策上好ましくないということですけれども、これは先生がおっしゃっていることと同じですね。
【横山】 そうですね。口頭だから悪いということは公取委も言ってないと思いますけど、でも後々のトラブルを避けるためにはきっちり説明して契約書に落とし込んでと いう、ごく普通の取引で行われていることをやればいいという話だと思います。
【編集部】 芸能界以外でも、報告書では、スポーツ界の移籍制限も問題になり得る事例として挙げられましたよね。
【横山】 育成費用を回収して育成インセンティブを向上させる必要があります。それから、プロリーグだと戦力均衡してないとリーグが面白くないわけですから、そのために考慮の要素には入るということですよね。
【編集部】 お金のあるところが強い選手をみんな引っ張っちゃうと、興行にならないということですかね。
【横山】 どこまでよくて、どこからがだめというのは明らかではないですが、考慮要素には入るということです。
【編集部】 「選手育成費用の回収可能性」とありますが、これは芸能界でも同じですか。
【横山】 タレントが売れるためには本人の努力や才能はもちろん大事ですけれども、プロダクションやレコード会社が営業したり、広告宣伝したり、あとレッスンを受けさせたりすることによって能力を高め、売れるように育てていくことが非常に重要で、その両方がないと、タレントは売れないです。そのあたりは考慮していかないと、芸能界自体がなくなっていく可能性はあると思います。もちろん、公取委もそこは考慮してくれています。
【編集部】 投下資本の回収にも報告書で言及はしていますよね。
【横山】 そうですね。タレントの育成費用などは考慮されるべきでしょう。歌がうまい人や、才能がある人はいくらでもいるわけで、その中での競争に勝ち残っていかないといけないですから、プロダクション側も育成に時間とコストをかけていくことになります。
【編集部】 話は変わりますが、エンターテイメントのジャンルの事件にあまりかかわったことがない弁護士がまず学んでおかなければならないことは何でしょうか。
【横山】 著作権とパブリシティ権をきちんと理解しておくことが重要です。
【編集部】 どのように勉強すればいいのでしょうか。
【横山】 拙著『著作権ビジネス最前線』をぜひと言いたいのですが、ちょっと古くなってしまいました。基本書としては、中山信弘先生の『著作権法』を全部読み込む。パブリシティ権は、ピンク・レディー最高裁判決と解説類を一通り読む。それからいろいろな判例や論文が出ていますので、一通り理解しておかないとプロとして仕事をするには怖いですね。興味のある人は、特定非営利活動法人エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワークに入ってください。
【編集部】 弁護士でも難しいのですから、専門知識のないタレントはプロダクション側から言いくるめられているように感じてしまうこともあるのではないですか。
【横山】
だからこそ、分かりやすく工夫する必要があります。
契約書にいくら良い内容を書いていても、しっかりした説明がないと、後で不満が残ると思います。例えば、先ほどの権利の包括的な譲渡は合理性がある話ですが、タレントに権利を取り上げられたと誤解されたら大変です。映画会社や放送局など、ライセンスを受ける側からみれば、誰かがちゃんと責任を持って権利をまとめてくれないとコンテンツを危なくて使えないです。そういうことを契約時にタレントにきちんと説明しておく必要があります。
そもそも、タレントとプロダクションは、基本的に同じ方向を向いてなきゃいけません。売れるためにどうしたらいいかという目線は一緒のはずなので。テレビ局や映画会社から、どれだけ良い仕事をとってくるかという点では、利害は一致しているのです。
【編集部】 条件が良くなればお互いのメリットですね。
【横山】 そうです。プロダクション対タレントじゃなくて、「プロダクション・タレント」対「ライセンシー」のせめぎ合いのはずですけど、何か変なところにスポットライトが当たっていますよね。
【編集部】 本日は、長時間ありがとうございました。