出版物・パンフレット等

今こそ民事信託 〜弁護士が知っておくべき 民事信託の基本〜(前編)

民事信託は、近年、高齢者や障がい者等の財産管理の制度として注目を集めており、会員の関心も高まっていると考えられる。しかし、実際に民事信託に関する業務(信託契約書や遺言書の作成等)を手掛けているのは司法書士が多く、これらの業務に携わったことのある弁護士は限られると思われる。
この点、当会では、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会のホームロイヤー・信託部会が、民事信託に関する取組みを進めているところである。そこで、本特集では、同部会の部会長を務める齋喜隆宏会員に、総論として、民事信託の基本について概説していただき、各論として、同会員の司会のもと、民事信託に造詣の深い弁護士その他の専門家による座談会を開催し、民事信託の実践的な内容を掘り下げていただいた。
民事信託に関心のある会員に、ぜひお役立ていただきたい。

1.はじめに~なぜ、今こそ民事信託なのか~

普及が進む民事信託
~なぜ、今こそ民事信託なのか~

1.普及が進む民事信託

民事信託は、財産の管理(・保全)、承継のための制度です。親(委託者)が子(受託者)に財産管理を託すことが多いため、「家族信託*1」と呼ばれることもあります。遺言や成年後見制度よりも自由度が高いことからNHKなど複数のメディアでも取り上げられて一躍脚光を浴び、ここ1 〜2年の間に普及が急速に進んでいます。日本公証人連合会の調査によると、2018年における「民事信託」の公正証書の作成件数は2223件であり、その後も増加傾向にあると報告されています。相談件数も含めると更に多くなると思われます。

2.弁護士の勉強不足?

信託法(平成18年改正、平成19年施行)は、「司法試験科目でもないし、基本書も条文も読んだことがない」「難しそう」、また「何でもありみたいでなんとなく眉唾っぽい」といった会員の声が聞こえてきそうです。
しかし、「民事信託」という言葉を知っている相談者がいつ目の前に現れてもおかしくありません。これからは、遺言・相続や成年後見と並んで、民事信託を説明・提案し、組成することが、弁護士業務として求められつつ あります。
また、これまで組成された民事信託のうち、8割は司法書士によるもので、弁護士によるものは1割に満たないという実態を聞いて、驚いた会員の方も多いのではないでしょうか。民事信託はまだ発展の途上にあり、今から勉強を始めても、まだ間に合います。まずは本特集の座談会と「ゆとり〜な民事信託研修【③応用】*2」の受講から始めてみてはいかがでしょうか。また、日弁連の研修メニューも 充実しています。

*1「家族信託」は一般社団法人 家族信託普及協会の登録商標

2.弁護士の関わり方

弁護士として、民事信託の案件にどのように関わるのかですが、大別すると、①民事信託のスキーム設計及び契約書作成と、②民事信託組成後のフォローの2つに分けることができます。
なお、弁護士が受託者に就任することはできないと解されています(信託業法3条、7条1項)。

①スキーム設計及び契約書作成

遺言、法定後見、任意後見、ホームロイヤー(財産管理委任契約)など類似制度と比較しながら、民事信託が適した事案なのかを検討します。巷では「民事信託ありき」であったり、「民事信託万能論」のような宣伝文句も見受けられますが、身上監護面はカバーしていないなど、民事信託にも限界があります。弁護士としては、あくまでも依頼者の権利擁護や紛争予防のために、長期的な視野から最適な制度を適切に取捨選択し、組み合わせることが必要です。遺言や法定後見で事足りるケースもあります。

②民事信託組成後のフォロー

相談段階では、契約書の作成に目が行きがちですが、信託契約書の作成はスタートに過ぎません。組成された民事信託が、実際に適正に運営・履行されていなければ、絵に描いた餅になってしまいます。法定後見でも、親族後見人による不祥事防止が課題になっていますが、民事信託は裁判所の監督がありません。また、受託者である親族はいわば素人ですので、信託の運営にあたって専門家の助言やフォローが必要な場面も想定されます。
会員の皆様においては、信託関係人(信託監督人、受益者代理人)やホームロイヤーとして、信託組成後も継続的に関わっていくことを検討していただきたいと思います。

3.信託案件がきたら(相談~組成段階)

ここでは、実際に信託の相談がきた場合の主な検討事項と注意事項を簡単に列挙しますので、参考にしてください。

①信託目的

専ら法定後見における裁判所の監督を回避する、といった脱法的な目的で用いられないように注意が必要です。また、遺留分制度を潜脱する意図で用いられた信託契約が一部無効とされる下級審判例*3も出ています。

② 信託行為(信託契約、遺言による信託、自己信託)

③信託財産

④委託者

依頼者はあくまでも委託者(大半は高齢者)です。判断能力が備わっており、また民事信託の設計内容が依頼者の意思に沿っている必要があります。

⑤委託者

受託者には、善管注意義務、分別管理義務、忠実義務、帳簿作成・報告義務など様々な義務や責任が課せられます(軽減可能な義務もあります)。これらの義務を遵守して信託事務を遂行できる資質・能力を備えている受託者(親族)を確保できるかが極めて重要です。
また、信託は長期間に亘りますので、後継受託者を予め指定しておくことも検討が必要です。
ほかには、信託銀行を受託者とする「教育資金贈与信託」や「特定贈与信託」(受益者が障がい者の場合)の検討が必要な場合もあるでしょう。信託銀行が販売する家族信託型商品も知っておいて損はありません。

⑥受益者・受益権

⑦信託の期間・終了事由

終了時の残余財産受益者・帰属権利者も指定しておきます。

⑧信託関係人(信託監督人、受益者代理人)、 ホームロイヤー


*2 令和2年3月27日(金)13:00〜15:00 DVD研修
*3 東京地裁平成30年9月12日金法2104号78頁

4.専門家との連携

民事信託を組成する場合、弁護士が中心(コーディネーター)となって以下の各専門家や機関と連携を取りながら、スキーム設計及び契約書の作成をすることが必要です。

1.公証役場

信託法上、民事信託契約書を公正証書とすることは義務ではありません(自己信託は別)。しかし、遺言を作成する場合、通常は自筆証書遺言より公正証書遺言を勧めますよね。民事信託も、安定性・確実性を高めるために、公正証書にしておいた方がよい場合が多いと思います。ただし、公証人が民事信託に精通しているとは限らないのでご注意を。

2.司法書士

信託財産に不動産が含まれる場合は、登記(所有権移転登記及び信託登記)が必要になります。信託登記の「信託目録」に、何をどこまで記載するかは、司法書士の裁量(ノウハウ)に委ねられている部分がありますので、信託契約書の作成段階から、司法書士にも確認を取っておく方がよいでしょう。

3.税理士

信託設定時、信託継続中、信託終了時の各段階における課税関係(贈与税や相続税など)については、要注意です。特に受益者に予想外の贈与税が課税されてしまっては、目も当てられません。
こちらもスキーム設計段階から、事前に相談しておくべきでしょう。

4.金融機関

受託者は、分別管理義務や倒産隔離機能のために、「委託者○○受託者○○信託口」といった「信託口口座」を開設するのが一般的です。信託口口座の開設に応じる金融機関も増えていますが、事前に口座開設予定の金融機関に確認しておきましょう。
また、融資が絡む場合(例えば、信託財産である不動産に既に住宅ローンが付いている場合や、今後融資を受けて建て替え予定の場合など)、どのような扱いになるのか、金融機関によって対応が当然異なりますので、事前に相談することが必要です。

5.最後に

以上、ざっくりと民事信託組成のポイントや注意点等を拾ってみましたが、これらの事項を踏まえて適切な民事信託を組成するのは、簡単な作業ではありません。しかし、こういった領域は、本来、弁護士が最も得意とするところではないかと思います。
ますます増える民事信託の需要に備えて、今こそ民事信託を学ぶときではないでしょうか。
ホームロイヤー・信託部会では、民事信託の健全な発展のために、定期的な勉強会や研修の企画、また日弁連信託センターの最新情報などを提供するといった活動を行っています。もっと民事信託に触れてみたいという方の積極的なご参加をお待ちしています。

座 談 会

齋喜 隆宏 奈良 正哉 都筑 崇博 市川 康明 八谷 博喜

1、はじめに-自己紹介

齋 喜

本日は、民事信託の特集ということで、専門家の方々にお集まりいただきました。二弁の会員で、民事信託に興味はあるものの、まだ実務を経験していない、勉強を始めて日が浅いといった方々を主に念頭に置きながら、基本的な事項を踏まえつつ、実務的な話、実践的な話をしていただければと思っております。
私は司会の齋喜と申します。当会の高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会の中にあるホームロイヤー・信託部会の部会長をしております。
民事信託に関しては、私は担当するようになってまだ日が浅く、勉強中といったところです。奈良先生にお会いして勉強していく中で、今年度から日弁連の信託センターのメンバーにも奈良先生と一緒に入らせていただいています。
ではお一人ずつ、自己紹介からお願いします。

奈 良

奈良正哉会員 弁護士の奈良です。こう見えて、69期の新米弁護士です。弁護士になる前は、長く信託銀行におりました。
今の信託法や信託業法が大幅に改正施行されたのが平成16年頃だったと思います。そのとき私は銀行の管理部門にいて、金融庁の検査に対する対応窓口を担当していました。金融庁から信託に関していろいろと指摘を受ける中で、自分で信託法なり信託業法なりを勉強して、金融庁に指摘を受けてもきちんと自分たちの立場を主張できるようにしようと考えたのがこの道を選んだそもそものきっかけです。
その後弁護士になり、信託法、信託業法が民間の中で有益な財産管理手法であるにもかかわらず、余り使われておらず、弁護士はほとんど知らないという世界だったので、信託の分野を中心に手掛けるようになりました。

都 筑

司法書士法人芝トラストの都筑と申します。私も実は大学卒業後、奈良先生と同じ信託銀行に5年ほど勤めておりました。その中で、1年半ほど、オーダーメードの信託商品を企画、販売するような部署にいたことがあります。
その後いろいろありまして、今の司法書士の業界に入りました。今でこそこれだけ民事信託が盛んになっていますが、我々の事務所では、まだ余り知られていなかった6~7年前から信託の分野に積極的に取り組むようになっており、過去の信託銀行での知識を生かしながら、民事信託の業務に日々取り組んでおります。

市 川

税理士法人おおたかの市川です。私も過去に奈良先生、都筑先生と同じ信託銀行に出向していたことがあります。私はもともと内部で、税務、相続税、贈与税などを中心に、お客様にアドバイスをするときに何か問題がないかといった税務チェックに携わっていました。
今は事務所に戻り、実務でも民事信託に携わっています。
民事信託にもいろいろな使い道があると思いますが、私どもの事務所は事業承継、企業オーナーの株式の承継などに強みを持っており、信託もそういった自社株の信託というケースが多くなっています。
本日はよろしくお願いいたします。

八 谷

三井住友信託銀行の八谷と申します。
三井信託に入社して34 ~ 35年になります。主に融資や審査の世界に入り、私的整理や取引先の債権者集会を担当したりしました。勤めている信託銀行の統合が進み、リテール業務(小口金融業務)に携わりました。その際、支店長として、財産管理に困っている高齢者の相談を多く受けたことが、本格的にこの道に入ったきっかけであったと思います。
最近では、民事信託の健全な発展についてお話しすることが多いのですが、日本人には任意後見と民事信託のどちらが合うのか、両方使うべきなのか、片方でよいのではないか、商事信託がよいのではないかなど、個々人に応じた制度、使い方を一生懸命考えています。特に諸外国の代理権、イギリスの持続的代理権・任意後見(EPAやLPA)、ドイツの世話法ではないですが、それらと日本の任意後見・民事信託を比べた場合、どれが一番日本人に合っているのかを個人的な課題としては考えています。
業務的には、民事信託がなぜこんなに増えたのかについても分析しています。

2.民事信託の利用目的

1.最近の傾向

齋 喜

それでは、最初に「民事信託の利用目的」から始めます。最近の民事信託に関わる傾向や、どのようなルートで仕事の依頼があるのか、差し支えない範囲でお話しいただければと思います。

奈 良

私のケースで言うと、やはり相談の件数は増えています。
少し前までは、週刊誌の鉄板ネタというと相続や死後事務でしたが、この1 ~ 2年は信託が必ず1つのコラムを持っています。クライアント側の認識もだんだん醸成されてきて、私のところでもいきなり「信託という、良い制度があるらしいじゃないか」と言ってくる人もいます。
あと例えば生命保険会社のアドバイザーの方たちが重要顧客向けのセミナーを開催する際、財産管理のメニューとして民事信託を取り上げるので、講師として来てほしいという依頼もあります。あるいは、うちの事務所は税理士とのお付き合いが非常に深いので、そういうルートからの依頼も来ています。
全般的に言えば増えている。しかし、信託目的ということで言うと、大部分は高齢者が自分で財産管理をすることが難しくなってきたというので、受託者の候補者である息子や娘が主導して、相談に来るケースが多いかと思います。

都 筑

都筑崇博司法書士 すそ野が広がっているというのは最近ものすごく感じております。一昔前までは、我々の事務所に寄せられる民事信託の相談も、一部の先進的な税理士や弁護士、金融機関でも本部のプライベートバンキング部門など、極々限られた方々からのものが多かったのですが、1つ節目になったと思うのは、2年ぐらい前にNHKの『クローズアップ現代』で民事信託の特集が組まれたことです。あの前後から一般のお客様からのお問い合わせ、あるいは金融機関でも普通の支店の担当者から相談が寄せられるようになったという印象は受けています。

市 川

私も同感です。失礼ですが、ある程度高齢になってくると信託契約を本当に理解するというのは、なかなか難しいと思いますので、やはりそこは実際に承継される子供世代の方々にしっかりご理解いただくことが重要だと考えます。
そうは言っても本来はもちろん委託者の方の意思あってのことだと思いますが、なかなか微妙なケースも多いです。

都 筑

賃貸マンションなどでは、所有者はお母さんでありながら、現状既に事実上の管理は息子がやっているというようなケースも多いです。そこで、現状は信託を組んだからといって何も変わらないんだよというような説明を息子さんからお母さんにして、何とか理解を得るというケースは多いですね。

市 川

相続の前倒しといいますか、相続争いの前倒しという雰囲気が漂っていることもあります。

奈 良

民事信託には相続の前倒しという側面があって、それはそれでいいのではないかと思うんですよね。遺言を開けて、なぜこのような分配になっているのかと疑問に思うよりは、最初から親族に分かっている方がお互いの了解を得られやすいかと。
ところが、やはり中には、「長女には内緒でやりたい」などという相談があって、ふたを開けたときに争いになりますよと。プレーヤーが少ないから、万一あなたが死亡した場合、あなたの役割を長女に継いでもらうという契約にしておかなければ信託口口座の開設なども難しいですよとお伝えするのですが、そこで逡巡するケースも結構ありますね。
八谷さんはどうですか。

八 谷

当初は公正証書にする信託契約書は代理人による作成でもよかったのです。しかし、遺言代用機能がある信託が当事者ではなく、代理人でいいんでしょうかという議論があり、公証役場では、あるときから遺言代用型は本人でなければいけないということになったと聞いています。公正証書を作っていれば委託者の意思は反映されているだろうと考えています。例えば当社では宣誓認証では受け付けません。しかし、未だに代理人により公正証書を作成しようとする方とか、公正証書にできないため、私的な契約書によって信託口口座をつくっているという方が結構おられるようです。
日本公証人連合会の発表では、2018年の民事信託の公正証書の作成件数は2223件なのですが、それと同じくらい公正証書にはなっていないものが世の中にあるように感じられます。それに関しては、やはり委託者の判断能力を少し疑わざるを得ないという気がしています。なぜかというと、ある団体で民事信託は5000件やった、8000件やったなどと言っている人たちがいるにもかかわらず、我々のところに依頼が1500件ほどしかきていないところをみると、やはりそれは公正証書が必須の取扱いとされていないと思われます。
それから、受託者主導型の信託は、最初は多かったのですが、最近少し落ち着てきた感じがします。当社に持っていっても断られると思っているからかもしれませんが、はなから遺留分を侵しているようなケースは少なく感じます。争いを避けたいので、民事信託で特定の財産を信託し、それ以外は遺言でという人が増えています。これは、ある程度士業のアドバイスがよくなってきたということかもしれません。
しかし、先ほどお話ししたように、将来紛争の可能性が高いと思われる公正証書ではないと民事信託をどうするかという問題が残っていると思います。やはり公正証書にできない理由があると思わざるを得ません。

奈 良

公証人に対する報酬がもったいないのではないですか。

市 川

自社株の信託はコストが掛からないというのも1つ売りなので、たぶんそれは多いと思います。

八 谷

そういうことはありますが、やはり都筑先生が言われるように高齢の委託者は多いですから。今、統計上85歳以上の55%以上が認知症です。ですから、十分な思能力があるかといわれると、ちょっとどうなのかと思います。

奈 良

市川先生のところは、自社株の信託が多いとのことですが、形態としては自己信託でしょうか。

市 川

そうですね。自己信託ばかりというわけではないですが。

奈 良

社団法人をつくるのでしょうか。

市 川

はい。株式だけではなく、ほかも含め社団法人をつくって、そこが受託者になるというケースが件数的には多いと思います。

奈 良

中小企業ですか。

市 川

中小企業でもある程度の規模ですね。社団をつくるとどうしても最低限コストも掛かりますし。上場企業でもいくつか事例があります。

齋 喜

カルビーの「幹の会」などですね。

3.他制度との比較

齋 喜

先ほど、成年後見の代替回避や、遺言の使い分けといったお話が出ていましたので、その辺との制度の比較について触れたいと思います。まず財産管理面でいきますと、成年後見や任意後見との比較になりますが、この点について奈良先生お願いいたします。

奈 良

教科書的に言えば、成年後見は判断能力がなくなった後に、本人以外からの申立てにより、本人が死亡するまで全財産を管理し、当然、身上監護にも法の範囲が及びます。任意後見は、通常は本人に判断能力があるうちに契約して、判断能力がなくなったら任意後見監督人が選任され、以降は任意後見が始まって、本人が死亡するまで財産管理が行われます。
信託も、本人の判断能力がなくなったらできません。本人の判断能力があるうちに始めて、財産管理をしていくのですが、財産管理しかせず、身上監護的なところには及びません。
それから、信託の中に入れた財産しか保護しないのです。それは選択なのかもしれない。これだけは大事な財産だから保護してもらいたい。あるいは、信託に入れないものによって遺留分に対する配慮をしていきたいということもあるのでしょうが、いずれにせよ信託の中に入れたものしか保護しません。 本人が死亡したら終わりというふうに決めてもよいし、それ以降もずっと管理のスパンは長く取っても構わないということで、任意後見や法定後見に比べると財産管理という面においては柔軟な設計ができます。
民事信託は財産の管理。しかも信託に入れたものの管理しかしない。成年後見と相反する制度ではないので、両方きちんとメニューに載せて、組み合わせて考えていくことが重要だと思います。

齋 喜

財産の管理方法、活用方法について、成年後見では、不動産の処分については家裁の許可が必要であり、また、家族などの第三者のためにお金を使うことは非常に制約されています。一方、民事信託では、信託契約等で定めておけばその辺が柔軟に対応可能であるというところもメリットの1つかと思います。
更に、ポイントの1つとして裁判所の監督の有無ですね。成年後見、任意後見には、裁判所の監督、あるいは監督人の監督がありますが、民事信託に関しては、裁判所の監督は必ずしもつかないということで、この点をどうするかということは、弁護士としても考えていかなければならないところかと思います。
この点について、特に補足はありますか。

奈 良

信託契約の定めに従うのは当然ですが、受託者が委託者の財産を、ある種裁量処分できますよね。それに関連して、相続税に対する配慮というか、節税というか、そういった面でニーズがあります。

市 川

市川康明税理士 税理士業界では、成年後見をやると基本的には相続対策はできないと言われます。高齢者の財産を守る、ご本人の財産をできるだけ減らすなという考え方ですから。一方、信託だと、信託契約に定めておけば基本的には投資や、大規模修繕、買換え等いろいろなことができると。それを売りにして、今後の相続対策を考えたら信託の方がいいという税理士は多いです。

八 谷

八谷博喜氏 任意後見は日本では全件に監督人がつき本人保護に厚いですが、反面、不自由さを理由として件数が余り伸びない側面があると思います。全件の監督をするのは世界中で日本だけで、ドイツでは任意後見に対する公的な監督をしていません。だからこそ今300万件任意後見があるという状態です。イギリスであれば後見庁、ドイツであれば世話人庁があって、OPGや司法補助官等がいろいろな指導をするシステムがあり、後見制度は安全に保たれています。日本の全件監督は保護の面で細やかで素晴らしいことなのですが、使い勝手が悪いので民事信託にしたいという方はやはりいらっしゃいます。
また、ちょっと観点は変わりますが、成年後見で専門職後見人が増えました。家族による身上監護に係る財産管理がしにくくなったと言われる方がおられます。専門職後見人が余り期待されない傾向も見られ、成年後見をつけられるよりは民事信託でというような動きもあります。
私たちとしては、成年後見制度と民事信託制度のどちらか1つの選択ではなく、両方使える補完型にならないと万人には対応できないと思います。
ただ民事信託の信託目的に介護や福祉という言葉が増えてきている感じがします。成年後見制度においては財産管理の身上保護アプローチといいますが、だんだんそちらに寄ってきており、境目が分からなくなってきています。

齋 喜

あとは財産保全機能ですね。先ほど『クローズアップ現代』の話題が出ましたが、名義が受託者に変わりますので、悪徳商法などによる消費者被害のリスクをなくすことができるという点が指摘されています。
次に財産の承継関係で、遺言との比較でいきますと、遺言でできること、できないこと、あるいは信託でできること、できないことがあると思いますが、この点については奈良先生いかがでしょうか。

奈 良

後継ぎ遺贈型などと言われる、2世代、3世代にわたる取決めができるというのが一番の特徴でしょうか。

齋 喜

遺言は、基本的に撤回が自由です。
信託も基本的に撤回が可能ですが、それは別の定めで撤回や変更を制限することができるということです。撤回不能型の代用信託といいましょうか、こういう使い方もあり得ますし、実際私もそうした相談を受けております。

3.信託の設定段階

齋 喜

次に、「信託の設定段階」についてお話をお聞きします。基本的には弁護士が契約書等を作成するということがメインになるかと思います。現状では司法書士が8割ぐらいを占めているということですが、これから弁護士も少し頑張らなければいけないと思っています。
その作成段階で気を付けなければならないこと、あるいは基本事項について、ご意見をお願いします。

奈 良

通常、念頭に置くべきは金銭の信託があって、これは信託口口座の中で管理されるということです。もう1つは、不動産があって、これは登記されますが、登記は受託者の義務となっています。信託の登記では、売買による所有権の移転登記とは違う表示や手続があるのではないかと思います。基本的なことですが、その辺りを教えていただけたらと。


1.信託の登記

都 筑

信託財産に不動産が入っている場合、不動産登記が発生しますが、委託者から受託者への所有権移転と併せて信託の登記も、2つ同時にやらなければならないという決まりになっています。
不動産登記の所有権のところ、甲区と呼ばれるところに所有権移転と、信託という言葉が記載されて、具体的な信託契約の中身については、登記事項証明書の付録のような形で信託目録というものが作成されます。その目録に詳しい内容が記載されるというような登記の制度になっています。
この信託目録に何を記載するかというと、委託者、受託者、受益者の氏名のほか、信託の目的、信託財産の管理の方法、信託の終了の事由、その他の信託条項と、大きく4つのカテゴリーに分けて登記されるわけですが、ポイントは、必ずしも信託契約書の内容全部が信託目録に載るわけではないということです。信託契約書の内容から不動産に関する事項を抜粋し、登記に起こしていくことが我々仕事の大きな部分です。その契約書の中身のどの部分をどのように信託目録に記載するのかについて、実は明確なルールがないため、ここは登記する司法書士の裁量に委ねられています。
それから信託目録の内容の書き方ですが、信託目録は当然不動産の登記事項証明書に載っています。登記事項証明書は法務局に行って600円支払えば誰でも取得できるものなので、非常にオープンな内容になっています。遺言書の代わりとして信託を使うような場合、信託契約書には、「委託者が亡くなったときにはこの不動産は誰それに承継させます」ということが記載されますが、遺言書で同じことをした場合、自分の遺言書の詳細を世間にオープンにする方はいないと思います。ただ信託は、それと同様の内容が信託目録の中に載ってきてしまうということがありますので、「私が死んだらこの不動産は誰それに」というような具体的な内容は信託目録には記載せず、「東京法務局所属、公証人○○作成のナンバー何号の公正証書第何条記載のとおりの者に承継させる」というような形で、公正証書の番号を書き、誰に承継させるのかという具体的な氏名までは書かないようにします。そういった形で委託者のプライバシーに配慮して記載するのが最近の主流になっています。

齋 喜

登録免許税等、費用関係はいかがでしょうか。

都 筑

登録免許税は、所有権移転及び信託の登記については、土地については1000分の3が税率、建物は1000分の4が税率です。固定資産税評価額×税率です。

奈 良

登録免許税は掛かるのでしょうか。

都 筑

登録免許税は、土地1000分の3、建物1000分の4という点は移転登記と変わらないのですが、移転登記ではなく、変更登記になるので、変更登記分ということで、プラスアルファで一筆1000円余分に掛かります。これが所有権移転と若干違うところです。

齋 喜

信託の相談を受けると、費用はどのくらい掛かるのですかという相談があります。トータルで普通の遺言とどのくらい費用面で違うのかという質問を受けることもあるのですが、その辺はいかがでしょうか。

都 筑

事務所によってまちまちですが、費用で一番掛かってくるのは全体のスキーム作成と契約書の作成をセットで行うところかと思います。それを弁護士が行うのであれば、弁護士の費用が一番掛かると思います。司法書士が本当に登記だけをうということであれば、財産の額にもよりますが、数十万円いくかいかないかといったところが一般的かと思います。

齋 喜

相続の普通の登記と特段大きな差はないのですね。

都 筑

相続に比べると、信託目録の作り込みというところである程度時間がかかりますので、一般的には相続登記よりは高くなります。

奈 良

数年前、自分が行ったものではなくて、ほかの士業が行った信託契約書を持ってきて、これで相続争いで勝てるかという相談を受けたことがあります。公正証書にしているのですかと聞くと、していませんと。登記はどうしたのかと聞いたら、登記なんかするわけはないでしょうと。登記なんかしたら周りに分かってしまうでしょうと。そういうのが結構昔はあったのではないかと思います。

齋 喜

今でも登記していないケースがあるとは聞きますね。

都 筑

最近それが司法書士業界でも非常に問題になっています。高齢の方が持っている不動産を将来処分したいといった場合に、お元気なうちに、例えば息子さんに信託して、受託者名義にして、いざ処分が必要になった場合には、受託者の方が受託者の立場で売却するというのが一般的な信託の流れです。ところが、この信託の登記手数料すら削りたいために、一部の不動産業者などが、裏技と称して、信託契約は結びつつ、登記はせず時がたつのを待ちます。いざ本当に処分が必要な段階になって、そのときにお母さんが元気だったら信託契約をした事実を伏せたまま、何事もなかったかのようにお母さんがそのまま売りましょうと。もしお母さんがその段階で意思能力を失っていたら、その時点で初めて信託契約書に基づいて所有権移転及び信託の登記をして、受託者が売るといったような手法です。それをあたかも裏技のように推奨する一部の業者がいて、司法書士会で今非常に 問題になっています。
信託法上、登記登録ができる信託財産については登記登録をするのが受託者の義務になっているので、登記留保などといった裏技を使うのはやめましょうというのは強く肝に銘じていただきたいと思います。


2.信託設定段階の税務

齋 喜

設定段階の税務について、ご説明をお願いします。

市 川

今都筑先生がおっしゃったとおり、名義上は受託者名義に変わるわけですが、税務では実質の所有者ということで、経済的な利益を最終的に受ける受益者を財産を有する者とみなして課税するというのが基本的な考えです。これを税務では受益者等課税信託といいますが、普通は民事信託といえばほぼそれです。

齋 喜

信託の設定によって名義が変わるため、受益者が誰かによって、課税も変わってくると。

齋喜隆宏会員

市 川

そうですね。もともとお持ちだった委託者の方が受益者にもなる、いわゆる自益信託の場合、実質的にはもともとの所有者と利益を受ける方が同一人物ですから、特に贈与税などの課税は起きません。
一方、例えば親がもともと持っていた財産を、親が委託者で、受益者をお子さんなどにすると、親から子への贈与ということで、その時点で贈与税が課税されることになります。

齋 喜

ですから、他益信託は基本的にはほとんど使われていないということですね。

市 川

自社株で、先々価値が上がっていく可能性が高いようなケースだと、今の時点で贈与してしまいたい。ただ普通に贈与すると株主としての権利が全て移ってしまうので、信託という形で、自分が受託者になり、受益者をお子さんなどにすることがあります。議決権行使などは原則として受託者がしますので、株の財産としての価値は受益者である子供に渡すけれども、議決権行使は引き続き受託者である自分が行う場合の方法として、信託が使われるケースはあります。


3.信託口口座の開設

齋 喜

八谷さん、信託銀行において信託口口座を開設する流れなどを教えてください。

八 谷

受付段階では、以前はいろいろな方から信託契約書を持ち込んでもらっていたのですが、エンドユーザーに契約書のことをうんぬん言うのは不可能だと判断するに至り、現在は、アドバイザーである弁護士、司法書士、税理士などの士業からの契約書持込みに限定しています。その契約書の内容に問題がなければ口座を開きますという回答をします。その後、受託者に来店してもらい、口座を開設するという手続にしています。今では、数時間もかからないうちにチェックできるような体制になりました。ただ、件数が多いので確認に1週間ぐらいかかっています。

齋 喜

弁護士としては、クライアントの依頼で信託の契約書を作る場合、信託口口座を開設する必要があると思いますが、例えば三井住友信託銀行で口座を開設しようという場合には、まず入り口の段階で、いつどのようなところに持ち込んだらよいのでしょうか。

八 谷

どの支店でも構わないので、信託契約書の案文、若しくは完成版を持ち込んでく ださい。信託銀行ですから、各店に財務コンサルタントが最低1名、多いところでは8名ぐらいおり、そこで受付をします。その際に、簡単なヒアリングをさせていただきます。
持ち込まれた契約書のチェックは、私が所属する本店プライベートバンキング企画推進部が全て行っています。案文の場合ですと内容に問題がなければ、すぐ支店にメールを返して、支店の方で持ち込んだ士業に対して、いつでも公正証書にしてくださいと伝えます。

齋 喜

三井住友信託銀行は民事信託の取り組みで非常に進んでいるといわれていますが、倒産隔離機能を有しているとか、そういった真正な信託口口座を開設できる金融機関は限られるのでしょうか。

八 谷

分かりません。信託口口座を形式的につくっても、それを使う人が、例えば固有財産を入れてしまえば混合管理になってしまいます。我々は、口座を提供するだけにとどまり、そこの出し入れを全部チェックしているわけではありません。全部チェックするというのは、自分が受託するのと同じことになるため、我々はそんなことはできません。我々は、受託者としての義務を負っているのではなく、あくまで受託者が管理しやすい口座を提供しているという立場です。
ただ、口座を真正に使えば、差押えなどの場合でも、異議申立てをすることによって、対抗できるのではないかと思います。
いくら我々が口座を提供しても、受託者がおかしな管理をしていれば元も子もないので。よく倒産隔離はできていますかとか、強制執行は免れますかなどと聞かれますが、それは使い方によります。

齋 喜

信託銀行としては、持ち込むときにこれだけは書いてほしいとか、こういうことは書かない方がいいといった注意点はありますか。

八 谷

今、士業セミナーでそういう間違った、断った事例を全部公開し始めているんです。断ったケースにはいろいろあります。次々におかしなものが出てきます。業法絡みでは士業が受託者になろうとするケース、受託者である一般社団法人の社員となり信託報酬を取っているケース、清算受託者になるケースなど。委託者が亡くなられたときに、不動産を処分して処分のフィーを取ろうとしているケースも。これは運用型の信託会社の業務です。我々管理型の信託ではできないことまで士業がやるというのはどうしましょうかと。

座談会の様子