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裁判員裁判レポート 逆転無罪判決

1 はじめに

弁護士3年目の昨年6月、控訴審の国選弁護事件の配点を受けました。送られてきた判決書を見ると、否認事件。すぐに原審弁護人に連絡をとると、絶対無罪の事件だからなんとか頑張ってほしい、そう言われました。プレッシャーも感じましたが、同時に、熱い気持ちになりました。

2 事案の概要と原判決

(1)事案の概要

罪名は過失運転致傷です。見通しの悪い交差点での交差方向での自動車同士の衝突事故です。依頼者は、交差点手前の対面信号機の約43.1メートル手前で同信号機が青色であることを確認し、その後は交差点内に視線を移し、直進しようとして、交差点に進入しました。すると、左方からトラックが直進しようとして交差点に進入してきました。両車両は衝突し、衝撃で交差点の角まで飛ばされて停止しました。依頼者の車両はエアバッグが作動してドアも開かず、依頼者は車内に閉じ込められ、しばらくして救急車で搬送されました。

(2)争点と「被害者」及び目撃者の供述内容・供述経過

本件の争点は、交差点進入時に、「被害者」と依頼者のどちらの対面信号機が赤色であったのかというものです。具体的には、目撃者及び「被害者」の供述の信用性です。
「被害者」は、職業ドライバーでした。「被害者」は、事故直後から原審公判にわたり、「交差点に進入する前、対面信号機が赤信号であったため交差点から約20メートル手前の停止線手前で短時間停止し、信号機が青色に変わったので、発進して交差点に進入した」と供述していました。
さらに、本件には「被害車両」の後続車両の運転手という目撃者がいました。目撃者の供述には、以下のとおり、2点変遷が見られ、かつ、変遷前の供述は客観的事実に反するものでした。まず、事故直後(平成28年12月2日)の実況見分での目撃者の指示説明、事故から約2か月後の平成29年2月1日に作成された警察官調書、事故から約1年半後の平成30年4月25日に作成された検察官調書の一つ(検察官調書①) には、いずれも「被害車両の後ろに停止し、対面信号機が青色に変わり、被害車両が発進したので、それに続けて発進した」旨記載されていました。しかし、検察官調書①と同じ日に、もう一通検察官調書が作成されていました(検察官調書②)。検察官調書②には、「被害車両が発進し交差点に入る前に対面信号機は青色でした」という旨の記載がなされており、従前の調書と、⑴目撃者が対面信号機の青色表示を視認した時の被害車両の位置について供述が変遷しました。さらに、起訴後の令和元年12月19日、原審弁護人の求めに応じ、実況見分がやり直されました。その結果、検察官調書①までの状況、つまり「被害車両」の後ろに目撃車両が停止している状況では、被害車両が車高の高いトラックであるために、目撃者が対面信号機を視認することが不可能なことが明らかになりました。また、目撃車両が停止した状態で、被害車両が「11.7メートル前進して横断歩道手前」に至ってようやく目撃者は対面信号機の表示を視認できることも分かりました。その後、原審で目撃者の証人尋問が実施されると、目撃者は、「被害車両が横断歩道手前まで進んでから、青色信号を見て、自分も発進した」という旨の証言をし、検察官調書①までの供述から、⑵目撃者が被害車両に続けて発進したか否かについても供述が変遷し、また、目撃者が青信号を見た時の被害車両の位置について、検察官調書②の「交差点手前」から「横断歩道手前」へと、少なくともその表現ぶりが変わりました。また、変遷理由について、目撃者は、原審公判廷において、「取調べの際、検察官から裁判になって証人として呼ばれるかもしれないと言われたので、自分で確実に目撃したこととして言える内容を供述することにした」、つまり変遷理由は記憶の正確性だと証言しました。
なお、原審では、これらの内、検察官調書① 及び②それ自体はいずれも証拠として法廷に顕出されず、目撃者の証人尋問において検察官調書②の内容のみが法廷に顕出されました。

原判決

原判決は、目撃者の証言について、変遷⑴ に関して目撃者の述べる記憶の正確性という変遷理由に不自然な点はないとし、変遷⑵に関して青色信号を確認してから発進した旨の証言もいつも信号を確認してから発進していることを踏まえた自然な供述であることなどを理由に、信用できると判示しました。
「被害者」供述の信用性についても、目撃者の供述内容と主要な部分で矛盾がないことや、具体的で自然な供述であることを理由に、信用性を肯定しました。
その結果、依頼者は、罰金50万円の有罪判決を受けました。

原判決

(1)弁護方針

原判決を見て、「被害者」供述は客観証拠に裏付けられたものではなかったため、目撃者供述の信用性さえ崩せれば、有罪立証は困難な事件であり、また目撃者の供述 の変遷は大きく、この点が最大の問題になると考えました。とはいえ、まずは色々な可能性を探りながら検討していこう、そう考えて弁護活動に入りました。なお、控訴審は不慣れでしたが、裁判員センター主催の控訴審研修を過去に受けていたため、その際の資料を何度も見て参考にしました。

(2)打合せ

選任の約10日後、依頼者と打合せをし、依頼者の考える原判決の問題点、特に目撃者の供述の変遷や証言時の様子、実況見分やり直しの経緯などを確認しました。やはり事件を一番知っているのは依頼者であり、原判決の問題点の把握が進みました。

(3)ブレストと捜査経過一覧表の作成

それから数日内に、ブレストをしました。控訴審研修で、「控訴審でもやることは同じ。ブレストをやって、何が重要なのかをきちんと検討することが大事」と学んでいたので、それを実践しました。並行して、本件では供述経過の分析が極めて重要だと思ったので、捜査経過をエクセルで一覧表にまとめました。これは非常に役立ち、目撃者の供述の変遷が、その当時の取調官の問題意識や証拠関係とパラレルに推移していることが可視化されていきました。特に、前述の変遷は、実況見分がやり直される前に生じていたため、その理由の解明が必要でした。一覧表の作成により、目撃者の警察官調書と検察官調書の作成の間の平成29 年10月20日に、「被害者」の検察官調書が作成されており、そこには、「被告人が、私の運転している車がトラックなので、目撃者の人に信号が見えないのではないかと話していることはわかりました」と記載されており、担当検察官が同時点(実況見分をやり直す前の時点)で目撃者の対面信号機の視認の可否について少なくとも問題意識を持っていたことが分かりました。つまり、捜査機関が視認状況について問題意識は有していたが客観的には視認不可能であることが明らかとなっていなかった時点で、供述が変遷し、しかも同日付の内容の矛盾する検察官調書が2通作成されて いたのです。これにより、捜査機関の問題意識に合わせて供述を変遷させていると説得的に説明できるのではないかと考えました。

(4)現地調査

選任から約2週間後に、依頼者にレンタカーを手配してもらい、依頼者と一緒に、事故時刻と同じ午後10時20分頃、現地調査をしました。とにかく各人の立場を体感したいと考えていました。まず、依頼者、「被害者」、目撃者が走行した経路を同じように走行し、速度も色々試して、その状況を動画撮影しました。車を止めて、どの地点から何が見えるか(特に信号機の見え方)を検証し、写真撮影をしました。その過程で、現場の交差点は、特に被害車両側から見て左右に家が立ち並んでいたため、被害車両側からの見通しが非常に悪いことに気付きました。依頼者が青信号で交差点に進入したとなると、「被害者」は見切り発車をして赤信号で交差点に進入したことになりますが、あまりに無謀な運転で普通はあり得ないのではないかと思わざるを得ませんでした。しかし他方で、被害車両が停止していた停止線手前からも、向かって右側にある歩行者用信号機の灯火表示ははっきりと視認できました。そして、停止線から少し前進すると、向かって右側にある車両用信号機の灯火表示も視認でき、さらに進むと見えなくなり、また見えるようになる、ということが分かりました。つまり、「被害者」なりに、右側の信号機の色を見て、リスクを想定しながら、見切り発車をした、これなら経験則にも適う、そう考えました。実際、この視認状況の写真は、後に事実取調べを請求し、採用され、結論に影響を及ぼしました。

4 控訴趣意書の検討

以上の活動を通じ、控訴趣意書のイメージを固めていきました。
まず、目撃者供述については、原判決の変遷の評価は不合理であること、具体的には、目撃者の供述は、その時点での捜査機関の問題意識や証拠関係とパラレルに推移していること、被害車両に「続けて」発進したのか否かは記憶の確実性では特に説明がつかないこと、三度の供述機会を経た後事故から約1年半後に供述の核心部分に変遷が起きていることなどから、目撃者の供述の変遷は、記憶の正確性ではなく、その時点での捜査機関の問題意識や証拠関係に合わせて供述しているからこそ生じており、原判決の変遷に対する評価は不合理である、目撃者は対面信号機の表示を確認せずに「被害」車両に続けて発進し、事故後に対面信号機の青色灯火を見たにすぎない、と主張することにしました。
「被害者」供述については、①職業ドライバーとしての当時の勤務状況等を具体的に指摘して見切り発車する動機が想定されたと主張し、さらに、②右方向の歩行者用及び車両用信号機の表示を見て、「被害者」なりにリスク管理をしながら交差点に進入していたといえるから、無謀な見切り発車ともいえないと主張することにしました。

5 控訴趣意書の提出とその後

結局、最初の控訴趣意書の提出期限には間に合わなかったので、二度の延長申請の上、提出しました。また、前述のとおり、原審では、目撃者供述の変遷は部分的にしか法廷に顕出されておらず、なぜ、どのように供述が変遷していったのかが証拠上不明確であったことから、目撃者の検察官調書①、検察官調書②、「被害者」の平成29年10月20日付検察官 調書を、また「被害者」が無謀な見切り発車をしたわけではないことを立証するために写真撮影報告書(被害車両から見て右方向の信号機の視認状況に関する写真)を事実取調べ請求し全て採用されました。
控訴趣意書提出後、検察官から答弁書が提出され、それに対して反論書を提出し、第1回期日が開かれました。第2回公判期日において、尋問事項を、①目撃者の供述経過、②目撃者が事故直後に被告人に声をかけた際の状況として、目撃者の証人尋問を実施することが決まりました。第3回公判期日で尋問が実施されましたが、目撃者の証言には不合理な点が目立ち、信用性を低める方向の結果になったと思います。第4回期日で弁護人、検察官が弁論をし、結審となり、約2か月後に判決期日が指定されました。

6 控訴審判決

「原判決を破棄する。被告人は無罪。」その瞬間、依頼者と目を合わせて喜びました。
判決内容ですが、目撃者供述の信用性については、変遷理由は記憶の正確性では説明がつかず、目撃者の供述の変遷についての原判決の判断は不合理であるなどとして信用性を否定しました。弁護側の主張が概ね受け入れられた内容でした。「被害者」供述の信用性についても、前述の弁護側の主張について、「本件事故当時の「被害者」の勤務状況や、本件交差点の信号機の位置という具体的な事実を踏まえたものであって、単なる抽象的可能性をいうものとして排斥することもできない」と判示して、「被害者」証言に基づいて信号機の信号表示を認定することは困難としました。判決言渡し後、依頼者は、「ここまで警察官も検察官も一審の裁判官も誰も自分の主張を信じてくれなかった。初めて自分の主張を信じてもらえてうれしい」と言っていました。非常に印象的な言葉であり、弁護人の役割の重要性を痛感しました。

7 終わりに

供述経過の分析と現地調査、その上でのケースセオリーの構築がとても重要な事件だったと思います。また今回は事実取調べ請求した供述調書関係が全て採用されて良かったのですが、一審段階で、特に一審が裁判員裁判の場合、どのように供述経過を法廷に顕出させ、説得的な弁護活動ができるのかなど、難しい問題があるなと思います。
最後に、今回、逆転無罪判決を得ることができたのは、様々な方のおかげです。まず研修での学びが大変役立ちました。また、事件を進める中では、諸先輩方や同期などに相談し、助言をいただきました。このような支えがなければ、事件を前に進めていくことすら難しかったと感じています。今後も、日々の研鑽を怠らず、一つ一つの事件に全力で取り組み、依頼者の権利・利益を守れるよう、努力していきたいと思います。