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この一冊『壬生義士伝』(上・下)

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『壬生義士伝』(上・下)
浅田 次郎 著
文春文庫
各760円(税別)

時代は幕末。南部藩(現在の岩手県中部から青森県の東部地域)の下級武士として生まれ、貧困にあえぐ家族を残して脱藩し、新選組の隊士となったのは主人公の吉村貫一郎。鳥羽・伏見の戦いで敗走し、満身創痍の貫一郎は大坂の南部藩蔵屋敷へと向かう。驚くことに、蔵屋敷差配役は、貫一郎の竹馬の友である大野次郎右衛門だった。ところが、帰藩を請うた貫一郎に対し、次郎右衛門は切腹を命じる...というのが物語のプロローグである。
切腹は、今では考えられない恐ろしく残酷な行為である。討ち死により切腹を美徳とした武士は、今わの際に何を考え、誰を思うのか。貫一郎は、脱藩者ゆえ主君に対する忠義の切腹は認められない。自らが切腹する理由を貫一郎はひたすら考える。そして、読者も一緒に「人は、何のために生き、何のために死ぬのか」という謎解きを始めることになる。
それから数十年後、とある新聞記者が貫一郎を知る人々から聞き取り調査を行い、彼らによって貫一郎の生涯が徐々に明かされる。本作は、切腹を命じられた貫一郎の南部訛りの独白と、新聞記者の聞き取り調査の2つの物語が時空を超えてクロスして展開される。読者は、読み進むほどに謎が解け、次第に貫一郎の気持ちと同化し、下巻の途中からは涙で文字がかすみ始め、予想の斜め上のエピローグを迎える。味わったことのない読後感がある。
さすがは、浅田次郎。本作は、幕末の詳しい歴史知識がなくてもいつの間にか感情移入できてしまう。なぜならば、本作では、面倒くさい武士の生き方の中にも、故郷と家族への愛、友との固い友情、人としてのあり方という普遍のテーマが描かれているからである。作中、「壬生浪」と恐れられた新選組の近藤勇や土方歳三も出てくるが、彼らは「脇役」であり、物語の「いい味」にとどまる。「義に死すとも不義に生きず」の松平会津藩預かりの新選組は、図らずも鳥羽・伏見で錦旗に弓を引き賊軍となってしまった。何が「義」なのか、誰にも分からない時代だった。
物語に何度か出てくるのが「南部の桜は石を割って咲ぐ」というフレーズ。長い冬と稲作に適さない南部の土地では、桜は石を割って伸び花を咲かせるそうである。不遇な環境下で頭角を現していった貫一郎の生き様と被ってくる。変わり者と評された貫一郎の行動も、理由が分かれば、一本筋の通った実に格好いい生き方である。尤も、彼が「義士」と呼ばれるようになるのは、その遥か未来のことである。
さて、私たち弁護士は士業(さむらいぎょう)であるが、自ら「士」と名乗るほどの覚悟と生き方をしているだろうか。私たちの使命は、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」であり、そのような大層な使命を持つ以上、相応の覚悟と生き方をせねばならぬ...はずである。
ちなみに、「石割桜」は、現在の盛岡地方・家庭裁判所の中庭にあるそうだ。


今月号で「この一冊」はしばらく休載します。最後に、これまで掲載した「この一冊」を一覧にしてご紹介します。
※次号より新しく「仕事以外でも仲間と楽しもう! 趣味の会紹介」を連載します。
※ 会員の先生方にて今後もご紹介されたい書籍がございましたら、NIBEN Frontier
編集部までご一報ください。(連載再開時のご参考にさせていただくことがあります)

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