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消費者契約法の基礎知識(前編)

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1 消費者契約法の概要

本日は消費者契約法の基礎的な部分について解説をしていきます。消費者契約法のおおよその重要部分を説明することになります。
まず消費者契約法は、ここ数年で重要な改正が繰り返されています。以前に一度消費者契約法を勉強した方においても、近年の改正部分をアップロードし直す必要があります。本日の講演でも改正部分、特に平成30年改正で大きく変わった部分を解説していきたいと思います。
まず消費者契約法の概要です。第1条を読むと消費者契約法がどのような目的を持つのかや、規定の内容がおおむね分かると思います。第1条は大きく4つに分かれています。1番目 が、この消費者契約法の目的で、消費者の利益保護についてですが、事業者と消費者の間では情報や交渉力に格差があるということを前提としたものです。
この情報や交渉力の格差があることで生じるトラブルとして、契約の締結過程で適切な情報提供がなされないことや、契約の内容について消費者に一方的に不利益な内容の契約になることが多くありますので、2番目と3番目の部分で、そういう場合に意思表示の取消しを認めたり、不当条項で契約の内容を一部無効としたりできるとしています。また、4番目には適格消費者団体による差止請求の制度が書かれています。

2 適用範囲(第2条)

次に消費者契約法の適用範囲です。まず消費者契約法の適用となる「消費者契約」とは何なのかというと、消費者と事業者との間で締結される契約とされています。消費者同士、事業者同士という契約には適用されません。労働契約も消費者契約法の適用外となります。消費者の定義は「個人(事業としてまたは事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」ということで、消費者契約法における「消費者」は、個人に限定されており、法人やその他の団体は消費者とはなり得ません。続いて「事業者」ですが、法人その他の団 体はすべて「事業者」となり、個人の中でも「事業としてまたは事業のために契約の当事者となる場合における個人」という場合には、「消費者」ではなく「事業者」になります。事業性があるかどうかで個人については消費者となるか、事業者となるかの判断が分かれ、その事業性については具体的な事例に即して柔軟に判断することになります。

〇公益社団法人、公益財団法人

法人については事業者にしかなり得ませんので、事業者となります。公益等と付いていますが、公益性というのは基本的に消費者かどうか、事業者かどうかの判断には関係ありません。

〇内職商法、モニター商法

内職商法、モニター商法の事業性については個別具体的に事例、事案の中で判断していくことになります。具体的には契約の目的や、内職をする人がどれぐらい継続しているのか等を検討していくことになります。

〇資格商法

資格商法も同じように事業性については個別具体的に判断をしていくことになりますが、一般的には、事業者が業務上必要なものとして取得する資格については、事業者に当たると考えられ、逆に事業者でもあくまで趣味の一環で資格を取る場合には、消費者と考えられることになります。
そのほかに、将来、独立開業をするような資格、例えば弁護士になるために司法試験の講座を受けようという場合にも、受ける時点では普通の個人にすぎませんので、その場合にも消費者になると一般的には考えられます。〇株の個人投資家これも投資に当たっての、取引の原資の性格や契約の目的等、客観的なところから判断をしていくことになります。一般的には株の収益が生計の大半を占める場合には事業者になると考えられています。

3 努力義務(第3条)

消費者契約法は事業者と消費者に対して努力義務を定めています。
まず事業者の努力義務ですが、大きく2つ挙げています。1つが条項の作成です。契約の条項の作成にあたって、解釈に疑義が生じない明確なもので、かつ消費者にとって平易なものになるよう配慮する義務があるとされています。もう1つが契約にあたっての情報の提供であり、消費者契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識および経験を考慮した上で、必要な情報を提供するという努力義務が定められています。平成30年改正により、事業者の努力義務についてはより明確化されています。
他方、消費者にも努力義務が課されています。1つは事業者から提供された情報の活用についてであり、もう1つが契約内容について理解をするよう努める義務です。消費者契約法は事業者と消費者の両方に努力義務を課していますが、両者では書きぶりが少し異なり、消費者の努力義務については努めるものとする、と比較的軟らかい表現を用いていますが、事業者の場合には努めなければならない、という書きぶりになります。

4 意思表示の取消し(第4条)

まず取消事由の類型は以下のとおりです(資料1)。

資料1 取消事由の類型
①誤認類型
ⅰ 不実告知(第1項1号)
ⅱ 断定的判断の提供(第1項2号)
ⅲ 不利益事実の不告知(第2項)
②困惑類型
ⅰ 不退去(第3項1号)
ⅱ 退去妨害(第3項2号)
ⅲ 社会生活上の経験不足の不当な利用
(不安をあおる告知() 第 3項3号)
ⅳ 社会生活上の経験不足の不当な利用
(恋愛感情等に乗じた人間関係の濫用() 第 3項4号)
ⅴ 加齢等による判断力の低下の不当な利用( 第3項5号)
ⅵ 霊感等による知見を用いた告知( 第3項6号)
ⅶ 契約締結前に債務の内容を実施( 第3項7号)
ⅷ 契約を目指した事業活動の実施による損失補償請求等
の告知( 第3項8号)
③過量契約取消(第4項

事業者と消費者の間では情報や交渉力に格差があります。よって、契約を締結する際に事業者から不適切な形で勧誘行為が行われ、消費者が事実を誤認したり、困惑した心理状態に陥って消費者に不利な契約が締結されてしまったりすることがあります。そのような不適切な勧誘行為が行われた場合に、消費者にその契約の取消権を認める規定です。ここに挙げているもののうち下線部分の6つが、平成30年改正で追加されたものです。
取消事由には、誤認類型、困惑類型、過量契約取消と大きく分けて類型が3つあります。

1 誤認類型

事業者が契約の締結を勧誘するときに、消費者が意思決定をする上で、必要な情報提供が行われず、また、不適切な情報提供が行われてしまうという場合において、消費者がそれにより契約の内容を誤認したときに取消しを認めるケースが誤認類型です。誤認類型には3つあります。

(1)不実告知(第4条1項1号)

不実告知は、事業者が一定の重要な事項について虚偽の情報を提供してしまうことで、消費者がその事実を誤認して契約締結をした場合に取消権を認めるものです。事業者が虚偽の事実を告げることは消費者の判断を誤らせることになりますので、不適切な情報提供行為で取消事由として規制されています。
不実告知の中でポイントとなる点がいくつかあります。
まず不実告知は事業者が勧誘をするときの話ですが、勧誘として「消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方」をいうとされていて、これは不特定多数に向けられたものでもあてはまることになります。
そのほかに直接的に契約を勧める場合でなくても、その商品を購入した際の便利さを強調したり、客観的に見て消費者の契約締結の意思形成に影響を与えると考えられる行為は、勧誘に含まれるといわれています。
2つ目のポイントとしては、事業者が事実と異なることを告げた場合、告知の内容が客観的な事実と異なっていれば足り、事業者の認識や故意は要りません。他方で主観的な評価は、この不実告知の対象とはなりません。なお、「告げる」とありますが、これは口頭に限るという趣旨ではないとされています。
3つ目のポイントは、事実と異なることを告げる対象が重要事項であることが必要であるということです。重要事項は第5項に規定されていて、大きく2つに分かれています。
まず1つは「契約の目的となるものの内容・取引条件で、かつ、契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」であることが必要になります。契約の内容としては、目的物の質や用途が例示されており、取引条件としては目的物の対価が例示されています。
もう1つが「契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害または危険を回避するために通常必要であると判断される事情」であれば、これも重要事項に当たることになります。重要な利益としては、例示されている生命、身体、財産と同程度のものである必要があり、例えばプライバシー権がこれに当たるといわれています。
損害または危険は、重要な利益の侵害により消費者に生じ得る不利益をいい、損害と危険とに分かれています。損害が現に生じるような不利益で、危険が将来的に生じる恐れがある、利益に蓋然性がある場合をいうとされています。この場合の「不利益」ですが、利益を得られないという消極的な損害も含まれることになります。「通常必要」というのは、一般的・平均的な消費者の基準として判断されます。
ここでも不実告知についての事例をいくつか挙げておきました(資料2)。
まず1つ目は、大して新鮮であるとは思えなかったということですが、主観的な評価は不実告知の対象とならないので、この場合は不実告知には該当しません。
2つ目の住環境も主観的な評価といわれていますので、不実告知の対象とはならないとされています。
ただ、これが住環境に優れた土地ではなく、もう少し具体的に、「徒歩圏内に病院と学校がありますと言われたが、実際には徒歩で行ける距離ではなかった」ということであれば、その場合には、主観的な評価ではありませんので不実告知の対象となり得ることになります。
3番目ですが、事故車かどうかは先ほど挙げた重要事項のうちの内容に当たるといわれていますので、この場合は不実告知の取消しの対象となり得ることになります。
4つ目のソフトウェアがどの会社のOS版であるかは、重要事項でいう商品の目的の質に該当するといわれています。よって、もし違うOSが使えないのであれば、一般的・平均的な消費者であれば通常は購入しないといえますので、この場合でも不実告知の対象となり得ることになります。 最後については、溝が大きくすり減ったタイヤで走行した場合に生じる危険は、生命、身体についての損害または危険に該当すると言え、その危険を回避するために新しいタイヤを購入することは、一般的になされることと思いますので、この場合も不実告知の対象となり得ることになります。

資料2 ①誤認類型(ⅰ不実告知)
【事例】
○「新鮮だよ」と言われて魚を購入したが、たいして新鮮であるとは思えなかった。
○「住環境に優れた土地」と言われたため住宅を購入したが、それほど優れているとは感じなかった。
○事故車でないことを業者から確認して中古車を購入したが、後日事故車だと分かった。
○「A社のOS版のソフトウェアです」と説明されたので購入したが、B社のOS版のソフトウェアだったので、自宅のパソコンでは使用できなかった。
○事実に反して「溝が大きくすり減っていてこのまま走ると危ない、タイヤ交換が必要」と言われ、新しいタイヤを購入した。

(2)断定的判断の提供(第4条1項2号)

これは、将来的に変動が不確実な事項に関して、事業者が断定的な判断を提供してしまったことで、消費者がその判断内容が確実であると誤認をして契約締結をした場合に、消費者に当該契約の意思表示の取消しを認めるものです。消費者の判断を誤らせる不適切な情報提供行為として取消事由になります。
断定的判断の提供でよく問題となるのは、保険で将来の返戻金がいくらというもの、不動産取引、証券取引、先物取引等です。
ここにいう「将来の変動が不確実な事項」とは消費者の財産上の利得に影響するものであって将来を見通すのが困難であるものをいい、条文では価格とか金額が例として挙げられていますので、財産上の利得に影響するものに限られるということになります。
また、「断定的判断の提供」とは、確実でないものが確実であると誤解させるような決め付け方をいいます。その際に「絶対に」とか「必ず」のようなフレーズの有無は関係ありません。また、非断定的な予想や個人的な見解を示すにすぎないものは該当しないといわれています。
以下、断定的判断の提供の事例を挙げておきました( 資料3 )。
1つ目は典型的な断定的判断提供に当たる場面かと思いますので、この場合は取消し得ることになります。
2つ目については、断定的判断の提供の対象となるのは財産上の利得に関するものでないといけませんので、この住宅の性能に関するものは財産上の利得に影響するものではないということで、断定的判断の提供には当たらないことになります。ただ、実際に雨漏りしませんと言われて雨漏りした場合には、先ほどの不実告知に該当する可能性があります。3つ目も、TOEICのテストの点数が財産上の 利得に影響するものではありませんし、また800点も夢じゃないというものは、断定的判断にはあたらないので、断定的判断の提供で取消しの対象にはならないことになります。
4つ目のケースについて将来的に利益が出るかどうかは、将来における変動が不確実な事項に該当するといえますので、この場合は断定的判断の提供として取消しが可能です。

資料3 ①誤認類型(ⅱ断定的判断の提供)
【事例】
○投資商品について「損が生じることはありません」と言われて契約を締結した。
○「当社の住宅は絶対に雨漏りしません」との説明を受けて住宅を購入した。
○「当校に通えばTOEICで800点も夢じゃない」と勧誘されて英語学校に通ったが、TOEICの得点が800点を超えることはできなかった。
○「借金して契約しても10年後には利益が出る」と言われて一時払いの終身保険に加入したが、予定通りの配当が出なくなり、利息の方が高くなった。

(3)不利益事実の不告知(第4条2項)

まず不利益事実の不告知の対象となる「重要事項に関する事項」ですが、何が重要事項であるかについては不実告知を参照していただきたいと思います。ただし、第3号は除くとされており、重要な利益について損害または危険を回避するために通常必要であるというものは、不利益事実の不告知には適用されないことになります。
また、一般的・平均的な消費者が不利益事実が存在しないと誤認する程度の関連性があれば、重要事項に関する事項に当たるといわれています。
次に条文上は、「消費者の利益となることを告げ」となっており、先ほどの断定的判断の提供と異なって、特に財産上の利益に限るような例示をしていませんので、広く対象となることになります。
また、「不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る)」とあり、これは一般的・平均的な消費者を基準にして、通常存在しないと認識するものか否かで判断することになります。
不利益事実の不告知の場合には、事業者の「故意または重過失によって告げなかった」ということが必要になります。平成30年改正で重過失が追加されました。従前は故意だけでしたので要件が緩和されたことになります。
最後に、事業者の免責事由があり、事業者が不利益な事実を告げようとしたにもかかわらず、消費者がこれを拒んだときには、取消しは認められないというのがポイントです。消費者がそれを拒んだときの理由は特に限定はされていません。例えば時間がないとか面倒くさいのでいいですというものでも、この場合の事業者の免責事由になります。
不利益事実の不告知についても事例を挙げておきました( 資料4 )。
1つ目は、眺望の良さという消費者の利益になることを告げる一方で、半年後には眺望を遮る建物の建設計画があるという、消費者にとって不利益となる事実を告げなかったということですので、この場合は不利益事実の不告知で取消しが可能と思われる事案です。
2つ目のケースの場合は、先週の価格の2割引きという消費者の利益となる事実を告げていますが、ただ、この先週の価格から2割引という事実をもって、今後さらに値が下がるとは通常は考えないので、このケースの場合は不利益事実の不告知として取消しは認められないケースになります。以上が誤認類型です。

資料4 ①誤認類型(ⅲ不利益事実の不告知)
【事例】
○事業者がマンションの眺望の良さをアピールしつつ、半年後には隣接地に眺望を遮る建物の建設計画があることを知りながら告げなかった。
○「先週の価格の2割引」と宣伝していたので商品を購入したが、2週間後に同じ商品が半値となった。店員は今後さらに値段が下がることを知っていたが、これを告げなかった。

2 困惑類型

困惑類型は民法上の強迫には該当しないケースでも、事業者の不適切な勧誘行為により、消費者が困惑して契約を締結してしまうケースにおいて取消権を認めるものです。平成30 年改正で6つ追加されて全部で8つあります。

(1)不退去(第4条3項1号)

不退去による取消しは、消費者が事業者に対して退去してほしい旨の意思を表示したにもかかわらず、事業者が退去せず、そのことで消費者が困惑した心理状態になり契約をしてしまった場合に、消費者に契約の取消権を認めるものです。
ポイントを3つ挙げています。まず1つ目ですが、消費者が「退去すべき旨の意思を示した」ということが必要です。基本的には「帰ってください」「お引き取りください」という直接的に表示した場合のことをいいますが、間接的に表示した場合でも該当し得るとされています。
具体的には、時間的な余裕がない旨を告知した場合、契約締結しない旨を明確に告知した場合、口頭以外の手段により意思を表示した場合には、退去すべき旨の意思を示したものに当たり得ると考えられています。
2つ目のポイントは、退去しなかったというのは時間の長短は問わないということです。 3つ目のポイントですが、「困惑」というのは事業者が退去しなかったことにより消費者が精神的に自由な判断ができない状況をいうとされていて、民法上の強迫による畏怖よりも広く解釈されています。
続いて不退去についての事例を挙げています( 資料5 )。
まず1つ目のケースの場合、もう帰ってくださいと明確に退去すべき旨の意思を示しているといえますので、不退去による取消しは認められ得るケースといえます。
2つ目の場合も契約しない旨を伝えていることで、退去すべき旨の意思を示したといえますので、この契約についても取消しが可能と思われます。
3つ目のケースの場合は、途中でもう帰ってほしいという素振りを示したことで、この素振りの程度により、不退去による取消しができるのかどうかが決まるケースと思います。社会通念から考えて、帰ってほしいという意思が表示されている程度の素振りであれば、取消しは認められ得ると考えられています。 4つ目のケースは一度は契約をしない旨を伝えていますが、最終的に納得して購入しており、困惑によって購入したということではありませんので、このケースの場合では取消しは認められないことになります。

資料5 ②困惑類型(ⅰ不退去)
【事例】
○高額な子供用の教材について夜中の12時まで説明を聞かされ、「子供が寝るので帰ってください」と言っても帰らなかったので、仕方なく契約してしまった。
○訪問販売で浄水器を勧められ、何度も断ったが長時間居座り帰らないので、仕方なく契約してしまった。
○販売員から自宅で3時間にわたり説明を受け、途中でもう帰ってほしいという素振りを示したが、結局困惑して契約してしまった。
○来訪した販売員から勧誘を受け、最初は興味がなかったので「いりません」と伝えたが、説明を聞いていくうちに興味が強まり、最終的に納得した上で購入した。

(2)退去妨害(第4条3項2号)

退去妨害は、消費者が勧誘場所から退去したいという意思表示をしたにもかかわらず、事業者が消費者を退去させなかったことで、これにより消費者が困惑して契約締結をした場合に、当該契約の取消しを認めるものになります。
まず、消費者が「退去する旨の意思を示した」ということで、不退去の場合と同様に間接的に表示した場合でも該当し得ることになります。
部屋で勧誘をされていて、消費者が帰ろうとして部屋の出口に向かうとか、身ぶり手ぶりで、契約しないよという態度をして、いすから立ち上がるという場合でも、口頭以外の手段により意思を表示したとして、退去する旨の意思を示したことに該当し得るといわれています。
「退去させない」というのは、物理的、心理的を問わず、一定の場所からの脱出を不可能もしくは著しく困難にする行為といわれており、これについても時間の長短は問わないとされています。
事例をいくつか挙げます( 資料6 )。
1つ目のケースは帰りたいと言っており退去する旨の意思を示したと評価できますので、この場合には取消しが認められるケースといえます。
2つ目の場合も契約をしない旨の意思は示していますので、間接的に退去する旨の意思を示したと評価でき、契約の取消しが認められます。
3つ目は、店頭でお客さんに買わなきゃ損だということを呼び掛けることについては、消費者を退去させないことには該当しないと評価されますので、取消しは難しいケースです。

資料6 ②困惑類型(ⅱ退去妨害)
【事例】
○営業所で夜中まで勧誘され、帰りたいと言ったが帰してくれなかった。頭がボーッとしてきて帰りたくて契約書にサインした。
○ホテルの展示会場において、いらないと断っているのにしつこく勧誘を続けられ、やむなくネックレスを購入してしまった。
○店頭で勧誘され、いったんは断って立ち去ろうとしたが、「今日限りのバーゲン。買わなきゃ損だ。」と連呼され帰りにくい雰囲気になり購入してしまった。

(3)社会生活上の経験不足の不当な利用

(不安をあおる告知)(第4条3項3号)
不退去と退去妨害の2類型は、事業者から消費者に対して直接的な強い働き掛けがある場合を想定し、規制している条項です。消費者の不安をあおる等して、強い働き掛けではなくとも、不適切な勧誘行為により、消費者が困惑して契約をしてしまう類型が平成30年改 正で追加されました。
まず消費者の「社会生活上の経験が乏しい」とは、社会生活上の経験の積み重ねが契約を締結するか否かの判断を適切に行うために必要な程度に至っていないことをいいます。この積み重ねは年齢のみにより決まるものではありませんし、契約の内容により必要とされる経験が変わるとされています。
そして、社会生活の経験が乏しいことから
「願望の実現に過大な不安を抱いている」ということで、過大な不安を抱いているものの対象としては、社会生活上の重要な事項、身体の特徴または状況に関する重要な事項が挙げられています。
「過大な」とされていますので、誰もが抱くような漠然とした不安ではなく、社会生活上の経験がないことで、一般的・平均的な消費者に比べて過大に受け止めてしまうという程度の不安が必要であるとされています。
消費者がそのような不安を抱いていることを事業者が知りながら、その不安をあおるという点については、消費者の事情に付け込む勧誘行為を規制するものですので、事業者の認識が必要とされています。
他方、正当な理由がある場合には、不安をあおるものでも取消しの対象にはならないとされています。正当な理由がある場合とは、消費者を自由な判断ができない状況に陥れる恐れが類型的にない場合をいい、条文上は典型例として、裏付けとなる合理的な根拠がある場合が挙げられています。将来的な病気のリスクを過去の客観的なデータに照らして説明をする場合等が当たるとされています。
その上で、事業者が「契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げる」場合に取消しを認めることになります。
これも事例を挙げます( 資料7 )。1つ目の場合は消費者が20歳の学生で、就労経験がないと思われ、一般的には取引についての経験や対応力に乏しいといえますので、社会生活上の経験が乏しいと評価できるといえ、取消しの対象となり得るケースです。
2つ目のケースですが、取引についての経験やノウハウがある程度あるといえますので、この場合には社会生活上の経験が乏しいとは評価できず、取消しは認められない可能性が高いといえます。
3つ目のケースは、客観的な資料に基づいて病気のリスクを説明していますので、これで消費者の不安をあおることになるとしても、その告知内容が裏付けとなる合理的な根拠があるというものですので、正当な理由があるということで取消しは認められない可能性が高いと思います。

資料7 ② 困惑類型(ⅲ社会生活上の経験不足の不当な利用(不安をあおる告知))
【事例】
○就職活動中である20歳の学生に対し、その不安を知りつつ「このままではあなたは一生成功しない。この就職セミナーが必要。」と告げて勧誘した。
○企業の業務に長年従事し、事業者としての取引経験が豊富で、交友関係も広く、家庭では財産の管理・処分をしている中年の会社員が、将来の自らの家計に過大な不安を抱いていたところ、事業者から投資商品の情報商材の購入を何度もしつこく勧められたため、購入してしまった。
○保険を勧誘するにあたり、消費者の年齢に基づいて算出した将来の疾病罹患率等の客観的な資料に基づく予測とともに、保険契約が必要である旨を告げた。

(4)社会生活上の経験不足の不当な利用

(恋愛感情等に乗じた人間関係の濫用)
(第4条3項4号)
これはいわゆるデート商法や恋人商法といわれる勧誘方法を規制するものです。
「社会生活上の経験が乏しい」というのは先ほどの不安をあおる告知の場合と同様と考えていただければと思います。
消費者が勧誘者に「恋愛感情その他の好意の感情を抱き」ということで、恋愛感情に限定されているわけではありませんが、恋愛感情と同程度に親密な感情が必要であるといわれています。
そして、消費者が、勧誘者も自分と同様の感情を抱いているものと誤信し、事業者がこのことを知りながらこれに乗じ、契約を締結しなければ「関係が破綻することになる旨を告げる」ということが要件です。
このような勧誘方法は、勧誘者との関係を維持するためには契約の締結が必須と考えてしまい、自由な判断ができない状況に陥る可能性が類型的に高いということで、消費者の取消権を認めています。「告げる」というのは口頭に限る趣旨ではなく、メール等のメッセージ類でも該当し得ることになります。
これについての事例を挙げます( 資料8 )。1つ目は典型的なデート商法、恋人商法とい われるもので、こういう勧誘方法は本条の取消しの対象となります。
2つ目のケースにつきましては、消費者と勧誘をした先輩が同じ寮で生活し、同じサークルに所属し、出身も同じということですので、この消費者の先輩に対する感情が単なる好感とか先輩・後輩関係を超えた特別なものと評価できれば、本条により取消すことができるケースになります。これは具体的な事情によると思います。

資料8 ② 困惑類型(ⅳ社会生活上の経験不足の不当な利用(恋愛感情等に乗じた人間関係の濫用))
【事例】
○消費者に対して、勧誘者が恋愛感情を抱かせた上、それを知りつつ、「買ってくれないと、今までの関係を続けられない」と告げて、高価な宝石を売りつけた。
○日頃から同じ寮で生活しており同じサークルに所属する同郷の先輩から、簡単に儲かる投資システムがあるという話を持ち掛けられ、「この投資をするにはDVDを購入する必要がある」と勧誘された。その際に、先輩から「DVDを買ってくれないなら、今までのように親しくはできない」と言われたため、DVDを購入した。

(5)加齢等による判断力の低下の不当な利用

(第4条3項5号) 「加齢または心身の故障によりその判断力が著しく低下」しているということですが、うつ病や認知症は心身の故障に当たるとされています。「著しく」が付いていますが、これはあまり厳格に解釈されてはいけないと考えられています。
そして、判断力が著しく低下した消費者が、「生計、健康その他の事項に関し、その現在の生活の維持に過大な不安を抱いている」ということが必要です。その他の事項には、家族関係や近所付き合いといった人間関係等も含まれるとされています。
ここでも「過大な」不安という書きぶりになりますので、誰もが抱くような漠然とした不安ではなくて、判断力が著しく低下したことで、ことさら重く受け止めてしまうという程度の不安が必要であるといわれています。
この類型も、事業者が消費者の事情を知り、その不安に付け込むという勧誘行為を規制するものですから、事業者の認識が必要です。 他方、合理的な根拠がある場合や正当な理由がある場合は、むしろ契約を締結するか否かという判断のために消費者に対して必要な情報を提供することになりますので、取り消しの対象とならないとされています。
その上で、「契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げる」ということで、「告げる」方法は口頭に限らず書面、メール等でも該当することになります。事例を挙げます( 資料9 )。

資料9 ② 困惑類型(ⅴ加齢等による判断力の低下の不当な利用)
【事例】
○物忘れが激しくなる等加齢により判断力が著しく低下した消費者の不安を知りつつ、「投資用マンションを持っていなければ定期収入がないため今のような生活を送ることは困難である」と告げて、高額なマンションを購入させた。
○認知症で判断力が著しく低下した消費者の不安を知りつつ、「この食品を買って食べなければ、今の健康は維持できない」と告げて、健康食品を購入させた。

いずれも本号が想定している典型的な場面であるといわれています。(次号へつづく)