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コロナ禍の刑事裁判と弁護活動 (裁判員裁判編)

■弁護士 椎野 秀之(47期) ●Hideyuki Shiino

今回は、私が担当したAさんの裁判員裁判事件(国選)を通して、コロナ禍の刑事裁判と弁護活動をご紹介したいと思います。
事件は殺人被告事件で、公判前整理手続の真最中に新型コロナウイルスが流行し始め、緊急事態宣言が発出され、2020年9月に公判審理が行われ、判決が宣告されました。
殺人の「実行犯」とされるBさんとの共謀の有無が争点となった事件です。

1.「実行犯」の公判の傍聴

Aさんの事件は、起訴前に鑑定留置がなされた結果、起訴の時期がBさんよりもかなり後になりました。そのため、Bさんの事件が先に進行し(ただし、裁判体は同じでした。)、公判は2020年1月に行われました。そこで、私たち弁護人(2名)は、Bさんの公判を全て傍聴することにしました。
この時期はまだコロナウイルスの感染力は弱いとされており、傍聴席の制限もなかったため、全ての公判手続を傍聴することができました。
ただ、後述するように、その後、感染対策として、傍聴席の数が大幅に制限されるようになり、傍聴希望者の一部しか傍聴できないという事態が生じています。
Bさんの事件の証人とAさんの事件の証人がほぼ同じだったため、Bさんの公判の傍聴は非常に有益でしたが、もしBさんの公判の時期がもっと遅ければ、公判開始時刻よりも相当早い時間に並ばなければ傍聴できなかったと思います。
傍聴席の制限は、憲法の定める公開裁判の原則に照らして問題であるだけでなく、関係事件の当事者や弁護人、代理人にも不利益を及ぼすものであり、非常に問題だと思います。

2.公判前整理手続でのマスク着用

私たち弁護人は、2020年1月の段階から、新型コロナウイルスだけでなく、インフルエンザ感染防止の観点から、公判前整理手続においても、発言時も含めて常にマスクを着用していました。
ただ、この頃は、裁判官と検察官は全員、法廷ではマスクを着用していませんでした。おそらく、法廷ではマスクを着用しないという方針だったのではないかと推測しています。
被告人(Aさん)とその両脇にいる刑務官は、法廷では既にマスクを着用していました。東京地裁地下1階の仮監でAさんと接見した際にはマスクを着用していなかったため、不思議に思ってAさんに尋ねると、「普段はマスクは着用させてもらえないが、法廷に入る前にマスクを渡されて、着用するようにと言われた」とのことでした。
また、法廷で公判前整理手続を傍聴している司法修習生は、マスクを着用している方としていない方がおり、自己の判断に任せているようでした。私の記憶では、書記官はマスクをしていたと思います。
3月頃になると、突如、裁判官も検察官も、発言時を含め、全員がマスクを着用するようになりました。
弁護人が公判前整理手続や打合せ期日(被告人を出頭させずに争点整理等を行う期日。被告人を呼び出す必要がないため、法廷ではなく評議室や会議室で開催されるのが通常であり、公判前整理手続期日に代えて実務上多用されている。)でマスクの着用を拒否した場合にどうなるのかは分かりません。

3.緊急事態宣言

2020年4月に緊急事態宣言が発出されました。
当初4月に指定されていた公判前整理手続期日は取り消されず、5月に延期されました。
ただ、既に仮予約していた公判予定期間は、ある程度余裕のある時期だったからだと思いますが、変更されませんでした。
5月に変更された公判前整理手続は法廷で行われましたが、その次の期日は、法廷の空きがないとのことで、打合せ期日となりました。
ところが、期日の数日前になって、裁判官から、期日を開催する場所が確保できないとして、電話での開催の打診がありました。
弁護人としては、この期日は非常に重要と考えており、裁判官3名、検察官2名、弁護人2名で行う打合せが電話では意思の疎通が困難であること、弁護人同士で同じ電話機のマイクを使って発言した場合、感染のおそれもあることから、電話での開催には反対しました。しかし、結局裁判所に押し切られ、弁護人2名は、広めの会議室で1名が固定電話、もう1名は携帯電話を使用するという方法をとりました。電話による打合せは、予想どおり意思の疎通が難しく(相手の口元や表情が見えないことが大きな原因だと思います。)、重要な期日での利用はできるだけ避けるべきだと実感しました。
民事事件ではWeb会議の導入が進められていますが、刑事事件でも、少なくとも公判前整理手続や打合せ期日においては、Web会議等の利用を進めるべきではないでしょうか。

4.公判スケジュール

当初、裁判長は、Bさんの事件で採用された検察側証人は、Aさんの事件でも採用する予定であると発言していました。
ところが、緊急事態宣言発出後、裁判官より、そのうちの1名について必要性に疑問があるとの見解が示され、結局その証人は採用されませんでした。裁判所の考えが変わった理由は分かりませんが、証人の数をできるだけ少なくして裁判員の負担を軽くするという意図があったのかもしれません。
また、裁判員の感染リスク軽減のため、証人尋問はできるだけ午後に実施したいとの強い意向が、裁判長より示されました。弁護人としては、弁護人の請求する証人の尋問時間が短縮されたり、弁護人の請求している証人が採用されないおそれがあると考え、証人の採否と尋問時間が決まらない段階で午後からの実施とすることに反対しました。結局、公判期日自体は午前10時に指定され、弁護人が請求した証人も採用されました。
裁判員の感染リスクや負担を考慮するあまり、必要な証人を採用しないということや、必要な尋問時間をとらないことがもしあるとすれば、それは許されないことだと思います。

5.裁判員選任手続

裁判員の選任手続は、2020年9月に行われましたが、従前とは少々異なった形で実施されました。
まず、裁判員候補者から当日提出される質問票に対する回答は、検察官と弁護人には交付されず、裁判長が持っているものを見に行くという方式がとられました。
また、選任された裁判員の宣誓は、従前、裁判員に出向いてもらって行われていましたが、裁判員の移動をできるだけ少なくするということで、裁判官、検察官、弁護人が裁判員のいる部屋に出向いて行われました。

6.公判手続(①マスクの着用)

裁判長より、事前に、裁判員選任手続と公判手続では、あらかじめ検温し、熱がある場合は連絡してほしい、法廷ではマスクを着用し、入廷時に手指を消毒してほしい(弁護人席の後ろに消毒液が設置されていました。)との要請があり、これには従いました。
マスク着用についてはいろいろな考え方がありますが、私は、コロナウイルス感染のリスクがある現状においては、近くにいる訴訟関係者に配慮して、着用すべきだと思います。裁判長が弁護人にマスク着用を求めるのもやむを得ないと考えます。マスクを着用したのでは十分な弁護活動ができないという意見も理解できないわけではありませんが、検察官もマスクをするので、被告人や弁護人にとって不利になることはないように思います。
今回の事件では、弁論が1時間に及んだため、マスクを着用した状態で行うのは辛いのではないかと懸念していたのですが、実際にやってみたところ何とかなりました。裁判員とのアイコンタクトもとれたと思います。
ただ、マスク着用により声が聞き取りづらくなることを予想して、PowerPointで作成した図表や写真等の視覚に訴える資料をモニターに映して補うことを、いつも以上に心がけました。
また、マスクを長時間着用するとどうしても息苦しくなるため、長時間着用しても辛くなりにくいマスクを着用する、通常よりも涼しい服装にするなどの工夫はした方がよいのではないかと思います。
私たち弁護人は、公判が9月という暑い時期に実施されたこともあり、公判中も上着やネクタイは着用せずに通しました。法廷ではネクタイをすべきだという意見も根強いようですが、裁判員は非常にラフな服装をしていますし、証人として出廷された方は、警察官や専門家証人(合計4名)も含め、上着やネクタイを着用している方は一人もいませんでした。できるだけよいコンディションで尋問や弁論を行うという観点からは、「法廷ではスーツにネクタイ着用でないと礼を失する」というひと昔前の「常識」にはこだわらない方がよいのではないでしょうか。
なお、マスクの代わりにフェイスシールドを使ったところ、マイクがハウリングして聴き取りづらくなってしまったという経験談も聞いておりますので、注意が必要のようです。

7.公判手続(②アクリル板の設置)

緊急事態宣言発出後、東京地裁の裁判員法廷には、法壇上の裁判員と裁判員の間にアクリル板が設置されました。
しかし、いちばん多く発声するはずの証言台にはアクリル板は設置されていません。裁判官同士、弁護人同士、検察官同士にも設置されていませんし、被告人と弁護人との間にも設置されていません。
前述のとおり、私は、弁護人がマスクを着用することによる悪影響は少ないと考えていますが、証人尋問や被告人質問においては供述者の表情や口の動きも重要であり、供述はマスクを着用しない状態で行うのが望ましいと考えます。その場合の感染防止は、証言台にアクリル板を設置することによって行うべきだと考えます。
なお、裁判員同士の間にアクリル板が設定されているにもかかわらず、モニターは2人に1台しか設置されていませんでした。また、画面がアクリル板に反射して見づらいようでしたので、モニターは1人につき1台設置すべきだと思います。

8.公判手続(③傍聴席の制限)

法廷の傍聴席の数は、かなり制限されていました(正確な記憶ではありませんが、当時は3分の1から4分の1程度だったという印象です)。
そのため、傍聴できない方がいましたし、公判開始時刻のかなり前から傍聴希望者が法廷前に並んでいました。これは、公開裁判の原則から、非常に問題だと思います。
別室に大型モニターを設置するなどして、できるだけ希望者全員が傍聴できるようにすべきです。
そもそも、傍聴人が声を出すことはなく、傍聴席は数十席程度ですから、感染のおそれは比較的少なく、現状の制限(※なお、本稿執筆後、最高裁が傍聴席の制限を2分の1に緩和するよう各裁判所に要請したとの報道がなされている。)は過剰だとも思います。
以上の点は、早急に改善されるべきだと思います。

9.公判手続(④被告人の着席位置等)

被告人の着席位置は、通常の裁判員裁判の公判と同じく、弁護人の隣とすることができました。解錠時期も裁判員の入廷前とすることができました。
ただ、証人尋問同様、被告人が証言台で発言する際にはマスクをはずすことができるよう、証言台にアクリル板を設置していただきたいと思います。

10.弁護人同士や関係者との打合せ

緊急事態宣言後の弁護人同士の打合せは、公判期間も含め、全てWeb会議(Zoom)で行いました。感染のリスクがないというだけでなく、打合せのために事務所に行く必要もなくなり、非常に役に立ちました。
 数年前に記録が大部かつ弁護人多数の事件を受任したのを契機に、事件記録は全てPDFデータ化し、現に進行している訴訟記録は指紋認証付きのタブレットに入れ、大部の記録を持ち歩かなくてもすむようにしており、自宅にも大きめの机とデスクトップPCやプリンターを置いて、事務所とほぼ同じ状態で仕事ができる環境を整えてあったことが幸いしました。
以上に加え、緊急事態宣言をきっかけに自宅の通信環境を強化し、クラウド上にデータを保存するようにしたため、自宅でも事務所内と同様、あるいはそれ以上の環境で執務ができるようになりました。
Zoomの画面共有機能は、冒頭陳述メモや弁論メモ、PowerPointの資料作成など、複数の弁護人で共同作業するうえで大変有益です。Zoomについては、セキュリティの脆弱性が指摘されていますが、会議開催の都度IDとパスワードを設定する、参加予定者が入室したらロックをかけて他の者が入室できないようにするなどの配慮をすれば、リスクはかなり軽減できるのではないでしょうか。
今回の事件では、弁護側の専門家(精神科医)の証人尋問が行われたのですが、証人との打合せもWeb会議を利用することによって、感染のリスクがなく、かつ、多忙な専門家の先生に事務所にご足労いただくことなく打合せを行うことができました。

11.最後に

コロナウイルス感染拡大により、裁判実務は多大な影響を受けています。私たちは、これに適切に対応し、従前の常識にとらわれず、さまざまな工夫や提言を行い、不適切な運用に対しては反対していく必要があると思います。
この拙文がその一助になれば幸いです。