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「破産か、再生か」ではない ~事業を残すためのリーガル・アドバイス

 「窮境にある事業者が、事業を再建するために民事再生手続を選択できるのか、それとも破産手続を選択せざるを得ないのかによって、その運命が分かれる。」これは、一面では正しいといえますが、それが全てではありません。たとえ破産手続を選択せざるを得なくとも、事業を残すことは不可能ではないのです。
本稿では、事業再生のゴールは事業を残す点にあること、また、それに至るための方法・ツールとして、どのような手続があるのかについて、述べさせて頂きました。
今般のコロナ禍の影響を受けて、業績が悪化してしまった事業者も多く見られる中、今後、破産手続に限らず何らかの形で債務の処理を必要とする事業者からの法律相談もますます増えていくものと思われます。
そのような事業者から相談があった場合、事業再生についてのゴールの設定の仕方、ツールとしての各手続の選び方について、会員の皆様に情報を共有して頂き、ひとつでも多くの事業が残される一助となれば幸いです。 また、倒産法研究会は、事業再生に興味のある若手会員だけでなく、中堅・ベテランの会員の皆様も大歓迎ですので、是非ご参加頂ければと思います。

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「破産か、再生か」ではない

1 事業停止により生じる軋轢の回避

ある事業者において、必要な資金がなくなったとき、当然のことながら、その事業者は必要な支払いができなくなる。すると、その事業者の信用は急激に失われ、誰からも物を売ってもらえず、お金を貸してもらえず、働いてもらえず、結果として、急激に事業を停止せざるを得ないこととなる。 事業者が急激にその事業を停止した場合、その取引先は売掛金の回収ができなくなるだけでなく、従前までの取引を失ってしまい、連鎖倒産の危機に陥ってしまう。一般消費者向けの事業の場合は、必要なサービスが急にストップし、社会問題化してしまうおそれもある。例えば、「てるみくらぶ」の件において、多数の旅行者に影響が生じたことは記憶に新しい。また、事業者の組織が散逸するため、従業員は突然職を失い、散り散りになってしまう。しばらく職が見つからず、生活に困る従業員も出てくるかもしれない。金融機関は、融資の回収をすることができず、さらに事業者の資産が価値を失うため、担保からの回収の見込みも低下してしまう。経営者の保証債務は現実化し、個人資産のほとんどを失ってしまうこととなる。 事業者が急激に事業を停止する場合の典型例は、当該事業者が破産することであるが、その場合、事業者を取り巻く多くのステークホルダーに対して大きな軋轢を生じさせる結果となる。 このような軋轢の発生を避けるため、事業者の急激な事業停止は、可能な限り避けなければならない。

2 事業者を取り巻く多くのステークホルダーの利益の保護

ある事業者において、必要な資金がなくなり、支払ができなくなったときには、まず急激な事業停止を避け、いかにして、より多くの事業を残すかを考えるのが重要である。そのことが、ひいては、一般消費者を含む取引先のため、従業員のため、金融機関のため、そして経営者自身のためになる。
事業を残す手法としては、民事再生手続をはじめとする再建型の法的整理手続だけでなく、時には、清算型の法的整理手続である破産手続を使うこともある。必要な資金を失った事業者において、事業を残すということは、単に「破産でなく再生を選択しました」という手続の選択ではなく、「たとえ破産手続を利用してでも、可能な限り一部であったとしても、事業を残す」という地道な闘いである。事業者が必要な資金を失ったとき、その事業の価値は急激に劣化をはじめるため、まずは、時間との闘いになる。また、事業を残すためには、その事業者を取り巻く多くのステークホルダーに対して、少なからぬ痛みを生じさせることとなるので、事業の継続に向けて、説得し、協力を求めるために、取引先や金融機関との粘り強い交渉が必要となる。さらに、事業を残すために痛みを伴う手続を進めることに納得してもらうため、依頼者である経営者との本音の議論が必要となる。
このように、事業を残すためには、短期集中で多方面と同時並行的に交渉を行う必要がある。それによって少しでも事業を残すことができたならば、その事業者を取り巻く多くのステークホルダーの利益を同時に保護することにつながる。

3 事業再生の手法の検討

事業者に必要な資金がなくなり事業停止に至ってしまう原因としては、単にその事業が不調である場合だけでなく、東日本大震災や今般のコロナ禍のような突発的な事故・災害によって損失を被る場合や、不祥事などに起因して問題が生じる場合もある。
このように、その事業者の信用に問題がなく、事業の将来性も十分にある場合は、金融機関等から新規に融資を受ければよい。また、遊休資産がある場合は、それを売却して当面の資金に充てることも考えられるし、事業の一部を譲渡することによって当面の資金を捻出することも考えられる。
しかしながら、新規の借入もできず、資産や事業の切り売りによる資金調達もできなくなった場合には、いよいよ事業停止の危機に直面することとなる。
事業を残すためには、事業者の資金不足を何とかして解消する必要があり、そのためには様々な事業再生の手法を検討することになるが、いかなる事業再生の手法をとるべきかは、その事業者が資金不足に陥った原因やその事業の将来性、現在の事業価値の毀損の程度などいろいろなファクターによって変わるので、案件ごとの事情に応じて具体的に検討していくよりほかない。

事業再生の手法についての一般論

事業再生の手法の分類

(1) 法的整理手続と私的整理手続という切り口

必要な資金を失い支払ができなくなった事業者の債務を処理する方法としては、裁判所を利用しないで債務を整理する「私的整理手続」とよばれる手法と、裁判所を利用して債務を整理する「法的整理手続」とよばれる手法がある。
私的整理手続の中には、①任意交渉、②私的整理ガイドライン手続、③事業再生ADR、④中小企業再生支援協議会を通じた交渉、⑤整理回収機構(RCC)企業再生スキーム、⑥地域経済活性化支援機構(REVIC)を通じた交渉といった手法が含まれるが、いずれの手法も任意の交渉の延長線上にあるため、その内容は案件によって様々である。もっとも、②~⑥は予め定められた準則に基づいて交渉が進められることから、準則型私的整理手続といわれ、これに対して、何らの準則にも基づかない①は、純粋私的整理手続といわれることがある。
私的整理手続の特徴としては、あくまでも債権者・債務者の任意の合意に基づく制度であり、外部に公表されることなく、合理的な範囲内で柔軟に対応をとることが可能という点が挙げられる。通常は金融債権者のみが対象とされるが、対象となる債権者全員が合意をしないとそもそも手続に巻き込むことができないことや、全員の合意が得られないと再生計画を成立させることができないという短所もある。一方、私的整理手続の対象とされなかった取引債権者の有する債権は、私的整理手続において何ら影響を受けないので、取引先に何の影響も生じさせることなく債務整理を進めることができる、という長所も重要である。 これに対し、法的整理手続の中には、①破産手続、②特別清算手続、③民事再生手続、④会社更生手続という、4種類の法律に基づいた手続が含まれる。
法的整理手続の特徴としては、法律に基づく制度であるため、全ての債権者を強制的に手続に巻き込むことができ、なおかつ、債権者の多数決によって債権放棄を内容とする再生計画を成立させられるという非常に強い効力がある。また、裁判所が関与するため平等性・公正性も担保されるという点が挙げられる。しかし、厳格な法定の手続の履践が求められ、外部に公表されてしまう上、柔軟な対応が難しいという短所がある。また、原則として対象となる債権者を絞ることができないため、金融債権者だけでなく取引債権者も手続に巻き込んでしまい、取引先も含めて影響を生じさせてしまうという副作用も存在する。以上のように、私的整理手続は手続の密行性を保ったままで金融債権者のみを対象とすることができ、取引先に影響を生じさせない一方で強制力が弱い。これに対し、法的整理手続は強制力が強いものの、オープンな場で取引債権者も含めて対象としなければならないため、取引先にも少なからず影響を与え、事業価値の毀損が起こりやすいという特質がみられる。
こうしたことから、案件の具体的事情によりけりではあるが、一般的には、その事業価値の毀損の程度が低いうちは、取引先に生じる影響を生じさせない私的整理手続によって債務の処理がなされ、事業価値の毀損の程度が大きく関係者間の対立が深刻なときは、たとえ取引先に影響を生じさせるとしても厳格かつ強制力のある法的整理手続によって債務の処理がなされるという傾向がある。

*1 「私的整理ガイドライン」は、全国銀行協会のホームページにおいて公開されている(https://www.zenginkyo.or.jp/news/2005/n2780/)。
*2 事業再生ADRの制度の概要は、経済産業省のホームページにおいて紹介されているほか(https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/adr.html)、 事業再生に関して現在唯一の認証紛争解決事業者である「事業再生実務家協会」のホームページにおいても紹介されている(https://turnaround.jp/adr/index.php)。

(2)再建型手続と清算型手続という切り口

事業者の債務を整理するにあたっては、その事業者の再生を目的とするのか、清算・解体を目的とするのかによって、とるべき手法も変わってくる。再生することを目的とした手法を再建型手続といい、清算・解体することを目的とした手法を清算型手続という。私的整理手続は、基本的には再建型手続にあたるが、自主廃業をする場合などは清算型手続にあたりうる。他方で、法的整理手続のうち、民事再生手続と会社更生手続は再建型手続にあたり、破産手続と特別清算手続は清算型手続にあたる。
清算型手続は、対象となる事業者を清算・解体するものであるから、その事業者の保有する財産が全て債務の弁済に回されることになり、経営者にけじめをつけさせることにもなるので、シンプルな手続といえる。しかし、事業の継続価値が全て失われてしまい、取引債権者の場合には取引先を失ってしまうことになるため、一般的に債権者が得られる経済的な満足度は低くなってしまう。
これに対し、再建型手続は、対象となる事業者の再生をするものであるから、事業の継続価値を生かすことができるので、通常は清算型手続よりも多くの弁済を受けることが期待できる。
一般的には、今後も事業の継続価値を生かすことができる、すなわち、事業を清算するよりも債権者に対し多くの弁済をすることができると見込まれる場合は、再建型手続によって処理され、そのような見込みがない場合には、清算型手続によって処理される傾向にある。
ただし、近年では、清算型手続において事実上の事業の再生を図ったり、再建型手続において事業の清算・解体を図ったりする事例もあり、両者の区別は流動的になってきている。

2 私的整理手続の概要

私的整理手続は、あくまでも債権者・債務者の任意の合意に基づく制度であり、案件の内容によって様々であるが、代表的な手法として、(1)任意交渉、(2)私的整理ガイドライン手続、(3)事業再生ADR、(4)中小企業再生支援協議会を通じた交渉、(5)地域経済活性化支援機構を通じた交渉の各手続の概要について紹介することとしたい。

(1)任意交渉

任意交渉とは、債務者である事業者と債権者が任意に交渉をして、債権放棄や支払猶予について合意する方法であり、私的整理のうち最も基本的な方法である。任意交渉では、どのような手続を経て合意に至るか、どのような内容の合意をするかについて特定の方式はなく、それ自体も当事者間の合意に基づいて決められることとなる。
この方法による場合、特定の機関を利用しないので、固有の手続費用は生じないが、多くの場合には、金融機関を説得するための、専門家アドバイザーによるデューディリジェンスの費用負担は必要となろう。

(2)私的整理ガイドライン手続

私的整理ガイドライン手続とは、「私的整理ガイドライン」*1という明確な基準に沿って、債権者と債務者の調整を行う債務整理手続をいう。
私的整理ガイドライン手続では、債務者である事業者とメインバンクが共同して手続を進めていくものとされているが、その結果として、メインバンクにおいて、他の債権者よりも多くの債権放棄に応じざるを得なくなるなどの「メイン寄せ」とよばれる現象が生じることとなった。
このため、現在ではメインバンクが私的整理ガイドライン手続の利用に消極的となっており、他の準則型私的整理手続の整備も相まって、この手法はあまり利用されていない。

(3) 事業再生ADR

事業再生ADRとは、法令に基づいて公正中立な立場にある専門家であると国家が認証した民間団体(「認証紛争解決事業者」とよばれる)が、多数の債権者と債務者のそれぞれの意見を聞いて、全当事者が合意できるような内容の債務者の事業再生計画案が成立するように調整を行う債務整理手続である*2。
事業再生ADRでは、法令に、手続実施者を選任するなどの手続の手順や事業再生計画案の基本方針等が定められている。
この手法による場合、手続費用としては、専門家アドバイザーによるデューディリジェンスの費用のほか、手続実施者の報酬の負担が必要となる。このように、事業再生ADRにおいては、手続実施者の報酬として相応の費用を負担する必要があるため、比較的大規模な事業者の私的整理において活用される場合が多い。

(4) 中小企業再生支援協議会

中小企業再生支援協議会(以下「支援協」という)とは、法令に基づいて、中小企業の再生を支援するために、各都道府県に設置されている公的機関である。支援協は、中小企業の求めに応じて、事業再生のために必要な指導・助言などの支援を行っている*3。
公的機関である支援協が事業再生計画案の作成に関与し、また、債権者との調整を行うことで、手続の公平性・透明性が確保されている。その結果、債権者から、手続や事業再生計画案に対する信頼を獲得することができ、事業再生計画案に対する債権者からの同意を得やすくなっている。
この手法による場合、手続費用としては、専門家アドバイザーによるデューディリジェンスの費用負担が必要となるが、その費用の一部について補助を受けることが可能である。また、支援協への費用負担はないことから、比較的小規模な事業者の私的整理にも対応できることが特徴である。

(5)地域経済活性化支援機構

地域経済活性化支援機構(以下「REVIC」という)は、株式会社企業再生支援機構法により平成21年10月に株式会社企業再生支援機構として設立され、平成23年3月18日に制度改正に伴って名称改正がなされた会社であり、一般に官民ファンドとよばれることもある。REVICは、事業者や金融機関の求めに応じて、債務調整、出融資、専門人材の派遣等事業再生に係わる包括的な支援を行っている*4。REVICは時限的な組織であるが、今般のコロナ禍を受けて、本年6月、出資決定期限を5年間延長する地域経済活性化支援機構法の改正案が可決され、2026年3月まで存続することが決まった*5。それまでは、実質的に事業再生支援手続をほぼ受け付けていなかったが、この法改正を受け、地方中堅企業の事業再生という課題に対して、再度積極的な機能を果たすことが期待されている。

3 法的整理手続の概要

(1)破産手続

破産手続は、全ての債務を弁済する見込みのない債務者について、全財産を換価して、債権者に公平に弁済するための破産法に基づく手続であり、清算型の法的整理手続の典型である。
破産手続においては、選任された破産管財人によって、資産の換価・回収、債権調査、配当などが実施されることとなる。
事業者の破産手続において、東京地方裁判所では、破産管財人の管財業務の内容に応じて、20万円以上の予納金が必要とされている。なお、東京地方裁判所では、法人の破産手続に同時廃止決定をしない運用がされているため、全件につき破産管財人が選任されることにも留意されたい。
破産手続は、債務整理をするための最終手段であるから、十分に配当するための財団が形成できない場合には、公租公課を全額支払うことができなくとも手続を終結することができる点に特徴がある。

(2)特別清算手続

特別清算手続は、通常の清算手続を行っている株式会社について、清算の遂行に著しい支障を来すべき事情、または債務超過の疑いがある場合に、利害関係人の申立てにより開始される会社法に基づく特別な清算手続である(会社法510条以下)。破産手続と類似の機能を有しているが、あくまでも株式会社の清算手続であり、原則として破産管財人のような第三者が選任されることはなく、株式会社自身が、裁判所の監督の下、債権者集会を実施して協定を締結したり(協定型)、個別に和解したりして(和解型)、清算の結了に向けた処理を進めることとなる。
また、事業者の特別清算手続において、東京地方裁判所では、協定型で5万円、和解型で9,458円の予納金が必要とされており、破産手続と比較しても手続費用が安価である。
このように、特別清算手続は、安価に、かつ破産管財人等の第三者を介在させることなく、債務超過の状態にある会社の清算をすることができる点に特徴がある。

*3 中小企業再生支援協議会の手続の概要は、中小企業庁のホームページにおいて紹介されている(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/index.html)。
*4 REVICによる事業再生支援手続の概要は、REVICのホームページにおいて紹介されている(http://www.revic.co.jp/business/regen/index.html)。
*5 日経新聞記事(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60284530S0A610C2EA3000/)参照。

(3)民事再生手続

民事再生手続は、経済的困難に陥った債務者の事業を再生させるための民事再生法に基づく手続であり、再建型の法的整理手続の典型である。
民事再生手続においては、通常は管財人が選任されず、裁判所の選任する監督委員の監督の下、従来の経営陣によって事業の運営と再生手続が進められていく*6。
なお、民事再生手続が開始した場合、一般債権者による権利行使は禁止されるが、担保権の実行は禁止されないため、担保権者は担保権を実行することが可能である。
債務者は、民事再生手続の中で再生計画案を作成し、その再生計画案が無担保債権者の投票した債権者の頭数の過半数、かつ総議決権額の2分の1以上の同意を得た場合に再生計画案は可決され(民事再生法172条の3第1項)、債務者は、可決された再生計画に従って債権者に対して弁済をし、債務の免除を受けることになる。
手続の申立てから再生計画の認可までの期間は、東京地方裁判所において用いられている標準スケジュールで、約5ヶ月程度とされている。
事業者の民事再生手続において、東京地方裁判所では、当該事業者の負債総額に応じて、以下のとおりの予納金が必要とされる。

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このように、民事再生手続は、再建型手続の典型であり、原則として管財人等の第三者を介在させることなく、債権者の多数決によって必要な債務の免除を受けることができる点に特徴がある。

(4) 会社更生手続

会社更生手続は、経済的困難に陥った債務者の事業を再生させるための会社更生法に基づく手続であり、株式会社のみが利用することが可能な手続である。実務上は一定以上の大規模の会社に利用されることが多い。 会社更生手続においては、通常は選任された更生管財人によって事業の運営と更生手続が進められていく。
なお、更生手続を開始した場合、一般債権者による権利行使だけでなく、担保権の実行も禁止されることが、民事再生手続との大きな違いのひとつである。
更生管財人は、更生手続の中で更生計画案を作成し、通常は、無担保・優先債権者と担保付債権者の二組に分かれて投票をし、無担保債権者の組において議決権総額の2分の1以上の同意が、担保付債権者の組の可決要件では、弁済期を変更する場合、担保付債権の議決権総額の3分の2以上の同意が、免除をする場合、4分の3以上の同意があれば可決され(会社更生法196条5項)、更生計画に従って債権者に対して弁済をし、債務の免除を受けることになる。
手続の申立てから計画の認可までの期間は、東京地方裁判所における管理型の標準スケジュールによれば、約1年程度とされている。事業者の会社更生手続においては、当該事業者に係る様々な事情を考慮して予納金が定められるが(会社更生規則15条1項)、概ね2000万円~5000万円台とされるものが多いようである*7。
このように、会社更生手続は、更生管財人という第三者が介在することとなり、また、手続費用も相対的に高額となるが、担保権者による担保権の行使が禁じられるという強力な効果が生じる点に特徴がある。

*6 このような手続上の特徴を有する債務者をDebtor in Possessionというため、民事再生手続は、DIP型手続といわれる。
*7 東京地裁会社更生実務研究会「会社更生の実務【新版】上」100頁参照。

事業再生の手法の選択

1 手続選択の分水嶺

以上で概観したように、事業再生の手法としては、多くの手続があり、それにより生じる効果(特に取引先に生じる影響)や費用感も様々である。
本稿の冒頭でも述べたように、ある事業者において必要な資金がなくなり、支払ができなくなった場合にまず考えるべきことは、急激な事業停止を避け、いかにして、より多くの事業を残すかということである。
その目的を達するためには、事業価値の毀損の程度を把握し、様々な事業再生の手続の特徴を踏まえ、適切な手法が何かを具体的に検討する必要がある。
その分水嶺は、概ね、①金融債務のみが問題なのか、金融債務以外の債務の支払も難しいのか、②金融債務のみが問題だとしても、その支払条件を変更してもらえば何とかなるのか、それとも債権放棄要請まで必要となるのか、③取引債務を含めた債権の縮減が必要だとしても、公租公課は支払えるのかどうか、というあたりであろう。

2 対象債権者の範囲

事業者の抱えている債務が過大であるとしても、事業自体の収益性が十分に保たれているときは、取引金融機関から債権放棄を含む必要な支援を受けられれば、事業を残すことが可能である場合が多い。そのような場合は、一般の取引債権者を手続に巻き込んで影響を生じさせることは適切ではないため、まずは金融債権者のみを対象とする私的整理手続によって事業再生を進めることを検討するべきである。逆に、事業者と金融債権者の関係性が悪化しており、事業再生計画に対して金融債権者の同意が得られる見込みが低い場合には、法的整理手続による事業再生を検討することもやむを得ない。
事業自体の収益性は残っているものの、金融債務の返済を停止しただけでは資金繰りが続かないことが見込まれる場合は、事業を継続させるために、取引債務も含めて支払を停止しなければならない。たとえ取引債権者を手続に巻き込んで多少の悪影響を生じさせてしまうとしても、取引債権者を含む全ての債権者を対象とする再建型の法的整理手続によって、事業再生を進めることを検討するべきである。

債権放棄要請の要否

事業価値の毀損の程度が低く、私的整理手続によって事業再生を進められるとしても、その程度によって金融債権者から受けるべき金融支援の仕方が異なってくる。
事業自体の収益性は十分であり、現在抱えている金融債務についても返済時期さえ遅らせることができれば全額返済することが可能な場合は、金融債務についてリスケジュールの交渉をすれば足りる。
他方で、現在抱えている金融債務のリスケジュールをしたとしても、その全額を返済しきれる現実的な見込みがない場合は、一定の範囲で金融債権者に債権放棄をしてもらう必要がある。
もっとも、私的整理手続において金融債権者が債権放棄に応じるのは、あくまでも債権放棄に応じた方が経済的合理性があると金融債権者自身が判断した場合に限られる。このため、金融債権者としては、最低限、破産する場合よりも多くの債権回収が見込める(すなわち、清算価値保障原則が満たされている)ことと、放棄される債権について税務上無税償却処理が可能であることが必要となる。
この点については、平成17年度税制改正において手当てされた企業再生税制において、準則型私的整理手続による場合は、税制上の優遇措置が受けられることが保障された*8。このため、債権放棄の必要がなくリスケジュールのみの交渉で足りる場合は、純粋私的整理によって事業再生を進めることも可能であるが、金融機関に対し債権放棄を要請する必要がある場合は、原則として、準則型私的整理手続によって事業再生を進めることとなろう。

債権放棄要請の要否

事業価値の毀損の程度が高く、法的整理によって事業再生を進めざるを得ない場合でも、公租公課の支払ができるかどうかという点で選択できる手続が変わってくる。
法的整理手続を申し立てたとしても、債権放棄の対象となるのは、破産手続の場合を除き、一般債権(民事再生手続であれば再生債権)に限られる。
このため、法的整理手続のうち再建型手続である民事再生手続や会社更生手続によって事業再生を進めるためには、最低限、公租公課の滞納があったとしてもその全額を支払うことができる見込みがなければならない。公租公課を完済できる見込みすらない場合は、破産手続によらざるを得ないこととなる。

スポンサーの招聘

事業再生の手法として、事業者単体で取りうる手段は以上のとおりであるが、事業を残すことを第一に考えるのであれば、事業者単体で取り組む必要はない。
もし、事業の全部又は一部について、たとえ現時点においては十分な収益性がなかったとしても、第三者からみれば十分に魅力的であり価値があるというような場合がある。当該第三者をスポンサーとして迎えることにより、その事業の全部又は一部を残すことを検討するべきである。
特に、昨今のコロナ禍のような天災によって突如として急速に事業価値が毀損した場合については、現時点での収益性が低くとも、十分な資金を注入したり、マネジメントを変更することによって、収益性を回復させることができうる。
スポンサーがあらかじめ決まっていて、金融債権者に対してのみ債権放棄を要請すればよい場合は、準則型私的整理手続の中で、金融債権者の同意を得て残すべき優良な事業をスポンサーに譲渡*9し、残った法人(と不良な事業)を特別清算によって処理することが考えられる(いわゆる「第二会社方式」)。取引債権者も手続に含める場合は、民事再生手続中の計画外事業譲渡*10を前提としてあらかじめスポンサーを選定した上で民事再生手続を申し立てることが考えられる(いわゆる「プレパッケージ(プレアレンジ)型民事再生手続」)。さらに、公租公課を支払うことができないまでに事業価値が毀損していたとしても、あらかじめ優良な事業を適正価格(後に否認されない程度の価格)でスポンサーに譲渡した上で、譲渡後の法人(と不良な事業)を破産手続によって処理することが考えられる。
また、スポンサーがあらかじめ決まっていなかったとしても、スポンサーに優良な事業を譲渡する前提で、スポンサー招聘手続を進めながら準則型私的整理手続や民事再生手続を同時進行させることも多い。
さらに、もし破産手続を選択せざるを得ない場合であっても、破産管財人において、裁判所の許可を得て事業を継続した上で、事業をスポンサーに譲渡することもできる。たとえ事業が停止していたとしても、事業停止後すぐに、事業用資産と旧従業員をスポンサーに承継させることにより、事実上事業をスポンサーに譲渡することも可能である。

*8 具体的には、民事再生法の法的整理に準じた一定の私的整理において債務免除が行われた場合には、期限切れ欠損金を青色欠損金等に優先して控除できるものとされ、私的整理ガイドライン、事業再生ADR、中小企業再生支援協議会スキーム、整理回収機構(RCC)企業再生スキーム、地域経済活性化支援機構(REVIC)スキームについて、その対象となることが確認されている(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/14a/01.html)。 *9 一般のM&Aと同様に、事業譲渡だけでなく、会社分割による場合もある。
*10 事業譲渡や会社分割といった事業承継については、再生計画案に定めて、再生債権者による決議と裁判所による認可決定を受けて実行することが原則であるが、再生手続開始の申立によって取引先に信用不安が生じているなど再生計画の認可決定の確定を待っては事業価値が劣化し弁済率も低下するおそれが高い場合は、再生計画案の策定等の手続を待つことなく、裁判所の許可を得て、事業承継の手続を進めることができるものとされている(民事再生法42条1項)。

4 事業再生に向けた事前の取り組み

1 検討時間の確保等

企業の急激な事業停止を避けるためには、まずは、いつ、本当に支払ができなくなってしまうのかを正確に把握することが重要である。
事業再生の手法は事業の毀損の程度に応じて様々であるため、目の前にある事業を再生させるにはどのような手法を使うべきかについて検討する必要がある。そして、その検討時間を確保するため、具体的にいつまでにどのような手を打たなければならないのかというタイムラインを正確に把握するのと同時に、資金繰りを正確に把握しておく必要がある。また、窮境にある事業は、何の手も打たなければ、どんどん毀損していってしまい、せっかく検討した事業再生の手法をとれなくなってしまう場合も多い。このため、資金繰りの把握と併せて、その事業価値の毀損を阻止する手を打っておく必要もある。
例えば、相談が直近であったため、今後の事業再生の方針を策定できていない段階であっても、当面の資金の外部流出を抑えるために債権者に対して権利行使を一時停止してもらうよう依頼しておくことも考えられる。もちろん、そのような一時停止は、あくまでも債権者が任意に応じるものであるから、一時停止の依頼をする際には、一時停止がその後の事業再生計画の策定につながるものであること、債権者にとって一時停止に応じることが経済的合理性のある結果につながることを債権者に理解してもらわなければならない。このため、通常は、債権者に対して、事業再生計画の策定に向けた基本的な考え方や基礎情報の提供をすることとなるが、この段階で提供が必要とされる情報の質や量は、その事業者のおかれた状況により様々である。いずれにせよ、債権者に対して誠実な対応をすることはもちろん、相応の説得力を持ってその後の道筋を示すことが重要である。

*11 これを、清算価値保障原則という。例えば、民事再生手続において、裁判所による再生計画認可のための要件として「再生債権者の一般の利益に反するもの」でないことが法定されているが(再174条2項4号)、これは、再生計画が清算価値保障原則、すなわち破産時における配当以上のものであることを満たすべきことを意味する。

2 清算価値の算定

事業価値の毀損の程度が高いときは、事業を再生させるために、ある程度の債権放棄を要請する準備をする必要がある。
もっとも、破産手続による場合を除き、債権放棄を内容とする事業再生計画を成立させるためには、私的整理の場合は全員同意、法的整理の場合は資本多数決であるなど、手続に応じて可決要件が異なるものの、いずれにせよ多数の債権者の同意が必要となる。
債権者が債権放棄を内容とする事業再生計画に同意するのは、そうすることが経済的合理性に資する、つまり、破産した場合よりも多くの債権回収が見込まれることが必要最小限度の要件となる*11。
そこで、事業再生計画に対して債権者の同意を得るために、当該事業再生計画が清算価値保障原則を十分満たしているものであることを、説得力をもって説明しなければならない。
このため、事業再生計画を立てる前提としては、清算価値(破産配当率)がどれほどのものかを説得力を持つ形であらかじめ算定しておくことが必要である。そのために、公認会計士等と協働して、当該企業の清算貸借対照表を作成し、破産配当率を試算することになる。
また、清算貸借対照表を作成するには、その事業に係る不動産の価値も説得力がある形で算定しなければならない。それには、不動産鑑定士に依頼して、不動産鑑定書を取得しておくことも必要となる。なお、不動産鑑定書を取得するには、通常は一定の期間が必要となるため、再生手法を検討する初期段階で、不動産鑑定書の作成を依頼しておくことが重要である。

*11これを、清算価値保障原則という。例えば、民事再生手続において、裁判所による再生計画認可のための要件として「再生債権者の一般の利益に反するもの」でないことが法定されているが(再174条2項4号)、これは、再生計画が清算価値保障原則、すなわち破産時における配当以上のものであることを満たすべきことを意味する。

スポンサー候補の確保

事業の再生は、経済的に窮境に陥った事業者自身が行うものであるものの、そもそも窮境に陥った事業者の力だけで実行することは、ほとんど期待できないのが実情である。このため、多くの場合では、事業再生に必要な資金や資本を提供してくれるスポンサーの存在が必須となる。
このような、事業を再生していくためのスポンサーの要否の見極めや、必要となる場合のスポンサー選定作業も重要である。もちろん、スポンサーの選定は公平かつ公正に行われなければならないので、スポンサー候補が複数競合するような場合には、入札手続をとることが理想であり、特に大規模案件では必須である。しかしながら、特に小規模な案件においては、そもそもスポンサー候補に名乗り出る者が少ないため、入札手続によらずにスポンサーを選定せざるを得ない場合も多い。いずれにせよ、スポンサー選定の過程においては、公正公平と透明性を確保することが肝要である。

経営者の納得

事業再生の大義は、より多くの事業を残す点にあり、その結果として、その事業者を取り巻くステークホルダー全体の利益を保護することにある。他方で、その性質上、その事業者に関連する各当事者に対して少なからぬ痛みを伴うものであることは否定できない。とりわけ、事業者の経営者については、長年経営してきた会社をスポンサーの手に渡すことにより、生活の基盤を失うことになったり、保証債務が現実化して私財を失ったり、ひいては自己破産を余儀なくされてしまうことも多い。また、経営者が地方の名士として名が知れている場合には、経済的損失よりも、会社を破綻させてしまうこと、それによって関係者に迷惑をかけてしまうことに対する心理的な抵抗感の方がネックとなる場合もある。
このように、事業再生の手続の実行は、経営者自身にも強い痛みを伴うものである。
そもそも、事業の再生を依頼される場合、事業者自身からの依頼であればなおさら、経営者自身に痛みが生じることを本人が覚悟しているケースはさほど多くはない。このため、事業再生の手続の実行に対して、経営者自身が強い抵抗感を示したり、なかなか決断ができない場合も多い。
特に債権放棄を伴う事業再生の手続では、保証債務の現実化等、経営者自身の痛みを伴う可能性が高いので、まずは、そのことについて、経営者に対して丁寧に説明をし、事業を残すために痛みを伴う手続を実行することの大義について正確に理解してもらい、場合によっては粘り強く説得しなければならない。もちろん、経営者に痛みが生じる点では変わらないものの、その程度を和らげる方策の検討と説明は必要である。例えば、経営者保証ガイドライン*12による保証債務の整理の手続によれば、個人破産までは回避することができるなどの説明をすることが考えられる。いずれにせよ、事業再生は、経営者自身にとっても大きな痛みを伴うものであるから、経営者自身がその痛みを受けてもなお、事業を残すことに大義があることを、きちんと納得した上で、事業再生の手続を実行することが重要である。

*12 詳細は、中小企業庁ホームページ(https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/)参照。

5 倒産法研究会へのお誘い

以上に述べてきたように、窮境にある事業を再生するためには、限られた時間の中で、資金繰りの把握や実態バランスシートの作成などをした上で、様々な事業再生の手法の中からその事業者に適した手法を選び、事業者である経営者に覚悟を決めてもらい、事業再生の手続を実行する必要がある。
事業再生の手続を実行する中でも、金融債権者や取引債権者などと交渉し、時には短期間のうちに迅速にM&Aを実行するなど、様々な交渉を進めていかなければならない。
このように、事業再生の実務は、まさに法律問題のるつぼであり、また、取引実務・慣行のるつぼであるだけでなく、M&Aや金融にも大きく関わるため、その対応には広い知見と深い洞察力が要請される。しかし、このような知見や洞察力は、単に文献のみによって学ぶことには限界がある。
このため、第二東京弁護士会倒産法研究会は、このような事業再生の実務について、初心者から実務経験者まで幅広く研鑽できる場として活動をしている。
基本的な活動は、弁護士会館において、毎月第三木曜日午後6時から開催される例会において、経験豊かな講師(東京地裁民事8部・20部部総括判事、倒産法研究者、倒産実務家等)による講演を実施し、その後の懇親会においても様々な意見交換を行っている*13。
事業再生に興味がある会員の皆様は、是非、第二東京弁護士会倒産法研究会にご参加頂きたい。

*12詳細は、中小企業庁ホームページ(https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/)参照。
*13第二東京弁護士会倒産法研究会の活動内容の詳細は、同研究会のホームページ(https://www.2ben-tousan.com/)を参照されたい。